第35回 『あなたに有利な証拠として』

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■2009年文庫解説リスト

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「WEB本の雑誌」の目黒考二(北上次郎)さんの連載「目黒考二の何もない日々」で、評論家たち(北上次郎、大森望、杉江松恋、そして僕)の09年度の解説(文庫・単行本)リストがオープンになっている。1月6日(水)のコラムである(http://www.webdoku.jp/column/meguron/)。
 リストを見ると、それぞれの評論家の特性や守備範囲などがわかって面白い。けっこう力をこめて書いているわりには、解説を読む機会がないので(読みたくてもなかなか見つけられないので)、ぜひリストをみて、面白い本を探してほしいと思う。

 さて、自分のレヴューをもっていて、そこできちんと09年度を明らかにしないのは不親切なので(ほかの場所で明らかにして本コラムで書かないのはね)、あらためてリストアップして紹介したいと思う。以下が、昨年書いた解説の一覧である。5本ずつ紹介していこう。
 


1乃南アサ『風の墓碑銘(エピタフ)』(新潮文庫、2009年1月)
2永瀬隼介『誓いの夏から』(光文社文庫、2月)
3誉田哲也『ジウⅢ 新世界秩序』(中公文庫、2月)
4佐々木譲『ラストラン』(ポプラ社文庫、4月)
5片岡義男『花模様が怖い 謎と銃弾の短篇』(ハヤカワ文庫、4月)

jiu3220.jpg1の乃南アサは、抜群のストーリーテラーである。ストーリーテリングのみならずキャラクターの捉え方が巧みで、なおかつテーマ把握が強いので、読み応えがある。
2の永瀬隼介は、文学賞には恵まれていないが(不運である)、実力は折り紙付き。この人、そのうち大傑作を書くような気がする。
3は、文庫化されてものすごく売れているシリーズだ。『ストロベリー・ナイト』(光文社文庫)もベストセラーを記録しているが、僕は『ジウ』のほうを買う。

4は、先日『廃墟に乞う』(文藝春秋)で直木賞を受賞した佐々木譲の原点ともいうべき作品集。佐々木ファンにはおなじみのバイク小説集だ。
5については、本コラムの第17回でもとりあげました(http://www.sakuranbo.co.jp/special/review/017.html)。必読の傑作短篇集です。ぜひぜひお読みください。

6ロス・マクドナルド『兇悪の浜』(創元推理文庫、4月)
7森村誠一『棟居刑事の純白の証明』(中公文庫、4月)
8川上弘美『夜の公園』(中公文庫、4月)
9新庄節美『夏休みだけ探偵団 二丁目の犬小屋盗難事件』(日本標準、4月)
10管野ひろし『秒奪 交通システムに侵入せよ』(ポプラ社、7月)

yorunokouen220.jpg6は、わが最愛のロス・マク作品の解説。初期から中期に至る秀作です。
7は、国産ミステリで、いまや最もロマンティシズム(それも埃のついていないロマンティシズム)をもつ作家の作品です。この浪漫性はもっと評価されていい。
8は、川上作品の秀作。夫婦関係が実にスリングに描かれてある。
9は、少年少女向きに書いた解説。平易に優しく書くのは意外と難しいですね。
10は、パニック小説の収穫のひとつ。注目してください。

11スティーグ・ラーソン『ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士』(早川書房、7月)
12真保裕一『栄光なき凱旋』(文春文庫、7月)※上中下の下巻に
13北方謙三『旅のいろ』(講談社文庫、9月)
14藤原伊織『ひまわりの祝祭』(角川文庫、9月)
15志水辰夫『青に候』(新潮文庫、10月)

11は、各ミステリ・ベストテンで第1位を記録したシリーズの第3弾。第25回を参照してください(http://www.sakuranbo.co.jp/special/review/025.html)。tabinoiro220.jpg
『ミレニアム1』は第9回、『ミレニアム2』は第18回です。年間ベストテンクラスではなく、ここ10年のベストテンクラスの大傑作。現代の古典といってもいい。

12は、戦争小説の傑作。長いですが、読む価値があります。解説で紹介した2冊の本、デイヴィッド・グターソン『殺人容疑』(講談社文庫)とニーナ・ルヴォワル『ある日系人の肖像』(扶桑社ミステリー)も必読です。

13は、現代ハードボイルドの秀作。北方作品は中国小説が話題になっているが、現代ハードボイルドもお忘れなく。というか、中国小説と連動しています。
14の藤原伊織は『テロリストのパラソル』が有名だが、僕はミステリの第2作の『ひまわりの祝祭』を買う。スタイリッシュなフィルム・ノワールの趣があります。
15は、志水辰夫の時代小説への転向第一弾。発売後すぐに重版がかかりました。

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16熊谷達也『新参教師』(徳間文庫、10月)
17藤原審爾『新宿警察Ⅱ 慈悲の報酬』(双葉文庫、10月)
18勝目梓『小説家』(講談社文庫、10月)
19北方謙三『棒の哀しみ』(集英社文庫、10月)
20佐伯一麦『石の肺 僕のアスベスト履歴書』(新潮文庫、10月)

16は、元教師ならではの細部が生きている愉しい小説。シリーズにすべきなのでは?
17は、再評価がまたれる大衆文学のマエストロの傑作シリーズ。
18は、第31回でとりあげました。名作だと思う。純文学ファンもぜひ!
19も、現代ハードボイルドの名作。解説を担当できて幸せです。
20は、個人史でありながら、アスベストを手がかりに日本の高度経済成長の歴史を振り返る視点が素晴らしい。無名の職人たちの仕事の様子が喚起されて読ませます。

21佐々木譲『夜を急ぐ者よ』(ポプラ文庫、11月)
22リチャード・ボーシュ編『アメリカ新進作家傑作選2008』(DHC、11月)
23平安寿子『あなたにもできる悪いこと』(講談社文庫、12月)
amricasinsin220.jpg24北重人『火の闇 飴売り三左事件帖』(徳間書店、12月)
25北重人『夜明けの橋』(新潮社、12月)

21は、佐々木譲版『カサブランカ』だろう(編集者経由で知ったが、この推測は間違いではなかった)。4『ラスト・ラン』同様、初期の作品だが、あらためて読み返すと、吉本隆明の詩を引用していたり、青春期に影響をうけた作家や詩人などが語られていて、佐々木文学を知る上で参考になる。ちなみに、4と21以外に、『総督と呼ばれた男』(集英社文庫)『夜にその名を呼べば』(ハヤカワ文庫)『ネプチューンの迷宮』『飛ぶ想い』(ともに扶桑社文庫)の解説も担当している。

22は、純文学の新人の登竜門。アメリカで高い評価をうけている傑作アンソロジーだ。才能も、作品もバラエティにとんでいて、なかなか面白い。
23は、平安寿子の生きのいいピカレスク。いつもそうだが、うまいものです。
24と25は急逝した北重人関係。24には問題小説に書いた追悼文が(僕のほかに大沢在昌氏の追悼文も)、25には小説新潮に書いた解題がそのまま掲載されている。

 前にも書いたことがあるが、文庫解説は選んでいる。いい小説といい作家しか担当しない。昨年は、数だけをみれば25冊と多いけれど、雑誌に掲載された評論・追悼文の転載が3冊、1年以上も前に書いた原稿が1冊、原稿3枚の解説が1冊なので、実際は20冊。それでも多いかもしれないが、3月、5月、6月、8月刊行の作品がなかったので、意外と多く書いた感じがしない。一冊一冊丁寧に、そして熱く書いているので、ぜひお買い上げください。どれもお薦めです。

 


■『ジェイン・オースティンの読書会』(2007年。監督ロビン・スウィコード)

<DVD>


 


「ジェイン・オースティンは、人生最高の解毒剤である」

 



jainbook220.jpg 正直に告白するなら、僕はオースティンのいい読者ではない。中学生から高校にかけて『高慢と偏見』を読んでいるだけだ(まずまず面白かった記憶がある)。岩波文庫の『エマ』にも挑戦したが、「翻訳の世界」の名物コラム、欠陥翻訳時評でとりあげられて読むのをやめた経緯がある。

 とはいえ、この18世紀から19世紀にかけての英国の田舎の中流社会を舞台にした作品群(上記のほかに『分別と多感』『マンスフィールド・パーク』『説得』)がいったいどうして人気があるのか、ずっと気になっていた。明るい諧謔と鋭い風刺、それでいて愛情をこめて人間の営みをみつめたというオースティンの小説に関心があるものの、読むべき本・読みたい本が多数あるなかでは優先順位がどうしても低くて読めなかった。

 そんなときにオースティンの読書会に集う人物たちの物語を書いたカレン・ジョイ・ファウラーの『ジェイン・オースティンの読書会』(白水社)が出て、読まなければと思ったのだが、でも、ちょうど朝日の書評委員をしていたときで、同じ書評委員の高橋源一郎さんに先を越されてしまい書評できなかった。源一郎さんが絶賛していたからなおさら、読みたいと思ったのだが、タイミングを逸して読めなかった。

 で、読めないうちに映画化されて、さらにDVDで発売されて、まずは映画からいくかという気持になった。それでアマゾンから購入し、見てみたのだが・・いやあ、最高ではないですか!

jaindvd220.jpg 女5人と男1人のメンバー計6人が、オースティンの6冊を読むという話である。それぞれが担当の本を決め、定期的に集まって、感想を述べあうという話だけなのに、それぞれが抱える問題(家族、結婚、不倫、貞節、友情、恋愛)が重なって、繋がりができたり反目したり、慰めたり喧嘩したりしながら、自分の人生をもう一度見直していくという話である。オースティンの小説の細部が詳しく語られるので、オースティンを読んでいないと辛いところもあるのだが、それでも充分に面白いのは、オースティンの小説の核心を語りながら、それぞれの人生を批評し合うからだろう。「ジェイン・オースティンは、人生最高の解毒剤である」という言葉が出てくるけれど、まさに人生の毒を洗い流してくれる。その洗い流し方が秀逸なのである。

 監督と脚本は、『マチルダ』『プラティカル・マジック』の脚本家であるロビン・スウィコード。特典映像を見るまで知らなかったが、女性である。メイキング・ドキュンタリーがあり、監督が、原作をいかに脚色したかを語っているのだが、それは原作のみならずオースティン文学をどのように読むのかという実践でもあり、感心してしまった。監督である以上、読みが深くなくてはつとまらないのはわかっているけれど、それでも、ここまで明晰に文学を批評する目があることに驚き、しばしば聞きほれた。

 主演はベテランのキャシー・ベイカー(『彼女を見ればわかること』)。読書会を主宰する離婚歴六回のバーナデットを演じている。愛犬を失ったブリーダー役にマリア・ベロ(『ヒストリー・オブ・バイオレンス』)、夫がいるにもかかわらず男子高校生に恋をしてしまう女教師役にエミリー・ブラント(『プラダを着た悪魔』)、夫に好きな人ができたといわれ離婚して悲しみにくれる妻役にエイミー・ブレネマン(『ヒート』)など。

 とにかく、映画を見て、オースティンの小説が読みたくなった。映画の原作もますます読みたくなった。書店で見つからないので、これもアマゾンから入手した。あとは読むだけである。近いうちに本欄で紹介できればと思っている。

(追記。フジテレビの元女性アナウンサーがブログで、正月見た映画に『ジェイン・オースティンの読書会』をあげ、絶賛しているというニュースを読んだ。テレビで拝見していると、軽い(どこかオバカな)キャラクターで、僕はさほど興味もなかったのだが、急に“同志”のような気持になってきましたね(笑)。果たして彼女が読書好きなのかわかりませんが、読書好きであろうとなかろうと、映画を見ると、間違いなくオースティンや原作を読みたくなる衝動にかりたてられる、ということはいえるでしょう。)

 


■書評の蔵出しです。絶版本もありますが、みなお薦め!

●ラリー・バインハート『見返りは大きい』(ハヤカワ・ミステリ文庫)
「・・人生のあらゆる要素(愛・友情・政治・宗教・倫理)が手応えのあるドラマとして提示され、読者を引きずり込むのだ(引用文を多用した独特の文体が効果的)。私立探偵はどこまで権力者に立ち向かえるのか? このハードボイルド小説の永遠のテーマを、作者は、最近のスペンサー的な暴力的な解決をとらずに、知的に力強く描ききっている。これはひとつの達成点として記憶されるべき小説だろう」--「ミステリマガジン」1990年1月号

●C・S・フォレスター『終わりなき負債』(小学館)
「・・ここに悪党は出てこない。ほんのすこし欲望が強く、ほんのすこし羽目をはずす小市民ばかり。つまりどこにでもいる人間が罪を犯し、罪悪感を覚え、かといって自首もせずに閉塞した日常を生きている。もうまさに読者それぞれに起こりうる物語なのだ。/しかも物語り(ストーリーテリング)に一切の緩みがなく、濃密な心理描写と徹底した心理分析で、大胆なくせに小心で滑稽な人間の営みを犀利に捉えていく。必読の名著だ。」--「週刊文春」2004年1月29日号

●スティーヴン・ボチコ『デス・バイ・ハリウッド』(文藝春秋)
「・・きわどい猥談とユーモラスな箴言が並びたつ語り口が生彩に富み、人物はみな破天荒な者ばかりで笑えるし、プロットは練られていて見事。/本書は批評精神を発揮しながらハリウットを縦横に論じた、ある種の風俗小説だろう。そのユーモアと文明批評的な視点、さらに工夫を凝らした技法などから、僕は丸谷才一の小説を連想しながら読んだ。・・小説好きにはたまらない一冊だ」--2005年1月20日号

●福井晴敏『6(シックス)ステイン』(講談社)→講談社文庫
「もう血が騒いでしまった。市ヶ谷の防衛庁情報局員を主人公にした短篇集だが、いずれも面白い。活劇小説の真骨頂がここにある。・・落涙必死の感動作「媽媽」、その続篇の「断ち切る」、これぞハリウッド・エンターテインメントともいうべきどんでん返しを連発する秀作「920を待ちながら」。いいぞ。凄いぞ。昂奮と感動がぎっしりとつまっている。文句なしの傑作短篇集だ」--「財界」2005年1月18日号


 


 

 

  

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