第56回『あなたに有利な証拠として』

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  ◆リーガル・スリラーの真打ち/スティーヴ・マルティニの弁護士ポール・マドリアニ・シリーズ


 海外ミステリの出版洪水は、同時に品切れ・絶版本の増加も生み出している。凡作や駄作が消えていくことは当然として、傑作や秀作まで次々と棚から消え、さらに版元では断裁の憂き目にあうとなると、おいおいそれはないだろうと言いたくなる。
 ただひとつの救いは、新古書店やインターネットの古本屋が充実していて、品切れ・絶版本でもわりと簡単に入手できるようになったことだろう。
irainakibenngo.JPG ということで、今回は指折りの傑作を紹介する。隆盛をきわめるリーガル・サスペンスの真打ちといわれながらも、翻訳がとだえてしまった作家だ。スティーヴ・マルティニである。マルティニの弁護士ポール・マドリアニ・シリーズだ。『状況証拠』(角川文庫)、『重要証人』(集英社文庫)『依頼なき弁護』(同)『裁かれる判事』(同)『弁護人』(講談社文庫)と五冊出ているが、最高傑作はやはり『依頼なき弁護』だろう。どんでん返しが連続する鮮やかなミステリだからだ。

 弁護士のポールのところにニュースが届く。子供の養育権を巡って元夫ジャックと争っていた義妹ローレルが、ジャックの再婚相手を射殺したかどで逮捕されたのだ。彼女は無実を訴えるが、かたくなに何かを隠していたし、訴追側の女性検事は検事局一の辣腕。裁判の行方に暗雲が立ち込めることになる・・。

 まさに圧倒的な面白さである。何よりもプロットの勝利で、まったく先が読めない。二転三転どころか四転五転もする。単にツイストのためのツイストではなく、周到に伏線が張りめぐらされているので説得力がある。読者は最後の最後まで息つく暇なく、驚きにみちた意外な展開に釘付けになるだろうし、ラストのどんでん返しを一体どれだけの人が予測できるだろう。
 スコット・トゥロー(『推定無罪』)やリチャード・ノース・パタースン(『罪の段階』)ほどの小説の厚みと感動はないけれど、ジョン・グリシャム(『法律事務所』)を凌駕するサスペンスと昂奮がある。第一級の作家による、第一級のサスペンスだろう。

sabakareru.JPG 『弁護人』の解説でも紹介したが、かつて僕は、リーガル・サスペンスを〈アクション派〉〈リアリズム派〉〈謎解き派〉〈法廷劇派〉〈裁判小説派〉〈私小説派〉〈ジャンル結合派〉の七つにわけてみたことがあるけれど、マルティニは間違いなく〈謎解き派〉に入る。活況を呈する法廷ミステリのなかで最もミステリの興趣に富む作品を書いているのが、マルティニといえるだろう。これは一読された読者ならわかるだろう。最後の最後まで犯人がわからないのだ。そんなフーダニットの興味を充分に満喫させてくれるリーガル・サスペンスなんてほかにあるだろうか。
  それは『裁かれる判事』にもいえるだろ。弁護士ポール・マドリアニ・シリーズは、脇役たちの出入りも魅力のひとつで、この作品では、マドリアニの“仇敵”である、アーマンド・アコースタ判事が風俗課の囮捜査にひっかかり、売春教唆容疑で告発される場面からはじまる。アコースタならやりかねないと思ったが、ちょうどアコースタは警察の労働組合の不正を調査する大陪審の指揮をとっていた時期だった。事件に裏はないのだろうか? やがて重要証人が殺され、アコースタに疑惑の目が向けられる。
 そんな折り、かつてマドリアニが一緒に仕事をしたことがある郡首席検事補のルノー・ゴヤが、新任の上司と衝突、首席検事に解雇を言い渡され、マドリアニの事務所に間借りすることになる。そしてさっそく新しい依頼人を得て、弁護士の仕事をスタートさせるのだが、その依頼人とはなんとアコースタだった・・。
 被告人のアコースタ判事は、主に『状況証拠』でマドリアニを痛めつけた底意地悪い頑固な偽善者であり、ゴヤ検事補は『重要証人』で成熟した女性の魅力を放ちながら準主役として活躍した忘れがたい存在である。

bengonin.JPG 人物たちがゆるく絡み合う妙味もいいが、そもそもマルティニは人物描写が得意である。脇役の一人一人まで個性豊かに描かれ、生々しい存在感を示すのだ。アコスタもゴヤも物語の進展で微妙な陰影を見せていくが(この辺りはさすがに巧い)、しかしそれ以上に圧倒的に迫ってくるのは、マドリアニと敵対する悪役だろう。本シリーズには、ディック・フランシスの競馬シリーズのように、主人公を精神的に追いつめる強烈な悪役が存在するのだが(それによって読者はヒーローに共感を覚えることになるのだが)、本書では政治力を駆使する検事や暴力的な警察組合の委員長や彼の手下などが前面に出てきて、小説を熱いものにしている。読者のエモーションを激しくかきたてるのである。

 ともかく、『依頼なき弁護』も『裁かれる判事』も、あるいは僕が解説を担当した『弁護人』も、謎解きの面白さのほかに確かな人物描写、敵対する人物との息詰まる対決、白熱する法廷シーン、手に汗にぎるサスペンスを味わい、深いカタルシスにひたることができるのだ(特に『裁かれる判事』のラストのエピソードは拍手ものである)。
 トゥローもグリシャムも、どちらかというと普通小説に傾斜するきらいがある(とくにトゥロー。それがいいのだけど)。いまやエンターテインメントとしてのリーガル・サスペンスの真打ちはまさにスティーヴ・マルティニ、ということを証明している恰好の作品たちである。

 

 

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