牧歌的かつスリリング「もっけ」
幽霊や妖怪の類をあんまり信じていない。
信じてはいないのだけれど……その手のものが見えてしまう知人はけっこういる。とくにオカルトの世界に傾倒しているわけでもなく、信じているわけでもない。そうした超自然的なものをダシにして「人から注目を浴びたい」とか「商売にしたい」という欲望があるならともかく、みんないい大人なので、見えるなんてことを口にすれば周りから薄気味がられるだけだと知っている。「ああ、そっちの人なのね」なんて顔をされるだけ。ときには憑かれてしまって体調を思い切り崩したりもするが、まさか学校や職場に「幽霊に取り憑かれたので今日は休ませてください」なんて言えるはずもない。「もっけ」を読みながらそんな知人たちの顔を思い出していた。
熊倉隆敏の「もっけ」はそんな現実と異界の境界線を描いた妖怪モノである。巫覡(ふげき)の家系のせいか、生まれながらにして物の怪と関わらざるを得なくなる姉妹の物語だ。ちなみに巫覡とは神に仕え、神意を世俗の民に伝える役割を担う人々のこと。もの静かで理知的な姉の静流(しずる)は物の怪の姿が見え、妹の瑞生(みずき)はおてんば娘だが物の怪に憑かれやすい体質を持っている。このジャンルのマンガにしては珍しく暴力やグロテスクなシーンはほとんどなく、舞台となるのどかな田舎町の風景がノスタルジックな雰囲気をかもしだしている。二人の学校生活も平和そのものでごく平凡だ。
とはいえ二人の置かれた環境はかなり過酷。「もっけ」というほのぼのとしたタイトルにもかかわらず、薄氷を踏むようなハードな生活を強いられる。ほんのわずかな油断から物の怪に絡まれ、あるいは境界線を越えてあの世へ連れていかれそうになる。田んぼだらけの牧歌的な町だが、二人にとってはおそろしい闇があちこちに横たわっている。田舎で静かに暮らしているのは、人や物の怪が多い都会では刺激が多すぎて生きていけないからだ。そのため都会で働く両親と離れ、物の怪の世界を熟知した祖父のもとで暮らしている。「遠野物語」や民話を元に作られたバリエーション豊かな物の怪たちとの交流や、祖父の教えを通じて二人は危うい境界線上で生きる技術をゆっくりと習得していく。
二人が抱え持つそうした宿命は、難病やハンデキャップ、差別の暗喩として見ることもできる。この作品でも、そうした世界に理解のない父方の親族から「精神が病んだ姉妹」と見なされるシーンもある。家族以外には誰にも伝えられない悩みを抱え、むしろ口をつぐんで暮らしていかねばならない。姉の静流は物の怪が見えてしまう自分の能力に後ろめたさを常に覚え、妹の瑞生は運動神経のいい活発な子だが、しょっちゅう物の怪に憑かれるために病弱を装っている。
社会の中心から遠く離れた位置で暮らす人間の苦悩や葛藤が強く描かれる。普通の人々よりも苦しまなければならないハードな現実とどう向き合い、どう受け入れていくかという哲学的な問いかけがある。昨年09年に最終巻が発売されたが、かわいいらしい画とは裏腹に、スリリングな展開と大人な世界観を有した鋭い作品だった。