第1回 『ロックンロールな日々』    熊谷達也

hajikeru-bn-p.jpghajikeru01kumagai_A.JPG 高校生のころ、3度の飯より好きなものが3つあった。ハードロックとバイクと、そして本である。
 あれから30数年が経ったいま、気づくと、小説を書くことが仕事になっている。バイクにも17歳からずっと乗り続けており、毎年夏には北海道へツーリングに行っている。そして最近では、ときおりバイク雑誌のロケに出かけて原稿を書いている。
 いやはや、三つ子の魂なんとやらのたとえ通り、実に執念深いというか、ある意味、進歩のない私である。まあ、人間の嗜好というものは、高校生あたりでほぼ固まってしまうということなのだろう。
 そんな中で、ひとつだけ休眠していたのがハードロックであった。
 ところで、私自身はビートルズ世代ではなく(小学校6年生のときにビートルズが解散している)、そのあとのブリティッシュ・ハードロック全盛時代に洋楽を聴いて育った。
具体的にはディープ・パープルから始まってレッド・ツェッペリンにのめり込み、そこからいわゆる3大ギタリスト(ジェフ・ベック、ジミー・ペイジ、エリック・クラプトン)に心酔してヤードバーズまで遡り、クラプトン経由で黒人ブルースを追い求め、マディ・ウォーターズやT・ボーン・ウォーカーに辿り着くという、ギターフリークの典型とも言える遍歴を重ねた、当時としてはちょっと生意気な高校生であった。しかし、大学に入ったあたりでパンクが隆盛を極め、少々ついていけなくなってきて、音楽遍歴は途絶えてしまった。その後は、クラプトンやストーンズが新譜を出したときにときたまアルバムを手にする程度で、日常的にロックに浸ることはなくなっていた。
 それが、最近復活した。
 話は1999年までさかのぼる。とあるきっかけで、B’zのコンサートに足を運んだのである。会場は横浜国際競技場(いまの日産スタジアム)であった。
 実は、それまでB’zが何者かあまりよく知らなかった。これは私くらいの世代の洋楽好きにはありがちなことで、「しょせん日本のロックなんて~」みたいな、斜に構えたシーラカンス的なオヤジはけっこう多い。
 が、1曲目の『ギリギリchop』の演奏が始まった瞬間に、完璧にノックアウトされた。彼らのライブ・パフォーマンスがあまりに凄く、しかも、高校生のころに私が好きだったハードロックのテイストが溢れる曲をガンガンや演ってくれるのである。コンサートが終わったとき、胸の中で「ああ、これで洋楽を聴く必要はなくなったな」と呟いたことを覚えている。その後すぐさまファンクラブに入り、今年などはB’z結成後20周年という記念すべき年なこともあって、合計7回もコンサートに足を運んで(ほとんど追っかけと一緒)しまったおバカである。
 ところで、音楽というものは聴くのはもちろんだが、自分で演奏したほうがもっと楽しい。実際、高校生のころには通販でグレコのエレキギターを買って、比較的演奏しやすいブルースギターに凝っていた(ただし、周りに洋楽を聴いている者は皆無に近かったので、バンドは組めなかった)。
 B’zを聴いているうちに、当然ながら再びギターを弾きたくなってきて、とりあえず楽器屋さんに足を運んでみたらば、なんということか、高校生のころには逆立ちしても無理だったギブソンのレス・ポールが、どうにか買えてしまうではないですか。
 ほとんど衝動買いでスタンダードのレス・ポールを買ったのが6年ばかり前。しかし、30年あまりもギターに触っていなかった指はすっかり錆び付き、半年ほどでギターに埃を被せる状態になってしまった。
 そこで終わっていれば、いまの私はない。
 2年前の春先のことだった。B’zのギタリストの松本孝弘氏のシグネイチャーモデル(4本目のチェリーレッドのやつ)が、ギブソンから発売されるという情報をキャッチしてどうしても欲しくなり、ついに限定150本のうちの1本を手に入れてしまった。
 これはスタンダードと違って少々値段が張る。前のように埃を被せることになってはあまりにもったいないので、今度は真面目に練習をすることにした。
 きちんとリズムを取るためにはメトロノームが必要だな、と楽器屋さんに行ったのだが、結局リズムマシンを買って帰ってくることに。
実はこの機械、大変な優れもので、B’zの曲のリズムセクション(ドラムとベース)を自分で打ち込むことができて、それにあわせてギターが弾ける。
これは楽しい。楽しすぎる。
 そうして自分で楽しんでいれば、人前で弾きたくなってくるのが人情というものだ。しかし、B’zのボーカルが出来る奴なんかめったにいない(キーが高すぎ)。だが、灯台元暗しとは正にこのことで、以前からクマ狩りや小説講座で付き合いがあった山形在住のK君に、なにかのおりに訊いてみたら「なんとか歌えます」と言うではありませんか。
hajikeru01kumagai_B.JPG それで、本家のB’zに倣って、ボーカルとギターのユニットを組み、打ち込みを使って初めてライブの真似事(内輪の結婚お披露目パーティー)をしたのが昨年の秋。その後、色々と経緯はあるのだが、結局現在、フル編成の自分のバンドを持つに至ってしまった。50歳にして初めて持てた自分のバンドである。まるで本物のミュージシャンになったような気分で、楽しいったらありゃしない。
 そのバンドでの本格的なライブを、11月のアタマに仙台のライブハウスで行なった。おかげさまで成功裏に終わり(珍しいもの見たさであったとは思うのだが、それなりにお客さまも楽しんでいたように見えた)、現在は来年のライブを目指して、せっせとスタジオ通いをしているロックンロールな日々である。

 
◆熊谷達也(くまがい・たつや) 

1958年、宮城県生まれ。84年東京電機大学卒業後、数学教員、保険代理店業を経て、97年『ウエンカムイの爪』(集英社文庫)で第10回小説すばる新人賞、2000年『漂白の牙』(同)で第19回新田次郎文学賞をそれぞれ受賞。2004年にマタギの苦難の人生を描いた『邂逅の森』(文藝春秋)で第17回山本周五郎賞および第131回直木賞を受賞する(ダブル受賞は史上初)。代表作は他に『山背郷』『相剋の森』『荒蝦夷』(すべて集英社文庫)など。最新作は終戦直後の仙台を舞台にした青春小説『いつかX橋で』(新潮社)。仙台市在住。 
 


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