
■片岡義男/『花模様が怖い 謎と銃弾の短篇 池上冬樹編』(ハヤカワ文庫)
<書籍>
“片岡義男の言葉遣いは、弾道計算のように厳密だ”(堀江敏幸)
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いつか片岡義男さんの短篇アンソロジーを編みたいと思っていたのだが、まさかそれが実現するとは思わなかった。嬉しいものである。
昨年、旧知の女性編集者から声がかかり、片岡さんとはじめてお会いする機会ができて(感激しましたね!)、一冊まるまる片岡ハードボイルドのみでということになったのである。それが今回の『花模様が怖い 謎と銃弾の短篇』(池上冬樹編、ハヤカワ文庫)だ。
これは「片岡義男コレクション1」で、第2巻は北上次郎さんの編纂で、『さしむかいラブソング 彼女と別な彼の短篇』(ハヤカワ文庫5月刊行予定)、第3巻は早川書房編集部編で『ミス・リグビーの幸福 アメリカと探偵の短篇』(同6月刊行予定)となる。とりあえず3冊、売れ行き次第では、もっと別のアンソロジーも編みたいと思っているのだが、果たしてどうか。
とりあえず僕が編纂した本を紹介したい。収録されているのは、1「心をこめてカボチャ畑にすわる」2「夜行ならブルースが聴こえる」3「白い町」4「夕陽に赤い帆」5「約束」6「彼女のリアリズムが輝く」7「狙撃者がいる」8「花模様にひそむ」の8篇である。
1、2、3が傑作短篇集『ラジオが泣いた夜』、4が同名の短篇集、5が『俺のハートがNOと言う』、6が『私はいつも私』、7と8が『狙撃者がいる』に収録された。
片岡ハードボイルドといっても、なかなか奧が深く、簡単に分析はできないのだが、とりあえずは、まず人を殺す小説を集めようと思った。片岡作品を読んでいると、突然噴出する暴力の物語がある。具体的には、人物が銃をもち出して相手を殺してしまう小説が何作かあり、それがみな圧倒的な迫力と緊迫感に満ちていて、おもわず驚きの声をあげるほどなのだ。
実は先日、仙台「小説家・ライター講座」(東北芸術工科大学東北文化センター主催)の講師をつとめたとき、僕は三つの短篇を講座で使ったのだが、そのうちのひとつが『吹いていく風のバラッド』所収の短篇だった。わずか5頁のほんとうに短いものだが、それを読み上げていき結末に至ったときに、受講生たちにどよめきがおきた。なんでもない朝の日常の場面からはじまり、女が灰皿をとってと夫に頼んだものの、灰皿ぐらい自分でとれといわれて女は夫の部屋にいき、銃をもち出して夫を撃ち殺すというストーリーだった。たった5頁、それなのにみな息をつめて読み、おわった瞬間にため息をつく。それほどまでに人を緊張させ、昂奮させる力がある。
それは冒頭にも引用したが、堀江さんがいうように、“片岡義男の言葉遣いは、弾道計算のように厳密だ”からである。とくに3と5の短篇、7の中篇などはその最たるものだろう。スペースの関係で収録できなかった傑作短篇集『夕陽に赤い帆』所収の「ハイビスカス・ジャム」「結婚記念日」もぜひぜひ読んでほしいと思う(とくに前者は凄いよ!)。
なお、7と8は、1994年に『狙撃者がいる』(角川文庫)として上梓された。本が送られてきて、帯の推薦文が堀江さんと知って驚き、グーグルで検索をかけたら、堀江さんが片岡さんとトークショーをしたときに、片岡さんにサインを求めた本が『狙撃者がいる』であることを知った。堀江さんが片岡ファンであることも嬉しかったが、サインを求めた本が『狙撃者がいる』というのも、実に嬉しい。僕自身、ずっと愛着のある本だったので、同好の士に出会ったような気分だった。
この小説は、一言でいうなら、女性が通り魔になり、見知らぬ者たちを次々に撃ち殺していく話である。“ひとりの女性のシンプルなイマジネーションと大胆な行動の前に、現実はこれほどまでに脆いのか。彼女とピストル、そして弾丸。狙って撃てば、あらゆる日常が崩れ落ちる”(帯のコピー)という言葉通り、日常の裂け目を鮮やかに見せつける、不埒な傑作だ。
片岡ハードボイルドについては、本書を読んでほしい。そして本書を読んで感激したら、『夕陽に赤い帆』『ラジオが泣いた夜』といった傑作短篇集をぜひ読んでほしい。片岡義男はいまだに新鮮で、刺激的である。唯一無二の作家だと思う。
■文庫本ベスト5
前回、「リテレール」に書いた映画ベスト5を紹介したが、今回は、文庫本ベスト5を紹介しよう。10年前に書いた原稿をそのまま載せ、追記としてカッコ内に感想を書いていく。
1 福永武彦『忘却の河』(新潮文庫)
2 吉行淳之介の『娼婦の部屋・不意の出来事』(新潮文庫)
3 立原正秋『暗い春』(角川文庫)
4 森内俊雄『夢のはじまり』(福武文庫)
5 結城昌治『暗い落日』(角川文庫)
5 ロス・マクドナルド『ウィチャリー家の女』(ハヤカワ・ミステリ文庫)
十代後半から二十代前半にかけて熱心に読み、いまも読んでいる作家から選んでみた。文庫化された作品まで含むと収拾がつかないので、文庫本で読んだベスト5にした。だから当時単行本で昂奮した本たち、たとえば辻邦生の『背教者ユリアヌス』(中公文庫)や『嵯峨野明月記』(新潮文庫)、福永の『死の島』(同)や三島由紀夫の豊饒の海四部作『春の雪』『奔馬』『暁の寺』『天人五衰』(みな同)などは外してある。
(追記。10代から20代前半までは辻邦生がほんうとに好きで、ほとんど全部読んだと思う。とくに『背教者ユリアヌス』は、もう結末などないほうがいい!と思ったほど昂奮した。『嵯峨野明月記』も多声的なドラマツルギーにしびれた。上にはあげていないが、『夏の砦』(文春文庫品切れ)も静謐にみちた物語で忘れがたい。)
さて、1は、高校一年まで主に創元推理文庫のミステリを読んでいた男が日本文学に転向する契機になった作品。意識の流れ、一人称から三人称への転換などの小説の方法が新鮮で、物語も実に感動的で高校時代何度も読み返した。ただ再読の回数では、同じ福永の『幼年』(講談社文庫)のほうが多いだろう。夢と現実、過去と現在を自由に往復する文章のリズムは、まさに夢心地。
(追記。『忘却の河』と出会わなければ、僕は別の人生を歩んでいたのではないかと思う。いや、上にあげている5冊(6冊)はみな、僕には大事な作品で、評論家としての方向性をきめるうえで決定的な役割をはたした作品である。『忘却の河』と『死の島』は、小説の方法に敏感になっていた10代にとってバイブルみたいな作品だった。もちろん『幼年』も好き。心地よい作品で、何度も読み返したし、数年前、単行本も古本屋であがない、大事に飾ってある。)
吉行の作品では『暗室』(講談社文芸文庫)も好きだが、やはり2の「娼婦の部屋」。文学的完成度も高いが、個人的には、独占欲と嫉妬を飼い馴らす方法として役立った。
(追記。40代後半から50代にかけては『暗室』が気になり、手にとれるところにおいてある。高校のときにはじめて『暗室』を読み、大学時代も2、3回読み返したから、もう30数年、僕のそばにいる。高校のときに購ったのは講談社文庫版で、ぼろぼろになるまで読みこんでいる。いまもっとも読みたい小説のタイプは『暗室』のような小説かもしれない。だれか21世紀の『暗室』を書いてくれないだろうか。)
3は最低十回は読んでいるのではないか。ヘミングウェイを原書で読み、自分の文体を作り上げた立原の、ハードボイルド精神がうかがえる初期の傑作短篇集。立原というと馬鹿にする人が多いが、物語の一見通俗的な恋愛で判断してはいけない。認識の仕方を見るべきなのだ。新潮日本文学アルバムの立原正秋の項目を吉本ばななが書くのは(あるいは花村萬月が書いても)全然おかしくない。
(追記。立原正秋はほとんど全部読んでいる。小説はもちろんエッセイのたぐいも。いずれおいおい紹介していきたいと思う。)
4の森内は、我が最愛の作家。高校のときに「文學界」掲載の「春の往復」を読んで以来のファン。森内の文章ほど心に染み入るものはない。4は、巧みな比喩と鋭いエロティシズムという森内の魅力がよく出ている作者自選の短篇集。森内文学の入門として最適だ。
(追記。森内俊雄に関しては、本レビューで2、3回とりあげているので、ご存じだろう。念願の片岡義男さんの短篇のアンソロジーを編むことができたので、今度は森内俊雄かなとひそかに思っている。森内俊雄はもっと評価されていいし、読まれていい。)
5は守備範囲のミステリから二冊。大げさに言うなら、人生を決めた二冊である。特に小笠原豊樹の翻訳でロス・マクに出会えたのは、文学=純文学と何とも狭苦しく考えていた“文学青年”にはカルチャーショックだった。このショックは清水俊二訳の『長いお別れ』(レイモンド・チャンドラー著/ハヤカワ・ミステリ文庫)で決定的となる。なお、『暗い落日』は講談社文庫が流布しているが、これは時代背景を削除した改訂版。作品の強度を弱めているので、ぜひ角川文庫版を。
(追記。『暗い落日』は昨年中公文庫に入った。もちろん講談社文庫版がベースであり、時代背景が歪んだ作品になっている。『ヒーローたちの荒野』(本の雑誌社)で詳しく批判したので、ここには書かないが、角川文庫版にもどすべきだと思う。
ロス・マクを訳した小笠原豊樹は、本名「岩田宏」で、本来は詩人であり小説家である。この人の小説もすばらしくいい。『九』(草思社)は傑作です。)
ベスト5以外では(ここ十年間に読んだ文庫本に限定すると)、ジェイムズ・エルロイの『レクイエム』(ハヤカワ・ミステリ文庫)、逢坂剛の『空白の研究』(集英社文庫)、佐藤正午の『永遠の1/2』(同)、小池純代の第一歌集『雅歌』(六法出版社)、クラーク・ハワードのペイパーバック DIRT RICH (Signet) の印象が強く残っている。
(追記。いずれこれらの作品を紹介することもあるだろう。とくに小池純代さん(詩人で小説家の「小池昌代」さんとは異なります。念のため)の歌集も僕は大好きで、いつも手にとれるところにおいている。清潔で艶やかな抒情にみちた歌集です。)
■笠原和夫・荒井晴彦・スガ秀美/『昭和の劇 映画脚本家笠原和夫』(太田出版)
<書籍>
“・・僕は、戦前、戦中、戦後を経てきたんで、自分の経験として、
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やはり『昭和の劇 映画脚本家笠原和夫』を紹介しなければならない。というか、これは1回目に紹介すべき本だった。2002年11月に出た本であるが、これを越える映画本はいまだない。本が出たとき“新作にしてすでに名作、十年に一冊の大傑作といっていい”と書いたことがあるが、それはいまでもかわらない。10年どころか数十年に1冊の本といっても過言ではない。
笠原和夫といえば、いまや伝説の“日本最大”の脚本家だろう。おもに昭和の時代に活躍した東映の生え抜きの脚本家なので、若い人たちにはなじみがないかもしれないが、戦後の日本映画を代表する傑作たち、『日本大侠客』『仁義なき戦い』『県警対組織暴力』などの任侠・やくざ映画から『動乱』『大日本帝国』『二百三高地』などの大作で知られる。その笠原に、脚本家の荒井と文芸評論家のスガ(漢字は糸偏に圭)がインタヴューして、彼が関係した映画の舞台裏を聞いたのが、この『昭和の劇』である。
だが、話は映画では終わらない。笠原和夫は、もともと徹底した取材魔でリアリスト、いまでは絶対に作りえない身障者の博徒たち(隻眼、隻腕、盲目、聾唖者ほか)を主人公にした『博徒七人』『お尋ね者七人』、日本のテロリズムの系譜を綴った『日本暗殺秘録』、銀行と総会屋の関係を抉った『暴力金脈』、脚本は完成するものの企画が流れた『実録・共産党』『昭和の天皇』など、歴史の深い闇や日本社会の裏面史に精通しており、ここではおのずと昭和の知られざる話になり、二・二六事件の驚嘆すべき“真相”から右翼、やくざ、テロリスト、在日、共産党などの秘話が次から次へと出てくる。どこから読んでも面白く、どの頁にも新鮮な視点と驚きの事実がある。
たとえば『日本暗殺秘録』では二・二六事件の真相に触れつつテロのない戦後社会の阿呆らしさを糾弾し、三島由紀夫が“あたかも古典劇”と絶賛しやくざ映画が市民権を得る契機となった『博奕打ち 総長賭博』では意図したギリシャ悲劇の構造を分析し、『やくざの墓場 くちなしの花』ではやくざ映画に潜在する在日問題をつまびらかにし、戦争賛美映画といわれる『大日本帝国』では巧妙に隠蔽された天皇の戦争責任追求の細部を物語っていく。ごらんのように、単純な娯楽活劇と思われた作品の数々に、実に様々なテーマやサブ・テクストが盛り込まれ、日本社会と日本人の精神構造が鮮やかに切り取られていたのである。
そんな脚本家笠原和夫は、元海軍二等兵曹である。自ら“裏切りと憎悪の世代”を任じ、戦争に行かなかった作家の吉行淳之介や船橋聖一を許さず、きれいごとを並べる戦後民主主義を侮蔑する(冒頭に引用した台詞はそんな片岡の思いを直接語ったものである)。とくに欺瞞にみちたマスコミ、中身のない左翼文化人、腰抜けの右翼を徹底的に批判する。その矛先は、映画人たちにもむけられ、恰好ばかりで中身のない高倉健をおちょくり、ころころと意見を変える菅原文太に激怒して喧嘩をうり(マキノ雅弘監督の“直伝”の脅し文句が凄い)、坊ちゃんプロデューサーたち(松竹の奥山和由と東映の岡田裕介)に呆れ果て、リアリズムの何たるかもわからないハイ・テンションの五社英雄監督やインテリ監督たち(沢井信一郎、黒木和雄)に失望し、深作欣二監督との長年の対立・確執・友情を熱く語るのである。いやはや、圧倒的な面白さです。
笠原は、戦後の日本映画に欠けている“リアリズム”を徹頭徹尾追求し、激烈なドラマを構築し、戦争と社会と人間の裸像を刻み込んだ。本書は、日本の映画史のみならず、現代日本の歴史、日本人の精神史としても読める、他に類をみない傑作。正に必読の名著だ。
■紙媒体に書いた書評から。みなお薦めです。
●関川夏央『「名探偵」に名前はいらない』(講談社文庫品切れ)
「いまや評論家として一家をなす関川の第一創作集である。・・名無しの私立探偵を主人公にした連作で、失踪人探しや素行調査などという定番で物語をはじめながら、探偵の私小説として着地するあたり実に心憎い。韜晦と諧謔に富む文体も素晴らしく、かつて僕は、“国産私立探偵小説の詩人”と形容したことがある」--「文蔵」3月号特集「いま買えない、でも読みたい“とっておきの10冊”」より
●島本理生『君が降る日』(幻冬舎)
「・・その手つきはいつもように繊細で、揺れ動く思いは切なく、それでいてしかと内面と外界をみつめているのでぶれはなく、ひとつひとつの言葉と行動が力強い。それほど作者は生きることの困難さを見据え、それを引き受けていこうとする「私」にしかとよりそっている。・・悲しみと絶望に磨かれた孤独=人間の存在の基本を鮮やかに浮かび上がらせて感動的だ」--「ポンツーン」4月号
●白石一文『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』(講談社)
「・・『私という運命について』『どれくらいの愛情』のような苦悩する者たちの人生賛歌も、『僕のなかの壊れていない部分』に顕著な爛れたセックスや平凡な幸福に対する侮蔑や悪意もさほどない。むしろあらゆる主題に真摯に向き合って、新たな思索のヒントを提示している。/脱線がやや過剰だが、白石一文は語りの才にたけていて、社内の政治的闘争や女性を介在した裏切りにみちた暴力劇、波瀾に富む恋愛小説としての側面も飽きさせない」--日本経済新聞3月29日付
●小池昌代・林浩平・吉田文憲編著『生きのびろ、ことば』(三省堂)
「・・小池が言うように“詩や詩について考えた言葉が”難しいところもあるが、それは詩人たちが“ことばの大通りではなく、裏通りを歩きながら、自分で迷ったり、引き返したりしながら考えを進めていく”からだ。/そもそも詩人たちは、“言葉を、世界を見る特殊レンズのようにして使う”。“それぞれ、屈折率と拡大率が違う”ので、“論考ごとに、日常が、世界が違って見えて”きて、ものの表面をおおっている「あたり前」の皮膜がぺろりとむけるようなことになるというが、その通りだろう。まさに一枚一枚はがれ落ちていく感がする。詩および日本語論考の好著といえるだろう」--「アマレーラ」5月号
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