
『春休み特別篇 1本の書評ができるまで』
書評はいったいどうしたら書けるようになるのでしょう。うまく書けないので困っている--。
そんな質問を受けたり、悩みを告白されたりすることが多い。
そこで今回は、たんに書評を提示するのではなく、書評がどのようにして形になったのか、そのプロセスを含めて紹介してみたいと思う。テキストは、逢坂剛の『兇弾』(文藝春秋)。ちょうど週刊現代から書評依頼があり、枚数3枚の書評をいかにして作り上げたか、その過程を明らかにします。
なお、池上冬樹的書評の書き方になるが、そのプロセスに関心のない人は、いきなり「8」にとんでください。

●1 感想メモをまずパソコンにうちこむ
いやあ、やはり面白い。スピーディーで、力強く、先が読めなくて、わくわくしてしまう。ほとんどすべての人物が腹に一物をもっていて、何かしら相手の裏をかこうとする。その騙しあい、化かしあいの面白さ。もっと強烈なサディズムとエロティシズムがあると嬉しかったが、それでも充分スリリングで魅力的だ。逢坂剛の真骨頂だね。
※以上が、読後すぐにメモした手書きの感想である。この読後すぐのメモが使えないこともあるけれと(あまりに私的な感情的な読み方のときなど)、ほとんどはこの最初の感想メモが書評の中心になる。『兇弾』も例外ではない。
●2 リード(前書き)を考える。未読の読者に対する作品の紹介。『兇弾』の場合は禿鷹シリーズの紹介となる。
痛快無比のシリーズが帰ってきた! いや“新章”の始まりというべきか。
渋谷神宮警察署の悪徳刑事、禿富鷹秋。通称“ハゲタカ”。富のあるところに食らいつき、ヤクザも南米マフィアも恐れず手玉にとり、悪徳の限りをつくす。その悪党の活躍を『禿鷹の夜』『無防備都市 禿鷹の夜Ⅱ』『銀弾の森 禿鷹Ⅲ』『禿鷹狩り 禿鷹Ⅳ』(すべて文春文庫)で描いてきたが、作者はなんと人気シリーズにもかかわらず、『禿鷹狩り』で禿鷹を殺してしまったのだ(!)。
もともと単発の作品で禿鷹は最後に死ぬはずだったが、雑誌連載中から読者の人気が高まり、殺さないでほしいという要望が相次いで、シリーズ化をはかるものの『禿鷹狩り』で、禿鷹なみの悪徳女性刑事を登場させ、南米マフィアと地元やくざとの抗争を劇化させて殺してしまったのだ。普通ならヒーローの死でシリーズは終了するはずだが、さすがは手練の逢坂剛。禿鷹の死から物語をスタートさせて、新たな警察暗黒小説を送り出している。
※“新章”というのは、カバーにあるコピー。ちょうど背文字のところにある。
※「雑誌連載中」の雑誌とあるのは具体的には「オール讀物」であるが、そこまで詳しく書く必要はないだろう。
●3 ストーリー紹介を作る。何がいいのか、バージョンを考えながら。
▼その1。役職と氏名をいれた詳細なストーリー。
禿鷹が亡くなって数カ月、死を賭して守った署内の裏帳簿のコピーは表に出ることなく、警察庁幹部によって葬りさられようとしていた。それを何とか打破したいと願う禿鷹の同僚だった御子柴(みこしば)警部補、殺人事件の犯人たちを隠匿して反撃の機を狙う悪徳女性刑事岩動寿満子(いするぎすまこ)、やくざと繋がりのあるバーのママと関係をもつ嵯峨警部補、禿鷹と親しかったやくざの幹部たち、渋谷に進出している南米マフィア幹部の愛人で禿鷹を憎んでいたボニータ、そして不可解な行動をとる禿鷹の妻司津子などが加わり、錯綜していく。
▼その2。改行もなくだらだらしているし、詳しい氏名が情報としてうるさいので、名前を削り(ただし妻の司津子は重要なキャラクターなので名前を残す)、ストーリー紹介にメリハリをもたせる。
禿鷹が亡くなって数カ月、死を賭して守った署内の裏帳簿のコピーは表に出ることなく、警察庁幹部によって葬りさられようとしていた。その情況を打破しようとする者もいれば、コピーのコピーを奪おうとする者もいた。いったい誰が敵で、誰が味方なのか。
コピーの争奪をめぐり、禿鷹の元同僚警部補、禿鷹と対立していた悪徳女性刑事、幹部のスパイと噂される警部補、禿鷹と親しかったやくざの幹部たち、そのやくざと対立する南米マフィア幹部の愛人、さらに禿鷹の妻司津子も加わって混沌としてくる。
▼その3。「2」は長いので、すこし削ることにする。
禿鷹が亡くなって数カ月、死を賭して守った署内の裏帳簿のコピーは表に出ることなく、警察庁幹部によって葬りさられようとしていた。
その情況を打破しようとしてさまざまな人物が動きだす。コピーの争奪をめぐり、禿鷹の元同僚警部補、禿鷹と対立していた悪徳女性刑事、幹部のスパイと噂される警部補、禿鷹と親しかったやくざの幹部たち、そのやくざと対立する南米マフィア幹部の愛人、さらに禿鷹の妻司津子も加わって混沌としてくるのだ。
●4 作者の手柄を文学史的な視点から捉え、作品の個性を伝える。
書評する場合、縦の線(過去ら現代までの文学史)と横の線(そのジャンルの現代性、および現代文学の作家たちの仕事との兼ね合い)を引き、作品を浮き上がらせる。作品の売りと長所は何かを具体的に顕彰(および検証)する。
もともと『禿鷹の夜』が顕著だが、シリーズ・ヒーローとはいえ、作者は徹底して禿鷹を外側から描き、一切心理を書かなかった。これはダシール・ハメットの『マルタの鷹』に代表されるアメリカン・ハードボイルドへの先祖返りであったが、本書にもまたそれがうかがえる。外面描写という伝統的なスタイルへの回帰はないが、そのかわり、マルタの鷹をめぐって人物たちが戦い争ったように、本書では署内の裏帳簿のコピーをめぐって、刑事からやくざまでが争いを繰り広げ、死体の山を築いていくからだ。
●5 「4」に「1」を加えて(若干「1」をアレンジして)、昂奮を伝える。
もともと『禿鷹の夜』が顕著だが、シリーズ・ヒーローとはいえ、作者は徹底して禿鷹を外側から描き、一切心理を書かなかった。これはダシール・ハメットの『マルタの鷹』に代表されるアメリカン・ハードボイルドへの先祖返りであったが、本書にもまたそれがうかがえる。外面描写という伝統的なスタイルへの回帰はないが、そのかわり、マルタの鷹をめぐって人物たちが戦い争ったように、本書では署内の裏帳簿のコピーをめぐって、刑事からやくざまでが争いを繰り広げ、死体の山を築いていくからだ。
いやあ、やはり面白い。スピーディーで、力強く、先が読めなくて、わくわくしてしまう。ほとんどすべての人物が腹に一物をもっていて、何かしら相手の裏をかこうとする。その騙しあい、化かしあいが鮮やかだ。しかも逢坂剛本来のサディズムとエロティシズムで行ってれるからたまらない。とくにラストがいい。
前作『禿鷹狩り』でも、終盤での場面を限定した葛藤劇が凄まじかったが、今回も警察署の二階を舞台にして関係者たちが一同に会し、銃と爆薬をそなえた対立は緊迫感みなぎり、はらはらするのだ。どのような結末を迎えるのかわからなくて一段とスリリングだ。
●6 「4」と「1」のミックスが悪く、「5」は文章の流れが停滞している(つながりがもうひとつの)感が否めない。そこで「5」の文章の順序を入れ替えし、なおかつ文章も見直す。
いやあ、やはり面白い。スピーディーで、力強く、先が読めなくて、わくわくしてしまう。もともと禿鷹シリーズでは、禿鷹を外側から描き、一切心理を書かないという、ダシール・ハメットの『マルタの鷹』に代表されるアメリカン・ハードボイルドへの先祖返りがあったが、本書では外面描写という伝統的なスタイルへの回帰ではなく、『マルタの鷹』という物語へのオマージュがある。鷹の彫像をめぐる争いが、ここでは裏帳簿のコピーのそれになり、死体の山が築かれていくからだ。ほとんどすべての人物が腹に一物をもち、相手の裏をかこうとする。その騙しあい・化かしあいが、逢坂剛本来のサディズムとエロティシズムを加味しながら行われるからたまらない。
それにしても、前作同様、終盤の緊迫感みなぎるアクションに昂奮を覚えるとともに一抹の不安もきざす。前作『禿鷹狩り』でも、終盤での葛藤劇が凄まじかったが、今回も警察署の二階を舞台にしたクライマックスが迫力満点で、驚愕の結末を迎えるからだ。
●7 「6」の文章に締めくくりの文章を加える。
いやあ、やはり面白い。スピーディーで、力強く、先が読めなくて、わくわくしてしまう。もともと禿鷹シリーズでは、禿鷹を外側から描き、一切心理を書かないという、ダシール・ハメットの『マルタの鷹』に代表されるアメリカン・ハードボイルドへの先祖返りがあったが、本書では外面描写という伝統的なスタイルへの回帰ではなく、『マルタの鷹』という物語へのオマージュがある。鷹の彫像をめぐる争いが、ここでは裏帳簿のコピーのそれになり、死体の山が築かれていくからだ。ほとんどすべての人物が腹に一物をもち、相手の裏をかこうとする。その騙しあい・化かしあいが、逢坂剛本来のサディズムとエロティシズムを加味しながら行われるからたまらない。
それにしても、前作同様、終盤の緊迫感みなぎるアクションに昂奮を覚えるとともに一抹の不安もきざす。前作『禿鷹狩り』でも、終盤での葛藤劇が凄まじかったが、今回も警察署の二階を舞台にしたクライマックスが迫力満点で、驚愕の結末を迎えるからだ。
いったい“新章”の展開は今後どうなるのか、まったく先が読めない。でも新展開の行方が気になって仕方がない。数年に一作ではなく、一年に一作のペースで書いてもらえないか。それほど娯楽に徹した抜群のシリーズだ。お薦め!
●8 以上の7番までの文章を見直して、完成したのが、以下の書評(「週刊現代」2月6日号掲載)である。
痛快無比のシリーズが帰ってきた! いや“新章”の始まりというべきか。
渋谷神宮警察署の悪徳刑事、禿富鷹秋。通称“ハゲタカ”。富のあるところに食らいつき、ヤクザも南米マフィアも恐れず手玉にとり、悪徳の限りをつくす。その悪党の活躍を『禿鷹の夜』『無防備都市 禿鷹の夜Ⅱ』『銀弾の森 禿鷹Ⅲ』『禿鷹狩り 禿鷹Ⅳ』(すべて文春文庫)で描いてきたが、作者はなんと人気シリーズにもかかわらず、『禿鷹狩り』で禿鷹を殺してしまったのだ(!)。
もともと単発の作品で禿鷹は最後に死ぬはずだったが、雑誌連載中から読者の人気が高まり、殺さないでほしいという要望が相次いで、シリーズ化をはかるものの『禿鷹狩り』で、禿鷹なみの悪徳女性刑事を登場させ、南米マフィアと地元やくざとの抗争を劇化させて殺してしまったのだ。普通ならヒーローの死でシリーズは終了するはずだが、さすがは手練の逢坂剛。禿鷹の死から物語をスタートさせて、新たな警察暗黒小説を送り出している。
禿鷹が亡くなって数カ月、死を賭して守った署内の裏帳簿のコピーは表に出ることなく、警察庁幹部によって葬りさられようとしていた。その情況を打破しようとしてさまざまな人物が動きだす。コピーの争奪をめぐり、禿鷹の元同僚警部補、禿鷹と対立していた悪徳女性刑事、幹部のスパイと噂される警部補、禿鷹と親しかったやくざの幹部たち、そのやくざと対立する南米マフィア幹部の愛人、さらに禿鷹の妻司津子も加わって混沌としてくる。
いやあ面白い。スピーディーで力強く、先が読めなくてわくわくしてしまう。もともと禿鷹シリーズでは、禿鷹を外側から捉えて一切心理を書かないという、ダシール・ハメットの『マルタの鷹』に代表されるアメリカン・ハードボイルドへの先祖返りがあったが、本書では『マルタの鷹』という物語へのオマージュがある。鷹の彫像をめぐる争いが、ここでは裏帳簿のコピーのそれになり、死体の山が築かれていくからだ。ほとんどすべての人物が腹に一物をもち、相手の裏をかこうとする。その騙しあい・化かしあいが、逢坂剛本来のサディズムとエロティシズムを加味しながら行われるからたまらない。
それにしても、前作同様、終盤の緊迫感みなぎるアクションに昂奮を覚えるとともに一抹の不安もきざす。前作『禿鷹狩り』でも、終盤での葛藤劇が凄まじかったが、今回も警察署の二階を舞台にしたクライマックスが迫力満点で、驚愕の結末を迎えるからだ。いったい“新章”の展開は今後どうなるのか、まったく先が読めないのだ。同時に新展開の行方が気になって仕方がない。数年に一作ではなく、一年に一作のペースで書いてもらえないか。それほど娯楽に徹した抜群のシリーズだ。お薦め!
■書評の蔵出しです。品切れ本もありますが、すべてお薦め。傑作揃いです。
●鍬本實敏『警視庁刑事ー私の仕事と人生』(講談社→講談社文庫)
「・・(近年のミステリ)キャラクターが職業や肩書で決められ、善悪や罪と罰のあり方も一面的で作品の奥行きをなくしているのである。/本書は、小説や映画の刑事像を修正だけでなく、ミステリの類型化した性格描写の修正も迫る本といえるだろう。示唆に富む、ミステリの副読本だ」--1997年3月30日付朝日新聞読書面「売れてる秘密」より
●中条省平『小説家になる!2』(メタローグ→『小説家になる!』(メタローグ文庫)
「・・ともかく本書は、レベルの高い小説作法指南書であり、同時に古今東西の名作を徹底的に分析した優れた文学鑑賞の本でもある。小説家志望者ばかりではなく、文学ファンもまた、自らの文学観を更新するうえで無視できない本だろう」--2001年2月26日産経新聞より
●J・G・バラード『コカイン・ナイト』(新潮社)→新潮文庫
「・・カフカ的な迷宮趣味が秀逸である。犯人探しと動機探しが次第に理想の未来社会がもつ空虚さの核心へと入っていく。・・余談だが、僕は本書を読みながら、デイヴィッド・リンチの映画を思い出していた。混沌とした生と性を、時に暴力的に、とくに思弁的に語るバラードの物語はまさにリンチ。リンチファンにもお薦めしたい鬼才の秀作だ」--2002年2月10日付東京新聞読書面より
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