去る4月27日(水)、東京都内のホテルで第3回さくらんぼ文学新人賞選考会が行われた。
選考委員は、文芸評論家の北上次郎氏、作家の唯川恵氏の2氏。司会は文芸評論家でさくらんぼ文学新人賞運営委員の池上冬樹氏がつとめた。
(左→右)唯川 恵 氏/北上 次郎 氏/池上 冬樹 氏
最終候補に残ったのは、沢野繭里「土に埋める」、村上敬「通岡峠」、中村玲子「記憶」、桐生環「空を見上げて、大地を踏んで。」、村山小弓「悲友」の5作品。
まず、それぞれにA、A-、B+、B-、C+、Cの六段階評価をつけてもらい、各作品ごとの講評にうつった。
◆沢野繭里「土に埋める」
唯川 【C】「嫁ぎ先の義母が、義父の骨や遺物を庭の土に埋めるという着眼点はおもしろかった。しかし、なぜ自分の夫をそこまで憎んでいたのかが、うまく伝わってこない。腑に落ちるところまでいかないうちに、次々と話が展開していくので、話にものめりこめなかった。夫がホモセクシャルであり、自分も勤め先の女性オーナーと同性愛的な関係になるけれど、自分が同性愛に目覚めたのか、夫への当てつけなのか、そのあたりの腹の据わり方が見えない。主人公に子供ができるというラストで着地しようと試みているけれど、子供ができたことに対する想いも伝わるものがなく、もの足りなく感じた。もっと登場人物の関係性を深く書き込めば、格段によくなると思う。
北上 【B-】「初読では、支離滅裂であると最低点をつけたけれど、再読して点数を少し上げた。欠点だらけで、無神経な表現もたくさんあるが、義母や夫、女性オーナーやヒロイン、それぞれ登場人物たちの性の媒介を核に、そうした関わりを書こうとするモチーフはしっかりしていると思った。ただ致命的なほどに技術が伴わず、小説と呼べないほど説明的な文章が延々と続いてしまった。モチーフはおもしろいけれど、それを小説として結実させるまでの技術がなく、つめこみすぎと思った。
◆村上敬「通岡峠」
唯川【A-】おもしろく読んだ。昔のATG映画や日活ロマンポルノのような懐かしい感じ、時代を感じさせたけれど、文章に迫力があり、廃油の回収という仕事や、汗や油にまみれて働く描写がよく伝わってきた。気の重い話ではあるが、ラストもきちんと収まっているところにも好感を持った。
北上【C】最低点をつけた。これは『悲友』や『空を見上げて、大地を踏んで。』と共通する話でもあるが、劇的なことを用意しすぎている。80枚という短い話のなかで、トラウマであるとか、そうした劇的な出来事を用意すれば、ドラマは作りやすいが、安易になってしまう。この作品はその典型で、小説の道具立てが揃いすぎている。「ドラマチックにすればいい」という、安易なテクニックしか感じ取れなかった。
◆中村玲子「記憶」
唯川【B+】読ませる力がある。作品を読んでから、あらすじに目を通したが、展開が読めず、どんどん話に引きこまれ、読んでいて楽しかった。ただ、どのエピソードもおもしろいが、盛りこまれすぎていて、突出したものがなく、平面的な印象も受けた。また、自分がゲイであるということで、周りを傷つけたりするが、そういう生き方しかできず、なにも動かなかった主人公を好意的には思えなかった。祖父の話と主人公の言い訳を、最終的には同じところに並べているが、主人公の考えが薄っぺらく思えたのが残念だった。
北上【B-】文章や技術が優れているけれど、詰めこみすぎという印象を受けた。高校時代の挿話が必要だったのかと疑問を感じた。祖父と台湾の話があり、主人公の高校時代の話があり、妻の家族のことがある。いくらなんでもと思い、初読のときに低い点数をつけたが、「人が人を裏切るということ」をモチーフにした小説だと考えて再読すると、技術が伴わないだけで、テーマは一貫していると思った。
◆桐生環「空を見上げて、大地を踏んで。」
唯川【C+】エンターテインメントとして読むとおもしろかったが、テレビドラマの原作みたいな印象を受け、小説としては物足りなくも思えた。文章の合間の余白が多いけれど、数行に渡って空きを入れる意図もわからない。無意味に技巧に走りすぎ、いい印象を持てなかった。ストーリーも、テレビドラマのようで予定調和的で、格別引っかかりもなく、さらっと読めてしまった。
北上【B+】これが一番明快でわかりやすかった。家庭や職場の様子が流れるように書かれてある。それに見せ場を心得ている。どこを強調したらいいのか、どこを引いたらいいのか、メリハリのつけ方がうまく、技術はプロ並みと言っていいと思う。安心して読めた。ただ話自体に新鮮さはなく、枠内でぴたっとまとめているところを評価する一方で、話に奥行きが感じられなかった。
◆村山小弓「悲友」
唯川【C】前半と後半のバランスが悪いと思った。息子の前の彼女と再会することで、主人公は、止めていた手芸にもう一度トライしようとするが、そこにいたるまでのバランスが悪く、ダルい感じがした。なぜ一度、大好きだった手芸を止めたのかが、どうしてもわからなかった。なぜ、息子の前の彼女がいなくなったから止めたのか。夫との不和のせいなのか。この主人公の想いの変遷というものが、きちんと書きこまれていないと思ったために、物足りなさを感じた。
北上【A】モチーフ自体はもっとも優れていると思った。息子の元彼女と趣味が共通して、仲良くなっていく。そこに新しい自分の生き方を重ねていくという展開が新鮮だった。「行きづまっている主婦が居場所探し」というパターンではあるけれど、息子の元彼女と二人で世界を作ろうという発想がいい。ラストシーンはこの五本のなかで、もっとも美しいと思った。問題は文章があまりにひどかった点。ややこしかったり、変な比喩があったりと、文章がかなりおかしい。文章がよかったのなら、太鼓判を押していたでしょう。
以上のような形で1回目の講評が終了した。
その結果、低評価だった『土に埋める』と『空を見上げて、大地を踏んで。』の二作を落とし、残り3作品について、改めて討議がなされた。
『悲友』は、北上氏がもっとも作家としての可能性を感じたとして、高評価をつけたが、同時にあまりに文章が拙く、技術面に難があるとも指摘。唯川さんが最低点をつけていることもあり、授賞を見送る形となった。
『通岡峠』は、唯川さんがむしろ今の時代では新鮮だとして高く評価した。レベルの高い作品を生み出せる才能を感じさせるとの意見を述べたが、北上氏は反対に、道具立てが安直であり、昔から何度も見たパターンだとして、最低点をつけている。
『記憶』に関しては改めて討議がなされ、北上氏は詰めこみすぎだと前置きしつつも、文章や技術が秀でていると評価。唯川氏も構成のバランスの悪さを指摘しながらも、読み手の目をひきつける筆力を改めて評価。『通岡峠』との争いになったが、最終的に二人の支持を得て、授賞の運びとなった。
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大賞受賞者の中村玲子氏には賞金100万円と副賞のさくらんぼが贈られる。
なお、大賞受賞の『記憶』の全文と各選考委員の選評は、7月22日(金)発売の「小説新潮」8月号に掲載される。
贈賞式は、きたる6月30日(木)に、選考委員の北上氏と唯川氏を招いて行われる。その模様も後日、さくらんぼテレビのホームページでお知らせいたします。