「小説家(ライター)になろう講座」だより...vol.24(2010.6.11)

小説家(ライター)になろう講座
5月講師・北村薫氏
「たったひとつのことでドラマが広がる」
 


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 5月の講師は作家の北村薫氏。1989年に「覆面作家」として『空飛ぶ馬』でデビューし、2009年に『鷺と雪』で直木賞受賞。小説以外にも多くのエッセイや評論を新聞や雑誌に寄稿している。2005年度から2006年度までの二年間、母校の早稲田大学にて客員教授として創作指導・文芸演習のクラスを担当し、『北村薫の創作表現講義―あなたを読む、わたしを書く―』(新潮選書)を発表するなど、多方面で活躍するミステリ界の重鎮である。

sagiyuki06.jpg またゲストとして新潮社の楠瀬啓之氏と北村暁子氏をお迎えした。会場には多くの北村薫ファンがつめかけ、大変な熱気に包まれた。

   講座は冒頭、本講座の世話役である文芸評論家の池上冬樹氏による講師紹介、そのあと北村さんによる自己紹介を兼ねた挨拶が続いた。

池上「今日はすごい。満杯ですね。初めて参加される方が多いようで、なんとなく緊張した雰囲気ですが、そんなに緊張しなくていいんです。冗談もとびかいますし、和気藹々(わきあいあい)と気楽かつまじめにやっていきましょう」

北村「山形と言いますと、昔は子供をつれて家族旅行に来まして、さくらんぼなどが思い出にあります。山形出身の渡辺えりさん(*注 旧芸名渡辺えり子)がテレビで故郷の話をされていて、凱旋公演のときにお祝いをかねたすばらしいさくらんぼを箱でもらったんですって。最高級のものだから、公演が終わってからゆっくり食べようとして楽屋に置いていた。けれど公演を終えて戻ってきたら、そのさくらんぼがなくなっている。劇団の若い者がいたので訊いてみると、高級品という意識も感動もなく、仕事しながらパクパクと食べてしまったらしいんです。昔のことのようですが、渡辺さんはその若い者の名前をあげて怒ってらっしゃった。山形というとその話を思い出します。
 もうひとつ山形といえば、いろんな文学者を輩出しています。その地で今日は皆さんの話をおうかがいできるということで、愉しみにしてやってまいりました」


 今月のテキストは小説1作品とエッセイ2本。

・『相棒』(吉村龍一/小説19枚)
・『路』(吉村彩子/7 枚)
・『見上げた執念』(佐竹幸子/3 枚)
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 ■『見上げた執念』(佐竹幸子)

 行商をしている筆者の常連客“加藤さん”は昭和元年生まれの女性。筆者が貸したある一冊の本のおかげで、彼女は大胆な行動を次々起こしてゆく。作者は、彼女のバイタリティに驚かされながらも、そのピュアな一面を微笑ましく思っている。

 作者の佐竹さんの職業である行商の体験をもとにしたエッセイで、1月にも同じく行商をテーマにした作品を提出している。


●楠瀬氏の講評kusunose1005.JPG
 
 1月の川本三郎さんが講師だった回にお邪魔したときも、佐竹さんのこの行商シリーズを大変おもしろく読みまして、今回も楽しく拝読しました。ですが前半の“喜劇はここから始まった”という文章のところで、「ここからどんな喜劇がはじまるのかな」というのと、原稿自体が短いので「そんなにおもしろい喜劇は展開していかないだろうな」と、ぱっと両方思いました。喜劇といっても数行だけですよね。その後、加藤さんは子宝にめぐまれず、三年前に旦那さんを失ったと書かれていますから。喜劇にあたる部分をしっかりと読みたかった。 
 それと時制がよくわからない。“今から七、八年前”というシーンと、平成九年に催された松下竜一さんの受賞パーティの話と、だいぶごっちゃに混ざっている。おそらく何年も前に書かれた話だと思いますが、そうなると「今は加藤さん、どうしているのだろうか」などと思いながら読みました。1月にも言いましたが、もう少し長く読みたいです。


●北村暁子氏の講評

 前にこの行商モノを書かれていたと聞きまして、今回も人と人とのふれあいが明るいタッチで綴られていて、作者の佐竹さんや加藤さんは、一体どんなかたなのかしらと興味が湧きました。松下さんは、会社の先輩編集者が担当されていたこともあって存じ上げておりましたので、最後に松下さんが亡くなられていたことが書かれてますが、時制がはっきりしなかったので「もう亡くなられているけれど」と途中まで思いながら読みました。
 松下さんから敬老の日に薔薇の花束が贈られてきたエピソードや、加藤さんが松下さんの講談社ノンフィクション賞の授賞式に参加された話がありますが、そうなると松下さんが亡くなられたときに加藤さんはどうしていたのかしらとか、またその後はどうなのかと、今につなぐような描写があればと思いました。
 この明るいタッチで綴られた文章は印象に残りますね。胸に残る。エピソードをきれいに整理して書かれたら、もっとよくなると思います。

●池上氏の講評。

 佐竹さんの行商の話はおもしろいし、めずらしい。もっとシリーズにして、内部の話を書いてほしい。どういう仕入れをして、売りさばいたのかとか。そういう話がおもしろいし、その延長線として加藤さんというお客が出てくるのがいいと思います。
 この加藤さんはずうずうしいんですよね(笑)。ずうずうしいけど人がいい。エッセイでは、その人の生き方や生活の匂いとか、そういう身辺の生々しさを具体的に書いたほうがおもしろくなる。だからもっと長さが必要ですし、とくに今回のように十数年の間を描くのなら、この枚数では不十分です。
 それと地元にいきる生活の手触りの実感として、山形の方言をもっと前面にだしていいんじゃないかと思います。県外の人にも伝わるようなニュアンスでいて、山形らしさや行商らしさを出したほうがいい。


 ●北村薫氏の講評

 加藤さんと松下さんの関係がおもしろかったのですが、時制の問題がやはり気になりました。具体的には“敬老の日を明日に控えた加藤さん”という文章があって、それから“玄関の戸を開けたとたんに”とありますが、どうもその場合“敬老の日を明日に控えた加藤さん”という部分が浮いているように思えます。そこは後ろに持っていったほうがいい。
 “玄関の戸を開けたとたんにバケツに入った薔薇の束がいきなり目にとびこんできた。/「あらー 誰からのおくりもの?」/敬老の日を明日に控えた加藤さん。黄色いリボンで結ばれた薔薇を指しながら、/「さっき、 松下さんから届いたのぉー」と、色白の顔面をゆるめっぱなし。”
 このように敬老の日を明日に控えた加藤さんに、花束が届いたんだなと読者も見えますよね。送ってくれた松下さんもご高齢です。60歳の方が80歳の方に、敬老の日に花を送ったという年齢の感覚も少し触れていればいいかなと思います。それからこれは加藤さんと松下さんとの交流についての短い話で、“恩師で歌人の清野先生”から本をお借りしたとありますが、この方は作者にとって大事な方であり、それでお名前を出したのでしょうけれど、この方の名はこの箇所にしか出てこないんですね。ここは名前をはぶいて、“恩師からお借りした”でいいのではないかと。名前は絞ったほうがいい。kitamurasousaku06.jpg

 また“喜劇はここからはじまった”とありますが、“喜劇”というよりも、加藤さんと松下さんの“いい話”ではないかと思いますので、“喜劇はここからはじまった”はなくともいいんじゃないでしょうか。
 加藤さんと松下さんのやりとりで、とてもいい材料があるんですね。なにかというと、松下さんが生存中に出した三十三巻におよぶ全集を十組も購入したところです。これはすごいですね。その全集十組を購入して、はたしてそれをどうしたのか、誰かにさしあげたのか、自分と気持ちのわかる方や趣味の合いそうな人に薦めて広めたのか、そのあたりを書かれると、松下さんの気持ちもはっきりわかってくるんじゃないかと思います。
 時制にかんしては、加藤さんが全集を購入したところまで書いて、一行空けるなどして、“残念なことですが、その何年か後に松下さんはお亡くなりになった”と締めくくり、松下さんと加藤さんの繋がりという点に絞ったほうがよかったんじゃないでしょうか。
 タイトルも『見上げた執念』ではなく、たとえば二人を引き合わせた佐竹さんは“キューピッド役”ですから、『思いがけないキューピッド』として、キューピッド役の自分をさらりと書いて、二人の関係に絞ると、エピソードがより浮き立ったのではないかと思います。
 


  ■『路』(吉村彩子)

 この春、桜満開の山形市を訪れた、年配の女性の旅を記したエッセイ。家族への切実な思いが隠されている。

 作者の吉村さんは、「恥をかいてもいいから」と思い切って本当のことを書いてだした。しかし家族との関係で、書きたくも書けない部分もあるとのこと。


●楠瀬氏の講評

 まずタイトルがいいですね。『路』という喫茶店の名前、旅行先での路であり、人生の路でもあることがよくわかる。ラストを読むまでもなく、語り手の不安や不穏な雰囲気がよく出ている。いろんな人に会って、あっちこっちをうろうろしたり。昔の「愛の不在」をテーマにしたヨーロッパ映画のようですね。都市のなかをさんざん迷って、タワーなんかに上ったりする。ラストで息子さんの話が出てきて、そこで遠い記憶とあるから、過去に寒河江へ行った話や亡き母のことなどが関係しているんでしょうか、その切実な心情がよくわかります。
 でもそれは作者自身との今のやりとりでわかったからであって、この文章だけではまだ不充分。遠い記憶の痛みなどを描きたかったのでしょうが、急に恋人などが出てきたらちがう話になっただろうなと思いながら読みました(笑)。おもしろかったです。

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●北村暁子氏の講評

 行間から思いや不穏な空気がよく伝わりました。けっして愉しそうに山形を歩いているわけではないのだという雰囲気があって。過去に寒河江に転勤になった息子へ会いに行って、彼の職場を眺めたと書いてありますが、「会えなかったのかな」となんとなく感じて、息子を思う母の情というものが届いてくる。旅先で人と話をするのも、会いたい人に会えなかったからだろうなとか。
 親切な女の子がソラリスまでいっしょに歩いてくれたというところに、一緒に歩いてくれない息子さんとの関係などが、文章として書かれているわけではないのに、切実な思いとなって伝わってくるんですね。せっかく山形に来ているのに、ともにできない時間のもどかしさや不安な心境が読み手にも読み取れるようになっている。
 ただ読み手としてはもう少し事情を知りたいとも思いました。細かく書く必要はないけれど、もっと書きたいことを書くと、伝わるものが明確になっただろうなと思いました。


●池上氏の講評。

 ラスト3行が効いてますね。つまり山形に来て、一番したいのは息子さんへの電話なんです。あちこち行って、さんざん迷って、勇気を振り絞って電話したという話です。その切実な心情がよく表れている。このラストの行為、つまり電話をかけるまでの逡巡が、山形市内の彷徨という形になっている。
 最初から、息子に電話したい、でもできないという心情を書いていたら、つまらなくなる。平板になる。いま、受講生から「山形市内のガイドブックのような風景描写」という意見があったけれど、そのガイドブックの風景はいずれも、人との交流という形で表現されている。山形にやってきて、はじめての店、はじめての人たちと話をする。見知らぬ人に映画館の場所をたずねたら、映画館まで案内してくれた、という話まで出てくる。
 そういう人との有意義な交流のあとに、旧知の(という言い方はおかしいけれど)息子さんとの電話のやりとりが短く出てくる。その短い表現(たった3行)に思いがこめられていて胸をうつ。うまく表現できない親子関係の難しさ、その迷いや切実さがよくでていますね。続篇が読みたくなりました。ぜひ書いてください。

 

soratobu06.jpg●北村薫氏の講評

 これはエッセイというよりも短編小説ですね。『路』という題。それは喫茶店の名前であり、人生の路でもあると。作品のなかで、息子のことが出て、亡き母が出て、息子の話で結ぶという造りになっていますが、どうも作者としては表に出せない部分があるせいで、おぼろげな形のままで終わってしまった感じがします。ラストで“遠い記憶の痛みにさざめく夜景が滲んだ”と、涙まで出てくるというと、やはりそこまでにいたる背景を提示してもらいたいですね。
 また作品中にフジコ・ヘミングとマリア・カラスの曲が2つ出てくる。2つだとイメージが分散してしまうので、ひとつに絞ったほうがいいです。小説もエッセイも事実にないことを書いても問題ないですから。たとえば風景を描いていて、地べたに生ゴミが落ちていたとしたら、それを描く必要はないですし。また逆にゴミをテーマにするのであれば、そこにたとえゴミがなくとも、それを描いてもかまいません。
 喫茶店を出てから、陶器店の兎の蕎麦猪口を通して亡き母の話が出てきて、ラストは息子のことになる。ただどうしても息子とのことが書けない場合は、母と自分の関係で描いてもいいですね。母を描くことで「ああ、息子となにか相容れないなにかがあるんだ」と、読者に息子との関係を想像させる。そのためにこの兎の陶器を集めるところで、母とはどんな人だったのかを描くべきだった。

 ここにでてくるテーマというのは明らかに、通じ合いたいんだけど、通じ合えない親子の心、人生の路というもので、それをもう少しはっきりさせるといいかなと思います。さきほど作者の吉村さんは「すべてじっさいにあったことだ」とおっしゃったけれど、この女の子とのエピソードは効果的ですね。それがあったから息子さんに電話をかける気になったと。またそこで息子さんとのわだかまりがあるんだと読者にわかる。そこをひとはけでもいいので、出してもらうと読者はおちつく。亡き母との思いをもう少し描いてもらいたい。
 この物語にある“私”の苦しみが、読む人の普遍の苦しみになっていくと、読む人を救うと同時に自分も救われるのでないかと思います。胸のなかにあるものが出ていて、読む者の心を打つのですが、やはり苦しいことだけにセーブせずにはいられない。誰しもがそうですし、これは難しいのですが、本当に赤裸々なことを書くなら気が狂うしかないという言葉もあります。なんらかの形にして、作品として読み手に意義を伝えられるような提示の仕方がいいんじゃないかと。ここまではスケッチのようなものでして、素材を提示しながら、これを次にどんな形にしていくかというための、デッサン集みたいなものとして受け取りました。


 ■『相棒』(吉村龍一)

 仁は高校一年生。夏休みのある日、自転車での旅に出発した。小学五年の時、母に買ってもらった愛車だった。貧しい暮らしをやりくりして買ってもらった相棒。キャンプにいくのも釣りにいくのもいつも一緒の存在だった。百キロの道のりを走破してフェリーにのりこんだ。期待が体にみちあふれていた。その晩辿りついたのは小さな入り江だった。
 海に潜り栄螺を採った。焚き火で炙れば磯の香りが漂ってくる。仁はいつまでも星空に見入っていた。翌日また海に潜ってみたところ、海底に不思議な跡を見つけた。掘ってみると見事な二枚貝だった。殻を外して口にすると、みずみずしい甘さが広がっていった。ひるがえる海を見ているうち、故人になった母がよみがえってくるのだった。

 作者の吉村さんは腰を痛めて昨年入院し、ベッドで身動きできないときに執筆。入院時に読んだ小川国夫の「生のさ中に」(角川文庫絶版)を読んでいるうちに、インスパイアされて書いたという。

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●楠瀬氏の講評

 お母さんの死がオチになっていて、これがおしい。お母さんが死んだのをきっかけに、旅に出るのならわかるけれど。お盆前の夜明けに“母ちゃんいってきます”と声をかけるところが伏線になってはいるけれど、母の死をオチにするのなら、前半に仕込みをちゃんとしておくべきだと思いました。
 相棒である自転車に焦点を合わせたいのなら、当初の目的通りにちゃんと島を一周しなければならない。もしくは一周しないならしないで、なにか意味を持たせなければならない。自然のなかで自分と向き合い、漁をするといったイニシエーションを経て、母親を供養するという構造ですが、タイトルに『相棒』とつけているのに、自転車に寄り切れていないのがおしい。

●北村暁子氏の講評

 少年の冒険譚という内容と合った強いリズムを感じさせる作品ですが、ただラストで「母ちゃん」と空に向かってつぶやいて、家に帰ったら線香をあげようと主人公が思うあたりは、ちょっと書きすぎじゃないかなと思いました。
 その一方でこの自転車を相棒とするならば、その関係の描写が足りないようにも思えます。自転車が家に届いたときや、海辺の景色、貝を焼くシーンなどはたんねんに書かれているけれど、自転車で走っているときの描写の濃密さが足りない。整合性やタイトルなど、全体のことを考えると、ラストが不要であり、相棒の自転車の話でまとめられたのではないでしょうか。 

ikegami.JPG ●池上氏の講評。

 少年の行動と観察を中心とした文学です。その簡潔な鋭い描写、風景との感応、心理を的確に表す独白という点で、これは小川国夫の分身、いわばヘミングウェイにおけるニック・アダムスものに匹敵する「柚木浩」ものに刺激をうけた作品ですね。ひじょうにうまく文章のリズムをきざんでいます。
 ただ、文章はいいとして、少年の前にある世界がばらついている。自転車と海の部分がわかれていて、焦点がうまくあわない。いっそ自転車の話はカットして、海のものを食べる高揚感だけで進めたらどうでしょうか。それと最後に出てくるお母さんの話は唐突ですね。お母さんを出すのなら伏線を張るべきでしょう。

●北村薫氏の講評

 阿刀田高先生のショートショートを宮部みゆきさんが朗読することになった。私はそこに行けなかったんですが、その話というのが、雪の日に猫が捨てられている。そうすると「おれも捨てられてしまって」と“おれ”が猫に話しかけるんですね。「おれも昔は可愛がられて、”ハヤブサ”という名前をつけてもらった」とか言うんですよ。オチはその“おれ”というのが動物じゃなく、じつは自転車だったのですが、思わず「うまいよね」と唸りましたね。
 なにがうまいかというと、“ハヤブサ”という名前です。“ハヤブサ”はうまい。小学五年生くらいの子供がいかにもつけそうな名前じゃないですか。高校生ぐらいだともうちょっとちがうでしょうけど、小学五年生だといかにもそんな名前をつけるし、持ち主の男の子が頭にすっと浮かぶ。それにまたがって、風を切りながら、ぴゅーっと走っていくような姿が。ほんのちょっとの部分だけで、いろんなことが頭に浮かびます。たったひとつのことで如実に表れる。表現とはそういうものです。自転車と男の子というとその話を思い出しますね。
 さて受講生の間から「言葉が凝りすぎじゃないか」という意見が出ましたが、その違和感がどこから出てきたのかというと、一人称ではないのですが、この作品は主人公の高校生の視点で描かれています。しかしそのわりには“そのおり”とか、古風で高校生らしくない言葉をいくつか見かける。三人称の場合であっても、叙述に寄り添って読んでいくので、つい「それは高校生の視点ではないのでは」と思うんですね。病床で書かれたとおっしゃっていましたが、無理に高校生の視点で書くのではなく、回想という形を取ってもいっこうにかまわないのではないかと思います。           kitamurasub1005.JPG
 母ひとり子ひとりの状態で、お母さんが死んでいるとなると、この主人公の生活は果たしてどうなっているのだろうと読んでいて思いました。リアルというものを追求するなら、お母さんが死んで住み慣れた土地とお別れしなければならないといった状況にする。主人公が親戚に引き取られなきゃならない最後の日、もしくは最後の週に島に行くと。それならリアルになる。そして貝を掘るシーンがありますね。
 “とはいうものの、カミツキガメなどだったらひとたまりもない。関節からかみ切られ、ジャンケンができなくなるおそれもある。それでも仁をその気にさせたのは、未知の危険生物などいないだろうという、肯定的思考だった”とある。
 これはとてももったいない。“肯定的思考”などではなくて“冒険”にしてほしい。関節からかみ切られるかもしれない。だからやってみようと賭けに出てはどうでしょう。そういう凶暴な欲求が胸のうちにあって、そうしたのちにずっしりと重い二枚貝が手に触る。そこで「かあちゃん」と呟く。どうですか。
 そして自転車のところに戻る。納車の光景がよみがえってくる。相棒というのは自転車でもあり、お母さんでもある。自転車の背景には、記憶があり、母への思いがある。自転車は錆びついて動かなくなるかもしれないけれど、その永遠の思いを自分は抱いていくんだと、その貝の冒険をしたあとに島を去っていくというのはどうでしょう。


  以上の講義のあと、池上氏が聞き手になり、北村氏の創作に対する思いや小説の書き方やについて語っていただきました。そちらの模様は数日中に、同サイト内、「その人の素顔」でアップいたします。あわせてご覧ください。

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   【 講師プロフィール】

◆北村薫(きたむら・かおる)氏
 
 1949年埼玉県生まれ。早稲田大学在学時、ミステリクラブに所属。母校埼玉県立春日部高校で国語を教
えるかたわら、1989年「覆面作家」として『空飛ぶ馬』でデビュー。
 1991年『夜の蝉』で第44回日本推理作家協会賞(連作短篇集賞)受賞。2009年『鷺と雪』で第141回直木賞受賞。また、小説以外でも『北村薫の創作表現講義-あなたを読む、わたしを書く』『自分だけの一冊 北村薫のアンソロジー教室』など、創作や読書に関する評論やエッセイを多数刊行。ミステリファンのみならず、多くの本好きから絶大な支持を得ている。