「小説家(ライター)になろう講座」だより...vol.16(2009.10.15)

小説家(ライター)になろう講座
(9月講師・茶木則雄氏)
(ゲスト 吉野仁氏・深町秋生氏・柚月裕子氏)

『 大切なのは、自分の文章を「おかしい」と感じる力 』


 9月の講師は、ミステリー評論家の茶木則雄氏


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 80年代なかばに、東京で初めてのミステリー専門書店「ブックスサカイ深夜プラス1 」を開店し、カリスマ書店員の草分けとして活躍する一方、各紙誌で熱い書評をし、「本の雑誌」ではギャンブルと家族と本にまつわる爆笑エッセイ「帰りたくない!」を連載して(後に同題で上梓、文庫化もされて)、多くのファンをつかんだ。
 一時期、ライターに専念したものの、数年前に書店の現場に復帰し、ときわ書房に勤務しながら、現在、評論家兼エッセイスト、さらに文学賞の選考委員として多忙な日々を送っている。

kaeritakunai!.JPG 講座は茶木氏の挨拶からはじまった。

 「山形のこの講座には何度か来ています。会場を見渡しても、三分の二くらいは見たことのある顔で、なんだか久しぶりに田舎に帰ったような気分です(笑)。今日は、新人賞の選考をしている人間の立場から、いろいろとアドバイスをさせていただこうと思っています。テキストを使いながら、これから皆さんが応募原稿を書くうえでの注意点や助言などできれば、と思っています。よろしくお願いします」


 続いて、今回、飛び入りで講座に参加してくださった、文芸評論家の吉野仁氏の挨拶があった。

 「基本的に書評や『本の雑誌』に執筆しています。その一方で、今年は横溝正史ミステリ大賞と江戸川乱歩賞と小説すばる新人賞の一次・二次選考、そして「このミステリがすごい!大賞」の最終選考委員を務めています。今年はどの賞も応募数が多く、レベルも高くなっています。小説家をめざす人にとっては、厳しい状況であると同時に、いい時代なのではないかと思っています。今日はよろしくお願いします」

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 今月のテキストは2作品。 

『ひな祭り』(木村敏美作/小説・原稿用紙46枚)

『無花(むか)去り』(中谷美智子作/小説・原稿用紙45枚)


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■『ひな祭り』(木村敏美作)
○梗概
 『中学生の後藤桃子は、ひな祭りの朝を迎える。
 父は、会社の若い部下を自宅に呼んで、ひな祭りを祝いたいと家族に話していた。どうやら、長女と社員の部下を合わせる予定のようだった。その準備のために桃子は忙しい母の手伝いをしていた。
 ところが父の様子がなんだかおかしい。今朝になって、中止できないだろうかと父が言い出した。嫌な夢を見たと言っている。
 家族は、いまさら中止できないと反対するが、父は、客を招待しているにもかかわらず、無責任に外出してしまう。
 やがて父は部下の斎藤と一緒に帰宅する。出かけたときの不機嫌な表情が一変して、満面の笑みを浮かべている。不可解に思う桃子たち。
 宴が始まり、父は上機嫌で斎藤を家族に紹介する。ほんとうは、もう一人の部下・真木を姉に紹介する予定であった。家族も事前にそう聞かされていた。父の説明によると、今日になって真木の都合が悪くなり、来られなくなってしまった。
 真木が来られないというのに、なぜ父がこれだけ上機嫌なのか、桃子たちにはわからない。
 午後になって、突然、スマートでハンサムな真木が訪ねてくる。真木は遅れた理由を桃子たちに話す。そのとき突然、父の怒りが爆発する。一同は、父の怒りの原因がわからない。怒られた姉は自分の部屋に閉じこもる。姉の気持ちを思いやる桃子。二人の前に父があらわれ、客の二人に帰ってもらうことを告げる。
 そして父は家族に向かって、夢に見た不幸な後藤家の未来図を語る。それはあまりに理不尽な家族絵図であった……』
 

▼深町氏の講評
 「読んでまず、時代の古さを感じた。ひな祭りの日に、父親の部下を招いてもてなすという風習自体、いまはあまりないように思う。戦前の家族をイメージしてしまう。

 あと、設定に無理があるように感じた。オチもわかりづらい。きっちり落とし前をつけることが、エンターテインメント作品の最低限の条件。読者に納得させるだけのラストを用意してほしかった」
 

▼柚月氏の講評
 「この作品は、中学一年生の女の子のひとり語りで書かれているが、幼い言い回しの部分と、大人びた口調の部分が混在していて違和感を覚えた。読者がキャラクターのイメージをしっかりつかめるような表現に、統一したほうがいいと思う。

 あと、タイトルにもなっている「ひな祭り」の行事のことを、もう少し書き込んだほうがいいように思った。冠婚葬祭はその土地の風習がよく表れるものなので、人形の飾り方や料理の出し方など、細かいディティールを書くことにより、もっとリアリティが生まれたと思う。

ikegami main.JPG ストーリーとしては、なぜ父親がおかしな言動をとるようになったのか、その理由が書かれていないが、理由を書かない方向でいくのであれば、主人公の女の子の感情をもっと書き込んだほうがよかったように思う。主人公が恐がっているのか、面白がっているのかで、この作品はホラーにもコメディにもなると思う。読者をひっぱる筆力はお持ちなので、これからもがんばって書いていただきたい」
 

▼池上氏の講評
 「受講生の感想で「~なの」という語尾に違和感があるという意見が出たが、文体も語尾も、時代によって変わるものである。いまの若い人は、このような言い回しはしないので違和感があるのだろうが、自分はあまり感じなかった。作品を古く感じるか否かは、読み手の年代も関係あると思う。

 僕が不満に思ったのは、キャラクター設定と結末である。この小説は、女の子のキャラクター次第で、シリアスにもコメディにもなる。作者はどちらを目指したのか、そこが明確ではない。明確にキャラクターをきめていないから、オチまで曖昧になっている。

 読者に結末をゆだねる曖昧な結末はありますが、しかしそれはきちんと計算してのこと。父親の妄想なのか、タイムトラベル的な予知なのかを不問にして、読者にどう読ませるのか、どのように愉しませるのか。そこをもっと考えてほしかった。オチをつけるのは難しい。ならば、キャラクターの設定でホラーかコメディの方向性を決めて、もっと娯楽色をだすべきだったと思う」


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▼吉野氏の講評
  「冒頭の一段落目。日付と主人公の名前や年齢が書かれているが、これは状況説明である。小説の書き出しというのは非常に重要で、いきなり場面の説明をはじめると、つまらなくなってしまう。タイトルが「ひな祭り」なのだから、本文であらためてひな祭りを説明しなくても「五人はやしを父親から飾れと言われた」という文章だけで、読者には十分通じる。
 できるだけ説明をせずに描写することで、今日がどんな日なのかを読者に提示すべきである。キャラクターの台詞や描写をもっと工夫して書いていただきたい。
 作文と小説の違いは、作文は状況をひとつひとつ順番に語っていくけれど、小説はいきなりドラマに入り、読者を誘い込まなければいけない。

 あと、ストーリーだが、「ひな祭り」という女の子の節句に絡めて、父親がおかしくなった理由を、一種のマリッジブルー的なものにしてもよかったと思う。最初作品を読んだときに、父親がおかしな夢を見た理由を「娘が嫁ぎ妻が病気になったら、自分は取り残されてしまう」という不安を父親がだんだん持つようになり、それが夢を見させたんだ、と自分は解釈した。
 女性の、日常とは違う晴れの舞台をタイトルにしたのならば、それに対する男親の意識が背景にあった、という理由付けをすれば、もう少しその意識にかこつけてストーリーが運べたと思う」
 

▼茶木氏の講評
 「この作品が新人賞に応募されてきたら、おそらく最初の1ページで落ちる。まず、こんな語り口調は普通ありえない。語りの大半が「~なの」というのはいくらなんでも不自然。語り口調の接尾語というのはとても重要だ。この作品は接尾語を無視して読むと、それなりに面白く読める。自然でリアルな口調を、もっと意識して書いていただきたい。  chaki kougi.JPG

 この作品のリーダビリティの核は、父親がなぜいきなり変わったのか、という点にある。それが知りたくて読者はページを繰るのであって、「ひな祭り」である必要はない。余分な描写を削って、もっと核心を書き込んだ方がいい。父親が未来から来た、とか、予知能力がある、とか、なぜそこまで確信をもって豹変できるのかということを、読者が納得しないといけない。一番重要なのは「いったい、この背景には、なにがあるんだろう」ということである。

 さきほど吉野さんも言っていたが、なるべく描写と会話で構成し、説明をしないようにすべきである。説明しないことによって、「これはなんだ、どういう話なんだ」という興味が湧く。その興味で、読者をひっぱっていくのが上手い小説だ。

 この作品の一番の問題点は、父親が自分の見た夢を、なぜ予知夢として確信できるのか、という疑問に対して、読者を納得させるだけの答えが用意されていないことである。そこがひとつあるだけで、この作品はかなりよくなる。父親の変人さ加減をもっと書き込み、家族は「またはじまった」というような目で父親を見ている――ただし、読者にはなにがはじまったのかわからない、というような形で書いていくほうがいいと思う。

 特に推敲していただきたいのは会話。読み返したときに、本筋に関係ないところは外し、深く突っ込んで書かなければならないところを整理することで、全体がぐんとよくなる。あと、子供の視点で書くと言うのはかなり高度なテクニックが必要。同世代の子供をよく観察して書いていただきたい」


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■『無花去り』(中谷美智子 作)
○梗概
 『康子は長年、恋人との結婚を両親から反対されていたが、恋人が職に就くことになり、ようやく結婚の許可を得た。
 しかし、待ちに待った結婚式当日、式場に向かう途中、後ろから来た車に追突され、康子はあえなく死んでしまう。通った道に問題があった。昔からその道を通って嫁に行く者には、よからぬ祟りがあるといわれていたのだが、康子はそれを信じなかった。
 物語はここで時代をさかのぼり、侍が活躍する時代に。
 隣接する柴田村と長岡村の殿様同士は先祖代々から仲が悪かったが、偶然、それぞれの姫と若君が恋仲になる。しかし、互いの親は結婚を許そうとはしなかった。
 そんな時、若君は伯父から横笛が上手いと褒められたことをいいことに、そのご褒美に敵方の姫と結婚の許可を願う。伯父はこの国一帯の領袖であった。
 伯父はその縁談を敵の懐柔策の手段として捉え、結婚の許可を与えるよう若殿の父親に進言する。
 一方、姫もまた、子を思う親心を利用して親に結婚を認めさせる。
 こうして敵同士の子供の結婚が決まった。
 しかし、長年の敵対関係から互いの村へ通じる通路は一本もなかった。そのため、互いの殿様は婚礼のために百姓たちの土地を取り上げ道を作らせた。これが大いに村人に不満を持たせることになった。
 婚礼当日、花嫁行列は国堺にまで来た時、得体の知れぬものに襲われた。
 当初、互いの殿様は相手方を非難したが、結局花嫁は永久に戻ってこなかった。
 それ以来、この道は姫の怨念が漂う道として、嫁に行く女は決して通ってはならぬ道になった。
 物語はまた現代に戻り、「祟りのある道」が語られるが、若者は信じなかった。
 康子もその一人であり、そのために、その道で短い生涯を終えた』 

fukamachi main.JPG▼深町氏の講評
 「作品のなかに舞台の説明として「陸奥の奥」とか「球磨川」「長岡」などの名称が出てくるが、「球磨川」では熊本が浮かんでくるし、「長岡」からは新潟の中越をイメージする。そうなると、この作品の舞台はどこになるのか、という疑問を持ってしまう。登場人物の名前も「泰子」と「宇宙(そら)」という、女性は平凡な名前で、男性はいまどきの名前。どうもバランスが悪い。作品で使う名称や名前のバランスを、もう少し考えたほうがいい。 

 会話文に独特の言い回しがあり、おかしくて笑ってしまった。作品のなかに出てくる擬音も漫画的なものが多く、読まれた方の大半が「直したほうがいいんじゃないか」と感じたと思う。

 しかし、自分はその表現がとても気に入っている。ここまで徹底して書かれると、一線を越えたユーモアとして成り立つのではないかと思った。このユーモアは殺さずに生かしたほうがいいように思う。

 作者自身が漫才でいうならば天然ボケの役割を担っているように思うので、作品中にツッコミの役割を持つ人物を配置すると、もっとおかしみが生まれるのではないかと思った。ユーモアのセンスがあるので、その個性を伸ばしていただきたい」
 

▼柚月氏の講評   yuzuki main.JPG
 「自分は常に、一度で頭に入る文章を書くように心がけている。読者は一行一行、丁寧に読んでくれているようで、案外、そうではない方も多くいる。そういう方に最後まで読んでもらうためには、わかりやすい文章が必要である。特に冒頭の文章は短く切ったほうが、読者が入りやすいように思う。

 あと、さきほどのテキストの『ひな祭り』にもあったが、説明の文章が多い。状況の説明は、神の視点、カメラアイ、一人称、三人称、どの視点で書かれているかで変わってくると思うので、まず、視点をはっきりさせて、会話や小道具などを駆使して状況を描写していくといいのではないでしょうか。

 ストーリーに関しては、重要な「道」に関する怨念の深さが、いまひとつ見えてこなかった。何百年経っても消えない、道にこめられた怨念をもっと書き込んで、読者を納得させてほしかった」


 ▼池上氏の講評
  「怨念のこめられた道が恐いという話ですが、その恐さがいまひとつ伝わってこない。なぜか? 作者は道が怖いといいたいようですが、恐怖は、道が怖いと思う人物の内面にあります。人物が怖さを感じるから、読者は怖いのです。怖さを感じなければ怖くない。

 では、どうすればよかったのか? その道に行きたくないのに行かざるを得ない状況を作ればいいのです。迷信なんて信じない、どこが怖いの? と思っていた女性でも、そういう場所にわざわざいきたがるかというと、行きません(笑)。怖いからです。ほんのすこし1パーセントでも怖さがある。小説というのは、その1パーセントを100パーセント、いや200パーセントまで増幅させて、読者を怖がらせるものです。

 くり返しますが、場所ではありません。人物の心理です。そこにもっと焦点をあてましょう」
 

▼吉野氏の講評
 「エンターテインメントとして書いた作品ならば、もっとひねりがほしかった。いまのままでは、現代の場面で康子というヒロインがタブーの道を通ったために死んでしまい、そのあとの時代ものの場面で、康子が死んだ理由の説明だけになってしまっている。道の因果関係だけを読まされては、読者は「ああ、そうですか」と思うしかない。

 例えば、現代の場面の最後でヒロインを殺さずに、生きるか死ぬかにとどめておいて、時代の場面で道の因果関係を描き、もう一度、現代にもどし、康子が一命をとりとめていた場面を書く。助かった理由は、康子がタブーを防ぐお守り的なことをしていたから、というような意外性があれば、ショートショート的なアイディア小説としては面白かったかもしれない。

 会話はとても難しく、自分たちが普通に話している会話をそのまま原稿用紙に書き写しても、小説の会話の文体にはならない。小説の会話の文体はつくりものである、ということを、もう少し意識して書いたほうがいいように思う。プロの作品をたくさん読んで、お手本にしていただきたい」
 

▼茶木氏の講評
 「この作品は確かに、つっこみどころが満載だった(笑)。まず、会話。普通にしゃべっている会話をテープにおこして活字にすると、人間はいかに不必要なことを言っているかよくわかる。小説の会話というのは、その無駄がない。しかしこの作品は、現実の会話以上に、無駄があった(笑)。   chaki kougi-2.JPG

  冒頭も問題あり。言いたいことはわかるが、読者の頭のなかにイメージがすぐに浮かんでこない。すぐにイメージが伝わる文章を心がけていただきたい。

 ほかにもいろいろ指摘したいところはあるが、それも作者の味なので、よしとする。しかし新人賞を狙うのであれば、このままではダメ。講座のテキストだから最後まで読むが、新人賞の下読みなら1ページ目ではねられる。この作品を応募作品にするならば、現代のパートのところでなるべく会話を使わずに、いわく因縁のある道を通らなければいけない状況を、しっかり描くべきである。

 姫が怨念を残して死んだというけれど、その怨念も読者に伝わらない。それは、全編に意図せぬユーモアが炸裂しているからで、お姫様が可哀想という意識が読者に浮かばないからだ。視点の統一もできてない。作中の時間設定のずれもみられる。このようなケアレスミスがいたるところにある。つまらないミスを外していけば、いいところだけが残る。ミスをなくすには推敲を重ねるしかない。プロの作家でさえも、何回も推敲を重ねている。

 大切なのは、自分の文章を「おかしい」と感じること。「おかしい」と感じる力がないと、おなじ過ちを繰り返してしまい、上達しない。

 しかし、ラストは評価する。おそらく作者の狙った意図とは違うと思うが、おばあさんの独特のキャラクターが全開していてとてもいい。全編を通してお笑いコント的な味になっている。下手とか上手いというレベルではない天然さを、うまく小説にできればと思う。これは褒め言葉である。その個性を伸ばしていただきたい」


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 このあと、深町氏と柚月氏が聞き手になり、茶木氏の生い立ちや文学観などについてうかがった。

 笑いあり、驚きあり、感心ありのインタビューの模様は、数日中に同サイト内「その人の素顔」でアップいたします。あわせてご覧ください。

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【講師プロフィール】
◆茶木 則雄(ちゃき・のりお)氏
1957年(昭和32年)、広島県庄原市生まれ。 
青山学院大中退後、書店業界に就職して書店経営のノウハウを学び、1986年に東京で初めてのミステリー専門店「ブックサカイ深夜プラス1」を開店。「本の雑誌」連載をはじめ、書評家、エッセイストとしても活躍し、10年後にフリーライターに転身。2002年に書店の現場に復帰し、現在は、ときわ書房本店・いわき・茂原店の兼任店長。著書に『帰りたくない! 神楽坂下書店員フーテン日記』(光文社/知恵の森文庫)がある。「このミステリーがすごい!」大賞の選考委員ほか、数多くの文学賞の下読み・予選委員もつとめている。


【ゲストプロフィール】
◆吉野 仁(よしの・じん)氏
1958年(昭和33年)、東京生まれ。
中央大学理工学部卒。文芸評論家。「本の雑誌」「小説すばる」「小説宝石」ほか各紙誌で活躍中。
 各小説新人賞の予選委員、「このミステリーがすごい!大賞」の選考委員を務めている。
ホームページ「巧言令色 吉野仁」  
http://homepage2.nifty.com/yoshinojin/index.html
 

◆深町 秋生(ふかまち・あきお)氏
1975年(昭和50年)生まれ。山形県在住。
2004年、宝島社主催の第3回「このミステリーがすごい!大賞」を受賞。受賞作である『果てしなき乾き』(宝島社)でデビュー。2006年11月『ヒステリック・サバイバー』、2008年8月『東京デッドクルージング』(ともに宝島社)出版。新聞雑誌においてコラムやエッセイを多数執筆。独自の鋭い視点には定評がある。


◆柚月 裕子(ゆづき・ゆうこ)氏
岩手県出身。山形県在住。
2008年、宝島社主催の第7回「このミステリーがすごい!大賞」において『臨床真理』で大賞を受賞。現在、フリーライターとして、地域のタウン誌の取材、および地元テレビ局の仕事に従事している。著作『臨床真理』(宝島社・2009年1月)。現在、河北新報「微風旋風」と山形新聞「日曜随想」にエッセイを連載中。