『BOOKトピックス』vol.15

                                                                                                                         

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vol.15
 『検事の本懐』
 柚月裕子氏
~もがき、あがき、そこから脱するまでの過程を描く~

 
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 第7回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し累計45万部を突破した社会派サスペンス『臨床真理』(現在宝島社文庫)、12万部突破の法廷ミステリー『最後の証人』(同)に続く、柚月裕子の第三作『検事の本懐』(宝島社)が出版された。『最後の証人』に出てきたヤメ検弁護士佐方貞人の検事時代の姿を描いた連作集である。どのような思いで書いたのか、新作への思いをきいてみた。
 
 


 

 
 ◆『臨床真理』『最後の証人』との共通項/男くさい世界/嫉妬という感情

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--デビュー作の『臨床真理』は知的障害者の虐待を扱った社会派サスペンスで、二作目の『最後の証人』は中盤に大きな驚きを秘めたトリッキーな法廷劇です。そして今回は「法曹ミステリー」。微妙にジャンルをかえてきている感じがするのですが、作者のなかでは何か考えがあるのでしょうか?


柚月 自分としてはジャンルを変えている意識は、あまりありません。指摘されて「ああ、そうだな」と気づきました(笑)。でも、自分のなかで三作に共通しているものは「事件の裏側」だと思います。事象やデータではなく「なぜ事件が起きたのか」「なぜ被疑者はこのような行動をとったのか」など、動機の部分を描きたいという思いは、一貫していると思います。デビュー作『臨床真理』では、声が色に見えるという特殊能力を持っている青年司の、周りからは理解しがたい内面を。『最後の証人』では、事件が起きた連鎖を。そして今回の『検事の本懐』では、事件にかかわる人間の生い立ちや、そうせざるを得なかった理由がある、という部分を描いたつもりです。

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--一言でいって、ひじょうに男くさいですね(笑)。第二作『最後の証人』には、めったに推薦文をよせない横山秀夫さんの賛辞がついていますが、第三作は、その横山秀夫的世界に近い世界と思いました。とくに冒頭の「樹を見る」が典型的です。連続放火事件を警察が追及する話ですが、そこに県警上層部の嫉妬をからめている。かつて警察学校で同期だった県警の刑事部長佐野と所轄の警察署署長南場がせめぎあう。柚月さんがこのような警察上層部を舞台にした男同士の嫉妬を迫力たっぷりに描くとは思いませんでした。どこから発想が生まれたのでしょうか?


柚月 妬(ねた)みや嫉(そね)みといった感情は、人間であれば大小問わず、誰もが抱いている感情だと思います。誰もが一度は自分が抱える嫉妬という感情に苦しんだ経験があるはず。その嫉妬、という感情の向う場所は、人であったり地位であったり金銭であったり様々だと思うのです。
 「樹を見る」に関しては、そのなかの「社会的地位」や「立場」に妬みや嫉みを抱いている男を軸に動いていく話です。恋愛などのような個人的な感情の上に生まれる嫉妬も苦しいですが、そこに個人ではどうしようもない社会的な組織図が絡むとなると、その嫉妬の感情がさらに深くなり、苦しみも増すと思うのです。その嫉妬の感情に翻弄されながら、もがき、あがき、そこから脱するまでの過程を描きたかったのです。


◆行動の裏をさぐる人間ドラマ/女性という属性を排して個としてむきあう/女脳より男脳?


--「樹を見る」のほかに4篇収録されていますが、いずれも緊張感にとんだ世界です。出所したばかりの累犯者が起こした窃盗事件を探る「罪を押す」、高校時代の同級生を恐喝する悪徳警官と佐方が対立する「恩を返す」、東京地検特捜部を舞台に検察の正義と己の信義でもがく「拳を握る」、横領弁護士の汚名をきたまま亡くなった佐方の父親を描く「本懐を知る」。横山秀夫さんの小説が好きなら、かならずや満足されるのではないでしょうか。帯に“骨太の人間ドラマと巧緻なミステリー的興趣が、見事に融合した極上の連作集”とありますが、まさにそうですね。狙いは人間ドラマなのでしょうか?

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柚月 新聞やテレビ、ネットのニュースを見ていて思うのですが、事件は、新聞であれば見出し、ニュースであれば画面に表示されるテロップに出てくる単語で、その事件の特質が人の心に植え付けられてしまう部分があると思うのです。例えば、親が子を殺める事件が発生したとなると、見出しのキーワードだけを見て「鬼のような親だ」と感じる人がいる。親が子を殺めたことは事実だけれど、事件の真相は、親が子を手にかけてしまった動機にあるように思います。行動の裏には理由がある。私はその動機の部分に強く関心を持つので、それが結果的に「人間ドラマ」という色が濃くなるのではないでしょうか。


--ふつう女性作家というと、自分の身の回りの世界を小説に反映します。でも、柚月裕子さんの小説にはそれがない。妻や母親といった属性を持つ女性の日常がない。女性作家のなかで作品のなかにもっとも女性特有の属性をださない作家だと思うのですが、そのへん自覚がありますか?


柚月 自覚はありませんでした(笑)。あまり妻とか母親とか、男、女、という属性にこだわらないからかもしれません。「属性よりもその人と個として向き合いたい」という気持ちが強いのでしょうね。余談ですが、ある雑誌で「あなたは男脳、女脳?」という記事を見かけて、記載されてあったチェック項目に答えていったら、私の場合「6:4で男脳」という判定が出たんです(笑)。生物学上は女ですが、頭のなかは男っぽいのかもしれません(笑)。


◆執筆中におきた東日本大震災/両親の死を乗り越えて/亡き父への思い


--男っぽいのかどうかわかりませんが、執筆期間中、そうとう苦労されたのではないでしょうか。すこし踏み込んだ質問になりますが、3月11日の東日本大震災で柚月裕子さんは宮古市のご両親を亡くされました。大震災がなければ、もっと早く本を書き上げたともきいています。大震災発生と、ご両親の遺体が見つかるまでのおよそ一月、それから大震災のあとの様々な苦痛と悲しみにみちた体験のなかで、よくぞここまで緊迫した作品を書き上げたと思います。少しもゆるがず、緊密な作品にしあげている。正直、くじけそうになったことはなかったのでしょうか。東大日本の体験が小説に反映されていることはないのでしょうか?

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柚月 実は、震災が起きてからいま現在に至るまで、様々な出来事を経験していますが、その事柄が頭のなかで時系列で並ばないのです。「あのようなことがあった」「このようなことがあった」と頭に浮かぶのですが、それがいつだったのか、何月ごろだったのか、ということがいまだに自分のなかで整理されていません。震災が起きた時点で、二作はすでに完成していたのですが、残りの三作はプロットがどこまで仕上がっていて、どこまでできていなかったのかも、よく覚えていないんです。
 ただ、作品を書きながら頭のなかでずっと繰り返していたことは、「ここで書くことをやめたら、父に顔向けできない」ということだけでした。作家、柚月裕子を一番心配し、一番応援してくれていたのは父だったと思います。私がここで泣き崩れ筆を置いてしまったら、一番悲しむのは父だろうと思いました。父の仏壇に「がんばったよ」と本を供えて、手を合わせたいという一心で、書いていたような気がします。


◆横山秀夫的な世界/ホームズの影響/癖や嗜好品で内面を描く


--その父親を思う気持ちが、今回の連作集のラストにおかれた「本懐を知る」に出ていますね。佐方が父親を語る場面が感動的で、心を揺さぶられました。同時に、さきほどもいいましたが、横山秀夫さんの作品を思い出しました。本人のなかでは横山さん的な作品をイメージしましたか? 横山秀夫の小説をどのように読まれていますか? その横山さんから賛辞をいただいたときの気持ちはどうだったのでしょうか?
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柚月 横山秀夫さんは私が尊敬する作家のひとりで、作品はすべて読んでいます。一作一作に深い人間ドラマが描かれていて、心が震えます。たった一行の短い台詞で涙が止まらなくなった作品もあります。そのような作品を描いていらっしゃる横山さんから帯を頂けたときは、とても信じられなくて、なんども編集者に「本当ですか?」と訊ねたことを覚えています(笑)。いつか私も、心が震えるような作品を描きたい、そう思っていますがまだまだ力が足りません。精進します。


--主人公の佐方は頭をかくしぐさを何回もします。本書のベストといっていい、「本懐を知る」の探偵役をつとめる雑誌記者の兼先は、やたら禁煙パイプを口にして事件を解いていきます。探偵が頭をかくといえば、横溝正史の金田一探偵です。パイプを口にしているといえば名探偵シャーロック・ホームズです。きくところによると、柚月さんは少女時代からシャーロック・ホームズの大ファンだそうですね。そういう影響があらわれたのでしょうか?


柚月 そこも意識していなかったところですが(笑)、その人物特有の癖や嗜好品などを考えるのは好きですね。癖や嗜好品といったようなものを使って、登場人物の内面を描ける場合も多くありますから。登場人物のわかりやすいトレードマークみたいなもののようにも思いますし。


◆『検事の本懐』で書きたかったこと/佐方シリーズの書き方/自分の進むべき道


--『検事の本懐』でいちばん書きたいと思ったのは何なのでしょうか。


柚月 ひとつは『最後の証人』を出版したあと、読者の方から「続編が読みたい」とか「もっと佐方が読みたい」というご感想をいただいたことです。私自身も『最後の証人』で佐方という人物を描ききれなかったという思いはありましたので、編集者と相談し「次は佐方を軸にした作品を書こう」という話になりました。それが『検事の本懐』ですが、出来あがってみると佐方の視点からの物語ではなく、周りの人間から見た佐方貞人、という作品になりました。それでも佐方という人間を少しは描けたと思っています。
 もうひとつは、前にも述べた「事件の裏側」です。特に二話目の「罪を押す」に現れているように思います。事件そのものは誰かが殺されたとか、強盗にあったとか、そのような大掛かりな事件ではなく、ホームセンターから腕時計が一個盗まれただけの話ですが、その裏にある真相が隠されている。そのように、事件の事実ではなく真相を描きたかったです。mudai2kenji.jpg


--佐方シリーズとはいえ、佐方は脇役という設定です。珍しいですね。なぜこのような連作になったのでしょうか? なぜ佐方を前面に出すシリーズ連作を意図しなかったのですか?


柚月 そのほうが佐方という人物を描きやすかった、というのがあります。佐方が自分の視点で自分を語る自分語りよりも、他人から見た佐方のほうが、佐方の本質を描けるのではないか、という思いがありました。実際、他人の視点から書いていて、「そうか、佐方はこういう人間なのか」と自分自身、気づくこともありました。そこから想像を巡らせて「佐方ならどうするだろう」と考えながら、作品を書きすすめたものもあります。


--佐方が出ずっぱりの、本当の意味での佐方シリーズは書かれる予定はあるのでしょうか? ぜひ書いてほしいと思うのですが?


柚月 ありがたいことに、佐方シリーズはまだ書かせていただけるようですので、次は本当の意味で佐方をメインにした長編を書きたいと思っています。『検事の本懐』で、佐方の生い立ちを描いたことで、佐方の人間性が改めて見えた部分もありますので、次に書くときは、もっと佐方の内面まで踏み込んだ作品を書きたいと思います。


--いまのミステリー業界では、わりと軽めの小説が売れています。表紙はマンガ的で、ストーリーはマンガチックで、すぐに改行して、すぐに会話して、1時間もあればすぐに読めてしまう。面白いけれど人の心を一センチも動かさない。憂さをはらすかもしれないが、しかしそんなにお手軽なものが多くていいのかと思ってしまいます。作家として、柚月さんはそんな情況をどのようにみていますか? 自分の進む道はどのようなものと考えていますか?mudai6kenji.jpg


柚月 難しいご質問ですね(笑)。作品を軽いと見るか重いと見るかは、実作者ではなく読者が判断するものだと思いますし、装丁も好みの問題があると思います。ただ、書店の棚をみると、たしかにイラスト調の表紙の作品が目立つことは確かですよね。そのようななかで、自分が今後どのような作品を書いていくか。自分が書きたいものと、読者が求めるもの、あるいはブームが重なることが一番望ましいことなのかな、と思いますがそう簡単に上手くいくはずもない(笑)。
 そうしたなかで、今後の自分が進むべき道を考えたとき、やはり自分が書きたいものを書く、という考えに行きつくように思います。ただそれは決して書きたいことを書くだけの独りよがりの作品を書くということではなく、自分が書きたいことを、いかに読者の方に楽しんで読んでもらえるか、ということを常に考えながら書いていきたいと思っています。読んでくださる方あっての作品ですから。


--今後の予定について教えてください。


柚月 いままでは三作とも宝島社からの刊行でしたが、次は他社からの書き下ろしと雑誌連載を手掛けていきます。これからも人間を描いていきたいと思っています。


--今日はどうもありがとうございました。これからも期待しています。


(撮影現場  東北芸術工科大学)

 


 ◆プロフィール

柚月裕子(ゆづきゆうこ)。1968年岩手県生まれ。山形県在住。08年に『臨床真理』(宝島社文庫)で、宝島社主催の「このミステリーがすごい!」大賞を受賞。10年5月に2作目『最後の証人』(宝島社文庫)を刊行。多くの評論家から絶賛されている。

 


 

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