◆第1回

呑兵衛たちのディズニーランド「酒のほそ道 酒と肴の歳時記」

さて、あなたはおしぼりのビニール袋をどうしているだろうか。

居酒屋なんかで出てくる業務用のおしぼり。叩くとポンと音がするアレである。あのビニール袋はけっこう食わせものだ。単にテーブルへ置いたままにしておくと、空調の風にあおられてツツーっと滑っていき、そのうち隣のテーブルにまで飛んでいったりするちょっと目障りな存在だ。

目障りといってもあくまでちょっとだけだから、クシャクシャに丸めて灰皿なんかに放りこんでおく。もしくはおしぼりの下に敷く。見た目は美しくないものの、そのうちビールや突き出しなんかが運ばれてきて、グビグビやっているうちにどうでもよくなってくる・・・・・・。あまりにささやかな問題だから、いつも気になりながらもすぐに忘れてしまう。

今回はそんな酒場に夜な夜な通う呑兵衛の心情を細やかに描くベストセラーコミック「酒のほそ道 酒と肴の歳時記」(ラズウェル細木著)を取り上げようと思う。冒頭のおしぼり問題もこの作品のなかで取り上げられていた。ちなみに著者のラズウェル細木さんは米沢市出身である。

主人公の岩間宗達(いわま・そうたつ)はある企業の営業マン。仕事を終えたあとに酒場で一杯やるのを楽しみにしている中年間近の独身男だ。酒や肴に関するウンチクを語り、ときには自分でツマミも作り、粋で品格のある酒呑みたらんと心がけているが、呑んでいるうちにそんなこだわりはどこへやら。バクバク食らい、ぐいぐい呑んでは、大盛りラーメンで締めくくるような庶民派の愛すべき呑兵衛である。もちろん次の日は二日酔いでへろへろだ。

物語は一話4~6ページという短い構成。酒や肴を扱うグルメ系コミックは他にもたくさんあるが、なによりもこの作品は酒場の空気や季節感を大事にしている。このあたりの細やかな感覚がすばらしい。温暖な風が吹く春の夕方に呑む立ち飲み屋のサワー。潮の香りをかぎながら裸で飲み食いする海の家のヤキソバとビール。忙しく会話をしているうちに残ってしまう忘年会の揚げ物や寄せ鍋……。緊張を強いられる料亭での接待。気の置けない仲間とリラックスした開放的な一杯。思索にふけりながらのひとり酒。あわただしく寝る前にやる缶チューハイ。酒をたしなむ人間なら誰もが「あるある!」とうなずきたくなるシチュエーションがたっぷり用意されている。

さて地方に住んでいるとけっこう居酒屋に行くのが難しかったりする。基本的には車で移動しているから「ちょいと一杯」などとふらっと立ち寄ることなどできはしない。いい雰囲気の酒場に出会えたとしても、やっぱりいい店には人が殺到して入れなかったりする。体調だってよくなけりゃ酒場になんか立ち寄れない。でも呑みたいと思ったときはたいてい給料日前で懐がさみしかったりもする。そもそもなによりもこわい奥さんが許さなかったり……。
宗達は「ちょいと一杯」と軽いフットワークであちこちの酒場に出現する。誰もが共感しそうな庶民的な主人公でありながら、彼のような生き方ができる人間はそれほど多くないだろうと個人的に思う。

宗達の周りにはつきあいのいい後輩社員や大学時代の友人、個性的な呑み友達がそろっている。雰囲気のいい小料理店やバーがあり、ときには出張や旅行先のベトナムや台湾で酒を呑み、うまい肴に感動する。読んでいて思わず涎が垂れてしまうようなシーンの連続なのだ。そんな宗達の姿は昭和の高度成長期に、しゃかりきになって働くサラリーマンたちを尻目に「気楽な稼業ときたもんだ~」と軽やかに無責任男を演じた植木等に似てなくもない。この作品は呑兵衛たちに夢と理想の世界を見せてくれる大人のファンタジーなのだ。




◆深町秋生(ふかまち・あきお)

1975年、南陽市生まれ。第3回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2005年『果てしなき渇き』(宝島社、現在は宝島社文庫)でデビュー。15万部をこえるベストセラーに。著書に『ヒステリック・サバイバー』(同)『東京デッドクルージング』(宝島社)、赤城修史名義で『小説自殺マニュアル』 (佐藤広行との共著。03年太田出版)がある。
ブログ「深町秋生のベテラン日記」も好評。ブログはこちらからご覧いただけます。

深町氏は山形小説家(ライター)になろう講座出身。詳細は文庫版『果てしなき渇き』の池上冬樹氏の解説参照。詳しくはこちらからご覧いただけます。