「小説家(ライター)になろう講座」だより...vol.22(2010.4.16)

小説家(ライター)になろう講座
3月講師・小池昌代氏
「「うまい」作品から、一歩抜け出るために」



 3月の講師は作家の小池昌代氏(プロフィールはページ下に記載)。

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 まず、講座は冒頭、本講座の世話役である文芸評論家の池上冬樹氏から講師紹介がなされ、そのあと小池さんが、講座の生徒達に自己紹介を兼ねた挨拶をおこなった。
 「小池です。初めての方もいらっしゃるかとは思いますが、よく知ったお顔も見つける事が出来て、とても嬉しいです。今年は『転生回遊女』をはじめ、短編集など色々出る予定になっています。私も、いつも苦労して書いているんですね。「このままじゃ死ねないな」という作品しか残していないので(笑)皆さんと一緒に書いていくつもりで頑張っています。今日はどうぞよろしくお願いします」
 


 今月のテキストはエッセイ1作品と小説2作品

・『現代版ペルシアの市場』(杜泉新生作/エッセイ・原稿用紙4枚半)
・『ちぐはぐな氷海』(中谷美智子作/小説・原稿用紙50枚)
・『露草を食むおんな』(柴柊作/小説・原稿用紙49枚)

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■現代版ペルシアの市場(杜泉新生)

○梗概
 どこのバザールも人であふれ、活気と熱気に満ち溢れている。いろいろな民族の人たちが集まって商売をしているので、一挙に多くの国に足を踏み入れた気分になる。人々との出会いも楽しい。イラン人の人なつっこさと親切さは格別だ。商品も家庭的なものから高級品や芸術品まで取り扱われ、工房もある。庶民感覚や上流感覚に加え、芸術性や文化も味わうことができる。値段交渉もひとつの楽しみだ。わたしはバザールで命の息吹を感じるし、活力とエネルギーをもらっている。だからついつい足が向いてしまう。

 作者の杜泉さんは、ブログなどで旅行記も発表なさっており、今回はその中から抜き出したものをエッセイにまとめてテキストとしてお出しくださったそうです。


▼池上氏の講評
 旅日記なのだけれど、抽象的で具体例がない。具体例がないから、日本の温泉の朝市に置き換えられる。表現をほんのすこし日本風にすると、温泉の朝市の情景としても読める。それではいけません。固有の体験こそが人がひきつけるのだから、固有の、置き換え不能の体験を書くこと。また、“イスラム教徒の優しさ”についてふれているが、これも具体的な記述がないので伝わらない。  
44 koike.JPG ルポルタージュや紀行文の要諦は、読み手の固定観念を打ち破ることです。わかりきったことが書かれていては読む必要がない。驚きを書くこと。具体的なサンプルから、その土地、文化の固有の表情をつかむことです。
 あと、映像にたとえるなら、単純に風景をなめていくパンだけではだめです。俯瞰もズームアップも必要。それらを駆使して、人々の暮らし、その土地の手触りなどに肉迫していくこと。



▼小池氏の講評
 4枚半という分量は、本当に難しいと思います。何かひとつの事柄に絞って書くしかありませんよね。
杜泉さんはとても素直な文章をお書きになっているんですが、その反面、本来ならばもっと面白くなる部分が短い文章の中で拡散しているのが残念ですね。最初はシルクロード諸国のバザールという書き方をなさっていて、そこから段々とイランのバザールについての話題に集約していく。けれども最後には再びシルクロードに視点が向いてしまう。ぼんやりした印象で終わってしまう。
 イスラム教徒の優しさを描いた直後に、中でもイラン人の人懐っこさは格別だとお書きになっている。けれどもイランの方々はイスラム教徒だけではないはずよね。宗教も文化もさまざまで、まさに杜泉さんが文中でおっしゃったように“民族の十字路”だと思うんです。けれどもこのエッセイでは、イスラム教徒とイラン人がイコールになってしまっている。ここはイラン人の人懐っこさから書き出して、“中でもイスラム教徒の優しさは……”と焦点を絞っていくべきですよね。そこに何か、全体をとおした軸があれば、もっと読んでいてワクワクするものになるんじゃないでしょうか。
 例えば、最初のほうに出てくる“気をつけないと迷子になってしまいそうなバザール”の「迷子」という言葉。やはり読む側も文章の中でバザールの迷子を体験してみたいんです。だから、「迷子」というキーワードを中心にして書くと、お話としての筋が通ったと思います。   55 memo.JPG


池上さんも仰っていましたが、出だしの文章もエッセイでは本当に難しいんですね。このエッセイの冒頭、「私がシルクロード諸国を旅していて」という文章を読んでも、初めて読む方は、作者がシルクロードをよく旅行しているのか、そうでは無いのか、わからないんです。語り手のちょっとした一面が冒頭に盛りこまれていると、もっとすんなり文章に入っていけると思います。
 “やさしい”という表現も抽象的ですよね。私は講座にお邪魔するたびにお話させていただくんですが、「優しい」とか「悲しい」と言葉で抽象的に書いてしまうのではなく「こんな机があった」「こんな犬がいた」など、具体的な物を書く事で手触りや音、匂いを通して読み手に感情を伝える、それを心がけてほしいと思います。 


■ちぐはぐな氷海(中谷 美智子)

○梗概
 節子は、介護補助職として「網走老人ホーム 藤の荘」で働いていた。夜勤の時、たまたま、入居したばかりの信子が骨折するという事故に遭った。 
 また、食事介助の時も、入居者が喜んでもらえるようにと、立った状態のまま二人掛け持ちで食事をさせていた。この二つのことが、家族から「高齢者虐待防止法」に触れる行為ではないかと網走市の苦情処理相談員に通報されてしまった。
 しかし、節子にとって善かれと思ってしたことが、なぜ「高齢者虐待防止法」に触れるのか、いくら考えても納得がいかなかった。
 実は、節子には夫や姑に対して入り込めぬ異常な絆の強さを感じて苦悩の日々が続いていた。そんな頃、姑から節子の人生観について指摘される。

 中谷さんは、ご自身が介護の現場で経験した事をもとに、この短編をお書きになったそうです。


▼池上氏の講評
 風景がきちんと心象風景の役割を果たしていて、とてもよい作品だと思います。北海道の厳しい自然が、そのまま主人公たちのおかれている精神的状況をたくみにあらわしている。ただ、せっかくいい話なのに、展開がやや唐突であること。22 ikegami.JPG
 たとえば、いやな姑としてずっと登場してきたのに、最後になって一転して「実はいい人だった」と書かれているが、そこに至るまでの伏線がないので説得力がない。小説における説得力の有無は、伏線があるかないかです。この小説に即していうなら、それがないから唐突な感じが否めない。
 実はいい人だった、というオチをつけるなら、おばあちゃんが主人公の家庭の経済を握っている設定をうまく活かして、例えば前半部分で、厭味をさんざんいうけれど、実は、おばあちゃんがお嫁さんのために秘密の貯金通帳を持っていたという話をこしられえる。“こうみえてもあなたがた夫婦のことは考えているのよ”という台詞をいわせる。夫は完全なマザコンなので、主人公の嫁は、どうせ夫婦ではなく、息子の暮らしのことでしょうと思っていたら、マザコンの息子をよろしくということで、お嫁さんのために通帳を作っていた・・とかね。何気ない一言を発するが、その一言が、実は秘密の預金通帳のことだったとわかるようにね。
 あと、男の側から言わせてもらえば、旦那さんにもう少し救いがほしい(笑)。マザコンで駄目な男かもしれないが、駄目なりにいいところもあるぞと。ラストの夫婦喧嘩をする場面で、旦那さんに「お前はいつも厳しいな」といったような言葉をポツリと言わせるだけで、読むほうは“ああ、この人は優しい言葉を求めていたんだな”と理解できる。そういった細かい伏線をはるだけで、家族関係に陰影ができる、物語に奥行きができて、読者はひかれていくものです。


▼小池氏の講評


 中谷さんのお使いになる表現が、私はとても好きですね。「じかじか熱くなる」「てらってらに凍った雪道」などのオノマトペも魅力的ですし、介護施設のおばあちゃんの台詞に「ば・ か・や・ろ・お」と中黒を入れて いるのも、高齢者の方がもどかしさをおぼえながら感情を押し出しているのがとてもよく伝わってくる。ピアスの穴が北斗七星のように開いているという表現もありましたが、とても共感をおぼえました。たまに見かけますよね、本当に北斗七星みたいな穴を開けている人(笑)。
 小説中に出てくるオホーツクの自然も、とても素晴らしい効果を生み出していると思います。春に近づいて緩んでいく北国の自然と、介護の厳しさや家族の関わりが徐々にほぐれていく展開が上手に響きあって、とても面白く読む事が出来ました。
 ただ、物語の最後になって、小説の世界が一気に前向きな雰囲気になっていく展開は、やや性急すぎる感じがしますね。おばあちゃんが突然いい人になって、主人公に光が当たっていくのが、ちょっと早く感じました。
 介護の場面では、肉体と肉体が絡まりあう描写がたくさん出てきます。とてもよく書けていらっしゃるんだけれど、どうしてもこみいった文章になりがちなので、読み飛ばされてしまわないようなスッキリした文章を目指して推敲を重ねてほしいですね。
 全体として非常に上手な作品だからこそ、あとひとつ何かが加わると、単なる“よく書けている短編”から更に面白さが深まると思うんです。
 そのひとつが何かわからないのですが。介護という生々しい現実を、ただ、うまく描写するだけでよいのか。たとえば村上春樹の短編「かえるくん、東京を救う」(『神の子どもたちはみな踊る』新潮文庫収録)の「かえるくん」みたいな、あからさまな虚構を入れることで、現実が生々しく立ち上がってくることがある。それにしても、中谷さんの作品は、引き受けなければいけない辛い現実を描写した中に、ふとオホーツクの自然描写があらわれて、それが作品と非常によく響き合っていました。それがわたしにはおおきな魅力でした。
 

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■露草を食むおんな(柴柊)  

○梗概
 雌狐おぎんは、沢の側に傷を負って倒れている人の男を見つける。獣用の罠にはまっている。よく見れば周囲に同じ罠が点在した。「何故か」と問えば、男は「化け狐だ」と言う。新参の若い雌狐が、人を化かしている。おぎんは男の傷の膿を狐火で焼いて、助ける。
 後日、件の若い雌に会うが、相容れぬやつだとわかる。
助けた人の男が、沢に日参していると聞き、おぎんが行くと「礼を言いに」と男は言う。後から来た男たちは、おぎんを化け狐を追いつめた。その者らに、おぎんは獣の臭いをかぐ。山の獣の助力で無事に逃げる。が、人が山狩りを決めた。
 山狩りは、新参の雌狐が先導している。それを人から引き離し、おぎんはさしでやり合う。追いつめ、ついに息の根を止めた。
 雌狐を屠って呆然としていると、助けた男が来た。返事をする声に違和感を覚え体を見ると、人の姿をしていた。おぎんは化け狐になった。化け狐が、山に帰る。

 柴さんは以前にもおぎんたち山に暮らす動物達を登場させた短編をテキストに提出、その時に講評だった事から、シリーズとして本策をお書きになったそうです。 

▼池上氏の講評77 2010.3.JPG
 人間の世界を風刺した動物の物語が、とても格好いい。これはハードボイルドですね(笑)。文章の呼吸も上手いし改行も良い。展開もスムーズでキャラクターも立っている。魅力的な世界ですね。主人公がきちんと窮地に陥るサスペンス部分もしっかりしている。
 ただ、最後の場面で出てくる爺の孫が与六だというのは、飛躍し過ぎで説明が足りない。そこの疑問をのぞけば、他はとても面白い。ぜひシリーズで読みたいですね。
 ただ、シリーズで考えるなら、化け狐に関する謎がほしい。なぜ人を化かすのか、どうして化け狐になったのか。個々の短編の中で事件を解決しながら、大きなテーマに向かってゆけば、物語が複雑になり、より世界観にもキャラクターにも深みが出てくると思います。

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▼小池氏の講評
  テンポの良さ、特に地の文から会話、会話から地の文への移り変わりが自然で、感心しました。人間の世界と距離をとりつつ、動物の世界との仲介役に立って、共存を目指すおぎんのキャラクターも良いですね。あくまで化け狐として生きていくんだというおぎんの意志を強い輪郭で描けば、もっともっと作品の世界観が深まる気がします。
 池上さんがおっしゃっていたシリーズとして連作で読みたいなとは思うんですが、テレビ番組の「必殺!仕事人」みたいなチャンバラ的展開だけでは、いずれ行きづまる感じがするんですね。例えばこの短編中、おぎんは人間に化けるだけですが、「化かす」という要素が加わると、一気に色々なお話が生まれてきますよね。あとは、人間との恋をおぎんにさせてみるとか。どうしたって一緒になれない、獣と人間の交わりという禁忌はぜひ書いてほしいです。
 内山節(たかし)さんという哲学者の著書に『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』(講談社現代新書)という本があります。里山文化が衰退したために、昔は“狐が化かす”話がたくさんあったのに、あるときから、人を化かす狐という存在が消えてしまった、といった内容だったと記憶しています。そんな社会的視点を何処かにすえるということも可能ではないでしょうか。わたしは単なるハードボイルド・エンターテイメントより、その要素を持った、もっと複雑な作品が読みたいですね。より広い読者を取り込む事が出来るんじゃないかなと思います。おぎんみたいな化けキツネが現代社会に力を与える、必要な存在であるというところまで高めていけば、作品にさらなる説得力が生まれてくるかと思いました。

 



 以上の講義のあと、池上氏が聞き手になり、小池氏の詩を書き始めるまでの経緯や小説を書く際のきまりごとなどについて語っていただいた。
 そちらの模様は数日中に、同サイト内、「その人の素顔」でアップいたします。あわせてご覧ください。

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【 講師プロフィール】

◆小池昌代(こいけ・まさよ)氏
 1959年東京生まれ。津田塾大学国際関係学科卒。
1997(平成9)年『永遠に来ないバス』で現代詩花椿賞、2000年『もっとも官能的な部屋』で高見順賞、2001年『屋上への誘惑』で講談社エッセイ賞、2007年「タタド」で川端康成文学賞を受賞。その他の小説作品に『感光生活』『ルーガ』『裁縫師』『ことば汁』がある。