「小説家(ライター)になろう講座」だより・・・vol.4(2008.7.9)

小説家(ライター)になろう講座(6月講師・佐川光晴)

『自分の実人生で追えなかった人生を追える。それが小説を書く醍醐味ですね』


■今年度、3回目の講座が6月22日に「やまがた遊学館」(山形市緑町)でおこなわれた。

6月の講師は、作家の佐川光晴先生(『縮んだ愛』で第24回野間文芸新人賞受賞)。佐川先生は、お父さんが津軽の方なので東北には親しみがあるが、山形ははじめてとのこと。

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 佐川先生。目と声に力がある。

  講座の前に池上先生が、佐川さんとゲストの反町有里さん(双葉社編集者)を案内して、山形市内にある某蕎麦屋(山形を訪れる多くの編集者から「美味しい!」と評判のお店)で昼食をとり、山形東部の果樹園地帯をドライヴされたとか。そのとき印象に残ったのが、山形の雲の形だという。佐川さんは、『山形は雲の形がいいなあ』と、車窓からずっと空を眺めていたとのこと。山形は盆地で、雲がずいぶん低く垂れ込めるので、雲を目の前に感じられたのかも。

   今回の講座のもうひとりのゲストは、作家の長岡弘樹先生(小説推理新人賞受賞作家。山形市在住)。

 長岡先生は先日、「傍聞(かたえぎ)き」(「小説推理」08年1月号所収)で、日本推理作家協会賞短篇賞を受賞されました。講義がはじまる前に講座からお祝いの花束のプレゼントがあり、長岡先生は突然のことに驚き、戸惑い、照れながらも大変喜ばれていました。長岡先生、本当におめでとうございます。

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 長岡先生(右)に花束のプレゼント。


■今月のテキストは、美堂遊貴さんの『ライフ・ガード、ライフ』と、佐藤良行さんの『噴水』の2本。

 ●『ライフ・ガード、ライフ』(美堂遊貴 原稿用紙換算51枚)

  「事故が、起きた。夏のお昼、市民プール、男の子が溺れる。泳子たちLG(ライフガード)はC(コントロール)の駿、P(パトロール)の優海、R(レスト)の伸、新人の砂耶や矩、サブチの水谷と池元、チーフの中河、全員で救助にあたる。ヒューマンチェーン、CPR、酸素吸入器、真波の教えや存在を意識しながら緊急時の救助法をおこなっていく。祈りながらの時間がすぎる。男の子が蘇生した。泳子のリードする担架で、運ぶ。責任者の中河が発見者の優海と、男の子の父を連れて救急車とに病院へ去っていく。残された泳子たちは駿の檄で、その日の勤務にあたった。男の子は、助かった。一日の終わり、夕闇、満月、一番星。泳子と駿は明日と、同じ未来を誓いあった。二人の恋と夢がはじまる。奇跡をいつまでも、つくりだせるように」(著者の梗概より)

  【生徒の感想】

「文中に出てくる『C』『P』『R』などはアルファベット表記ではなく、言葉で書いたほうが読みやすいのではないか」 
「台詞のなかで『R』と略した形で出てくるが、実際はどう言っているのかわからない」
「ルビに対するこだわりをもっと前面に出したら、見えてくるものが違っていたかもしれない」
「作品の枚数のわりには登場人物が多い」
「救急車がくるところの緊張感、切迫感が伝わるが、後半、救命行為の場面で同じ台詞が多く、つい読み飛ばしてしまう。山場なのでもったいなかった」
「登場人物の心理が浅い。救助に対する表現はよく書かれているが、恋物語としての軸がずれている」
「専門的なことが書かれているが、読む側がわかるように、かみくだいてほしかった」
「作品の最後はすべて書くのではなく、読者に想像の余地をあたえるべき。余韻を残す終わり方のほうがいいのではないか」

 【池上先生の講評】

「青春小説なのか、恋愛小説なのか、職業小説なのかの方向性が見えず、結果として落としどころが恋愛というところに違和感がある。ちゃんと伏線をはりましょう。この枚数ならば、テーマは早めにはっきりと打ち出すべき。それから、この作品はリアクションが弱い。本講座の常連講師だった打海文三さんが『小説は人物のリアクションによって成り立つ。リアクションによってキャラクターが規定される」と口癖のように言っていた。人物の行動、それに対する関係者の反応(リアクション)をしっかりと書き込んで、はじめて“関係”が成り立ち、キャラクターがきまるのです。それをもっと徹底して考えてください」

 【反町さんの感想】

「会話だけが続くと単調になる。随時、発言者の表情や目の動き、しぐさを入れること。そうすることで、会話が生きてくる」

 『C』『P』『R』等などのルビに関してはいらない。作者が「これを思いついてしまった」という喜びが優先されて、読者をおきざりにしている。

 テーマ把握がもうひとつ。救助される少年の事件を奇跡と呼んでいるが、その山場にテーマを統一すればよかったと思う。命の奇跡を、作品の最後で、恋愛の奇跡いわれてしまうと、はしごを外された感じになる。作品中におこる事件を通して恋愛の奇跡が起こったとしたいのであれば、書かずして諭させるほうがよかった。ときには、書いてしまうことによって白々しくなることがある。この作品においては、物語をライフガードという職業の充実感に終始させたほうがよかったように思う」

 【長岡先生の講評】

「気持ちのいい作品だが、エピソードの入れ方に問題がある。作品は、エピソードの入れ方しだいでメリハリがつく。物語に盛り上がりをつけることが大切で、例えば問題提起をしたあとにすぐ答えを書くのではなく、別なエピソードを挟んでから答えを書く方法もある。読者を引きこむように書くのも読ませるテクニックのひとつ」

 【佐川先生の講評】

「一番よく書けているのは、鼻血がでた女の子を助ける場面です。ライフガードという職業と女の子の関係がよく書けている。ただ、そのあとがいけない。救助された少女と他の客との違いを追っていくと、ライフガードと一般の者との関係がもっと明確に出たと思う。そこが惜しい。

 ライフガードの社会的地位をもっと書けていたら、この作品はもっと安定したものになっていたと思う。職業小説として安定したところで事故が起き、盛り上がりを出せれば、ラストの恋愛まで書かないで終われたのではないか。

 地の文は、作者の社会的意識の部分があらわれるところです。作者がどのようなことを意識して書いているかが、もろに出ます。作者が、ライフガードをどう捉えているのか、それが足りない。そこに厚みとして出ていたら、最後に暴走しなくてすんだと思う」

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 今回は都合上いつもの会場ではなく円卓会議用特別会議室で。

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長岡先生のボードを使っての講義。熱が入ります。

 


  ●『噴水』(佐藤良行  原稿用紙換算50枚)

 「身体障害児養護学校時代からの友人である朋子が死んだ。私は下半身麻痺の障害、朋子は内部障害を抱えていた。彼女は私にとってかけがえのない友人だった。通夜の夜、彼女の家に向かう。家では朋子の義理の妹である春奈が優しく応対してくれた。辛い闘病生活を送ったという朋子の変わり果てた姿に呆然となる。私自身腎臓をわずらい、仕事を休職中の身だった。一週間後、千葉に移り住んでいた友人である奈津が朋子に手を合わせるため帰ってきた。奈津も養護学校からの友人でよく朋子と三人で遊んでいた。居酒屋で奈津と飲みあう。奈津は手術のためにしばらく帰ってこれないという。私たちってぴりっとしないねと彼女は嘆いた。再び私は夫の博と朋子の家に向かった。家では春奈がお菓子を出してくれた。それはかつて朋子が作っていたものと同じお菓子だった。家では朋子の部屋の整理を始めたところだった」(著者の梗概より)

 【生徒の感想】

「説明の重複が目立つ」
「作品の中に出てくる三つの時間(十年前・現在・現在のなかにある回想)がわかりづらい」
「余韻が残る作品だった。作品のなかでキーとなるものがあるが、その使い方が非常にうまい」
「会話と会話のつなぎが上手い。登場人物の死が、主人公の生きかたにどのような影響を与えたのかまで書くと、もっと深みが出たのではないか」
「登場人物の顔が浮かばない。特に主人公がよく見えない。そこがもう少し際立ったものであってほしかった」
「みんないい人すぎる。人間はもっと汚い部分を持っている。マイナス面を持っている人間が出ていてもいいのではないか」

 【池上先生の感想】

 一時期の華やかさ、生の歓び、楽しみ、それが終わることの寂寥感など、題名の「噴水」のイメージにうまく収斂させている。ただ、障害者たちのスケッチでしかないのではないか、という厳しい見方もある。主人公が抱えている苦しみが、もうひとつ他者との関係で切実な響きをもたない。もっと主人公を追い込むべきだった。

 【反町さんの講評】

「文章は推敲不足だが読みやすい。ただ、山場がなく、読み終わったあとに印象に残っているシーンがない。登場人物の朋子の死によって、登場人物たちになにかしらの変化を描ければよかったと思う。そうすることによって、死も意味を持つ。辛い闘病生活のなかにも、光の差す瞬間がある。闇のなかに光を与えて上げると、そのコントラストで明暗がつき、読み手に迫ってくると思う。しかし、文中にいい表現もいくつもあった。五十枚で印象的な文を作れるというのは、小説として成功している。そこを生かしつつ、指摘した部分を踏まえて書くともっとよくなると思う」

 【長岡先生の講評】

「文章がしっかりしていて上手い。主人公が男女かわかりづらいのは、作者が意図的にしたことだと思って読んでいた。それが逆にミステリー的で面白かった」

 【佐川先生の講評】

「基本的にはしっかり書けている。ただ、意図的か無意識かわからないが、主人公の直子の下半身の障害が徹底的に書かれていない。避けられている。これがこの作品における一番大きな傷だと思う。障害が詳しく書かれていないと、文章も生きてこない。散文的な問いつめ方が浅い。だからこそ、話者である直子の障害を一番きびしく突きつめないことには、まわりの人物が生きてこない。まわりがよく書けているぶん、話者が書けていないことが明白に出ている。

 技術的なことはいくらでも習得できるが、自分独自の感性を掘っていかないと、ひとりの作家として自分の世界を人に提示することにならない。痛みや主観的な苦しみは自分の思いが強いぶん、伝える相手を身近な人間に想定すると共通項になりやすくなってしまう。

 だから、作品を書くうえで『この作品を誰に伝えたいのか』と考えたときに、遠からず、近からず、切実な対象者を想定するといい。その対象者に自分の思いをどう説明するのかと考えると、小説は書きやすくなると思う」

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 左・長岡先生 中央・佐川先生 右・反町さん

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 池上先生。純文系とエンターテイメント系、それぞれの講評の違いを楽しげに聞いている。

 


 ■作家になった経緯/佐川流・小説が上手くなる方法

  佐川さんは東京都出身。小説を書こうと思ったのは30歳のとき。きっかけは『フィクションを実生活の外に作り出していく必要』を感じたからだという。佐川さんは24歳で結婚したが、4年間子供が出来ず不妊治療をはじめる。子供を授かったのは治療をはじめてから2年後のこと。そのあいだの努力、苦しみ、失敗の繰り返しによる落胆は、夫婦ふたりで抱えるには耐えられないくらい辛いものだった。そのときに「フィクションの世界を作り、そこで表現したものを自分が読み、妻にも読ませないと気持ちがもたない、フィクションを自分の実生活の外に作り出していく必要がある」と感じたのだという。そして、2000年に35歳でデビューする。

  佐川さんは大学卒業後、大宮にある食肉解体所で牛の解体に従事した。そのときの模様を書いたのが『生活の設計』(新潮社)。その作品で第33回新潮新人賞を受賞し、デビューする。その後、不妊を扱った『ジャムの空壜』(新潮社)を刊行。デビューしたときの感想を訊ねると、「この2作を世に問えれば十分だと思っていたから、実は新人賞をとったときも作家になるつもりはなかったんですよね(笑)。でも、2作目の手直しをしていたときに、編集者や読者に確実に読まれるという意識のなかで書いていくと、それまでどうしても直らなかった部分、うまくつかめなかった箇所が、つかめたんですね。これは(作家として)書けるようになっているらしいということで(笑)、書けるだけ書いてみようと思った。そこで作家を専業にしようと思いました」と答えた。

  佐川さんは文章がうまくなる方法として、「自分が好きな小説を写す」ということを提案した。「好きな小説を徹底的に読んで書き写していくと、完全に真似したつもりでも『自分はこう書かない』という部分が出てくる。そこが個性だ」と語る。ちなみに佐川さんの『縮んだ愛』(講談社文庫)は、佐川さんが好きな谷崎潤一郎の『痴人の愛』からきているとか。『痴人の愛』を読んでいる方ならおわかりのように、出だしがそっくりなのだが、『縮んだ愛』では『痴人の愛』のナオミではなく直樹に視点が移り展開していく。佐川さん曰く「個性っていうのはその程度のものだと思うんですよね。いちから創りあげるのではなく、なにかの線に乗りながら個性を出していくのもありだと思う」。佐川さんはそのほかにも、自分の作品を書くうえで影響をうけた名作との関係を語り、具体的に、「写す」ということから個性を見つけていく手法を、講座の生徒に丁寧に教えてくれた。

 ai-L.JPG 『縮んだ愛』(講談社)

障害児学級の教員を主人公に、障害児たちとの世界を書いた作品。野間文芸新人賞受賞。

 興味深かったのは、佐川さんの物語の話だった。佐川さんは作品を書きはじめるとき、結末をまったく考えていないという。最初の10枚だけ書いて、そこまで書いた情報のなかで、この先どういう小説が起こりうるかを徹底的に考える。冒頭の10枚がしっかり書けていなければ、読んでも(物語のアイデアは)なにも出てこない。だから、冒頭はとても重要なのだと佐川さんはいう。

 それに対して講座の生徒から、「終わりが見えないまま書き始めるのは怖くないか」との質問が出たが、佐川さんはこう答えてくれた。「作家それぞれ方法も意識も異なると思うが、すくなくとも私の場合、小説とは、答えを探すために書くものです。実体験を書きたい、伝えたいと思ったとき、それは結局、私自身が、その体験に関わる問題に対して自分が納得していないからです。だからこそ、答えを求めて書けるんだと思う。もちろんすぐに答えはでない。対象によりそって、ずっと耐えて書くしかない。だから、すでに(自分のなかで)解決してしまった問題は書けないと思う。だから、答え(ラスト)が見えていたら書けないのです」。

  最後に、なぜ小説を書いているのかと訊ねると、少し間をおいてから力強く答えてくれた。「人間、長く人生を送っていくうちに、いろんなものを身に纏っていく。声のでかさ、態度、相手への接し方。小説は、生きていくうちに身に纏ったものを脱いで、甘皮を一枚も二枚も剥いだような自分の部分をさらすことだと思う。自分の内部をさらしながら、世の中を渡っていくことを問い詰めることだと思う。人間、生きていると日常のなかに細かい分岐点がたくさんある。常に選択を迫られて決定し、生きている。でも、ときとしてその決定を悔いるときがある。『あのとき違う道を選んでいたら』と思うことがある。現実ではどうすることも出来ないが、小説ではそれが出来る。自分の実人生で追えなかった人生を追えるんです。それが、小説を書く大きな醍醐味ですね。まだまだ書きたいテーマがあるし、これからも書き続けていくと思います」

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  『金色のゆりかご』(光文社)

最新作。大学病院の研修医・島村が病気のリハビリを兼ねて働くコンビニで、

中絶直後の女子高生が倒れた。彼は少女のことを気遣うが……。

  誰もが一度は、自分が選択した人生を疑問に思うことがあるだろう。誰もが分岐点に思いをはせるだろう。違う人生を追い、徹底して問題から目をそらさず、ひたすら登場人物の内面によりそっていく佐川文学。辛く苦しくても、目の前に突きつけられる問題から逃げずに真摯に向き合う佐川さんの人物たちに、読者はいつしか共感し、心をひりつかせながらも最後まで読んでしまう。

  二時間の講座はあっという間だった。時間が足りない、まだまだ聞き足りない。

 池上先生の、「では、続きは懇親会でやりましょう」の声に、みなそそくさと荷物をまとめ、興奮のまま懇親会の会場に向かった。懇親会で講師の方とじっくりお話できるのも(ほとんどオフレコの話が多い)、講座受講生の特権である。その日も4時半から市内のそば屋で懇親会を行い、そのあとはお馴染みのバーに移動して、夜遅くまで、和気藹々と講師の方々と愉しい話をすることができた。

 text by K


 【今回の講師&ゲストプロフィール】

◆佐川光晴(さがわ・みつはる)

1965年、埼玉県志木市生まれ。
2000年、「生活の設計」(第32回新潮新人賞受賞。※注1)でデビュー。2001年、単行本『生活の設計』(新潮社)が第14回三島賞候補に、また「ジャムの空壜」が第125回芥川賞候補に。2002年、「縮んだ愛」が第127回芥川賞候補に。単行本『縮んだ愛』(講談社。※注2)で第24回野間文芸新人賞受賞。 以後、「弔いのあと」「銀色の翼」「家族の肖像」の3作が芥川賞の候補に。
著作は『家族芝居』(文藝春秋)『永遠の誓い』(講談社)『銀色の翼』(文藝春秋)などがある。とくに『銀色の翼』は芥川賞選考会で、「嘘やごまかしが微塵もない奇跡的な作品」(村上龍)「誰にも似ていないひとつの夫婦のありようが、丁寧に 丹念に書かれている。夫と妻が、近付けば近付くほど、もの哀しさが増して行く心に残る作品」(山田詠美)と絶賛された。これからの日本文学を背負って立つ逸材である。 

注1 「生活の設計」は『虹を追いかける男』(双葉文庫)に収録されています。
注2 『縮んだ愛』は6月に講談社文庫から刊行されました。

 


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 ◆長岡弘樹(ながおか・ひろき)


1969年、山形県山形市生まれ。
筑波大学第一学群社会学類卒業。団体職員を経て、2003年、「真夏の車輪」で第25回小説推理新人賞を受賞。2005年7月、短篇集『陽だまりの偽り』(双葉社)を刊行。2008年5月、「傍聞(かたえぎ)き」(「小説推理」08年1月号)で、第61回日本推理作家協会賞短篇部門を受賞。

  


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