プロとして生きる男たちの誇り。異色の野球コミック『グラゼニ』
なんと新鮮な。もっと早く読んでおけばよかった。
異色かつオトナな野球コミック『グラゼニ』(講談社 原作・森高夕次 漫画・アダチケイジ)の話である。昨年末に発売された『このマンガがすごい!2012年』(宝島社)でオトコ編の第2位に選ばれた。
主人公はモジャモジャ頭で野暮ったいメガネをかけた、およそスター性に欠けるあんちゃんである。名は凡田夏之介という。プロ野球セ・リーグの“神宮スパイダース”の選手で、花形ポジションのピッチャーを務めているが、先発投手でもなく、試合に幕を下ろすストッパーでもない。知名度の低い地味な中継ぎ投手だ。
26歳にして年棒は1800万円。一般人からすれば、目をむくような高給取りだが、数千万、数億円を稼ぐ一流スターがごろごろいる世界のなかでは、ふつうに埋没してしまう平凡な数字であって、凡田自身も満足していない。なにしろ彼の特技は、他人の年棒を把握すること。「グラウンドにはゼニが埋まっている」を信条(略して“グラゼニ”)に、毎試合ブルペンで肩を作り、試合の出番を待ちながら、もっと稼げる先発投手になることをひそかに望んでいる。
いくら年棒が高額といっても、選手生命の短い「身体が資本」なプロスポーツ。なにかの拍子にケガでもすれば、収入は一気にガタ落ちだ。もともとつぶしの効かない職業であり、引退したところでコーチや解説者として野球に関われるのは、ごく一握りの人間だけ。その厳しい現実を知っているだけに、凡田は率直に独白する。
引退の翌年――年収100万円台になった人を僕は何人も知っている! だからプロ野球選手の絶頂期と言われるこの26歳のとき、年棒1800万ってのは全然ダメなんです! もっと稼いでないと“人生の収支”としては全然マズいんです!
と、じつにホンネな内容。梶原一騎の劇画や、「努力、友情、勝利」な週刊ジャンプを読んできた人間にとっては、焦る凡田の主張はオトナとして当然だと思う一方、じつにフレッシュにも感じられる。なにしろ、それまで読んできたものといえば、“採算度外視”、“一球入魂”、“まっ白な灰になるまで”、“試合中に気合で切腹”といった、ロマンたっぷりで捨て身な英雄たちの物語ばかりだった。
一方、『グラゼニ』に登場する人物は、凡田を始めとしてとても人間臭い。あまりに年棒が高くなりすぎた人気ベテラン選手に、どうしても引導を渡したいがため、思わず敵を応援してしまう球団幹部。(それと似たような話が、昨シーズンの中日でもあったが。ガッツポーズ)新外国人にポジションを奪われるのでは、と怖れるストッパー。一軍と二軍の間をさまよう32歳の控え捕手は、年棒500万しか貰えないが、なかなか現役に見切りをつけられない。
ケガをすれば「はい、それまでよ」と放り出され、イキのいい新人とポジションを争い、すごい才能の後輩に年棒をいとも簡単に追いこされる。試合で一瞬のチャンスを逃したばかりに、二軍行きを命じられ、野球人生の歯車が狂う。作者は、そんな非情な世界で生きる選手たちを、赤裸々かつ生々しく描きつつも、それでもしたたかに生きる選手らのプロ根性に惜しみない賞賛を送る。
「所詮、プロはカネです」凡田は身も蓋もなく言い切る。しかし、その言葉には重みがあり、そして同時に誇り高い職人魂を感じさせる。『グラゼニ』は、プロスポーツにおける“お金”という核心をド直球についたオトナな傑作だった。