
小説家(ライター)になろう講座
2月講師・別宮ユリア氏
「テーマ、文章、小道具の使い方に気を配ること」
2月の講師は文藝春秋の別宮ユリア氏(プロフィールはページ下に記載)。
「オール讀物」編集部で多数の作家を担当、なかでも奥田英朗氏の『空中ブランコ』、朱川湊人氏の『花まんま』、東野圭吾氏の『容疑者Xの献身』など、担当作から直木賞受賞作を次々と輩出している敏腕の編集者である。
まず、講座は冒頭、本講座の世話役である文芸評論家の池上冬樹氏による講師紹介、そのあと別宮氏による自己紹介を兼ねた挨拶が続いた。
池上「僕は、この講座で99年頃から10年以上にわたって専任講師を務めてきました。その間、作家の方をはじめ多くの編集者には特別講師として来ていただきました。10年の歴史を振り返って、講座を盛りたててくれた編集者が何人もいます。その人たちが山形の講座を気に入ってくれて、取材旅行のついでに、サイン会のついでにと多くの作家さんたちを連れてきてくれました。
そのなかでも、徳間のKさん、集英社のI君などとともにお世話になったのだが、今日お越しくださった別宮さんです。今はさくらんぼテレビさんの後援もあって、資金面も安定していますが、かつてこの講座は「日本一豪華な講師陣の、日本一ギャラの安い講座」と呼ばれていました(笑)。でもギャラが安くても、いい作家が次々と
来てくれたのは、別宮さんをはじめとする編集者の尽力です。どれほど頭を下げても下げたりない存在です(笑)。
さきほど紹介した、プロフィールにある担当本は皆、「オール讀物」編集部時代に作家と一から作り上げてきたものばかりです。そこからも別宮さんの編集者としての優秀さがわかってもらえるかと思います」
別宮「池上さんのお話にもあったとおり、正確な数字は記憶していないのですが、何度かこの講座にはお邪魔しています。お顔に覚えのある方も何名かいらっしゃいますね。と、言っても、私は人前でお話しさせていただくのがあまり得意なほうでは無いので、ぜひ生徒の皆さんからも活発なご意見をいただければと思います」
●今回の作品は以下の通り。
・ 『停空飛翔』(碧埜 橡(みどりの くぬぎ)作/原稿用紙80枚)
・ 『ブラック・ タクシー』(木村 敏美作/原稿用紙28枚)
・ 『結いぐさ』(斎藤 健太作/原稿用紙25枚)
■『停空飛翔』(碧埜橡)
○梗概
主人公の主婦「雲雀(ひばり)」は若い男「砦(とりで)」と出会い、その夜、男の部屋で関係を持つ。砦は喜怒哀楽がはげしく不思議な言動もある。
そのころ雲雀の家庭は壊れつつあった。部下が目の前で自殺するというショッキングな出来事から、夫の「航(こう)」は心にも顔にも醜い傷を負うが、雲雀はその夫の傷に執着する事をやめられない。自分のゆがんだ気持ちにとまどいながら雲雀と夫はぎこちない関係を続けていた。
そんなある日、雲雀は夫の不在中に夫のパソコンから乱交写真がネット上にアップされている事に気がついた。そこには傷をさらして夫も映っている。夫も自分もPTSDからぬけられないのだろうか。それとも元々の性質なのだろうか。
家を飛び出して昔の男に癒され、知り合ったばかりの砦とは不思議な共感に結ばれ、惹かれあいながら、やがて雲雀は航の元へ帰っていく。
▼池上氏の講評
女性が若い愛人とセックスをしていて、女性上位の体位で、夫の来る場面を待つ、というのがラストシーンです。そこで雲雀は性的昂奮に達しようとする。この結末もそうですし、夫のただれた傷跡に吸いよせられるあたりの感覚もそうですが、この小説の全体を貫いているテーマは“性への目覚め”なんです。そして実も蓋もない言い方をすれば、作者本人がどこまで自覚しているかはさておき、この話は見る事と見られる事に性的な快楽をおぼえ、夫の事件によって性欲を亢進させ、新たな性的快感に目覚める女性の話です。そういう構造になっています。
ところがその部分に作者が無自覚なまま書いているから、あやふやな物語になっている。そういった人間の性をテーマとして前面に出せば、もっと濃密な小説になったと思います。
▼別宮氏の講評
作品全体に関しての印象からお話させていただきます。まず、書きなれている印象を持ったという意見が生徒さんの講評にもありましたが、私も同じ感想です。特に前半はとても期待を持たせる書きっぷりだな、と感じました。いきなり初めて会ったと思しき男性の部屋を訪れる主人公。どうやら夫も居るようだけれど、そこに何があったんだろう。そんな期待の持たせ方が非常に上手い。小説雑誌で掲載するためには、短くてもこの作品と同じ80枚前後が通常の枚数になります。書きなれていない人間には、まだ難しい枚数だと思うんですが、導入部を読んで、作者の碧埜さんは書きなれているのかしらと思わせるものがありました。会話のつなぎの部分が独特なせいで、話に乗れないかなと思いきや、大して気にならないまま3~40枚まで一気に読む事が出来ました。訳のわからない部下の事件に夫が巻きこまれていくあたりも、いわゆる“引きの強さ”、読者にハラハラドキドキさせる力が充分にある。エンタテインメントとしても優秀です。
ただ、正直いって後半がガタガタと崩れてしまった印象があります。夫の隠れた性癖を知ってしまう部分、そして主人公がかつて付き合っていた男性と再会する部分。このあたりから一本の短編として、上手くまとまりきらなくなってきたように感じました。
印象に残った場面に、主人公の雲雀が、俯瞰した鳥の視点になるくだりがあります。ここを初めとして文中に見え隠れする「雲雀の視点・視線に対するこだわり」をテーマとしてきちんと捉えていれば、エンターテインメントの小説として完成度が高まったかなと思います。
例をあげると「雲雀の場合は視線が尖ってどこまでも俺の中に刺さってくるようだった」という昔の男の指摘や「雲雀は相変わらず見る事と見られる事に敏感だ」という一文。このあたりは非常に小説的なテーマに成り得るんです。見る事と見られる事に執着している人間のいびつさ、けれどもそれもまた人間の本質である、この部分を書く際に意識していたとすれば、非常にプロっぽい書き方だなと思っていました。けれども伺ったところでは、あまり意識して書かれたわけではないようなので、そこは残念でしたね。
さらにこのテーマを突き詰めていくと、航という登場人物にも違和感をおぼえてしまう。主人公の視線に対するこだわりを感じる役割は担っているんだけれど、彼がいなくても書ける部分です。恋愛小説としては、主人公と夫の関係性があって、そこに砦がからんでくる、それだけで充分だったかなと思います。 本人があまり自覚していないのに、テーマが勝手にくっついてくるという事は、プロではない方の原稿には往々にしてあるんですね。プロを目指すのであれば、そこに対しての自覚をもって書いていく事をおすすめします。
■『ブラック・タクシー』(木村敏美)
○梗概
夏の夜、酒を飲み過ぎた私は終電に乗り、終着駅まで乗り過ごしてしまう。
電車の運行は終了している。明日の仕事の事を考え、どうしても帰宅したい私は、タクシー乗り場に向かう。だが、タクシー待ちの長蛇の列ができている。しかたなく、他の乗り場を探し、街道沿いにでる。
何台ものタクシーをやり過ごした末に、ようやく空車と出会い乗り込む。それは車体を真っ黒に塗りつぶした異様なタクシーだった。
タクシーを走らせながら、運転手は母子三人が亡くなった事故の話と、その後に発生した幽霊話を語り始める。
そして私は、やがて身の毛立つ怪異に襲われる。
▼池上氏の講評
一度目に読んだ時には、主人公が事故を起こした犯人だと思ったのだけれど、あらためて読むと、どうも幽霊が人違いをしているらしいと気づきました。つまりこれは「幽霊の理不尽さに出会う男の話」です(笑)。つまり幽霊だってまちがうし、バカな幽霊もいる、という話なのに、作者はそこまで考えていない。スラップスティックなコメディになりそうな要素を含みながらも、それを前面にだしていない。運転手が関係する事故とは異なる、別の事件をひきおこしていたから、祟られた、という二番底の驚きもあってもいい。そのへんの工夫がないですね。 描写に関しては、指にからんだ長い髪を運転手の手渡した爪切りで主人公が切る場面、あそこがいちばん怖い。ああいった触感をともなう部分は、もっとねちっこく書くべきです。他をあっさりと説明しておいて、ここぞという部分は五感に訴えかけるように書く事で、怖さが生まれてくると思います。髪を切る行為が、男にとって、抑圧していた記憶を呼び起こし・・という展開もありでしょう。プロットにひとひねりほしかった。
▼別宮氏の講評
いわゆるホラーと呼ばれるカテゴリの小説ですね。
私は、主人公がタクシー運転手の奥さんを殺した真犯人で、彼に対して奥さんの幽霊が復讐しているのだと思って読んだのですが、さっき、作者の木村さんから「主人公は犯人ではない、完全な幽霊が人違いをした濡れぎぬです」と聞いて、お話しようとしていた事がちょっと変わってしまいました(笑)。たしかに、最後まで抵抗して往生際の悪い主人公だなあとは思ったんですが(笑)。
もしも人違いされた理不尽さを強調したいのであれば、誤解を解くためのやり取りがあって、無実を証明したはずが最後にひっくり返るなど、もう少し違う書き方をするべきではないかと思います。
先ほどお話したとおり、私は“主人公が真犯人だ”という前提で読んでいまして、それを踏まえてお話します。これは掌編と言うべき短さの小説ですが、この長さの物語としては、ある域の水準には達していると感じました。ただ、定型な物語、既視感のある作品であるのもまた事実です。
割と早い段階でネタバレにはなっているんですよ。物語の始めに運転手が事故の話を伝える過程で、主人公が事故の原因を作った人物であり、運転手もまた被害者か何かで事故に関わりのある人物だという構造は、割と予想できてしまう。にも関わらず、それなりに読ませてくれるという意味では、完成度が高い。
定型にも定型なりの良さがあると言いましたが、ではそこで何が大切になってくるかというと、文章力、読み手に違和感をもたせない文章が必要になります。しかし木村さんの作品は今回のテキストの中ではいちばん粗かった。描写を例にあげると、冒頭で電車の網棚に雑誌や新聞が置かれている場面がありましたが、最近そういった光景はほとんど目にしませんね。また、地の文に「ブラック・ タクシー」という言葉を盛り込んでいるけれど、そこも必要ない。ほかにも地の文章でおなじ描写を何度も繰り返していたりといった部分も目立ちました、文章には改善の余地がまだまだあると思います。書いたものを音読してみるなどの訓練で良くなっていく部分です。
文章力が改善できる部分だとすれば、逆に訓練では難しい部分、特にホラーという分野では重要になってくるのが、怖さ、おどろおどろしさを引き出す文章が必要になります。そこは手練であるプロの作品をたくさん読んで、学びとってほしいですね。
話の流れは何となく分かるのに、本当に怖い、そんな作品を参考にしていただきたいと思います。
■『結いぐさ』(斎藤健太)
○梗概
主人公の「私」は、同僚である黒木と一緒に、なじみの居酒屋で杯を酌み交わしている。とりとめの無い黒木の愚痴から、私は過去に犯したある犯罪を思い出す。まだ学生だった時分に恋仲に落ちた女性、絵里。名家のお嬢様であった絵里を連れて駆け落ちをした私は、やがて逃避行の中であらわになる奔放すぎる絵里の性格に嫌悪をおぼえていく。やがて、北へ北へと逃げた二人は、恐山へとたどりついた。恐山で、三途の川で石を積む、亡くなった子供がこしらえるという結い草を見つける二人。
石を崩そうとする鬼の足を絡めるのだと説明しながら、絵里は二人の子供が出来た事を告げる。このままでは彼女に人生をすべて奪われる。恐れにかられて私は、絵里を深い谷底へ突き落として、ひとり逃げ出す。
それから十数年、罪を隠してひそかに生きていた私に、庭へ出た妻がよびかける。
庭一面の結い草。
鬼は私なのか。やがて、朦朧とした意識の中、私はパトカーのサイレンに似た赤子のような声を聞く。
▼池上氏の講評
読んでいていちばん疑問に思ったのが、免許証。主人公が彼女を谷底に落とす際に免許証の入ったトランクも一緒に谷へと落としておきながら何も対策を打たない。そんなはずは無いでしょう(笑)。
あとは、お嬢様である彼女が、なぜ喫茶店でウェイトレスなんかやっているのかという説明がまったくない。キャラクターが合致しない甘さがある。そこをきちんと説明しないと、読みながらクエスチョンマークがついたままになってしまう。
この小説は、ひとことでいうと「過去の犯罪が露顕する男の話」です。露顕する過程のスリリングな展開を描くのか、露顕することによって過去と現在の生活の落差を描くのか、あるいは露顕することによって、ようやく心の平安を抱く話にするのかと、いろいろ方法があります。それは作者が何を書きたいのかによるでしょう。
ゆいぐさというのは、罪の重さの象徴でしょう。でも、残念ながら、それが伝わらないから怖くない。犯した罪が露見するのが怖い話なのか、それとも犯した罪が露見する事でようやく罪悪感から逃れられるという救いの話にするのか、そのテーマの絞り込みがみえない。個人的には、露見するのを密かに主人公は望んでいたのだという視点にして、改めて書いて欲しいと思いますね。
▼別宮氏の講評
斎藤さんの書いたものは、これまで講座で何度か読んでいるんですが、やはり文章が上手いですね。今回のテキストの中ではいちばん安定感がある。するすると読めました。生徒さんの感想にも、最初の場面が長いとか、脇役である黒木の個性が強すぎるとか色々ありました。私も若干バランスの悪さは感じたんですが、むしろこれは、夕刊で過去に自分の犯した罪が露見するのを感じた主人公が、心ここにあらずのまま黒木と会話を重ねている、そんな主人公の胸中を冒頭は表しているのかなと好意的に解釈しました。
ただ、さきほどの「ブラック・ タクシー」と同様に、この作品も定型のホラー小説ですよね。過去に隠した罪が明るみに出て、不思議な現象によって破滅を迎えるという、ありがちなパターンです。読んでいるうちに結末がわかってしまう。20枚という短さもあって、話がストレートなんです。あまりどんでん返しの要素がない中で、
何が必要になってくるか。
さっきは文章力が大事だといいましたが、この作品に関しては、むしろ読ませどころは結い草という小道具の使い方にかかっていると思うんです。結い草というのは青森県の恐山で実際にある風習だと、斎藤さんからお伺いしましたが、残念ながらその特性を使い切れていない印象を持ちました。回想の場面で、初めて結い草に出会う場面も弱いし、ラストシーンも、結い草をもっと衝撃的に登場させる事が出来たはずです。この小道具を使った、より効果的なプレゼンテーションの方法を考えてほしかったですね。せっかく用いた個性的な要素をもっと活かした作りになれば、プロの現場での商品に近づくかと思います。
以上の講義のあと、池上氏が聞き手になり、別宮氏のこれまで担当した作家の方々のエピソードや、編集者としての思いなどについて語っていただいた。
そちらの模様は数日中に、同サイト内、「その人の素顔」でアップいたします。あわせてご覧ください。
【 講師プロフィール】
◆別宮 ユリア(べっく・ゆりあ)氏
1969年東京生まれ。1993年、文藝春秋に入社。入社以来一貫して文芸畑を担当。現在、書籍編集部。「オール讀物」編集部時代に、奥田英朗のとんでも精神科医伊良部シリーズの『空中ブランコ』、朱川湊人の『花まんま』、東野圭吾の『容疑者Xの献身』(以上の三作は後に直木賞を受賞)、伊坂幸太郎の『死神の精度』、書籍編集部では、東野圭吾の『聖女の救済』『ガリレオの苦悩』、北村薫の『鷺と雪』、奥田英朗の『無理』などのベストセラーを担当する。