「……」だらけのサクセスストーリー「僕の小規模な生活」
マンガ業界ネタにハズレなしというのが持論であります。
マンガ業界を描いたマンガといえば古くは藤子不二雄の自伝的作品「まんが道」。竹熊健太郎と相原コージによる業界内幕モノ「サルでも描けるまんが教室」。土田世紀の情念ドラマ「編集王」。最近でも大場つぐみと小畑健の「デスノート」コンビによる青春物語「バクマン。」が話題となっている。
ヒットすれば大きな富と栄光が得られるジャパニーズドリームの代表格みたいな世界であり、蟹工船も真っ青のきつい労働条件や無理難題の注文、読む者が思わず震え上がるような編集者との衝突など、いい意味でも悪い意味でも濃厚なドラマがつまっている。それを当事者たちが描くのだからおもしろくならないはずがない。彼らにしかわからないリアルさとドキドキさせるようなトラブルをサービス精神旺盛に見せてくれる。
最近のマンガ業界モノでとくに強烈なのが福満しげゆきの「僕の小規模な生活」だ。猫背で目の下に隈が浮かび、若くして人生に疲れ切っている感じのマンガ家「僕」。バイトを嫌々こなしつつ、掲載されるかどうかもわからないあてのない原稿を描く日々。しかし講談社のメジャー誌「モーニング」から声をかけられ、不定期連載から週刊連載へとステップアップ。着実に成功の階段を昇りながらも、タイトル通りちまちまとしたリアルな生活臭を漂わせながらマンガ道を進むという物語。
マンガ業界モノといえば、なんといっても「筆一本で成り上がってやる!」という青雲の志というか、根性と才覚でのしあがってやるという強いエネルギーを感じさせる熱い努力型のストーリーが頭に浮かぶ。だがこの作品の「僕」は人とのコミュニケーションが苦手で、バイトも長続きしない。年下の編集者には強気だが、年上にはみっともないほど迎合する。ごくささいなことをいつまでも悔み、他人の顔色をいつもうかがう打算的な小人物だ。「僕」は著者自身を思わせる人物だが、よくぞここまでと感心したくなるくらいにみっともなく描かれる。
物語もドラマチックとは言いがたい。編集者と喫茶店で打ち合わせをし、奥さんにマンガ製作を手伝わせ、売れっ子マンガ家に嫉妬しながら原稿に向かう日々。ときおり不機嫌になった奥さんに罵倒され、編集者に原稿の直しを要求されつつ、低空飛行ながらも必死のマンガ家生活を送るのだった。
どこがおもしろいのかと訊かれそうだが、これがバツグンにおもしろい。生々しいほど生活がリアルであるためにディテールがびっくりするくらいに生きてくる。読んでいて「そんなことまでバラしていいのか?」と思えるくらいに徹底的だ。出版社のマンガ関係者を集めたパーティの様子や、「コマを大きくしろ」「『……』(三点リード)は多用するな」「セリフ減らせ」という編集者からの具体的な指示。出版社からフグ料理や高級寿司を振る舞われるが、緊張して酒をガブガブ飲んでは余計なことまで喋ってしまう。
じつはこの作品は続編である。言うなれば「2」にあたる作品。学校からドロップアウトし、社会から取り残されているような疎外感に襲われながらマンガを描き、ストーカー扱いされながらも大恋愛のすえに今の奥さんと結婚にいたる「僕の小規模な失敗」の続きにあたる。
それが今や大手出版社の有名コミック誌での連載だ。マンガ界の大リーグでばりばり活躍しているにもかかわらず、うだつの上がらないサラリーマンやフリーターにも似た普遍的な悲哀を感じさせる。生き馬の目を抜く生存競争の激しい世界にいながら、「サクセス!」とか「成り上がり!」みたいな暑苦しいエクスクラメーションマークは少なく、「疲れた……」「気が重い……」「どうなるんだろう……」と三点リードがひんぱんに登場(減らせと指示されているにもかかわらず)する愛すべき快作に仕上がっている。