
小説家になろう講座(10月講師・北 重人)
『小説の原点「人とは何か」』
10月の講師は、大藪春彦賞作家の北重人先生(プロフィールはページ下に記載)。
作家 北 重人 氏
北さんが山形の講師を務めるのは昨年の2月以来、2度目のこと。ご本人が酒田出身ということもあり、大の山形贔屓。このたびも講師の依頼を快く引き受けてくださった。
ゲストは徳間書店の国田昌子さんと角川書店の小林順さん。
国田さんは本講座に何度もお見えになっている常連ゲストで、宮部みゆきの『ドリームバスター』、京極夏彦の『ルー=ガルー』などを手がけているベテラン編集者。最新の担当が北さんの新作『汐のなごり』である。
小林さんは今回はじめての講座である。森見登美彦の『夜は短し歩けよ乙女』(第20回山本周五郎賞受賞。直木賞候補)の担当編集者であり、最近では吉岡暁の『サンマイ崩れ』(日本ホラー小説大賞短篇賞受賞。角川ホラー文庫。解説は池上冬樹氏)も担当されている。
講座の冒頭、北さんから簡単な近況報告がなされた。
北さんは今年の1月3日に60歳を迎えられ、家族たちと小料理屋で還暦を祝ったのだが、その席で北さんは具合が悪くなり、倒れてしまう。医師の診断は胃がん。即入院を言い渡され、本体が生き残るかわりに、60年間連れ添った胃を全摘した。
手術した当初は、大好きだった日本酒がまずくなるほど、味覚の変化に戸惑ったが、いまでは味覚も戻り、逆に二日酔いで困るほど体調はすこぶる順調とのこと。
「前回、山形を訪れてから1年半の間にいろいろなことがありました。今日、山形に来ることが出来て大変嬉しく思っています。今日はよろしくお願いします」
北さんを歓迎する大きな拍手で、講座がはじまった。
会 場
■今月のテキストは3作品。
『やみろくジョニィ』(卓地樫樹作/原稿用紙換算33枚)
『義利評定』(佐藤広行作/原稿用紙換算29枚)
『慶五合戦』(吉梨れい子作/原稿用紙換算69枚)
○『やみろくジョニィ』(卓地樫樹作)
著者の概要より――
吉尾はコンサートホールの最前列中央に座っていた。まもなく中学生の頃から憧れているロックスター・ジョニィのライブが始まる。コンサートツアーの最終日で、何か特別な演出があるという噂がファンの間で広まっていた。今回のツアーを収めたDVDソフトの発売予定が無くなってしまったので、なおさら期待に胸が高まった。
吉尾はシャツの胸ポケットに秘密を忍ばせていた。闇録をしようとしていたのだ。実演者や著作権者に無断で録音することは非合法な行為であったが、音をとるつもりでいた。まさか自分の身に破滅が襲いかかるとは夢にも思わず・・。
▼受講生の感想
・タイトルが率直すぎる。
・たいへん面白く読んだが、結末が予定調和的で驚きがない。もうひとひねり欲しい。
・盗み取りをするというのは、人間として崩れているイメージがあった。その人間の心理を書き込むとよいのではないか。闇録をする理由をもっと知りたかった。
・作者の別な作品も読んだことがあるが、どの作品も主人公が逃げる設定になっている。逃げる設定やテーマにこだわりがあるのかもしれないが、別な趣向も読みたい。
・コンサートの状況、細かい描写が上手い。ただ、個人的にはこの時代、闇録すること自体に意味があるとは思えない。だから緊迫感を覚えることもなかった。
▼ゲストの講評
*小林 氏
「文章が読みやすい。この題材のものを読むのははじめてで、先を楽しみにページをめくったのだが、どうも作品に入り込めない。その理由のひとつに、主人公の動機がある。闇録をする理由に疑問を覚え、主人公に感情移入できなかった。
また、ラストが勧善懲悪的な終わりになっているので、やや平凡な終わり方になっているように思う。ジョニィという歌手のキャラも、もう少し書きこみがほしかった」
*国田 氏
「闇録をしようと思う動機はいいとしても、簡単に思いついた方法で動いてしまってはサスペンスがなくなってしまう。主人公が手立てを思案しているときが、一番スリリングなところ。もっと書き込んでほしかった。
主人公がジョニィに対してどのような思いを持っているかも大切。それが主人公を動かす動機にもなる。その動機の書き込みで、読者は読者を納得する。
作品冒頭の書き込みは上手いが、多少書き込みすぎのきらいがある。行動をすべて書かなくてもいい。書き込みが必要な場面と省いていい場面のバランスも考えること」
▼池上 氏の講評
「導入部分が長すぎるし、展開も弱い。エンターテインメントを考えるならば、もっと二転三転を考えること。闇録が成功するにしろ、しないにしろ、そのあとになにが待ち受けて、なにが主人公の状況を変えていくのかを考えること。
僕なら、闇録をする人間をひとりにするのではなく、会場に数人そういう輩がいて、無言の連繋プレイをとって成功させるか、誰かが陥れるかのストーリーを考える。途中まで味方と思っていたのが、途中から急に敵になるという意外性も考えること。物語の局面を考えて、いかにしてサスペンスを生むかを考えること。そして読者にとってカタルシスとは何かも考えること」
▼北 氏の講評
「この作品は、展開のうえで、闇録の部分と会場から逃れる部分のふたつに分かれると思う。前半の闇録に関しては、主人公がなぜそこまで闇録にこだわるのかがわからない。そこがしっかり書かれていると、後半のアクションも生きてくる。アクションはよく書けているのに、そこがないがために、前段と後半の繋がりがなくなってしまっている。
読み終えて、よくわからないという感触が残った。作品に出てくる人間が書かれていないと、物語に膨らみがなくなってしまう。登場人物が持っているメンタリティがわかる部分があれば、もう少し違う作品になっていたと思う」
作者の言葉に、真剣に耳を傾ける。
(ゲスト 左・徳間書店 国田昌子氏 右・角川書店 小林順氏)
○『義利評定』(佐藤広行作)
著者の概要より――
太閤秀吉亡きあと、近江深馬倉(みまくら)城主・勝俣秀智は上杉討伐に参加するよう、徳川家康より命じられていた。しかし、母の芳泉院(ほうせんいん)は徳川に味方するは、豊臣家への恩義に反すると主張する。家老の榊原采女(うねめ)は、徳川に味方するのが得策という。両者の意見は対立し、歩み寄る気配はない。
秀智は芳泉院より、「采女は勝俣家を乗っ取らんがする奸臣。討つべきです」とすすめられていた。一方、采女からも「芳泉院の意思どおりに徳川に反すれば、勝俣家はほろぶ。芳泉院を討つべき」と具申されていた。
秀智は自らの意思をかえりみられぬまま、母と家老が勝手にことをすすめたことに疑念をいだき、ふたりに反感をいだく。そして、評定の場で自らの手で芳泉院と采女を斬ってしまう。
▼受講生の感想
・母親に悪印象を持っていたので、最後を読んだ時にスカッとした。
・家老と母、考え方や視点の違いが面白かった。主人公の意思の目覚めもしっかり書けている。ただ、全体的に流れがまどろっこしい印象を受けた。
・時代小説のスタイルにこだわって書いているのは伝わるが、ときどき現代的な表現が出てくるのが気になった。
▼ゲストの講評
*小林 氏
「ひとつの場面で構成された作品。評定の場で家老と母親を斬ってしまう異常な事件だが、その異常さを上手に書かないと、読者に「うそだ」と見破られてしまう。うそでもいいから、事実らしくみせる工夫が必要です。
一番気になったのが、主人公がふたりを斬る決意をする動機がさらっとしすぎているところ。そこは主人公の感情を書き込まなければいけない。登場人物が類型的な感じで終わっているように思う。プロフィール以上のキャラクターを書いてほしかった」
*国田 氏
「この作品は、演劇的な心理小説として読めると思う。母殺し、若い城主の自立物語として読んだ。文章としては全体的に主語と述語がわかりづらい。
しかし、ワンシーンを切り取り30枚にまとめた力はすごいと思う。ただし、主人公のふたりを殺す心境が描かれていない。心境を伝える方法にもいろいろあるが、心理の描写を書かずに行動で心理をさとらせる書き方もあるように思う。いかに読者に心理をくみ取らせるかが大事」
▼池上 氏の講評
「ひじょうに演劇的な作りで感心しました。なかなか上手く書けていると思う。
でも、みなさんが指摘しているように、クライマックスがあっさりしている。もっと書き込んで見せ場を作らなければいけない。名場面を作るのだぐらいの気持ちがほしい」
▼北 氏の講評
「話も非常にわかりやすく、それぞれの登場人物の立場がよく書かれている。しかし、戦国時代において、(城主が)一大決心をする場面の迫力が伝わってこない。家老にしても母親にしても、極めて類型的である。
戦国を生きた母のリアリティや、強かに生きてきた家老という、戦国人の存在を生き生きと描きながら、最後まで話も持っていくには、もう少しなにかが必要だと思う。そこを書くことによって、主人公が最後にとった行動の意味も変わってくる。
もっと、戦国時代のエネルギーのようなものを作品に埋め込むべき。それがないと、作品の面白さは生まれないと思う」
講座の世話役・文芸評論家の池上冬樹氏
○『慶五合戦』(吉梨れい子作)
著者の概要より――
慶長五年、関ヶ原合戦のとき。遠くはなれた出羽の国で危機に瀕した家があった。最上家二十四万石に上杉勢百二十万石が侵攻したのだ。
豊臣政権を憎み、徳川家康を信じ、あくまで抵抗する当主・最上義光とその家臣団だが、戦況は厳しい。敵将・直江兼続の智謀の裏をかき、死力を堅城に結集させ、かくして武士の存亡と誇りをかけた戦いが始まる。彼らはどう戦い抜くのか。
▼受講生の感想
・非常に面白く読んだが、ナレーション原稿の印象を受けた。また、その土地ならではの風景描写があってもよかった。それを描けば、関が原とは違う何かが生まれたはず。
・登場人物が多すぎて、誰を軸に物語が回っているのかがつかめなかった。
・いくつものエピソードが出てくるが、どれも同じ重さで書かれているので、めりはりがない。ひとつを抜き出しそこを重点的に書く方法もあったと思う。
・常套句が安易に出てくる。独自の表現を使ったほうが読者は感情移入しやすい。
・小説というよりは事実を書き連ねたもののような印象を受けた。名前だけで顔が浮
かんでこない。もっと人間が読みたかった。
▼ゲストの講評
*小林 氏
「よく調べて書かれたものだと思った。しかし、小説としての読みどころに乏しい作品であることは否めない。歴史小説というものは、説明の部分がどうしても必要になるものだが、実はそちらが大事なのではなく、書きたいものありきで説明が出てくるべき。
大事なことは(歴史をなぞるだけでなく)場面を書くこと。名場面や名台詞などから、作者が書きたかったことを伝えなければいけない。それが出来ていないと、小説として成功しているとは言いがたい。
(作者によれば)この作品は700枚近くのものをまとめたものとのこと。700枚の内容のものをこの枚数で書くには無理があるように思う。もっと場面を限定して書いたほうがよかったのではないか。
歴史小説を読んでいて一番楽しいのは、定説を覆すようなエピソードがあること。公的に知られているものと本当は違っていた、というような驚きが醍醐味だと思う。そのような企みがあってもいいと思う」
*国田 氏
「歴史の説明にしかなっていない部分が多かった。それを小説として読ませるには、場所や時間が描けていることが大切。この作品は出てくる人物がいつ、どこにいるのかが掴めない。
また、台詞での説明が多いので、読者の興味が最後まで続かない。時間軸も掴みづらい。歴史的事実から小説として読ませるには、時系列的な細部も大切です。
それと、ご都合主義的な展開も見受けられた。そこはもう少し練ったほうがいい。常套句も多く見受けられるが、常套句は使わずに具体的なシーンの説明を自分の文章ですべき。作品を書く志はとてもいいと思うので、小説としての練り上げ方を勉強してほしい」
▼池上 氏の講評
「700枚を70枚のダイジェストにしたとのこと。その努力はかいますが、でも、70枚なら70枚で完成させなくてはいけない。ダイジェストではなく、70枚という枚数制約にそった編集、具体的には戦略を考えなくてはいけない。つまりこの枚数で生きる物語とは何なのか、生きるキャラクターとは何なのかを考えるべきだった。
長篇に限らず短篇でもそうだが、読者はすべてを読みません。店頭で本を手に取って、1、2ページ読んで、あたりをつける。この作品が面白いのか、面白くないのかを判断する。1ページ目から読者を掴む展開にしなければいけない。
このテキストは、各新人賞で見られる歴史小説の典型的な例ですね。名前が記号でしかない。人物像を膨らませ、物語で読者を掴む工夫をしなければいけませんよ」
▼北 氏の講評
「書き方としては軍談・軍記ものの類の作品である。『平家物語』や『太平記』など、過去の合戦記や軍記を参考にすると、自分がどのように書けばいいのかがわかる。
この作品の場合、多くの合戦をすべて書き込もうとしている点に無理がある。しかも多視点で書いている。合戦ごとに視点が変わるので、読み手が混乱してしまう。やはり、このままでは小説にはならない。合戦を描くとしても、どのような戦略をたて、どのような情報をとるのかというような合戦に至るまでのプロセスが大切。つまりいろんな駆け引きなどを描かないと合戦ものにはならない。戦いに参加した人間の心理、心情まで書かないと、合戦は描けないと思う。
70枚で書くのであれば、やはり一部を抜き取り小説として書かなければいけない。自分の視点を定めて、その小説で何が言いたいのか、何が書きたいのかをきっちりと描くことが大切。テーマを絞って描いてほしい」
テキストを熟読する 北 氏
■新刊『汐のなごり』/小説の原点
新刊『汐のなごり』
カバー装画・川合玉堂、帯の絵・清水三重三、装丁・菊地信義 すべて美しい。
さて、テキストの講評のあと、講座の世話役をつとめる池上冬樹氏の司会で、新作『汐のなごり』についてうかがった。『汐のなごり』は、北前船が着き、米相場が開かれている北の湊町を舞台にした時代小説集。小説のなかでは「水潟(みなかた)」という地名になっているが、この「水潟」とは酒田のことである。北さんの故郷である酒田。しかし望郷の念は単純ではなかった。
「バブルのころ、経営していた建築設計事務所がのぼり調子で、過去を思うと、東京で生きていく力をそがれるような気持ちがあった。出来るだけ過去や故郷の酒田のことを考えないようにしていたのです」
北さんは1948年酒田市に生まれ、高校卒業後に上京。新聞配達店に住み込みで働き大学に合格する。学部はもともと興味があった建築。大学卒業後も建築関係の会社に就職する。そして友人たちと会社をおこし、バブルの時代の追い風にのって会社の規模も大きくなっていった。しかし・・。
「バブルがはじけ、会社の人員の整理、社員の再就職先や資金繰りなどを考えていると、さかんに故郷酒田のことが思いだされてきたのです。気がつけば酒田を離れて40数年。50代半ばになって、故郷というのは大事なものだ、自分は酒田に育てられたと思うようになったんですね。それで今回、酒田を舞台にした小説を書いたのです」
小説は学生時代のときから書いていた。いままで影響を受けた作家をたずねると、学生時代によく読んだのは石川淳(“いい作家ですね。僕も大好きですよ”と池上氏)、ドストエフスキー、カフカ、森鴎外の名前があがった。とくに森鴎外は、時代小説を書くきっかけのひとつになったという。
「はじめて書いた時代小説をオール読物新人賞に応募したんですが、その時に、森鴎外を読みましたね。鴎外は高校時代から好きだったんですが、そのときは鴎外の『渋江抽斎』という史伝を読みました。これは、森鴎外とおぼしき「わたくし」が江戸期の考証学者で哲学や詩にも詳しい「渋江抽斎」の人生を追跡する史伝小説なのですが、あらためて読んでみて、“やはり鴎外の文章はいいなあ”と思いましたね。
それに、鴎外は江戸末生まれなので、江戸が自分の感覚でわかるんですよね。江戸の後期に関してよく知っている。『渋江抽斎』を読んで江戸という時代がリアルにわかったことも、時代小説を書くきっかけのひとつになりましたね」
でも、本当に時代小説を書こうと思ったのは、北さんと同じ庄内地方出身の藤沢周平の短篇を読んだからだという。30代と40代は仕事で忙しく、なかなか本をゆっくり読む時間がなかったものの、30代後半から少しずつ文庫を読むようになり、池波正太郎や司馬遼太郎に親しんだ。そのうち人にすすめられて藤沢周平を読んだところ、これがとても面白かった。読んでいくとすごく馴染みがいい。これなら自分にも書けるかな、と思ったのが時代小説を書こうと思ったきっかけだった。
このたびの『汐のなごり』には6つの短篇が収められている。徳間の国田さんの依頼は、当初は長篇だったが、その頃すでに他社からの長篇の依頼をいくつかうけていたことと、建築関係の仕事も忙しかったことから、短篇になった。締め切りなしで、書き上げたらもってきてほしいという緩い約束も助かったという。
最初に書かれた短篇が、三話目の「木洩陽(こもれび)の雪」。子供や孫に恵まれるものの、なぜか男の子だけが早死にしてしまう祖母の悲しみを描いている。“幼い頃の思い出と現在の物語を有機的にからめた、静かに胸をうついい短篇です”(池上氏)。この作品は、北さんの母親の経験がベースになっているという。
「私の母は山形の新庄出身なんですが、母が今でいえば中学生の頃、自分の弟の子守をしていたんですね。毎日毎日、子守をしなければならない。でも自分も遊びたい。誰か弟を預かってくれないか、と思っていたところ、親戚の娘さんが近くに住んでいた。それを知った母が、その親戚の娘さんに弟を預けたんですね」
親戚の娘さんは、竹林のなかの小屋のようなところにひっそりと住んでいた。
北さんの母親は、弟を預けて友達と遊びにいくようになる。しかし、親戚の娘さんは、実は結核を患っていた。その後、娘さんに預けていた弟は結核で死んでしまう。
「その話を高校の時に母から聞きましてね。それがとても印象に残っているんですよ。それを小説にしようと思って仕立てたのが、「木洩陽の雪」です」
二番目に書かれたのが、「海羽山」。古着屋で名を成した商人が、飢饉で飢えに苦しむ人々を助ける話である。亡くなった母親の姿を思い出せない主人公が、最後の最後に知る本当の母親の姿がとても切なく感動的。“今回の短篇集の白眉。ラスト、嗚咽がとまりません”(池上氏)。
「これは秋田の菅江真澄(すがえますみ)の文献がベースになっているんです。菅江真澄というのは、民俗学のはしりのような人で、三河で生まれて諸国を放浪し、最後は秋田に身を置くんですが、膨大な文献を残している。真澄は天明の大飢饉の翌年、秋田から一番被害の大きかった津軽に向って海沿いに歩いていっているんですね。そのときに、見聞した飢饉の惨状を残しているんですが、それを何年か前に読み直したら、ベースになるような文献があったんですよ。それを題材に書いたんです」
四話目の「歳月の舟」も印象的である。兄の敵討ちのために30年間放浪していた男が絵師として帰ってくる話で、事件の謎解きを絡めながら、たんたんと描いていく。“生きることの寂しさが行間からそくそくと伝わってくるような短篇です”(池上氏)。
池上氏も指摘したが、この敵討ちのために放浪する男の物語という点で、藤沢周平の初期の名作『又蔵の火』を思いだす。北さんにうかがうと、実際ご自身も、藤沢作品のなかでは『又蔵の火』が好きで、充分に意識して自分なりの敵討ちの話を書いたという。
「藤沢周平さんはよく海坂藩もので、藩の中の権力争いを書かれていますが、当時、鶴岡市史を読んで気づいたんですが、鶴岡は政権争奪の歴史なんですね。鶴岡市史そのものが物語性に富んでいて面白い。藤沢さんはこのようなものを参考に書いたんだろうなと思って、自分もひとつ書いてみようかなと思ったのがきっかけですね」
そのほかに、遊女がずっとひとりの男を待ち続ける「海上神火」(“官能的で、美しい抒情が流れていて、すばらしくいい”と池上氏)、娘の不倫を案ずる母親の奔走を捉える「塞道(さいど)の神」(“ちょっとエロティックでユーモラスです”)、白熱した米相場での駆け引きを描く「合百の藤次」(“迫力にみちた相場のシーンが圧巻”)などがある。
「主人公はみな、5、60代の男女です。それぞれの主人公が抱え込んだ秘密や謎が、人生を生き抜くことで解き明かされていく、という仕立てになっています。湊町酒田の風景に、人とその人の過ごしてきた時の流れを織り込んでみたつもりです」
たしかにどの作品にも、湊町の風景が美しくあでやかに出てくる。ときにきびしい自然とともに活写される。それらがみな人物の心象風景をあらわし、その土地のなかで起きる悲劇、人々が感じる喜怒哀楽をいちだんと切なく感じさせる。読者の大半は、いずれかの作品でおそらく涙を流すだろう。池上氏が「海羽山」の結末で嗚咽がとまらかった話をして、作者本人は泣かせようと思って書いているのだろうかと質問した。
「泣かせようと思って書いてはないですね(笑)。50を過ぎた頃から、人と時の流れ、そして空間を書きたい気持ちが非常に強くなってきました。特に「海羽山」がそうです。人、時、空間などが織り込まれ、広がっていく書き方になっています」
たしかに商人の現在の時間と過去の時間が対比され、商人がある目的で地方を目指していくにつれ過去への探索が広がり、人と時間と空間がいっそう深いものになっていく。
「人の4、50年という時間が小説のなかで浮かび上がるようにしたいと思っていました。ですから、読み進むうちに主人公の半生が浮き彫りになるような書き方をしています。登場人物とともに、その生きてきた時間を描きたいと思ったのです」
そして読者もまた、その人物が“生きてきた時間”を味わうことになる。
「時代小説を書いていて思うのは、江戸のはじめから現代まで300年から400年近くあるんだけれども、人間ってのはそんなに変わってないと思うんですよね。世の中の仕組みや制度は複雑に精巧になっていくけれども、人間はそうそう変わっていない感じがします。そういうことに気づくと面白いですよ」
池上 「今回の作品で、よく書けたと思うものはどれですか?」
北 「う~ん(と、悩みながら) ぜんぶかな(笑)」
それにしても、北さんの時代小説を読んでいると、かなりの資料を読み込んでいることがわかる。愛用している資料にどんなものがあるのだろう。
“テーマによってたくさんあるんですが、とりあえず江戸の基本的な資料ということで”と、いくつか書籍の名前をあげていただいた。それが以下のリストである。
・『武江年表』全3巻(ちくま学芸文庫) ※江戸の詳細な年表 ・『近世風俗史--守貞漫稿』全5巻(岩波文庫) ※江戸時代における衣食住について ・『東都歳時記』全3巻(平凡社/東洋文庫) ※江戸の歳時記 ・『江戸名所図会』全6巻(ちくま学芸文庫) ・『江戸・町づくし稿・全4巻』(岸井良衛、青蛙書房) ※三谷氏の江戸関連の書籍は他にもいくつかあり、江戸の風俗を良質な絵で伝えてくれる |
最後に、作家になるために必要なことを訊ねてみた。少し考えてから、受講生たちを見ながら、ゆっくり答えてくれた。
「テクニカルな部分を磨いていくことも大切だけど、日々の自分の暮らしのなかで、“人っていったいなんだろう”という問いかけを常に持っていることが大事だと思う。物語というのは物を語ること。語りのテクニックに走ってはいけない。人間を描くということ、自分は何が書きたいのかということが大切だと思う。
エンタメだろうと時代小説だろうと、そこに人が浮かび上がってこないと小説は面白くない。小説の原点は、“人とは何か”ということです。その思いをきっちり持ってください。それが一番大事だと私は思いますね」
(08年10月26日 文翔館にて)
text by K
※講座のルポの関連として、
「北重人インタヴュー 賞と命の恩人、不思議な二度の巡り合わせ」 もご覧ください。
今年の夏に、酒田に取材に来たときのインタヴューです。
病気の話、小説への思い、故郷への思いがまた、別の文脈で詳細に語られています。
【今回の講師プロフィール】
◆北 重人(きた・しげと)
1948年、山形県酒田市生まれ。
1999年、「超高層に懸かる月と、骨と」で第38回オール讀物推理小説新人賞受賞。
2004年、『天明、彦十店始末』が松本清張賞の最終候補作に。惜しくも受賞を逃すものの、
選考委員の伊集院静と大沢在昌の両氏の強い推薦をうけ、
『夏の椿』と改題して刊行(文藝春秋、04年12月。現在文春文庫に収録。解説=池上冬樹氏)。
この作品は妾腹の子であり、もめごと処理人であり、剣の達人である立原周乃介を主人公にした時代小説。
2005年11月、第2作『蒼火』(文藝春秋)を刊行。
『夏の椿』に続く周乃介ものだが、物語的には『夏の椿』の“前編”にあたる。
時代小説にもかかわらず高い描写力がかわれ、07年1月、第9回大藪春彦賞を受賞する。
2007年1月、伊賀の忍びを主人公にした『白疾風』(文藝春秋)を刊行する。
2007年12月、天保改革期、拝領屋敷探しと殺人事件を追及する『月芝居』を刊行。第21回山本周五郎賞にノミネートされる。
現在、建築・都市環境計画の事務所の運営に関わりながら、執筆活動を続けている。
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