interview-title5.jpg『蒼火(あおび)』で第9回大藪春彦賞を受賞された時代小説家の北重人氏(酒田市出身)が、
新作『汐のなごり』(徳間書店19日発売)の取材で酒田市を訪れた。
思いがけない発病、故郷酒田や新作への思いをうかがった。

 

■還暦の日の病気発覚kita-1-cap.jpg

―― 胃の手術をされてから半年が過ぎましたね。お元気そうで安心しました。

北  術後3ヶ月くらいは好きだった日本酒が苦くて飲めなかったけど、その苦味がだんだんとれてきて、いまでは白米と味噌汁以外すべてオーケーです(笑)。

―― 以前は白米と味噌汁はお好きでしたよね。

北  胃を切っちゃたら味覚が変わってしまった。胃を切った板前さんやシェフには、看板を下ろしてしまう人もいると聞きましたね。

―― たしか、誕生日に倒れたんですよね。

北  今年の1月3日、還暦の日でした。その日、子供たちがちょっとした小料理屋で還暦祝いをしてくれたんですが、お酒を飲んでいるうちに具合悪くなって高熱が出た。次の日、近くの医者にいったら「これは風邪だけども、他にも病気があるかもしれない」と言われて紹介状を渡されましてね。でも、翌日熱が下がって「なんだ治ったじゃないか」と思って立ち上がったらとんでもない目眩に襲われ、這うようにして病院に行った。そうしたら、即入院。そのままICU に運ばれた。ひどい貧血で、鉄分がほとんどなくなっていたんですね。とどめは、胃カメラでした。とんでもない大きな腫瘍が胃の入り口に見つかった。それを見たときには、ああ、これでおしまいかと、頭がしんとしてしまいましたね。

―― まったく兆候はなかったんですか。

北  特になかったですね。ただ、あとになってみれば「あれがそうだったか」と思うことは幾つかありましたね。秋ぐちに『月芝居』(文藝春秋、2007年12月)を書いていたんですが、後半に入って「この作品はなるべく早く仕上げなければ」という妙な焦りがありました。あとは、疲れ。階段を上るとき、いままで感じたことのなかった息切れがする。それから、便秘がちになり、便が黒くなった。いま思えば出血していたんですね。それから、味覚の変化。11月くらいから、お酒がまずくなった。日本酒をおちょこで3杯くらい飲むと、もう飲む気がしなくなってしまう。

―― 定期検査とかはうけていなかったんですか。

北  毎年、受けてました。3年前には胃カメラの検査もした。バリウムの透視で胃の入り口にびらんがあると言われて胃カメラの再検査をやった。そしたら、きれいな胃だと言われましてね。それが、去年の夏もおなじ指摘をうけたら、またカメラで再検査をしろと言われた。だけど、どうせ前と同じだろうと思って放っておいた。それがよくなかったですね。

―― 腫瘍って、2~3年で急激に大きくなるものなんですか。

北  普通、その大きさになるのは10年ぐらいはかかるって言う人もいましたね。だから、3年前にはもうあったんじゃないかってね。胃カメラは毎年やったほうがいいですよ。

―― 病気をして死生観は変わりましたか。

北  今では、いいときに病気したなあって思っています。自分の持ち時間は限られているのだと実感しました。その時間をいかに大事にするか、いかにやりたいことに使うか、と強烈に思いました。それで、些事にはこだわらなくなりましたね(笑)。

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■賞と命の恩人/二度の巡り合わせ

北  私の担当医の先生とは面白い話があるんです。5年前に治療中の仮入れ歯をサウナで飲み込んだことがあって、慌てて病院に駆け込んだことがあった。そのときの当直の先生が「こんな患者は初めてだ。私がとってあげる」と言って、胃カメラでその仮入れ歯を上手にとってくれた。その先生が、今回、私が運び込まれた時に診てくれた先生だった。先生は私を覚えていて「いままで歯を釣り上げたのはあなたくらいだ。これもなにかの縁、今度も私が診てあげる」といってくださって(笑)。だから、私はその先生に2回助けてもらっているんです。

―― 2回助けてもらっているというと、作家の大沢在昌さんとのエピソードもありますよね。

北  そうなんです。私は1999年に、『超高層に懸かる月と、骨と』でオール読物推理小説新人賞を受賞しているんですが、選考会では受賞作なしという意見も出たようなんですね。そこを大沢さんが強く推してくだすった。それから5年後の2004年に、『天明、彦十店(げんじゅうだな)始末』が松本清張賞の最終候補に残った。受賞は逃したのですが、そのときは大沢さんと伊集院静さんが強く推薦してくれ、その作品が出版されることになりました。それが『夏の椿』(文藝春秋、2004年)です。その後、『蒼火(あおび)』(同、2005年)が出版され、第9回大藪春彦賞をいただきました。じつはこの作品は、以前にやはり松本清張賞の候補になっています。『夏の椿』の前篇とでもいうべき作品で、『蒼火』を世に出そうという狙いもあって『夏の椿』で松本清張賞に再挑戦したのです。もっとも、『蒼火』の出版にあたっては旧作を全面改稿していますけどね。

―― 自分を推してくれる人間がいるというのは嬉しかったでしょう。

北  『夏の椿』の本が出る時に、伊集院さんと大沢さんにお礼の手紙を出したら、伊集院さんから手紙をいただきましてね。山の上ホテルの便箋に、「賞は運もあります。賞を取れぬことが逆に作家を成長させることもあるのです。肝心なのは書き続けることです」と書かれていたんです。ありがたかったですね。
 それから、亡くなられた白石一郎さんにも力をいただきましたね。白石さんは私がオール読物新人賞の候補になったときに好意的な講評を書いてくださって、そのあと、松本清張賞の候補になったときにも推してくださった。嬉しかったですね。本が出たら白石さんにも献本しようと思っていた。そしたら、出版される2ヶ月前に亡くなられていましてね。白石さんにも本を見ていただきたかったですね。

 

■酒田取材/新作『汐のなごり』kita-3-cap.jpg

―― 9月19日発売の新作『汐のなごり』(徳間書店)の舞台は酒田と聞いています。

北  そうですね。作品のなかで出てくる地名は、水潟(みなかた)ですが、舞台は酒田です。

―― なぜ舞台を酒田にしたんですか。

北  酒田は故郷で、それに学生時代に酒田の街づくりを研究したこともあったので、酒田については昔から書きたいと思っていたんですよ。

―― 今回、酒田を訪れた理由は『汐のなごり』の取材ですか。

北  『汐のなごり』は6話で構成されているのですが、そのなかに「合百(ごうびゃく)の藤次」という米相場の話があります。酒田相場は空米相場で、基本的には大坂の堂島相場と同じなんだけど、商いの単位ややり方が違うんですよ。相場の場面を詳しく書きたいと思っていろいろ調べていたけれど、なかなかわからない。酒田の郷土史家の方なら知ってるんじゃないかと思って、その確認の取材にきたんです。

―― 6話は同じ主人公ですか。

北  すべて独立した話です。1話目は遊女の30年の恋を描いた「海上神火(かいじょうしんか)」。2話目は「海羽山」で、これは鳥海山を指しています。天命の飢饉で津軽から逃れてきた人間が酒田に居ついて商人になり、天保の飢饉のときに離ればなれになった兄と再会をする。主人は一緒に逃れてきた父と母の死の謎を抱えており、兄さんと再会してその謎がはっきりするという話です。3話目が「木漏日の雪」で商家の女将さんを描いた話です。4話目は「歳月の舟」。庄内藩の侍が敵討ちのために藩を出奔し、30年後に絵師として帰って来る話です。

―― 仇討ちのために出奔するという話だと藤沢周平の『又蔵の火』を思わせるものがありますね。

北  藤沢さんの初期短篇はよく読みました。『又蔵の火』も好きですね。

―― 徳間の担当編集者のK田さんは、読み終わったあとにその絵のシーンが浮かんできて、啾々(しゅうしゅう)という風の音が聞こえてくるようなすばらしい作品だといっていました。

北  そういってくれると嬉しいですね。
   5話目は「塞道(さいど)の神」。酒田に「塞道」という道祖神の祭りが小正月にあります。当屋にあたった家がご神体を1年間祀り、翌年にそれを次の当家に渡すんですね。その塞道の祭りを題材にした短編です。歳月を隔てて、商家の父と娘が、塞道の祭りの当屋をやった年に、ともに男女の問題を起こしてしまうという、ちょっと色っぽい話です。そして最後の作品が、最初にお話した「合百の藤次」。庄内の米相場にからんだ話です。六話とも、主人公の中高年が心に抱えこんできた秘密が、歳月ととも解きあかされていくといったストーリーです。

―― 出てくる主人公は、40代後半から50、60代ですね。若い世代の主人公は出てきません。これにはなにか意味があるんでしょうか。

北  ミステリーの匂いのする人情物といった仕立てですが、人の4、50年という時間が小説のなかで浮かび上がるようにしたいと思っていました。ですから、読み進むうちに主人公の半生が浮き彫りになるような書き方をしています。登場人物とともに、その生きてきた時間を描きたいと思ったのです。

kita-4-cap.jpg―― 余談になりますが、北さんの文章には気品と色気があります。若手・中堅作家のなかでももっとも艶やかな文章を書く作家だと思います。たとえば『夏の椿』の火災場面の官能的な描写を、『蒼火』の人を殺すことに喜びを覚える男の描写を、そして『白疾風(しろはやち)』の男たちを台詞と仕種と姿態だけで手玉にとる風流女の描写などはとりわけ素晴らしい。ぜひ多くの方に読んでいただきたいと思いますね。『汐のなごり』には艶っぽい話が2話ほどあるようですが、もっと入れてもよかったんじゃないかと思うんです。文章がもつ色気は北文学の特徴的な美質ですから。

北  美質かどうかはわかりませんが、立原周乃介もの(『夏の椿』『蒼火』)を読んでくださった人のなかには「どうしてもっと女性を出さなかったの」と言った方もいましたね(笑)。

―― タイトルの『汐のなごり』もいいですが、カバーもとてもいいですね。

北  タイトルは最初『海上神火』でした。でも、これは「かいじょうしんか」と読めないだろうから、変えたほうがいいのではということで『汐のなごり』になりました。カバーの装丁は菊地信義さん。徳間のK田さんともども喜んでいます。カバーも格調があります。

―― そのK田さんが「直木賞候補になりそうな感じですね」と言っていました(笑)。そうなると嬉しいんですが。さて、今回は地方が舞台ですが、方言はどう書いているんですか。

北  方言は悩みましたね(笑)。方言を使い出すと全部方言で書かなければいけなくなってしまうでしょう。

―― でも、方言がまったくないのも淋しい(笑)。

北  そうなんですね。だから、あるフレーズだけは方言で入れたりとか、いろいろ考えました。酒田は北前船で上方との交流があったので大坂の人物も登場させています。だから、関西弁も使わせています。上方言葉は以外と書きやすいんですね。でも、肝心の酒田弁はなかなか難しくて悩みました(笑)。藤沢周平さんはよく書いたと思いますね。

―― さきほども話がでましたが、北さんは藤沢周平の初期作品に愛着があるようですね。北さんの作品には、藤沢作品の初期の硬質な叙情性と似たものがあると思うのですが。

北  自分ではわかりませんが、ただ藤沢さんの短篇はよく読みました。最近また『蝉しぐれ』や『三屋清左衛門残日録』を読み返したのですが、40歳初めのころに読んだときとはまた違う感じがありますね。残日録は老いの心境小説とでもいう側面もありますよね。だから、歳を食ってわかるようになるところもあるのでしょうね。

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■これからの作品/9月23日の酒田講演

―― 『汐のなごり』で5作目ですね。1年に1冊のペースでしょうか。

北  長篇は1年に1冊は出すと決めていますが、これからはもっと書きたいですね。

―― 『汐のなごり』はもっとシリーズにならないんですか。

北  担当編集者は「書いてもらえるなら」と言っていますけど、次はまた違う感じで、キャラクターのたったシリーズをやろうかなとも考えているんです。機会があったら舞台を戻して書きたいとは思いますが、とりあえずは違うものにしようかなと。

―― 書きたいものはたくさんあるでしょう。

北  あります。けれども今のところは体力がまだ回復していない。食べるものが少ないので、ずっと机の前に座っていると疲れてしまいます。しばらくはしょうがないですね。でも、頭はすごく冴えているんです。昔は毎日が二日酔いみたいな感じでしたから(笑)。

―― 北さんは設計の仕事もされていますが、病気をされてから設計の仕事と作家の割合はどのくらいになりましたか。

北  3対7くらいかな。病院にいたときは人生の残り時間を考え、「これからは作家専業だ」と強く決心したのですが、退院して元気になって仕事のことで相談されたりすると、やっぱり出かけていってしまう。どうも意志薄弱は治っていませんね(笑)。

kita-book-cap3.PNG―― 9 月23日に酒田市松山農村環境改善センターで講演をされると聞きましたが、どのような内容のものなんでしょうか。

北  退院して3ヶ月くらいしたときに、里仁館という生涯学習センターに勤めている知人から話があった。むずかしい話はできませんと言ったら、どんな話ならできるの、というので、ちょうど60歳になったばかりだったから、あっという間に60年が経ってしまったという話ならできるかなあと返事をした。そしたら、それでもいいということで(笑)、タイトルは「いつの間にやら60年・いま庄内を想う」になりました。(※詳細は下記参照)

―― 新刊の発売とともに、講演会も楽しみにしています。今日はお忙しいなか、どうもありがとうございました。
                         (酒田市 LE POT AU FEUにて)

※今回の酒田取材の様子が「問題小説10月号(9月22日発売)」に掲載されます。どうぞご覧ください。

 


▼北重人プロフィール▼

1948年、山形県酒田市生まれ。

1999年、「超高層に懸かる月と、骨と」で第38回オール讀物推理小説新人賞受賞。

2004年、『天明、彦十店始末』が松本清張賞の最終候補作に。惜しくも受賞を逃すものの、選考委員の伊集院静と大沢在昌の両氏の強い推薦をうけ、『夏の椿』と改題して刊行(文藝春秋、04年12月。現在文春文庫に収録。解説=池上冬樹氏)。この作品は妾腹の子で、もめごと処理人で、剣の達人である立原周乃介を主人公にした時代小説。

2005年11月、第2作『蒼火』(文藝春秋)を刊行。『夏の椿』に続く周乃介ものだが、物語的には『夏の椿』の“前編”にあたる。時代小説にもかかわらず高い描写力がかわれ、07年1月、第9回大藪春彦賞を受賞する。

2007年1月、伊賀の忍びを主人公にした『白疾風』(文藝春秋)を刊行する。2007年12月、天保改革期、拝領屋敷探しと殺人事件を追及する『月芝居』を刊行。第21回山本周五郎賞にノミネートされる。

現在、建築・都市環境計画の事務所の運営に関わりながら、執筆活動を続けている。


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