「小説家(ライター)になろう講座」だより・・・vol.6(2008.10.10)

小説家になろう講座(9月講師・柳原慧×深町秋生)

  “読者を裏切るのも作品の魅力”(柳原慧) 

“嗅覚と聴覚が読み手を作品世界に誘う”(深町秋生) 

・・・そして、講座の受講生が「このミス」大賞を受賞しました!


 8月のお休みをはさんで開催された9月の講座。
 お招きしたのは講座の常連講師である柳原慧先生と、今年度2回目の講師を務めてくださる深町秋生先生
 
 柳原先生は第2回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した『パーフェクト・プラン』(宝島社→現在、宝島社文庫)で2004年にデビュー。 スタイリッシュな文体と知的なロジック、エモーショナルな登場人物の魅力が高い評価を受け、2005年には『いかさま師』(宝島社)、2007年には『コーリング 闇からの声』(宝島社→現在、宝島社文庫)など、意欲作を次々と発表されています。 また、占いも玄人はだしの腕前で、早川書房の『ミステリ・マガジン』で占いの連載を持つほど。

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 柳原 慧 先生

 

 深町先生も先ごろ『東京デッドクルージング』(宝島社)を刊行。近未来のスラム化した東京を舞台に、荒々しくも生々しい日本の姿を描いた長編は、各方面で絶賛されています。

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深町 秋生 先生

 
 そんなお二方を招いての講座が始まる前に、嬉しいお知らせが届きました。
 第7回『このミステリーがすごい!』大賞を、本講座を受講している柚月裕子(ゆづきゆうこ)さんが受賞したのです。深町先生に続き二人目の『このミス!』受賞という快挙。生徒一同からお祝いの花束が贈られました。

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 第7回『このミステリーがすごい!」大賞を受賞した柚月さん(右)に、 受講生より花束が。


 そんな中、東京~大宮間の信号機の故障により新幹線が運転を見合わせ、柳原先生の到着が遅れるとの知らせが。 

そこで、受賞直後の柚月さんに急きょ講師としてご参加いただく事に!突然の任命に驚きつつ、緊張しながら講師の席へと座る柚月さん。

さあ、まさしく『このミス!祭り』の名に相応しい、スペシャル講座の始まりです。
 
 


  ■今月のテキストは、以下の通り。

 『爽風(そうか)』『鬼』(五月芳) / 『さよならケネディ』(斎藤健太) / 『欠けた満月』(中谷美智子)

 genkou.JPG 今回取り上げたテキスト


 ○『爽風(そうか)』(五月芳/原稿用紙換算4枚)
  
『結婚を約束した先輩と別れ、失恋に落ちこむ女子高生の洋子。
 同級生の麻里と可奈は洋子を元気づけようと画策して、麻里の家で経営する果樹農家の、サクランボの収穫に洋子を誘う。
 樹齢百余年のサクランボの樹に登る事を麻里の母から進められた洋子。樹のてっぺんで見つけた、赤いサクランボの色鮮やかさ。眼下に広がる風景の美しさ。洋子の心の傷が、ゆっくりと癒されてゆく……』

 若い心情のみずみずしさを描いた青春小説。オムニバスにおいて「幸せの時」というテーマで、1600字の制限の中で書かれたものです。
 

 ▼生徒の感想
 
・「失恋と友情というテーマに好感が持てた」
・「失恋した洋子の痛手など、いろいろなエピソードで女性の気持ちをもっと書きこんでくれたら、最後のサクランボの情景が深まったのではないか」
・「途中から1人称の視点が3人称へ、急に変わっている部分が違和感をおぼえた」
 
 
▼池上先生の感想
 
「シビアな考え、意地悪でリアルな女性の心理が書かれているのが面白いし、風景描写は悪くない。心の中に風が吹いているという状態が良くわかる。ただ、一人称を使うなら三人称を挟みこむのはおかしい。三人の視点をしっかりと統一して、それぞれの心理を観察したり、当事者の悩み苦しみを描くほうが読者には伝わったかもしれない。または、洋子が癒されていく経緯を最初から最後まで、他者の視点から観察する書き方も良いのではないだろうか」
 
 
▼柚月さんの講評

「まず、風景描写が非常に上手い。みずみずしさが伝わってくる。それに1600字という制限の中で書ききったのは凄いです。けれど、どうしても、もっと詳しく読んでみたいと思ってしまう。物足りなさを感じてしまう」「小説を書く上での決まりごと、段落づけや改行の後に一字下げるなどは、読者にスムーズに読ませるという事を考えて注意してほしい」
 
 
▼深町さんの講評

「字数制限の中で書きあげる試みは、練習になって良い経験になってゆくと思う」
「生徒の皆や、柚月さん、池上先生からも指摘があったが、視点の統一を徹底してほしい。視点が変わるときには一行空ける。読者にわかりやすいように提示するのも、大切な小説の技法のひとつ。特に、この短さでは読者が感情移入しづらいので視点の移動は避けるべきだった」
「最初に読んだとき、どうして「私」という主人公が洋子を観察するように書いているのかな?と思ったんですが、読み進めてゆく中で最後のサクランボの場面に出会い、ああ、ここが書きたかったのかと納得した。そのくらい情景が立ちのぼる、良い場面。むしろこの風景ひとつだけで書ききってしまっても、良い作品になったのではないか」

 
▼柳原さんの講評(のちほど到着された際にお聞きしたもの)
 
「何故主人公の恋人が別の女性と結婚したのかなど、読者に理解してもらうべき箇所を、もっと書いてほしい。視点の問題も含め、読者が知りたい部分にキッチリと応えていく事で、感情移入を促す事が出来るのだから」
 
  


○『鬼』(五月芳/原稿用紙換算10枚)
 
『鬼をテーマに据えた、二つの掌編。
「鬼(一)」は、臨終間際の祖母とそれを看病する孫娘の間の物語。
 病院で寝たきりになった祖母が、生きる望みとして命の糸を繋ぐ存在の孫である“私”は、ある日、誰にも言わず信州でおこなわれている内観セミナー(座禅を組んだりして自分の内側を見つめるセミナー)へと出かけてしまう。
二日間の旅を終えて病院に連絡を入れると、案の定祖母は亡くなっていた。
嫁を苛め、息子を捨てて生きてきた“鬼”である祖母の人生を、孫の“私”は思い返す。

「鬼(二)」は昔話の雰囲気を持った、身のすくむような物語。
 ある村に住む若夫婦に子供が出来た。六歳になる長男“坊や”は、自分の弟妹である赤ん坊に、母親がつきっきりなのが面白くなかった。ある日、子守りを頼まれた坊やは裁縫道具の中にある裁ちばさみを見つけ、赤ん坊を見つめる。心の中に生まれた、もやもやとした気持ち。胸騒ぎがして家へと戻った母親が見たのは……』

作者の五月さんによれば、「鬼(一)」は実生活をもとに小説にしてみた、いわば手記との事。
「鬼(二)」は、かつて人から実話として聞いた話を小説に置き換えて書いてみたそうだ。
 
 
▼生徒の感想
 
・「(二)のほうが面白く感じた。目の前に強烈なイメージを突きつけられる。(一)も嫌な空気が作品からあふれているが、説明的な文章が若干多く感じる」
・「深く描写してほしい部分があった。作者がすぐ結論が出てしまい、イメージが膨らまないのが残念。主人公が行動から何を感じたのかを書いてほしい」
・「具体的に書きこんでほしい部分が多かった。逆に要らない部分を削っても良いと思う」
・「枚数に対して人物が多く、関係が複雑すぎる気がする」

 
▼池上先生の感想
 
「(一)のほうは、祖母と私の関係がきちんと描かれていない。なぜ“鬼”なのか、その“鬼”とよぶ所以が不明」
「作品中に狂気という言葉が多く出てくるが、それを場面とキャラクターできちんと肉づけしていくのが、小説の仕事。“狂気”という言葉で簡単に説明してはいけません。その具体的な事実こそ、読者が一番読みたいと思っているところなんです」
 
 
▼柚月さんの講評
 
「2編のうち、(二)のほうが楽しんで読めました。(一)が弱い理由としては、この作品を通して何を伝えたいのか、不透明なところにあるのではないでしょうか」
「(一)が手記だと聞き、著者自身の辛く苦しい思いを小説にした事を知りました。確かに自己の経験を書いていくのは、どうしても逃げたり目をそむけたくなってしまう。けれど、自分の中にある伝えたい事を見据え、掘り下げて文章にしていく作業も、小説を書くという行為の大切なひとつ。今度はそこに挑んでほしいと思います」
「鬼にもさまざまな鬼があります。淋しさから生まれる「愁鬼」、嫉妬に狂う「悋鬼」など、言葉遊びを用いてシリーズを書いていくのもひとつの手段ではないでしょうか」


▼深町さんの講評
 
「(一)の中で、祖母が鬼だと書かれているけれど、疑問をおぼえてしまう。65歳になる母が息子を捨てて…とあるけれど、このくらいの年齢になれば息子もいい年だし、捨てた、鬼になったという表現は違和感がある。自分の両親も60歳を過ぎている。今は演劇にはまっていて俺の世話なんか全くしないけれど(場内笑)、それを鬼なんて言わない。もしかして親を鬼と思う自分こそが、実は鬼なんじゃないか、そんな発想を落としどころにもってくると、作品がぐっと深みを増す」
「発想はとてもユニーク。これからも鬼シリーズを書いてほしい。光る原石を見つけたような気分だ」

 
▼柳原さんの講評(のちほど到着された際にお聞きしたもの)
 
「(一)は、祖母の視覚的描写が欲しい。例えばどんな白髪なのか、どんな顔立ちなのか。そんな一文があるだけで世界観をつかみやすくなる。また、伯父、伯母とだけ書かれても関係性がわかりにくい。固有名詞にしたほうが、読者は理解しやすい」
「(二)は、少し意外性が足りない。子供達が凶器を手にして残酷な仕打ちをする展開は予定調和に過ぎる。そこを崩すには、子供達に悪行をおこなわせるより善行をつませるほうがインパクトがある」
「作中に登場する子供達が、将来どんな大人になるのか、そこまで見てみたい。予定調和をどう崩していくか、読者を良い意味で裏切ろうとするのも作品の魅力につながる」
 
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深町先生(左) と 本講座の世話役・ 池上冬樹 氏(右)

 


 ○『さよならケネディ』(斎藤健太/原稿用紙換算25枚)
 
『代理店勤務の鈴本秀一は、退職間際の仕事として『昭和の日本フェスティバル』を手がけていた。閉館した会場を歩きながら、鈴本はフェスティバルのチープな昭和の雰囲気に違和感をおぼえる。違和感の正体は、書き割りで書かれた空だった。真っ赤な夕焼けの書き割りを見て、鈴本は思う。あの頃の空は、こんなはっきりしてはいなかった。もっとぼんやりとした、不安な空だった。呟きながら会場を見渡す鈴本の目に、アメリカ大統領、ジョン・F・ケネディの写真が飛びこんでくる。それを見た鈴本は、昭和38年のある日を思い出す。親友のガンジと過ごした一日、それはケネディの殺された日だった……』

今までも数多くテキストを提出している著者が、七月の講座で提出された花野秀治さんのエッセイからインスパイアされて書いたという短編。
 
 
▼生徒の感想

・「トーフやスタアなど、昭和を感じさせる表記が面白かった」
・「書きなれている感じがよく出ているが、ラストの場面が取ってつけたように見える」
・「文章の技巧に走りすぎているきらいがあるのではないか。技巧を技巧と感じさせないように書いてほしい」
・「文中に昭和を模したイベントを“お手盛りのノスタルジー”と批判するくだりがある。けれども、回想シーンの昭和時代も安直な内容にしか感じない。むしろ、そこを逆手にとって、現実もお手盛りだったという皮肉があれば、より深みのある作品になったのでは」
・「作者がこの作品で何が言いたかったのかが伝わらなかった」
 
 
▼池上先生の感想
 
「普段斎藤君が書く作品には独特の手触りがあるのに、今回はキレイごと過ぎてそれがまるでない。彼の作品の魅力は、造語や不思議な世界。自分の特性を見定めて、そこを伸ばしていったほうが良い」
 
 
▼柚月さんの講評

「講座に出されたエッセイへのアンサーとして新しい小説が出来る。こういった試みは、この講座ならではで、とても面白いと思います」
「文章に関しては読んでいて引っかかるような細かい指摘はない。ただ、池上先生がおっしゃったように、いつも斎藤君が書く世界観に比べると、とても物足りない」
 
 
▼深町さんの講評

「もととなったエッセイの魅力は、昭和三十年代の山形を緻密に書いていた部分、そこから見えてくるリアルな土地の雰囲気にある。けれども斎藤君の作品にはそういった魅力がない。終始、書き割りのような平坦さしかない。文章的な技術はあるのだけれど、結局何が言いたいのかはっきりしない」
「昭和三十年代といえば、ドブや汲み取り式のトイレなど、独特の匂いがあるはず。嗅覚に関する描写が全くないのも不満。小説は視覚や感情を書き連ねるだけではなく嗅覚や聴覚なども描写する事で、読み手を作品世界に誘う事が出来るはず」
 

▼柳原さんの講評(のちほど到着された際にお聞きしたもの)
 
「たしかに映像的な描写は上手。だが、ケネディと主人公の関係性が弱い。主人公のケネディに対する思い入れが伝わらないので、後半、親友であるガンジの死が結びついてこない」
「後半の台詞には、作者の伝えたい部分である、生きてゆく事の不条理に対する物悲しさがある。こういった場面で、作者自身の生々しい言葉を出せば読者も感情移入してくれる。感情の喚起を書く力を身につけてほしい」
 


 ○『欠けた満月』(中谷美智子作/原稿用紙換算18枚)
 
『主人公の律子は、夫である雄太郎の家庭内暴力を毎日のように受けていた。場面は、夫に殴られた頬をさすりながら、主人公の律子が茶碗を洗うところから始まる。洗い桶に注がれた水流の中で、格闘技のようにぶつかりあう夫と妻の茶碗。やがて夫の茶碗は衝撃で二つに割れてしまう。割れた茶碗をゴミ箱に放りこみ、そのゴミ箱をスリッパで執拗に叩き続ける律子。そんな律子に、市の福祉委員を引き受けてほしいという依頼が来る。市職員と会話する律子に横やりを入れて依頼を断った雄太郎は、二人きりになったとたん、自分に福祉委員の誘いが来なかった事に逆上し、律子の髪をわしづかみにして殴る蹴るの暴力をふるう。意識を失いながら律子は、求婚に実家を訪れた若き日の雄太郎を思い出していた……』

 社会問題であるDVを独自の筆致で描いた作品。著者の中谷さんがこの作品を書くきっかけとなったのは、家庭内暴力、いわゆるDVに関する講習会を傍聴する機会があったから。DVに悩んでいる人間は多い。傍目から見れば何故別れないのかと疑問に思う夫婦も、決して24時間暴力をふるわれているわけではなく、優しい瞬間も多々あるのでなかなか離婚に踏み切れないでいる事実を知り、それが作品を書くきっかけとなったそうだ。

 
▼生徒の感想

・「卵焼きが固いからといって妻を殴ったり、肋骨を折られているのにユルい反応を示す妻の描写など、妙なリアリティがとても魅力的だ」
・「元新聞記者という主人公の設定があったが、もっと整合性がほしかった」
・「夫を憎んでいるのに離婚しない主人公は、何故別れられないのか。その理由が書けていたなら、もっと面白くなったのではないか」
・「文体がとても面白い。例えば、ケータイ小説が流行している理由に、文章の持つ原始的な力があると思う。それに近い斬新な力を感じる」
・「“ギャ~”という書き方のように、本当なら“ー”で書くところを“~”と表すなど、個性的な表現が作品の魅力につながっていて興味深い」
 

▼池上先生の感想

「えーと、みなさん、基本的なことをお聞きしたい。これをシリアスな小説と思って読んだ人、手をあげて?(5分の4の人が挙手)。コミック・ノベル、ほとんど漫画だと思って読んだ人は?(5分の1の人が挙手)。そうか、僕はまったくの少数派か(場内笑)。
 皆と意見が違うかもしれないけれど、これはどうみても、笑って読むべき小説だと思った(場内笑)。冒頭の茶碗ががちゃんがちゃんいう場面から、はげ親父の描写にしろ、どうしてみなさん笑わないのですか(笑)。暴力小説の書き手である新堂冬樹を髣髴とさせる極端な比喩をはじめ、シビアな内容なのにおかしさを覚える、ほとんど漫画のような表現が魅力的だ。
 ただ、視点がゆらいでいる箇所がある。主人公の目で語られるべき部分が市職員の目線になっているので読む側が混乱する。しかし、全体的にはまずまず面白い。みなさん、読み方がまじめすぎます(笑)。もっと笑って、ときに意地悪に読みましょう(場内笑)」

 
▼柚月さんの講評
 
「非常に迫力があった。思わず引きこまれるものがある。作者が伝えたい事が、最後に大怪我を負わされながらもやはり夫についていく律子を見送る母の台詞、『律子、ほんとうにあんたは馬鹿な子や…』にあらわれている。優しさと怖さが表裏一体だという事実がよく表れている。
 個人的な感想を言うなら最後の一行に、何かしら救いを持たせてほしかった。主人公が一歩、前に進むような印象があってほしかった」
 

▼深町さんの講評
 
「とても好きな作品。力の抜け具合が、かえって獰猛な仕上がりになっている。車谷長吉や、ヤン・ソギルの作品にも通じる、つきぬけた暴力が持っている明るさがある。ぜひこの路線で書き続けていってほしい」
「自分としては別れない理由が具体的に書かれていなくても良いと思う。後半の場面、妙に夫が優しいあたりに真実味があって、そのあたりで表現できているのではないか。しかし現実はともかく、小説にすると、DVっていいものだなあと思いますね(場内笑)」
 
 
▼柳原さんの講評

「それにしても迫力が凄い。割れた夫の茶碗を捨てたゴミ箱をスリッパでバカバカと叩くくだりに代表される、滑稽ながら生々しさのあるリアリティがあった。キャラクターも良い。特にお母さんが素晴らしい。娘のために頑張ったのに報われない悲しさが心をうつ。
 ただ、欲を言えばここに書かれている先からが面白くなる、そんな小説だと思う。嫁に来てくれと懇願した夫が、何故このようにDVを始めるようになってしまったのかを書きこんでほしい。そこから生まれてくる物語が読みたい」
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  受講生の言葉に真剣に耳を傾ける 柳原先生(左) と 深町先生(右)

   


 講座の最後に、柚月さんに今回受賞した作品『臨床真理』について、そして、小説家になろう講座を受講している中で学んだ事について、お話を伺いました。
(※受賞作の詳細や選評は宝島社の公式ホームページをごらんください)
 
 
■『臨床真理』について

「初めての長編で、プロットから含めると半年ほどで書き上げました。力試しのつもりで書いたものが、あれよあれよという間に最終選考まで残ったので、本当に驚いています。 投稿した枚数は原稿用紙600枚ほどですが、これから推敲して50枚ほど書き足す予定です」

 
■『臨床真理』のあらすじ

「ある施設で起こった自殺を、臨床心理士という職業につく主人公が、ほんとうに自殺なのか、他殺ではないのかと調査してゆく。そこに、共感覚と呼ばれる、人が話している言葉が色に見える、その色から話している人間の感情が見える能力を持った青年が絡んでくる物語です。
 この作品で一番書きたかったのは、目に見えないものを扱うという事の怖さでした。そこで起きる過ちの恐ろしさを描きたくて、この作品を執筆しました。
 自分は医学の専門職でも何でもなかったので医学書も山ほど読みましたが、知らない事を調べていく作業はもともと好きだったので、資料探しは嫌ではありませんでしたね。とても大変でしたが(笑)」
 
 
■「小説家(ライター)になろう講座」で学んだ事

「講座に通い始めて4年、書き始めてからは2年ほどたちますが、その中で教わった事は数えきれないくらいあります。文章上のテクニック、読者にどう読ませるかという創意工夫など……。
 でも、一番大きかったのは、現役作家や編集者など、数多くの講師陣が口を揃えて話してくださった“デビューしてからが本当の勝負だ”という言葉です。今回の受賞で、改めてその言葉の重みを感じる事が出来たのが、一番の収穫です」
 
 
■池上先生から柚月さんへ、そして生徒一同へのメッセージ
 
「柚月さんが長篇を書いていたこと、応募していたことは知りませんでした。ほんとうに水臭い人です(笑)。
 受賞してからいろいろ話をしましたが、ひそかに着々と自分の夢に邁進する、自分はプロの作家になるんだという意識の強さをもっていたんですね。ここまで強く意識をもって小説を書いていたとは思いませんでした。いや、賞をとるには、そのくらいの気概をもたなければ駄目だということです。
 講座では何度も言ってきましたし、あらためて言いますが、いま文学賞を受賞したからといって将来が保証されるわけではありません。数多くの文学賞の予選委員・下読みに携わっている経験からいいますが、むかし文学賞(その名前をいうとみなさんがびっくりするようなビッグな賞)をとった人たちがたくさんさまよっています。一回受賞したからといって、作品がよくなければ生き残れません。仕事の依頼が来ないのです。だからもういちど、ほかの賞に応募する。
 柚月さんも、ここからがスタート。自分の得意ジャンル、自分の声を確立してください。そうすれば大丈夫です。応援します。作品がよければほめます。ただし作品が悪ければ貶しますからね(笑)」
 

 ■柳原さんから柚月さんへ、そして生徒一同へのメッセージ
 
「(柚月さんが現在、推敲作業に追われていると聞いて)自分も『パーフェクト・プラン』で受賞したあとに大幅に書き直しをしました。ネット犯罪を扱った作品でしたが、ネットに関する専門的な知識が全くなかったので苦労しましたね。でも、そういった知識を深める経験が、のちのち活きてきますよ。書きたい事、自分にとって書くべき事をじっくり見つめて、柚月さんも、講座の生徒の皆さんも、がんばって書き続けていってほしいと思います」
 

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一つの表現をめぐり、時間を忘れて互いに論じ合う。 


それぞれの作品に対し各講師陣が熱弁をふるい、終了予定時間を大きくオーバーする、白熱した9月の講座。 先生方の会話にたびたび出てくる「視点を統一させる事」「書くべき部分をしっかりと書きこんでいく事」、「自分が何を書きたいのかを見据える事」。それらが「読者を感情移入させる事」「読み手を小説に引きこんでいく事」につながると学んだ、有意義な時間となりました。

あらためて柳原先生、深町先生、ありがとうございました!

そして柚月さん、おめでとうございました!


 【今回の講師プロフィール】

◆柳原慧(やなぎはら・けい)

1957年東京都生まれ。日本大学芸術学部卒業。
デザイン会社へ勤務後、独立。プロのデザイナーとして活躍しつつ投稿を続け、「日本ホラー小説大賞」の最終候補に3度残る(第2回『脳の中の樹海』・第4回『祈り』・第5回『夜に眠れぬ者たちへ』)。6年のブランクのあと、2003年、『パーフェクト・プラン』 (現在・宝島社文庫)で第2回『このミステリーがすごい!』 大賞を受賞し、翌年デビュー。作品に『いかさま師』(2005年 宝島社文庫)、『コーリング 闇からの声』(2007年 宝島社)がある。また、四柱推命の占い師でもあり、現在、「ミステリマガジン」(早川書房)に「殺人占い」を連載中。

◆深町秋生(ふかまち・あきお)

 


1975年、山形県南陽市生まれ。
第3回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2005年『果てしなき渇き』(宝島社)でデビュー。昨年宝島社文庫に入り、15万部をこえるベストセラーに。著書に『ヒステリック・サバイバー』『東京デッドクルージング』(ともに宝島社)、赤城修史名義で『小説自殺マニュアル』(佐藤広行との共著。2003年 太田出版)がある。ブログ「深町秋生の新人日記」も好評。
※深町氏は本講座出身。詳細は文庫版『果てしなき渇き』の池上冬樹氏の解説参照。

 


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