第36回 『あなたに有利な証拠として』

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■石田衣良編『危険なマッチ箱-心に残る物語 日本文学秀作選』(文春文庫)

<書籍>

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 数年前に、文春文庫から日本文学のアンソロジーが出た。浅田次郎編『見上げれば星は天に満ちて―心に残る物語 日本文学秀作選』、宮本輝編『魂がふるえるとき-心に残る物語 日本文学秀作選』、山田詠美編『幸せな哀しみの話―心に残る物語 日本文学秀作選』の3作で、これで終わりかなと思っていたら、昨年の11月に桐野夏生編『我等、同じ船に乗り-心に残る物語 日本文学秀作選』、12月に石田衣良編『危険なマッチ箱-心に残る物語 日本文学秀作選』、今年の1月に沢木耕太郎編『右か、左か―心に残る物語 日本文学秀作選』と立て続けに3作上梓された。6作でいちおう完結のようだが、この6作はみな個性的で、秀作揃いである。

 日本文学の王道という意味では、宮本輝編をお薦めしたいし、わが立原正秋の埋もれた傑作短篇「手」や永井龍男の「青梅雨」を収録した浅田次郎編もいい。もちろん山田詠美編、桐野夏生編、沢木耕太郎編もそれぞれの作家の特徴が出ていて印象深いが、一冊だけをあげろというなら、石田衣良編になるだろうか。もう僕の好みとほとんど同じで、作家のラインナップ(石川淳、吉田健一、岡本かの子、川端康成、内田百□、山川方夫、山本周五郎など)を見て嬉しくなった。

 まず、冒頭に石川淳の「紫苑物語」をもってきたのが素晴らしい。日本の文豪といえば川端康成や谷崎潤一郎や三島由紀夫の名前があがるが、石川淳もまた(あまり読まれていないが)大文豪だろう。精神の運動をきざみこむ格調高い文章とシンボリックな物語は誰も真似のできない凄さをもつ。嘘だと思うなら、「紫苑物語」を読んでほしい。ぐいぐい引き込まれ、文章に心をふるわせ、象徴の極致へとむかう物語に度肝をぬかれるはずだ。

 吉田健一の「饗宴」もいい。いっけんだらだらとしているようにみえて、粘りのある、しなやかでからみついてくる文章の魅力には、かならずや陶然となるはずだ。
 岡本かの子の「鮨」も傑作。岡本かの子(芸術家岡本太郎の母親である)がもつ無残な美、美しくおいしいものに存在する残酷でグロテスクなものを嬉々として描く才能はここでも発揮されていて、すばらしく気色悪い(笑)。もう、かの子の文章の気持ち悪さは最高ですね(笑)。

kikennna220.jpg 川端や内田や山川の作品セレクトも正しいが、今回のアンソロジーで意表をつかれたのが、俳人西東三鬼の短篇である。くやしいことに読んでいなかった。ずっと気になっていたのだが、俳人ということもあり、あとまわしにしていた。『神戸』に収録された第九話「鱶の湯引き」が掲載されているのだが、この不埒な女性関係をたんたんと、ときに素っ頓狂に描いてなかなかふてぶてしく、それでいて脱力のユーモアもふわりと示して、あなどれない。さっそく講談社文芸文庫に入っている西東の『神戸』を読んでみようと思う。そうすれば、石田衣良の『夜の桃』(本レヴューの第1回でとりあげた傑作)と関連が見えるかもしれない。第1回のレヴューにも書いたが、タイトルの『夜の桃』は西東の“中年や遠くみのれる夜の桃”からとられているからである。

 ほかの作品にふれるスペースはないが、いずれにしろ、ほかのアンソロジーもそうだが、この小説集もまた、選者の文学的な好みを語りつつ、同時に選者が書いてきた文学の根幹とかかわる要素を物語っているだろう。その意味でも石田ファンは必読。もちろん日本文学ファンもまた。

 


■オールタイム・ベスト10



 「このミステリーがすごい!」と並ぶ、年末のベストテンムック、「ミステリが読みたい!ミステリマガジン編集部編」(ミステリマガジン編集部編)の2010年版に、「海外ミステリ・オールタイム・ベスト100 for ビギナーズ」というコーナーがある。「作家、書評家などを中心としたミステリ読みのプロフェッショナルたちに、ミステリ初心者に薦めたい作品について、アンケートを実施」した。「これまで刊行されたすべての海外ミステリを対象に」にして、10作以上選んでもらうものである。
 その結果、ベスト10は、『そして誰もいなくなった』『幻の女』『ブラウン神父の童心』『ロング・グッドバイ』(『長いお別れ』)『死の接吻』『シャーロック・ホームズの冒険』『アクロイド殺し』『Yの悲劇』『羊たちの沈黙』『ボーン・コレクター』という順序になった。『羊たちの沈黙』や『ボーン・コレクター』が入っているあたりが、ちょっと新しいね。
 いちおうベスト100まで紹介されているが、そこに僕が選んだ作品が3作入っている。逆にいうなら、残り7作が圏外ということである。その雑誌では個々のメンバーのベスト10がわからないので、ここで僕のオールタイム・ベスト10を明らかにしておこう。僕はこんな作品を選んだ。

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1ロス・マクドナルド『ウィチャリー家の女』(ハヤカワ文庫)
2ロス・マクドナルド『地中の男』(ハヤカワ文庫)
3デイヴィッド・グターソン『殺人容疑』(講談社文庫)
4ローレンス・ブロック『死者との誓い』(二見文庫)
5スコット・スミス『シンプル・プラン』(扶桑社ミステリー)
6ディック・フランシス『血統』(ハヤカワ文庫)
7コーネル・ウールリッチ『喪服のランデヴー』(ハヤカワ文庫)
8ジェイムズ・クラムリー『さらば甘き口づけ』(ハヤカワ文庫)
9ジェイムズ・エルロイ『ホワイト・ジャズ』(文春文庫)
10ローリー・リン・ドラモンドの『あなたに不利な証拠として』(ハヤカワ文庫)



mohukuno220.jpg 1と8と9が「ミス読み」と重なった作品である。「ミス読み」では1が32位、8が48位、9が60位である。
 ベスト10においては、ロス・マクドナルドを10冊並べてもよかったが、とりあえず2冊。ロス・マクには名作が多いが、全篇、山火事のなかで事件が進行する2は、炎が象徴的に響いていて忘れがたい作品である。

 ロス・マクを2冊選んで、ほかは1作家1作品にした。で、我ながらびっくりなのだが、ハメットもチャンドラーもドナルド・E・ウェストレイク(リチャード・スターク)もエド・マクベインもはいっていないリストになってしまった。結局、作家よりも作品の好みを優先したからである。もっと優先すると(本レヴューでも紹介したことのある)バーナード・ショーペンの『荒野の顔』、トマス・マクスウェルの『キス・ミー・ワンス』などマイナーな作品が並ぶことになるわけだが、さすがにそれは自粛した。
 とはいえ、いま、別の雑誌から依頼があったら、おそらくはチャンドラー『長いお別れ』、スターク『人狩り』、エド・マク『白雪と赤バラ』あたりをいれるような気がする。ハメットの『ガラスの鍵』をいれてもいい。

kettou220.jpg それにしても、オールタイム・ベスト10の企画では、かならずウールリッチ/ウィリアム・アイリッシュの『幻の女』が入るけれど、その嫋々たるムードと切なさと哀愁という点で、ウールリッチのベストは7になるだろう。僕がウールリッチが好きだというと意外な顔をされるのだが、自分でいうのもなんだが、僕は基本的にロマンティシズムあふれる作品に愛着があり、ついつい贔屓してしまう傾向がある。

 6にいれたフランシスの競馬シリーズも傑作揃い。「ミス読み」では32位に『利腕』、34位に『大穴』、38位に『興奮』の3冊が入っているけれど、その3作も文句なしの傑作であるが、ベスト1は自殺願望のスパイを主人公にした『血統』でしょう。大沢在昌さんにインタヴューしたときも、『血統』がいちばんいい、という話をうかがって嬉しくなったものだ。
 ほかの作品については、本レヴューでも過去に紹介したことがあるので触れない。ともかく僕のベスト10、いずれも名作揃いです。ぜひお読みください。そのうち裏のオールタイム・ベスト10でも紹介してみようか。

 

 


■『カンバセーション・・盗聴』(1974年。監督フランシス・F・コッポラ)

<DVD>


 




「・・アイデアを思いついたきっかけは、図々しい話だが、大好きな映画を自分なりに撮り直してみたかった。
それがアントニオーニの『欲望』だ。美しく魅力的な作品だ。
独特の雰囲気、質感と台詞の少ない演出とが、あの物語では完全に融合している。
僕が撮りたいのはそういう映画だった」

 

 

 ほとんど30年ぶりの再見である。昔見て気に入った映画をもういちど見直す作業を昨年からしているのだが、この映画もそう。アマゾンのバーゲンで、DVDが3枚で3000円というので、『カンバセーション』を買わなければと思ったのである。30年前に見たとき、感心したのだが、しかし覚えているのは、部屋を破壊しつくすラストの場面ばかりで、まったくストーリーもキャストも忘れていた。ただし、なんともいえない寒々とした孤独感の手触りだけは覚えていて、それが30年ぶりに見たら、相変わらず映画にあった。ひょっとしたら僕は、この孤独感が好きで、DVDを求めたのかもしれない。

conversation220.jpg 主人公は盗聴のプロのハリー・コール(ジーン・ハックマン)。依頼をうけて、あるカップルの会話を盗聴するのが仕事だったが、二人は警戒してか、賑やかで騒々しい人込みの公園をぐるぐるまわるために、最新の機械を使っても、なかなか会話をつかみとれなかった。
 それでも一人、ハリーが雑音を排除して声の精度をあげていき、二人の言葉をクリアにすることに成功する。しかしそれは同時に、好奇心を禁じ、事件に深入りすることをしなかったハリーが、自らのルールを破るときでもあった。カップルはどんな関係なのか。依頼主の動機は何なのかが、ある瞬間に劇的に見えてくる・・。

 自分のテクニックに絶対の自信をおき、盗聴という仕事に誇りをもつハリー。しかしそんなハリーにも、忘れたい過去があり、そこから逃れるべくニューヨークからウェストコートの街にやってきたことがわかる。だからこそ静かに、他者とは関わらないように生きていこうとするのに、事件にまきこまれ、身動きがとれなくなる。

 そんな孤独で、冷徹なプロを、ジーン・ハックマンが見事に演じている。女性と触れ合いたいのに、相手が心の内に入ってこようとすると距離をおき、やさしくさりげなく部屋から出て行こうとするが、一方で、押しの強い女性の求愛には不承不承応じてしまう。
 孤独な男と女の触れ合いも見せるが、やはり目をひくのは盗聴のプロの意地であり、自信だろう。それがあるがゆえに事件を調査し、それを元にして関係者をリードできるのだが、しかしいつもいつも技術で優位にたっていられる保証はなく、油断すれば窮地に立たされることもある。この作品が優れているのは、その綱渡りの危険性を、謎めいた事件を通してあざやかに描いている点だろう。

 冒頭に引用したのは、オーディオ・コメンタリーでコッポラ監督が述べている言葉である。アントニオーニの『欲望』からインスパイアされたというのは知らなかった。次は、『欲望』を見ないといけないということか。これまた70年代にみた一本で、スタイリッシュな映像に興奮した覚えがある。
 そのコメンタリーでも告白しているが、『カンバセーション』は、自分の脚本にこだわり、映画化の準備をしていても資金が集まらなくて頓挫していた企画だった。それが72年に監督した(コッポラはさほど乗り気でもなかった)『ゴッドファーザー』が大ヒットし、それで注目されて、『カンバセーション』の映画化が実現したという。ハックマンは、71年の『フレンチ・コネクション』でアカデミー主演男優賞を受賞していたから、まさに黄金コンピでもある。

 この映画には、若きハリソン・フォードが、ハリーの依頼人の男性秘書の役で出てくる。有能な、でもどこかゲイ的な匂いを感じさせる役柄である。カップルの男性の役を演じているのは、これまた若きフレドリック・フォレスト。『ハメット』でハメットを演じた渋い役者であるが、この映画では実に若々しく別人に見えた。
 俳優以外では、デイヴィッド・シャイアの音楽があざやか。力強く街のリズムを刻みつつ、ハリーの寒々とした内面を捉えたかのようなリリカルなピアノを響かせて、ときにメロディアス。人物の心象をうつしとり、見るものにエモーションのかたまりをしかと伝えてくれる。

 なお、むかしの字幕だから仕方ないが、ところどころ訳されないところがある(盗聴の映画なのに!)。英語の言葉が聞こえてくるのに(たとえば新聞記者の質問だったり、隣の部屋の会話だったり)、それが翻訳されない。ためしに英語字幕で見ると、聴覚障害者のためもあってか、実に丁寧にひとつひとつの言葉を拾っていて、切迫したドラマの印象を強くもたせている。時間と関心のある人は、英語字幕で見るといいかも。

 


■書評の蔵出しです。みなお薦めです。

●藤沢周平『日暮れ竹河岸』(文藝春秋)→文春文庫
「・・時代小説ならではの細やかな人情の機微と哀切な関係で酔わせ、現代的な視点でうならせる。郷愁をよぶ時代小説でありながら、充分に現代を呼吸する藤沢。僕らは偉大な作家を失ったのだと、本書を読みながらつくづくそう思った」--1997年2月23日付朝日新聞読書面「売れてる秘密」より

●東野圭吾『名探偵の掟』(講談社)→講談社文庫
「本格ミステリのパロディ集だが、その徹底した(ある意味ではメタフィクション的な)試みは見事で、読者はまさに“抱腹絶倒”。本格ファンも本格嫌いも愉しめる希有な作品だ」--「正論」1997年2月号

●ジェイムズ・エルロイ『ビッグ・ノーウェア』(文藝春秋)→文春文庫
「・・本書は、一歩一歩犯人を追い詰める堂々たる警察捜査小説であり、また、精神的外傷を抱えた人間たちの狂気と暴力を見据えた優れた犯罪小説でもある。まちがいなく、ミステリのベストテンの上位を占めるだろう、今年の収穫の一冊だ」--「マフィン」1994年2月号

●チャールズ・ブコウスキー『パルプ』(学習研究社)→新潮文庫
「・・タイトルにあるように、三文雑誌(パルプ・マガジン)の三文小説の見本みたいに思えるのだが、これがラストに至り、とんでもない話になる。ただのハードボイルド・パロディが、鋭い寓話に変貌するのだ。この呼吸たるや、天晴れ! さすがはブコウスキーだ」--「自由時間」1996年2月15日号

 


 


 

  

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