

vol.4
『傍聞き』
長岡弘樹氏
~アイデアのもとは「なるほど!」と思うこと~
長岡弘樹(作家)× 柚月裕子(作家)
■幼少時代/うそつき少年
― 今日は「傍聞(かたえぎ)き」(「小説推理」08年1月号)で、第61回日本推理作家協会賞短篇賞を受賞した長岡弘樹先生にお話をお聞きします。受賞作を表題作にした作品集も昨年双葉社から上梓され、各方面から注目を集めています。今日は小説に関することから長岡先生ご本人のことまで、いろいろお話をお聞きしたいと思います。
まず生い立ちからお聞きしますが、長岡先生は山形市のお生まれで、現在も山形市にお住まいですが、引越しの経験は一度もないのでしょうか?
長岡 引越しは市内で一度しています。子供の頃に住んでいた飯塚は田んぼばかりのところで、20年ほど前に今の住居がある場所に引っ越しました。
―― 長岡先生は小さいとき、どのようなお子さんだったのでしょう。
長岡 一言でいうと嘘つきかな。
―― 嘘つきですか? それは人が驚くのをみて楽しむような嘘などでしょうか。
長岡 もっと悪質だったと思います(笑)。自分が悪いことをするとそれを隠すために嘘をつくという感じですね。たちが悪いことこのうえない少年でした(笑)。
―― そのころから人を騙すトリックがお上手だったんですね(笑)
長岡 なるほど。そうかもしれませんね。嘘ばかりついているから小説に興味をもったのかな(笑)
―― 幼少の頃から本はお好きだったんですか?
長岡 まったく読んでいなかったですね。まわりが田んぼばかりですから、やることといえば野球やサッカーしかないんですよね。あと、自転車で田んぼや川をめちゃくちゃに走りまわったりとか。でも、マンガを描くのは好きでしたね。マンガが好きな友達がいて、その子と一緒にウルトラマンとかドラえもんのパクリなどをいつも描いていましたね。
―― 以前、山形新聞のインタビューで、映画が好きだと答えていらっしゃいますが、映画に興味をもたれたのはいつ頃からですか?
長岡 映画は小学校に入った頃から好きでした。当時はビデオもDVD もないから、テレビで放送している「日曜洋画劇場」のようなものしか見れませんでしたけれどもね。親から「早く寝ろ」と言われても、テレビにしがみつくようにして見ていました(笑)。
―― どのような映画がお好きですか?
長岡 どんなジャンルも見ますね。心に残っている映画は『北国の帝王』(1973年。監督ロバート・アルドリッチ。主演リー・マーヴィン、アーネスト・ボーグナイン)ですね。これはこんどエッセイにも書こうと思っているんですが、すごくみみっちい話なんですね。
―― みみっちいんですか?(笑)
長岡 みみっちいんです(笑)。列車が一本あって、そこにある放浪者(リー・マーヴィン)がただ乗りしようとするんですね。列車の車掌(アーネスト・ボーグナイン)は放浪者を絶対に乗せまいとするんです。それだけの話ですが、これがなかなか見応えがあるんですよ(笑)。いずれエッセイに書くのでごらんください。
―― 楽しみにしています。
■消去法で好きになった小説/デビュー作「真夏の車輪」
―― 小説に興味を持ったのはいつ頃からなんですか? そのきっかけは?
長岡 大学のときですね。いまでこそ運転手つきのロールスロイスに乗っていますが(笑)、当時は金がなくて食うにも困る有様だったんです。遊ぶ金なんてもちろんなくて、古本屋で一冊20円くらいの文庫を買ってきて読んでいたんです。金がないから、そんなことしかできないんですよね。ある意味、小説を好きになったのは消去法ですね。本を読んでいるうちに「面白いなあ」と思うようになった。それまで国語の教科書に載っているものしか読んだことがなかったので、「世の中、こんな面白いものを書く人がいるのか」と目からうろこでしたね。
―― 当時、どんな作品を読んでいたんですか?
長岡 「ピー」という音が入るような、この場では言えないような小説ばかりです。
―― え? 官能小説ですか?
長岡 ウソです(笑)
―― 一瞬、本気にしてしまいました(笑)
長岡 最初に好きになったのは逢坂剛さんの『カディスの赤い星』(講談社文庫/双葉文庫)というスペインを舞台にした冒険小説です。たまたま手にとって読んだんですが、めちゃくちゃ面白くて、あれで小説が一発で好きになりました。それで小説にはまって、最初は長編の冒険小説ばかり読んでいたんですが、なぜかそのうち短いミステリーばかり読むようになって、いまでは自分で書くのもそのような話だし、読むのも同じようなジャンルのものです。
―― ご自分で小説を書くようになったのは、いつ頃からですか?
長岡 20歳の頃かな。実はその頃、星新一さんが選者をつとめるショートショートのコンテストに一度入選しているんです。原稿用紙4枚のショートショートで、講談社文庫の『ショートショートの広場』の第4巻か5巻目に入っていると思います。それが最初に活字になった作品ですね。会話だけでもっていく話なので、小説と呼べるレベルのものではありませんでしたけれどもね。
―― それがはじめての投稿だったんですね。そのあと「真夏の車輪」で第25回小説推理新人賞をとりますが、それまでに投稿はしているんですか?
長岡 短編の推理小説を募集していたところに、何回か応募しています。
―― 受賞作「真夏の車輪」は『陽だまりの偽り』(双葉社、2006年。現在双葉文庫)には収録されていませんよね。どのような話なのでしょうか。
長岡 これは私の実体験の話で、高校生が自転車を盗まれる話です。私は高校時代に野球の応援に借り出されて、山形市から10キロ以上ある中山町の県営野球場に出かけたことがあるんですが、試合が終わって帰ろうとしたら自転車がパンクしていたんですね。それで困ったことがあったんです。ここまでは同じなんですが、そこから先は小説では、作品に出てくる高校生が自転車を盗んでしまうんですね。小説の話であって、実体験ではないですからね(笑)。そして小説では、自転車を盗まれた高校生が犯人を追う、という話です。
―― この作品は、どうして本に収録されなかったんですか?
長岡 作風がまったく違うんですね。『陽だまりの偽り』や『傍聞き』に収録されているものは、最後にトリックのオチがあるんですが、「真夏の車輪」は事件小説で、事のなりゆきをただ書いたものなんです。それで、担当の編集者と相談して収録するのはやめにしました。
―― ぜひ読みたいですね。読める機会を、いずれ作っていただきたいと思います。
■『傍聞き』/アイデアのもと
―― 今回の日本推理作家協会短篇賞を受賞した『傍聞き』は、アイデア型トリックサスペンスとして絶賛されています。トリックというと古典的な密室トリックや小物をつかった物質的なトリックを思い浮かべる読者も多いと思うのですが、長岡先生のトリックは人の感情がベースになっているトリックのように思うのですが、そのあたりは意識して書かれているのでしょうか。
長岡 物理的トリックは私は考えられないし、好きじゃないんですよ。だから、書かないようにしているし、最初から考えないですね。考えるのは、いま柚月さんが言われたような、感情トリックというか、心理の盲点をついた作品ですね。
―― 長岡先生の作品にはさまざまな職業のプロフェッショナル出てきます。作品集『傍聞き』では救急隊員、消防士、女刑事などですが、とても綿密に書かれています。どのように調べるのでしょうか。
長岡 想像ですね。私、取材は嫌いなんですよ(笑)。本を読んだりテレビをちょっと見たりはしますが、取材はしませんね。私としては、取材をして人から話を聞いたり本から得た情報をそのまま書くよりも、作家は事実と少しくらい違っていても、自分の頭で想像すべきではないかと思うんです。調べることに時間をかけるよりは、作品に出てくる人間の行動や、その職業ならではの出来事を想像するほうに、私は時間をかけますね。
―― それが結果的に、斬新なオチに繋がるのですね。
長岡 そうかもしれませんね。あまり物事にとらわれない発想をするようにはしています。
―― ご自分の作品で、一番気に入っている作品はどれですか。
長岡 『傍聞き』の一番最初に収録されている「迷い箱」ですね。刑務所を出て行き場のない人を一時的に預かる更生保護施設を舞台にした作品です。
―― 「迷い箱」とは、ものを捨てるためのひとつのテクニックのことですが、このアイデアはどこから生まれたのでしょうか。
長岡 10年くらい前にNHK のある番組でやっていたネタなんですよ。それをネタ帳から引っ張り出してきて書きました。「迷い箱」にものを捨てるのではなくて別なものを捨てたらどうなるのかなと。
―― では、自信作はどれですか?
長岡 やはり『傍聞き』のなかに出てくる「迷走」ですね。
―― 救急車が負傷した男を乗せながら街をさまよう話ですね。
長岡 これは担当編集者からなんども直せと言われて(笑)。ものすごい苦労した分、うまくできたかなと思っています。
―― 意外な展開とオチが待っていますからね。このアイデア型サスペンスのアイデアは、どこから生み出されるのでしょう。
長岡 一言でいうと、「なるほど」ですね。
―― 「なるほど」ですか?
長岡 「なるほど」と思ったときに、それをどうしても小説にしたくなりますね。例えば車を買ったとしますよね。買う前にパンフレットとかチラシとか見ますよね。でも、人は車を買ったあとでも、新聞に買った車の広告が載っていると必ず見るというんです。
―― なるほど、たしかにそういう心の動きをしますね。
長岡 人間の無意識な行動の裏にある心理がわかったときに「なるほど!」と思うんです。そして、そこにミステリーのネタがあるんじゃないかと思うんですね。私は怒りや悲しみといった感情よりも、人間の持つ“知(ち)”や“理(り)”という側面に、より惹かれているのだと思います。
■執筆に必要なもの/これから書きたいもの
―― これはこのコーナー恒例の質問ですが、長岡先生が執筆に欠かせないものはなんでしょうか。ちなみに私は、どこでも言っている話ですが(笑)、愛猫のルナがいないと書けません。
長岡 う~ん、私は魂がないと書けません。
―― 魂ですか(笑)。
長岡 はい(笑)。要は、魂というか気持ちですよね。書く気力がないと書けませんよね。あとは締め切りくらいかな(笑)。
―― 長岡先生の場合、雑誌連載のお話があっても締切りがあると書けなくなるから、すべてお断りして書き下ろしに専念されている、と聞きましたが。
長岡 いいえ、やはり雑誌の依頼があると、ありがたくて受けてしまいます。そうなると、どうしても締め切りが厳しく決まっている方を優先してしまいます。
―― 一日どのくらいパソコンに向かっていますか?
長岡 向かっている時間は長いですが、何も書きません(笑)。ネタ帳を広げて「これは使えるかな。これはどうかな」と頭を抱えています。エクセルという表計算のソフトに、思いついたネタと日付を10年くらいつけているんですが、それと睨みあって一日が終わりますね。ネタをかなりのメモしていますが、それこそ100近くあっても、使えるのは1%あるかないかかな。ほとんどがクズですね。
―― ネタが決まって書き始めると早いのですか?
長岡 そうですね。アイデア小説なので、最初のプロットがしっかりしていないとなんともなりませんから、そこにだいぶ時間はかけます。
―― 長岡先生はいま、短篇を中心にお書きになっていますが、長編を書く予定はないのでしょうか。
長岡 実は以前、小学館の「文芸ポスト」で連載していた長編があるんですね。ところが4話まで載せたところで、「文芸ポスト」が休刊になってしまって、中途半端になってしまったんですよ。そこで、書く気持ちが一瞬萎えてしまったんですが、編集者から「いいかげんにまとめろ」という厳命がくだりまして(笑)、今年はそれを出そうと思っています。
―― 長岡先生の初の長編が読めるのですね。それは楽しみです。ほかにどのような作品を書く予定ですか?
長岡 アイデア型のサスペンスに固執したいところですが、なかなか苦しいところまで来ているので(笑)、作風を変えて、冒険小説のようなものが書けないかなと思ったりもしています。
―― では最後に、作家になるために必要なものはなんでしょう。作家を目指す方に向けて一言お願いします。
長岡 小説に対する愛ですね。「小説が好きだ」という気持ちだと思います。その気持ちさえあれば、自然に読みつづけ、書くことになりますからね。どうか小説を愛してください(笑)。
―― わかりました(笑)。今日はお忙しいなか、ありがとうございました。新作を楽しみにしております。

09/4月 山形遊学館にて
◆長岡先生が講師をつとめられた『小説家になろう講座』の模様はこちらから
プロフィール
◆長岡弘樹(ながおか・ひろき)
筑波大学第一学群社会学類卒業。
団体職員を経て、2003年「真夏の車輪」で第25回小説推理新人賞を受賞。
2005年7月、第一作品集『陽だまりの偽り』(双葉社。現在双葉文庫)を上梓。
2008年5月、「傍聞(かたえぎ)き」(小説推理、2008年1月号)
で第61回日本推理作家協会賞短編部門を受賞する。
2008年11月、第二作品集『傍聞き』(双葉社)を上梓し、各社からの
原稿依頼が殺到する。今、もっとも注目されている新進気鋭の作家である。山形市在住。
◆柚月裕子(ゆづき・ゆうこ)
岩手県出身。山形県在住。
2008年、宝島社主催の第7回「このミステリーがすごい!大賞」において『臨床真理』で大賞を受賞。
現在、フリーライターとして、地域のタウン誌の取材、および地元テレビ局の仕事に従事している。
著作『臨床真理』(宝島社・2009年1月)。
現在、河北新報「微風旋風」と山形新聞「日曜随想」にエッセイを連載中。
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