
小説家(ライター)になろう講座
(6月講師・高橋義夫氏)
「テーマがない小説は、小説まがいのものでしかない」
6月の講師は、山形市在住の直木賞作家、高橋義夫先生。高橋氏は本講座の生みの親であり、初代世話役兼講師でもある。
1977年『幻の明治維新 やさしき志士の群』でデビューし、山形を舞台にした『秘法月山丸』『風吹峠』など計四回直木賞にノミネートされたあと、1991年『狼奉行』(「オール讀物」平成3年/1991年12月号掲載)で第106回直木賞を受賞した(単行本は92年文藝春秋刊。現在は文春文庫に収録されている)。
いまなお旺盛な執筆活動をおこない、「御隠居忍法」シリーズ、「花輪大八湯守り日記」シリーズ(ともに中公文庫)、「鬼悠市風信帖」シリーズ(文春文庫)などの人気シリーズを手がけている、時代小説のベテラン作家である。(※詳しいプロフィールはページ下に記載)。
講座はまず、いつものように、本講座の世話役である文芸評論家の池上冬樹氏の挨拶からはじまった。
「ようやく高橋義夫さんをお招きすることができました。前々から、講師のお願いはしていたのですが、なかなかタイミングがあわなくて残念な思いをしていたのですが、ようやく実現の運びとなりました。
あとで義夫さんからお話があるかと思いますが、高橋義夫さんは、本講座の生みの親です。義夫さんがいなければ、本講座は生まれませんでしたし、本講座出身の二人のプロ作家、「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した深町秋生も柚月裕子も生まれなかったかもしれません。
いや、彼らの実力からすれば、いずれ別の形でデビューしたかもしれませんが、ただひとつだけいえるのは、デビューしたとしても、もっと時間がかかっていたのではないかと思います。作家になるんだ、作家としてデビューするんだという意識をもち続けるのは大変です。自分は何をしているのか、自分には実力がないのではないかと挫けそうになる。そういうときに東京から作家や編集者たちがきて、刺激を受けて、ときに励まされて、書き続けることができる。
具体的な小説の書き方も重要ですが、もうひとつ、刺激を受ける/与える場としての側面も重要なんです。本講座には、それがあります。現役の作家を前にしたり、現役の有名な編集者を前にしたりして、二人はかなり刺激をうけたといっています。その刺激がなければ、創作という孤独な作業を乗り切れなかったのではないかと思います。
その刺激にあふれた現場の土台を義夫さんが作ってくれたのです。高橋義夫さんにあらためてお礼をいいたいと思います。」
池上氏の挨拶をうけて、高橋氏がゆっくりとした口調で、講座の歴史をひもとき、山形の土地柄、作家の特性、頭のなかでの作家と評論家の共存といった話をユーモラスに語ってくれた。
「(この遊学館の)教室に来るのは10年ぶりくらいになります。ちょうど10年前でしょうか、『小説の書き方をみんなで考える講座をやろう』と呼びかけたときには、300人くらいの応募があり、大変驚きました。
僕自身、山形で小説を書いている人がどのくらいいるのかまったく読めない頃で、知人から『君、山形は散文不毛の地だって昔から言われているのを知っているかね?』なんて言われたこともありました。山形は、詩・短歌・俳句などという短詩系の文学は盛んで普及していても、散文を書く人があまりいないと言われた時代もあったんです。講座を開催するにあたり、某新聞のコラムに『ばかなことをやるもんじゃない。小説は教えるものではない』と書かれたこともありました。
昔からそういうことを言う人もたしかにいます。でも僕は、小説は教えられるものではないが、まったく孤立して孤独に一人で書いている環境から出てくる作家は地球上にそういるものではない、と思っています。いい批評家がそばにいて、いいライバルがいて、そして、発表の場所が手をのばせば届くところにある、という環境を用意しなければ、なかなか作家というものは出てくるものではないと思っています。
そういう意味で、どれくらいの現実性が得られるかどうかわからなかったけれども、とにかく講座をやってみよう、と思いはじめてみました。ところが、これが意外なほど熱心な人が多くて、こうして長く続いています。これは、池上さんの努力のおかげでもあります。小説家講座といえば山形、といわれるくらい全国的にも知られるようになりました。
まあ、遠いところでみるほど物事は大きく見える、ということもあるわけですが(笑)、この講座からも出版社から声がかかって仕事する人が生まれて、新人賞を受賞する人間も出てきました。そういう人がそばにいることによって、ちょっとしたプラスアルファの努力で、自分もデビューできるのではないか、という希望が持てるのではないかと思います。
ちなみに、僕が思う「作家を目指している人にとってのいい小説」というのはふたつあり、ひとつは読者に勇気を与えてくれる小説、もうひとつは、自分が作家になったとき、こういう小説を手本にしたい、と思わせる小説だと思います。
森鴎外が、「技癢(ぎよう)」という漢語をよく使っていました。これは腕がムズムズする、もしくは、なにか一言いいたくてムズムズする状態のことをいいます。いい小説と言うのは別な言葉でいうと、技癢を与えてくれる小説のこと。『こんな程度の小説が世の中に通用するなら、自分のほうがよっぽど書ける』と思わせてくれる小説ですね。どちらかひとつでもいけない。講座をはじめるにあたり、受講生にそんな話をしたことがあります。
だいたい、面と向かって言っちゃいけないけれど、小説を書きたいという人はどこかおかしい人が多いですね(笑)。どこか変なんです。みなさん、概ね自己評価が他人の評価より高い。一種のプライドおばけの人たちが多いように思います。そういう人は作品を書き終わった瞬間が一番危ないですね。おそらく、おかしくなっている(笑)。書きあがったものがみんな傑作で、非の打ち所のない名作に思えるらしいです。
でもそれは間違いで、本当は書いている途中から、いつももう一人の批評家を頭の片隅に飼っておくような習慣をつけておかなければいけないんですね。でも、自己批評というのはとても難しいもので、それがきちんとできるんだったら、みなさんも作品なんて書いてこないわけですよ。なかなかそこがうまくいかないから、みんな書いてしまうわけです(笑)。
ちなみに、僕はもう63歳を過ぎましたが、これくらいの年代の物書きが一番危ないんですね。だんだん批評家が強くなってくると、書くのが恐ろしくなってくるんです。そして、だんだんやめてしまう人が増えてくる。逆に批評家があまりに弱いと、『こんなもの発表しなければいいのに』というのをどんどん書いてしまう。ここも書き続けていくうえで、難しいところです。どちらも、自分が頭のなかの批評家と自分のなかの作家が乖離してしまうとそうなってしまうように思う。
川端康成は芥川賞の選考委員をしていたが、彼は若い頃は褒める名人だったんですね。ある人の美点、優れたところを見抜いて表現する名人だった。川端康成が発見した作家について書かれたものを見ると、ほんとうに惚れ惚れするような見事な文章です。しかし、晩年、芥川賞の選考のときにひとことも口を利かなくなってきた。まわりの選考委員が「これ、どうですか?」と聞くと、「そんなもの、どこがいいんだ」と黙ってしまう。それはやはり、自分の中にいる作家と批評家が、相当乖離してきたのではないかと思います。
そのような先輩作家のことを考えると、自分もそろそろ近い歳なので、いい点を見つけて褒めるというスタンスは変えないようにしようと思っています。思ってはいますが、これがなかなかうまくいかない(笑)。今日はよろしくお願いします。」
今月のテキストは3作品。
『夏休みの思い出』下田寛子作/小説 原稿用紙16枚
『花みょうが』池子とら作/小説 原稿用紙22枚
『寸止め』佐藤広行作/小説 原稿用紙16枚
■『夏休みの思い出』(下田寛子作)
○梗概
夏休みに弟と一緒に祖父母の家に行った私は、弟と違って室内でそのほとんどを過ごしていた。しかしながら、祖母の提案でしぶしぶ外に出た私は、近くの山に登った。足が痛くなり、山を降りようと思った矢先、神社を見つける。何となく、神社に近づくと、神社の横にある倉庫にひとつの穴が開いていることに気付いた。
私は、何故かその穴が気になり、その場から離れられなくなる。実家に帰るまで毎日、その穴を見つめた。穴を見ながら、その穴の先を想像する。たまたま通りがかったおじいさんに頼んで、倉庫を開けてもらい、中を見ると、中には神輿があるだけだった。私は、おじいさんをその倉庫に残し、鍵をかけた。そして、もう一度穴を覗く。
実家に帰る車中で、当然のようにゲームをする弟を見ながら、要領のいいやつだと思う。私は、おじいさんを閉じ込めた鍵をポケットで触り、おじいさんのことを思い出していた。
▼池上氏の講評
最初にみなさんにお聞きしますが(と生徒のほうをむいて)、この主人公の「私」を女性だと思った人は手をあげてください(※およそ三分の二の生徒が手をあげる)。男性だと思った人は?(※残り三分の一が挙手)。そうですか、やはり二つにわかれましたか。
注意深く読むと、「私」が男性であることがわかるのですが、僕は最初にそれに気付かなかった。てっきり女性だと思って読んでしまった。みなさんと同じように。
もちろんそういう読者をひっかける意味で、性別を曖昧にしたり、逆の設定に“見せかけたり”することはミステリではありますが、作者はそこまで考えていない。
この講座で何度もいってきましたが、読者は主人公の目をかりて、物語の世界をのぞきます。その目が濁っていたり、曖昧だったりすると、世界がクリアに見えません。その意味で、「私」という主人公の性別が曖昧なのは問題があります。「私」がどのように世界を甘受しているのか、どのように世界と感応をするのかという具体的問題がなおざりになるからです。もっと会話や表現で、主人公の目(性別ほか)を説明しましょう。
それからもう一点、「私が」からはじまる表記が多すぎます。作者に話をうかがうと、意図して多くしたようですが、一人称でここまで連発されるとくどくて、読者は続けて読む気持ちをうしないます。
この作品は、昔からある「アンファン・テリブル」、つまり映画にもなった『恐るべき子供たち』をテーマにしています。つまり子供の無邪気な悪意ですね。それを描いている。ただそこを着地点にしてしまうと物足りなさが残ってしまう。現在からはじまって過去にもどるなら、もう一度現在にもどり、事件を振り返るオチにしたほうがいいように思う。死体が発見されたのか、されなかったのか。発見されたとしたらどのような姿で発見されたのか、ひょっとしたら、そこにダイイング・メッセージがあり、「私」を名指しするものがあったのではないか、あるいはまったく死体は発見されなくて、どこかに消えたというのも怖い。とにかくそうしないとホラーにならないのです。
このままではホラーとはいえません。自分にとって何が一番怖いのか、を突き詰めて考えてください。そこからイマジネーションがひろがります。
▼高橋氏の講評
アイディアが頭に浮かんで文章を書き始めるが、この作品のなかに出てくる登場人物のことを、一度筆を休めて考えたほうがいいと思う。作品のなかに倉庫に閉じ込められる老人が出てくるが、その理不尽さをもっと考えると、この小説は違うふくらみが出てくる。閉じ込められた彼はどうやって脱出を試みるのか、どうやって助かろうとするのかを考えると違う小説が見えてくる。
いろんな人生を作っていくのは、作家に与えられたご褒美のようなもので、楽しみである。それを簡単に放棄してしまっているのは、とてももったいない。せっかく紙の上で人を動かしはじめたのだから、登場人物のことをもっと考えて書いたほうがいいと思う。
あと、作品のなかに、読者になにか起こるのではないか、と想像させるキーワードが出てくるが、なんの発展も解決もなく終わってしまっている。もう少し丁寧に文章を書くことを心がけることが必要である。丁寧に書くということは、観察するということ。その人間の立場になって、物事をみることをお勧めする。そういう習慣をつけることで物語にふくらみが出てくると思う。
■『花みょうが』(池子とら作)
○梗概
「まかない長屋」と呼ばれる棟割長屋の一角で、小枝(さえ)は、近所の独り者の男たちに、朝夕の飯を炊きだしてやっている。
めっきり冷え込むようになったある朝、「まかない長屋」で季節はずれの茗荷の味噌汁が出た。
その夏、小町娘と恋仲になった松吉だったが、相手の娘が急に病にふせってしまい、会わせてももらえなくなっていた。茗荷の香りに、熱い夏の恋を思い出し、行方のわからなくなったその恋を想い、松吉は肩を落とす。
そんな松吉に、小枝は、幼い頃の出来事を語った。北の国の湖で氷に落ちた鹿があきらめずにもがき続け、最後には這い上がって助かったという話だった。
▼池上氏の講評
まず、キャラクターがたっていませんね。長屋にいろんな人物たちがやってくる。そのいろんな人物たちの個性を描くこと。そして、何よりも、主人公は誰なのか、誰の視点で物語が進み、どこに読者をもっていくのかをはっきりさせること。さきほどもいいましたように、読者は、主人公の目で世界をのぞくので、その目を確立させましょう。
この小説の場合は、あきらかに松吉の視点から語られるべきでしょう。松吉の視点から女将さんを見ていくべき。どうみても、これは連作のにおいがします(笑)。長屋の住人たちが次々に主人公になり、それぞれの問題を提示して、それを女将さんが解決する。その解決の過程で、少しずつ女将さんのバックボーンが見えてきて、やがて後景から前景へとせりだしてくるというパターンなのでしょう。・・なんて勝手に決めてしまいますが(笑)。
この小説には大きな問題点があります。それは主人公が汗を書いていないこと。女将さんに説教をされて納得してしまっているが、これはいけない。
これはミステリでもなんでもそうですが、真相に至る過程が長く波瀾にとんでいればいるほど物語は面白くなります。そのために主人公を窮地におちいらせ、いろいろな目にあわせるわけです。ミステリの場合は、作品のなかで起こる事件は、主人公が自分の足で歩いて考えて解決しなければなりません。そうしないと説得力がないのです。
鹿の話とみょうがの話がテーマとして関係してきますが、この枚数でふたつもいりません。鹿の話だけで充分。枚数とテーマのバランスも考えたほうがいいと思う。
▼高橋氏の講評
時代小説を書くときに陥りやすい落とし穴のひとつに、調べたことを書きたくなる、ということがある。
例えば、小説の書き出し(「秩父山地を超えて、椋鳥がやってきた。/毎年、椋鳥たちが仕事を求めて信濃から江戸へやってくると、江戸っ子たちは冬が近いなと、なにかしら慌ただしい心持になるのだった。」)に出てくる「椋鳥」という言葉にひっかかりました。文脈から察して出稼ぎ者の代名詞として使っているようだが、「椋鳥」という言葉は江戸時代からそのような意味で使われたことはない。これは「田舎者」と言う意味である。
森鴎外がヨーロッパから日本の新聞に書いたものに「椋鳥通信」というものがあるが、それはヨーロッパに行った「お上りさんの手紙」という、ちょっとさげすんだ意味で使われている。「出稼ぎ者」という意味で使うなら「信濃者(しなのもの)」である。
あと、作品の後半で鹿のエピソードが出てくるが、鹿の北限はどこなのか、と作者に問いたい。小説のなかで北国の出の女将が鹿を見た、となっているが、はたして北国に鹿はいるのだろうか。そのような細かいところで、時代小説は過ちを犯しがちなので気をつけていただきたい。その過ちをどうしたら避けられるかというと、昔の本をたくさん読むしかない。
一番大切なのは、いかにテーマを見つけるかだと思う。時代小説で書かなければいけないテーマを見つければ、この書き手の筆力だったら、そこそこのものは書けると思う。ただ、見つからなければ、意味のない小説まがいのものになってしまう。なにが言いたくてこの小説を書いたのかが読者にはっきりと伝わるものを早く見つけて、作品にすることが大事である。
■『寸止め』(佐藤広行作)
○梗概
工藤左馬之助は、家老・竹田甚兵衛の切腹の介錯をつとめるはずだった。しかし、竹田が腹を斬り、いざ介錯と刀を振り上げたとき、検視役の筆頭家老・森田によって制止されてしまった。愕然とする左馬之助に、森田は「主命である」と言い切る。
苦しむ竹田の姿に左馬之助は介錯を懇願するが、森田は藩主の命(めい)であるとあくまで断る。藩主は直言すぎる竹田をいとい、濡れ衣を着せて切腹を命じ、その上介錯を許さぬという暴挙に出たのだ。
泣いて介錯を望む左馬之助に、竹田は礼を述べ、気力をふりしぼり、堂々とひとりで切腹を果たす。その姿に胸を打たれつつも、左馬之助は藩主への怒りを芽ばえさせる。その左馬之助に、森田はひそかに藩主への叛意を口にするのだった。
▼池上氏の講評
広行君の時代小説は、テンポもよく、緊迫感もあるし、ひじょうに面白い。とくにひとつの舞台に限定して、限られた人物たちの葛藤劇に仕立てるのがうまい。何よりも人物たちの感情と行動がきちんと捉えてある。
この小説も、なかなかの力作で面白く読んだけれど、ただもっと枚数がほしい。スリリングであるが、もっと書き込んでほしかった。主人公もふくめて、激情にかられているときは、安易に涙は使わないほうがいい。どこかで抑制をきかせないとドラマの内圧が高くならない。
最後に「押し込めよ」という言葉が出てくるが、これは最初わからなかった。これがこの作品のキーワードであり、この言葉によって物語が劇的に転換するのだから、もっと前半で伏線をはってほしかった。
下世話にいいますと、突然の告白は説得力がないということですね。突然「愛しています」といわれても、相手はきょとんとするだけです(笑)。愛しているなら、最初のほうで素振りをみせましょう(笑)。それに類したことをいって、心の準備をさせましょう。
この小説の場合、その準備がないんですね。たとえていうなら、「絶対に愛していない!」と叫んでいたのに、最後になって「愛している!」と180度心変わりする内容である(笑)。竹田も森田も、最後になって心変わりする。それはやはり唐突だし、飛躍があると思う。
恋愛も小説も同じ。情況を考え、伏線をはり、ラストの告白にむかって、言葉を組織させて、行動をきちんとつみあげて、相手を納得させることです。
▼高橋氏の講評
昔、貸本の漫画作家に平田弘史と言う人がいた。当時、武士道残酷物語みたいなものがブームで、それを思い出して懐かしくなった。
小説はどんな荒唐無稽な話でもいい。問題はいかに読者をだますか、あるいは説得するかである。そこに小説の成り立ちがあるが、人を納得させるときに納得させられないボロを出すのはまずい。 まず、タイトルの「寸止め」だが「寸止め」は空手である。しかも、鉄の重い刀で介錯をしようと思い振り上げたものを急には止められない。力学的に無理という部分で、読者に疑問を抱かせては失敗である。どんな荒唐無稽な忍術でも「やるかもしれない」と最後まで思わせないと小説は成り立たないものである。
文章上の問題をあげるなら、「集(つどい)し侍らは」や「ゆえにこたび」という言葉遣いは不必要だと思う。擬古的な文体を使うなら全編それで通さないといけない。外国人が唐突に、源氏物語で覚えた日本語で話したらこちらは困惑してしまうのと同じで、読者もいきなり擬古的な表現が出てくると戸惑ってしまう。
時代小説の場合、使う言葉には背景がある。例えば作品のなかに出てくる「押し込め」という言葉。これは、制度的には「主君を押し込める」というものはないけど、実際の例としては何件もある。いくら封建時代でも、理不尽なことをする家来が殿様を押し込めて、その間に後継者を決める。後継者を決めたら隠居させる。そのようなことは江戸時代に何度があった。
そのよう背景を踏まえてこの作品を考えたとき、おそらくこれは、ご家老と切腹する人間が仕組んだ命がけの芝居なのかな、と思った。オチをそのような命がけの芝居にしたら、もっと大げさでもいい。切腹して血が流れる景色が好きなら、それをもっと書くべきだと思う。
日本には悲壮美という美学がある。平田弘史の漫画における残酷物の世界もひとつの美である。悲壮美的なカタルシスを表現するなら、もっと残酷な場面を書いてもかまわない。それをいかに、嫌悪感を覚えさせずに書くかが作者の腕である。
この作品には、時代小説で忘れられていた、かつての見せ場がある。それは遠慮をしないで書くといいように思う。文章自体はテンポもあるし表現する力もあるので、それを生かしていただきたい。
このあと池上氏が聞き手になり、高橋氏の文学観や時代小説の書き方について語っていただいた。
そちらの模様は数日中に、同サイト内、「その人の素顔」でアップいたします。あわせてご覧ください。
text by K
【講師プロフィール】
◆高橋 義夫(たかはし・よしお)氏
1945年千葉県生まれ。早稲田大学文学部仏文学科卒業。出版社の編集者をへて、1977年11月『幻の明治維新 やさしき志士の群』で小説家デビュー。
『闇の葬列』(講談社、87年3月)、『秘宝月山丸』(新潮社、89年3月)、『北緯50度に消ゆ』(新潮社、90年3月)、『風吹峠(かざほことうげ)』(文藝春秋、91年5月)と4回直木賞候補となり、1991年「オール讀物」12月号掲載の「狼奉行」で第106回直木賞を受賞(単行本『狼奉行』は文藝春秋、92年刊。現在文春文庫)。
いまや時代小説のベテラン作家として有名で、「御隠居忍法」シリーズ、「花輪大八湯守り日記」シリーズ(ともに中公文庫)、「鬼悠市風信帖」シリーズ(文春文庫)などの人気シリーズをもつ。 単発作品では『浄瑠璃坂の仇討ち』『風魔山嶽党』(ともに文春文庫)、江戸末期の世相を探る好著『足軽目付犯科帳―近世酒田湊の事件簿 』(中公新書)、田舎暮らしの効用を語る『知恵ある人 は山奥に住む』(集英社文庫)などがある。