
小説家(ライター)になろう講座
1月講師・川本三郎氏
「大事なのは、自分の中にある普通の言葉を使うこと」
1月の講師は文芸評論家で映画評論家でもある川本三郎氏(プロフィールはページ下に記載)。
的確な文芸評論、映画評論と同時に、ジョン・チーヴァー、トルーマン・カポーティなど米国文学の名翻訳者としても名高い。
ゲストとして新潮社の楠瀬啓之氏をお招きした。
まず、講座は冒頭、本講座の世話役である文芸評論家の池上冬樹氏による講師紹介、そのあと川本さんによる自己紹介を兼ねた挨拶が続いた。
池上「川本さんは、日本でも一番有名な文芸評論家、また映画評論家と言っても過言ではありません。善意の評論家、すなわち作品の良いところを見つ けて褒める事を得意としてらっしゃいますから、今日テキストを提出した生徒は幸運ですね(笑)。また、ゲストには新潮社の楠瀬さんをお招きしました。文芸 誌『yomyom』の副編集長であり、さくらんぼ文学新人賞の最終選考にも関わっているベテラン編集者です」
川本「雪の深い山形に来ると思っていたら、東京と同じ快晴の青空が見えてびっくりしています。山形に来るのは、二年前に左沢(あてらざわ)線に乗るために来た時以来です。私は鉄道好きなものですから。とてもきれいな街ですね。さきほどお話を聞きましたら、人口が約25万だそうで、街としてちょうど いいぐらいの規模かなと感じました。今日はとても楽しみにしております」
今月のテキストは小説2作品とエッセイ2本
・『美人ママは二毛作』『女は長風呂』(佐竹幸子作/エッセイ・各作品共に原稿用紙3枚)
・『軌上より永遠に』(卓地樫樹作/小説・原稿用紙43枚)
・『そこは三途の川の花咲く原っぱ』(池子とら作/小説・原稿用紙55枚)
■『美人ママは二毛作』『女は長風呂』(佐竹幸子)
○「美人ママは二毛作」は、筆者の職業である行商の体験をもとにしたエッセイ。
○「女は長風呂」は、山形市内にある健康ランドでの出来事を描いたエッセイ。
▼楠瀬氏の講評
まず、タイトルが二つとも素晴らしいです。田辺聖子さんかと思いました(笑)。
「美人ママは二毛作」に関しては、美人ママの描写が具体的にほしい。どんなワンピースなのか、どんな表情で買うのか、値切ったりするのか。年齢などをはじめに提示しておくと、読者が美人ママをすんなり想像できると思います。そういった情報を増やしてほしいのとは反対に、“でもママに比べればまだまだ甘っちょろい”といったような心理描写や、ラストの叙情的な文章は削っても良いように感じます。自然の描写で伝わるほうが良い。そのためにも前半に、 きちんとママの人物を描いておくべきなんですね。
「女は長風呂」も、題名で長風呂とまで言い切っているのだから、もう少し長く書いてほしかった。“変わりものの私”と、さらりと書いているところが、読者としては一番読みたい部分なんですね。“今日は面白い人と会えた”という一文も、気になって読みすすめたけれど、最後まで“どう面白い人物なのか”には触れない。どこ行ったんやこの話はと(笑)。面白い人と会った事が前フリとなって、結果、長風呂になってしまったという展開ならば、もっと良かったかなと思います。亭主との待ち合わせ時間を一時間もオーバーするほどの長風呂なら、その内容をどんな形であれ文章にもりこんでほしい。読者に“そ りゃあ長風呂で亭主も怒るわ”と思わせる説得力がほしかったですね。
▼池上氏の講評
エッセイの肝は、その人の生活の手触りを伝えることです。描かれた生活がいかにリアルであるかが、大事になってきます。普通の生活を送っている なら、日々の生活での発見、驚きや興奮を見つけてください。人は、知らない部分をみたいのです。知っていても、ああ、そうだったと納得したいのです。
佐竹さんの強みはご自身の職業、行商です。行商の方が書いたエッセイはとても珍しい。それだけで、ものすごい強みです。どういう風に仕入れているのか、どんな時間に活動して、どのように売り歩いているのか。日々の日常的な部分に対して読者は興味を持ちます。ぜひ行商を題材に、そこで出会った人間模様を書き続けてください。
▼川本氏の講評
先ほどご紹介にありましたとおり、私は善意の評論家と呼ばれていまして(笑)、人のいいところばかりを評論しますので、その点をまずご承知おきください。
佐竹さんのエッセイ、非常に楽しく読みました。「美人ママは二毛作」は行商の話がおもしろい。行商というお仕事をなされているのは、佐竹さんに とって財産ですよ。人の体験していない事柄が書けるのというは本当に貴重な財産なんです。そこにリアリティがあるから、スクーターに乗ってきたママさんと やりとり、スイカやナス、キュウリなどが情景として目に浮かぶわけです。
細かいところを言えば、文章の書き出しは“私は二十年間行商をおこなってきた”というくだりから始めてもよいと思います。“生きる事の切なさ”や“残照”など難しい言葉が出てきますが、これはいらないと思いますね。自分の中から沸きでた言葉ではない。借り物の言葉は使うべきではないんです。 最後は、行商に使う車の話や売れ残った野菜など、具体的な言葉でしめたほうがよい。文章で大切なのは、なるべく日常的な自分の言葉を使うことです。
それにしても、題材が素晴らしい。このエッセイだけで終わるのはもったいないので、ぜひ行商にまつわる話を何篇も書いていただきたい。
■『軌上より永遠に』(卓地樫樹)
○梗概
学生時代の音楽仲間から披露宴に招待された澄夫は、東京から大阪に向かう途中、数年前に起きた福知山線の事故現場に立ち寄る。高校時代の想い人が亡くなった場所だった。高校を出てから1年後、暮らし向き が悪くなった彼女の実家は夜逃げし、ひっそりと関西で暮らしていた事が後になって判った。
「(自分の)居場所って、自分で作るもんだよね」
高校の軽音部ではバンドを組めず、すっかり希望を失くしていた澄夫に、彼女のひと言が再び一歩踏み出す勇気になった。その出来事は、今も澄夫の気持ちの中にある。事故を起こした鉄道会社の職員たち同様、今、やれる事に取り組むしかないのだ――。
人の成長を描く小説の中で、「レクイエム」をテーマにした作品。
▼楠瀬氏の講評
純情な男の子がいて、少し年上の経験豊富でミステリアスな女の子がいて、そんなあまり幸福ではなかった女の子を、男の子は追いかけていく。物語 としては黄金パターンですよね。ただ、過去、現在それぞれの繋ぎ合わせがあまり上手くいっていないために、黄金パターンが成功していない。
そのなかで一番良かったのは、映画館のオデオン座のくだり。映画館で昔の映画が一日に何回も繰り返し上映される事と、電車の車掌が同じ路線を一日に何度も走るという事のパラグラム、そこが物語のキモになっている。けれど、ここが乖離してしまっているのが惜しい。この部分を繋ぐきちんと糊しろがあれば良かった。
事故当日の彼女の足跡をたどる説明がもう少し書かれていて、かつてバンドをやっていた主人公が今では二次会の余興程度に音楽をやっている事の意味に、全てのエピソードが集約されていけば、ベストだと思いました。
▼池上氏の講評
追悼の意味と音楽をやる意味が、きちんと接着されていない。話が遊離とはいわないまでも、細部が連繋していない憾みがある。
タイトルは、ジェイムズ・ ジョーンズの『地上(ここ)より永遠(とわ)に』をもじった、いわばダジャレですよね。人が死んでいるシリアスな話に、ダジャレのタイトルをもってきてはいけません(笑)。読み手の感情がさだまらないからです。真面目に読むべきか、笑っていいものなのか判らなくなる。このへんは気を使ってほしい。
ヒロインである千奈美は、主人公にとっては魅力的なのかもしれませんが、会話文が流れすぎているためにあまり魅力が伝わってこない。
最後に主人公が千奈美に伝えたかった言葉は、“好きだった”ということですが、これはなくてもいい。文脈で充分わかる言葉なので、それをもう一度言葉にして説明すると平板になります。行間に押しこめたほうが、叙情が生まれて印象的になります。
▼川本氏の講評
先ほど作者の方に、千奈美にモデルはいたんですかとお聞きしたんです。池上さんが不要だとおっしゃる、最後の“好きだった”という言葉は、実在する千奈美のモデルに対しての一言なのかな、どうしても書きたかったのかなと思ったのです。善意の評論家としてはそのように解釈しました(笑)。
そう感じてしまうくらいにヒロインの描き方が良いんですね。千奈美という女の子が目に浮かびます。バスケット部で髪が短いという描写や、会話 文で出てくる“いたいのいたいのとんでけ”という言葉の可愛らしさなど、随所から彼女の健康的な魅力がわかる。そんな女性が、家の事情で借金取りに追いかけられて生活が変わっていってしまう。その悲しさが非常に伝わってきます。
ただ、他のお二人がいろいろ指摘したとおり、それぞれの話がつながっていないし、読み手が欲している情報が足りない。福知山線で彼女が事故に まきこまれたのは何故なのか、そこをもっと詳しく書いてほしいですね。バンドの話よりも、千奈美のエピソードに絞って書いていくともっとよくなると思いました。
■『そこは三途の川の手前の花咲く原っぱ』(池子とら)
○梗概
深里(みさと)の娘が飼っていたモルモットが死んだ。冬の朝、庭に埋めた。
死んだペットは、三途の川の手前の原っぱで、飼い主がそこへ来るまで待っているんだよねと泣きながら確かめる娘だった。
夫は東京に単身赴任中だ。夫の母と山形の家で子育てをしているが、妻であること、嫁であること、母親であることを強いられることに違和感を覚えずには居られない。
妻でも嫁でも母親でもない自分になりたくて、深里は『酒蔵』の暖簾をくぐる。カウンターだけの古い店をやっているのは八十六歳のおやじさんだ。酒はビールと日本酒だけ。焼酎はない。メニューはレバー炒めとカツだけ。
頑固なおやじさんと客が飼犬の話しをしていた。おやじさんが飼っていたシェパードの犬が死んで、庭の椿の下に埋めたが、三年後、椿を移そうと掘り返したら、犬の骨が跡形もなく消えていたという。
半年後、『酒蔵』のおやじさんの訃報を聞き、店のあった場所を訪れる。小さな駐車場になってしまったその場所で、深里はシェパードの姿を思い浮かべていた。三途の川の手前の原っぱで、おやじさんを出迎え、飛びつき、並んで歩いていく犬の姿を。
▼楠瀬氏の講評
母らしくならなきゃ、よい妻にならなきゃ、そう主人公は思うのだけれども、決して反省しない、これは新しいですよ(笑)。そこがこの小説の面白さなのだけれど、それでもどこか一個、大きく自分を省みる部分があれば、もっと成功したと思います。
例えばクリームソーダのくだりですね。クリームソーダは偽者の悲しみだ、ソーダに浮かんだアイスクリームが混ざると、その悲しみはますます偽者になってしまう。本物のメロンのような悲しみではないんだと子供たちに話す部分ですね。その“本当の悲しみ”とは何なのか、その苦味が何なのかを書いてほしかった。
全体的な構成でいえば、三途の川に花が咲く部分はもっと前半に持ってきて、読者に印象付けてほしい。そして、一番最後に飲み屋のオヤジさんが 話す犬の骨のエピソードから、主人公が重いものを受け取って己を反省する。そんな流れを作る事が出来たなら、非常にうまくまとまった、もっと素晴らしい作品になると思います。
▼池上氏の講評
読みにくいという意見もありましたが、個人的にはとても読みやすかった。これはいわゆる私小説、もしくは心境小説というジャンルですね。反省しているようで反省しない、その時々の心境を丹念にのべている。それがとてもいい。心境小説というのは、自分の現実をあるがままに受け止め、これもまた人生ですよと読者に提示していく形式です。
池子さんの小説は、時代小説を含めて、何作かテキストに使われてきましたが、いつもストーリーの展開が弱かった。でも、この小説では、展開しないぶんだけ、主人公である母親の視線から捉えられた、娘やモルモットとの関係がていねいに描出されていて読ませる。熱心だけれども冷めている微妙な距離感が出ていて、とても味わいがある。
▼川本氏の講評
これは非常にレベルの高い小説です。少し手直しをすれば文芸誌に載ってもおかしくない作品です。楠瀬さんがおっしゃったように、この女性像は非常に新鮮。
引用すると“親と子の関係なんてとても薄く淡い関係だ。産んだだけでそんな強い絆が出来てたまるか”とか“親と子なんて希薄な関係のためにいちいち神経すり減らしてなんかいられない”とか、目からウロコでしたね(笑)。子供が二人いる主婦がこんな事を考えているというのは、ものすごく驚きました。
文章も主人公の考え方に沿った、ちょっとぶっきらぼうで愛想のない文体になっています。例えば、毛むくじゃらであったかいもの、つまり犬や小動物を飼いたいとねだった娘に対して、主人公である母親の言葉が“あの子には男でもあてがってやらないとダメなのかもしれない”ですよ。爆笑してしまいました(笑)。
かなり自分自身を茶化して、劇化しながら語っていく会話も面白いですね。中年の女性が書いた小説は恋愛ものになってしまう傾向が強いんですが、これは恋愛もからまないし、非常に気持ちよく読む事が出来ました。
飲み屋の話も非常によいですよ。すぐにこの飲み屋に行きたくなっちゃいました(笑)。オヤジさんとの会話から、“この店の暖簾をくぐれば母でもない嫁でもない妻でもない人物として時間を過ごせる”という主人公の気持ちが、とてもよく伝わってくる。
ただ技術的な注文をつけるなら、主人公がどういう仕事をしているのか、ご主人がどのような方なのかなど、そういった部分を、あまり説明的になら ないように盛りこめば、物語にふくらみが出たかなと思いました。このテーマでもっと細かいところを書きこんでいけば、文芸誌に載るレベルになると思います。
講評を終えたのち、川本氏から、今日の講座の感想、そして小説家を目指す生徒へのアドバイスがあった。
「皆さんのレベルの高さにびっくりしました。行商の話、千奈美ちゃんの可愛らしさ。そして新鮮な女性像。細かい部分を手直しすれば、もっとよくなる作品ばかりでした。
今日テキストを読ませていただいた方々も含めて、皆さんにアドバイスさせていただくならば、自分の中にない言葉、借り物の言葉を使わないように書くことを心がけてください。普通の言葉で書くのは、優しいようでとても難しいけれど、とても大事な事です」
以上の講義のあと、池上氏が聞き手になり、川本氏の言葉に関しての思いや、映画に関わるエピソードなどについて語っていただいた。
そちらの模様は数日中に、同サイト内、「その人の素顔」でアップいたします。あわせてご覧ください。
【講師プロフィール】
◆川本 三郎(かわもと・さぶろう)氏
1944年 東京生まれ。東京大学法学部卒。
文学、都市、映画をテーマにした評論を中心に、小説、翻訳など幅広い執筆活動を行っている。『大正幻影』でサントリー学芸賞、『荷風と東京』で読売文学賞、『林芙美子の昭和』で桑原武夫学芸賞、毎日出版文化賞を受賞。著書に『郊外の文学誌』『都市の感受性』『今ひとたびの戦後日本映画』『荷風好日』『向田邦子と昭和の東京』『マイ・バック・ページ』『叶えられた祈り』(トルーマン・カポーティ著)ほか多数。