◆第144回

虐待と監視と規律の地獄をほのぼのかつ徹底して描く。ソリッドなコミックエッセイ「カルト村で生まれました。」

 最近だと、ホラー映画『サクラメント 死の楽園』にびびったものだ。
 

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 私が子供だったころ、「人間ってこんなおそろしいことをするのか」と教えてくれた人民寺院の集団自殺事件をモチーフにしたもの。1978年に起きたこの事件は、教祖ジム・ジョーンズが創設したアメリカのカルト教団で、共産主義に傾倒した挙句にガイアナのジャングルを開拓。信者がアメリカから続々と移住したが、いったん入った者は出ることを許されず、監禁状態に置かれたのだった。
 
 
 事態を問題視した国会議員とマスコミ関係者ら視察団が、帰国希望者を募って飛行機で連れ出そうとしたが、もはや教祖ジョーンズの精神状態は破綻しており、被害妄想を募らせた結果、国会議員と報道関係者を殺害。「もう、別世界に旅立とう!」ということで、信者全員に毒入りジュースを飲ませ、嫌がる人間は射殺した。その結果、ジャングルに囲まれた共同体は、九百名もの死体で埋め尽くされたのだった……。
 
 
『サクラメント 死の楽園』もジャングルに共同体を築いた宗教団体“エデン教区”の教祖“お父様”に、メディア企業の特派員らが取材を試みるという話だ。信者たちは口を揃えて「いいところだよ」と言い、聖歌隊によるゴスペルやバンドライブやらが催され、案外悪くないじゃないかと思ったところで、“エデン教区”と“お父様”の正体が徐々に明らかになり、やがて最悪の道へたどることになる……というお話。
 
 
 また、長々と映画の話をしたが、今回取り上げるのは『カルト村に生まれました。』(文芸春秋)だ。ホノボノとした絵柄の本作品を読んで、ふと前述した映画や人民寺院、それにやはり似たようなカルト共同体が登場するいがらしみきおの『I(アイ)』などが頭をよぎった。
 

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 作者の高田かやは、十九歳まで日本のとあるコミューンで過ごした経歴を持つ。自分がかつて過ごした共同体(通称“村”)について、表紙のとおり朴訥かつ可愛らしい絵柄で描く。特徴的なのは、コアマガジンのコンビニコミックやスポーツ紙のように、恐怖や異常さを煽るスタイルではなく、かなり客観的かつ詳細に綴っているところだろう(読み応え充分でコストパフォーマンス的にも優れている)。この手の話につきまとう書き手の「筆誅をくわえたる!」というような意気込みが排除されているため、よけいクリアに“村”の異常性がきわだって見えてくる。今は理解ある旦那さんと幸福そうに過ごしている作者だが、そのあまりにハードな幼少時の暮らしに、読んでいて何度もぞっとさせられたのだった。
 
 
 たとえば“村”の子供たちに朝食はない。同じ“村”に入居した両親とは離ればなれに暮らし、朝五時半に起床してトイレ掃除や鶏の卵集めなどの労働に従事。朝のミーティングを経てから登校する。当然ながら朝メシ抜きなので、子供たちはつねに腹ペコで、学校の給食が最初の食事となる。下校時の寄り道は禁止され、部活も友達の家に行くのも禁止だ。“村”へ戻った後は労働とミーティングと夕飯……といった掟に縛られて生活する。
 
 
 一日に二食しかなく、子供たちはつねに腹ペコで、おまけに親たちとも離れて暮らすのだから、子供たちの心は不安定だ。問題行動やおねしょ(作者は小学校卒業するまでおねしょ癖が治らなかった)を起こし、厳しい世話役から年中叱られっぱなし。体罰もびしびし行われ、平手打ちや閉じこめ、食事抜き、裸で立たせるといった、どこかのヨットスクール顔負けの体罰が行われる。
 
 
 ただでさえ食事が少ないうえに食事抜きという罰を与えられれば、余計に問題行動が起きるもので、作者は通学路で見つけた花や野蒜や木の実、地蔵さまのお供え物(賞味期限など当然ながら眼中にない)を口にして生き延びる。
 
 
 一般人である同級生からは貧乏と揶揄され、両親と会えるのは数か月に一度だけ。手紙はいちいち検閲されて黒塗りにされるなど、どのページを開いてもカルトな生活がびっちり描かれる。ユーモアを交えた優しい語り口だが、その“村”の非人間的なシステムにはたじろぐしかない。
 

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 本作品を読んでいて思い出したのは、花輪和一の名作『刑務所のなか』だ。日本の刑務所も布団をきっちり四角に畳まなければならず、頭を丸坊主にしなければならないといった、世界から見ればかなり異様なシステムなのだが、花輪は囚人たちの滑稽な生態や刑務所メシ(チョコ菓子アルフォートがたまらない)をうまそうに描き、読者に「3日ぐらいなら刑務所暮らしもいいかな」とさえ思わせるデンジャラスな作品だった。
 
 
 本作品のような原理主義的な生き方はたまらないが、海外に目を向けてみれば、多かれ少なかれ、その価値観の違いに仰天させられるときもある。また、作者は“村”での暮らしのおかげで、季節の移ろいや天候には敏感に反応するようになり、なんでも自分で手作りできるようになったという。(とはいえ、やはり“村”の生活を肯定しているわけではないが)そもそも、ふつうの暮らしとはなんだろうか。カルト村の恐怖生活を描く一方で、そう問いかけているようにも思えた。
 


◆深町秋生(ふかまち・あきお)

1975年生まれ、山形県在住。第3回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2005年『果てしなき渇き』(宝島社文庫)でデビュー、累計50万部のベストセラーを記録。他の著書に『ダブル』(幻冬舎)『デッドクルージング』(宝島社文庫)など。女性刑事小説・八神瑛子シリーズ『アウトバーン』『アウトクラッシュ』『アウトサイダー』(幻冬舎文庫)が、累計40万部突破中。

『果てしなき渇き』を原作とした『渇き。』が2014年6月に映画化。

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深町氏は山形小説家(ライター)講座出身。詳細は文庫版『果てしなき渇き』の池上冬樹氏の解説参照。詳しくはこちらからご覧いただけます。