
去る10月30日(金)、東京都内のホテルで第2回さくらんぼ文学新人賞選考会が行われた。
選考委員は昨年に引き続き、文芸評論家の北上次郎氏、作家の唯川恵氏、角田光代氏、小池昌代氏の4氏。司会は文芸評論家でさくらんぼ文学新人賞運営委員の池上冬樹氏がつとめた。
(左から)池上冬樹氏、唯川恵氏、角田光代氏、北上次郎氏、小池昌代氏 (c)新潮社
最終候補に残ったのは、天野月詠の『ホーム レス ホーム』、古内一絵の『南国飄飄』、二本松泰子の『叙情的な癒し』、邢彦(けいえん)の『熊猫( ぱんだ) の囁き』、齋藤きあの『愛の行為』の5作品。
まず、それぞれにABCの三段階評価をつけてもらい、各作品ごと、賛成意見から聞いて、そのあと反対意見を聞くことにした。
●天野月詠『ホーム レス ホーム』
唯川【A】「家族と揉めて飛び出した青年が、仕事を通じて人と知り合い、再び家族の元へと戻っていくという話で、物語としてはスタンダード。けれども、この作品においてはスタンダードさがマイナスになっておらず、まとまっていて、非常に気持ちよく読めた。主人公の職業がハウスクリーニングというのも、現代風の趣があって非常に面白かった。気になったのは、バイト代など細かな部分が書かれていない事。せっかくの現実的な題材なので、安いというだけでなく具体的な金額ではなくとも、例えばコンビニよりも少し時給が高いなど細かい描写があれば、より実感を伴って読めたと思う」
小池【B-】「ハウスクリーニングという設定は面白いし、物語もきちんと形になっているのだけれど、人物の動きに予定調和の図式的な部分がある。それはこの作品だけではなく、『南国飄飄』と『叙情的な癒し』にも同じ感想を持った」
角田【C】「内装業という設定は興味深かったが、比喩を使いすぎて、文章が安っぽくなってしまっている。加えて、展開がご都合主義に感じた。背中にできものが出来て産科に行くが、できものを治すために産科に赴くのは明らかにおかしい。けれども産科に行かなければ後の物語が進まない。そのあたりの矛盾を、もう少していねいにつくりこみ、説得力を持たせる必要があったのではないか」
北上【C】「何より文章の粗さと構成の甘さがひっかかった。例えば挿話として父親と運転手が対峙する場面があるが、そこが活かされていない。父親像が浮かんでくるのかなと思って読み進めても見えてこない。じゃあ何だったんだこのシーンはと思ってしまう。大げさな表現も気になった」
作家 唯川恵氏 (c)新潮社
●古内一絵『南国飄飄』
角田【A】「もしこの作品の、予定調和的な話のみを評価されるのだとしたら、本当にもったいないとまず思った。私がAをつけた理由は、人物を評する文章がとても上手い。物語に出てくる大きな帽子の女、それを評するときの“男に劣等感を抱かせるような魅力”という一文や、看護士の女性の外見を表す部分など、そこここにハッとする表現が出てくる。私自身はここまで話をまとめる必要はないと思っている。もっとゴチャゴチャしていても良いから、古内さんの表現力を活かしてほしい。その期待をこめてAという評価となった」
小池【B+】「舞台となる南国の描写が、やや型どおりではあるのだけれど、とても丁寧に描かれているところを評価した。ところどころに思わず線を引いてしまうような文章、私が好きな表現があった。ただ、作為的に書かれている箇所や、やや無理がある展開も見受けられた」
唯川【B】「5本の中ではいちばん小説らしい小説。文章も酔わせてくれる魅力がある。ただ、個人的な好き嫌いかもしれないが、戦争を題材にした作品、登場人物が老人である物語を42歳の作者が書くという事に、覚悟を持っていると感じられず、Aはつけられなかった。どれほど資料を調べ、主人公になりきって書こうとしても、戦争というテーマは大きすぎて届かないと思う。むしろ老人の立場から物語に入るのではなく、登場する女性の目をとおして老人と出会い、戦争を語っていたならば、もっとすんなり受け入れられたような気がする」
北上【B-】「部分的な描写は非常に上手い。ただし、構成がなっていない。主人公が抱えている戦友への罪の意識と、音楽をあきらめた女性の失意が語られるのだけれど、それが重ならない。どちらかは必要の無い物語だ。そこに若者の人生が加わってくるからますます噛み合わなくなる。素晴らしい描写も多く見られるのだけれども、それを上手に連ねていく構成が出来ていない。頭で作った物語、あらすじだけという印象。才能は見られるが、少なくても今の段階では評価できない」
作家 角田光代氏 (c)新潮社
●二本松泰子『叙情的な癒し』
唯川【B】「ひじょうに嫌な話で、読んでいると気が滅入る(一同笑)。母親がガンになっても見舞いに行かない、死にも立ち会わない主人公が、弁護士を頼む時には母親の経営するスナックの知人に頼るなど違和感がある。つまり、自分を振りむかない、自己とは何なのかというところに向かっていかない、いつも被害者的な存在でしか描かれない主人公に共感できなかった。ただ、登場する落語家や、後半に登場する女友達のキャラクターにある魅力を評価してBとした」
角田【B】「次第に、私が一番正しくてみんなは間違っているというふうに読めてしまい、それが息苦しい。たとえば“AVみたいな事をしていたのだから、中絶なんて職業病の一種に過ぎないのだろう”と文中に出てきますが、これが主人公の言葉であるならば、主人公はずいぶんと女性というものに対して既成の固定観念があるなと思うし、作者の言葉ならば、書く姿勢としてまずいのではないかと思う。ただ、ラストシーンで、主人公が不自然な救いや上昇をのぞむことなく、分不相応に生きようとする姿勢に新鮮みを感じて、B評価とした」
北上【B】「非常に手馴れていて読ませるが、突きぬけた部分がない。だから何なの? という感想を抱いてしまう。新人賞に応募する作品としては、もっと引っかかる、ザラザラしたものが読みたい」
小池【B】「他の作品にも言えることだが、まずタイトルがよくない。残念。最近の応募作にありがちな、生々しくて通俗的、性の絡んだ中年女性ものには食傷ぎみなのだが、この作品にも同じ印象をおぼえた。内容も図式的で小説の枠からはみ出していない」
詩人・作家 小池昌代氏 (c)新潮社
●邢彦『熊猫( ぱんだ) の囁き』
北上【A】「前向きに生きる女性を鮮やかに描いている素晴らしい作品。ヒロインの江遥(こうよう)、その友人である女性、柳禾(りゅうか)の描写がとても良い。
物語は大阪の淀屋橋ではじまり淀屋橋でおわるが、冒頭では、手を触れた淀屋橋の欄干の冷たさと、何も流れておらず暗い川が描写される。主人公がひとりぼっちであるイメージが伝わる。ところがラストで、主人公は欄干にほのかな熱を感じる。川には船がある。淀屋橋を覆っている高速道が自分を包む両手のように思えて、足の下を走る地下鉄を実感する。都会が動いている、自分はひとりぼっちではないと感じる。一見すると図式的になりがちなところを、さりげなくヒロインの成長をにおわせた形にとどめているのは見事だ。
唯一の短所をあげるならば、焼きそば屋の女主人しのぶの過去語りがとってつけたような感じがするところだろう」
小池【A】「素直な文章が、とても気持ちの良い作品だった。不倫というありがちな題材を取り上げながらも、のんびりした主人公の性格によって、暗くじめじめした作品にならず、救われている。作者の方は帰化人とお聞きしたが、日本にはない独特の長閑さが作品にあらわれていると感じた。作中の漢語も非常に面白かった。未整理な箇所はあるものの、全て説明するのではなく、書かない部分がある事で、抑制がきき、読み手の想像力が動く書き方を高く評価したい」
角田【B】「さまざまな選考委員を務めていると、最近は海外の方の応募作によく出会う。その作品群に我々が惹かれるのは、日本人が照れて書かない事をたやすく書いてしまうからではないか。つまりは現代日本の小説が切羽詰っているのではないかと感じる。本作も、その独特な伸びやかさ、大らかさが気持ち良い。ただ、A評価にしなかったのは、安易な設定や単純図式が、気になったから」
唯川【C】「長いあらすじを読んでいるような気分になった。こんな短い枚数で書ききれる話ではないのではないか。日本に暮らす中国の方を主人公にしているのに、日本に来た事による戸惑いや人との関わり、それを乗り越えてゆく描写がない。これならば日本が舞台でなくてもよいのではないか。そのあたりがピンと来なかった。
また、作品の四分の一近くが回想シーンというのは長すぎる。もう少し分散させるなどしても良かったように思う。急にパンダが喋るくだりも違和感があった。もっと読みたい小説でありながら、今の状態では物足りなく、高く評価しきれない部分があった」
文芸評論家 北上次郎氏 (c)新潮社
●齋藤きあ『愛の行為』
角田【B】「昨年の最終候補作『人魚の足』をお書きになった方だと聞いて、色々な傾向の作品に挑戦し、形にしている姿勢を評価してBとした。しかし、あまりにきれいに書きすぎていて、作中の生や死に重みがない。音引きを使い、作品を軽くしようとしているのも逆効果でもったいない」
北上【B】「他の作品があまりにも説明的に過ぎるのに対し、説明をしない文法を新鮮に感じて、最初はAマイナス評価にしたが、再読してBにした。改めて読むと、文法が作品の豊穣さに繋がっていない。文法は良いのに、物語そのものに輝きがない。母の介護以外は何も起きない書き方には好感を持つが、生と死が隣り合わせにあるというモチーフが平凡すぎて、とってつけたように感じてしまった」
唯川【C】「小説として決して嫌いではないのだけれど、この文章には馴染めなかった。生と死、愛と憎しみの説明が多すぎる。現実的なのかもしれないが、主人公の僧侶があまりにサラリーマン然としている。僧侶を主人公に設定するのならば、今までにない生と死の捉え方をしてほしかった」
小池【C】「恋愛があって介護があって子どもが生まれる。こういった現象を出せば生と死が説明できるわけではない事をわかってほしい。僧侶である事から生まれる、人物としての奥行きが主人公に欲しかった。他の登場する人間も、表面的であるように思った」
文芸評論家 池上冬樹氏 (c)新潮社
以上のような形で1回目の講評が終了した。
その結果、積極的に推す人がいない、4人ともB評価をつけた『叙情的な癒し』と、BとC評価の『愛の行為』の2作を落とすことにした。
唯川氏がA評価をつけた『ホーム レス ホーム』、角田氏がA評価をつけた『南国飄飄』、北上氏と小池氏がA評価をつけた『熊猫の囁き』の3本が大賞候補として浮上し、改めて討議がなされた。
それぞれの作品の長所や短所が分析された。『南国飄飄』の場合、「もし受賞したとしても、予定調和的な物語が評価されるような印象を与えたくない」という意見が出て、次作へのさらなる期待をこめて、今回の授賞は見送られた。
『ホーム レス ホーム』も、作者の上質なエンターテイメントを書く力は認めるものの、応募作自体は優等生的な部分が強く、新人賞という事を考えると力強さに欠けるのではないかという意見から、授賞を見送る形となった。
残る『熊猫(ぱんだ)の囁き』に関しては、日本が舞台である必然性の乏しさや、回想場面の冗長さ、突然パンダが話しはじめる部分の違和感など、構成の欠点がいくつか指摘されたものの、「それを補って余りある魅力を有した作品である」という意見がまとまり、最終的に「熊猫(ぱんだ)の囁き」を第2回さくらんぼ文学新人賞の授賞作とした。
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大賞受賞者の邢彦氏には賞金100万円と副賞のさくらんぼが贈られる。
なお、大賞受賞の『熊猫(ぱんだ)の囁き』の全文と各選考委員の選評は、11月21日発売の「小説新潮」12月号に掲載される。
贈賞式は、きたる11月20日(金)に、山形市のさくらんぼテレビ本社にて、選考委員の北上氏と小池氏を招いて行われる。その模様は、12月中旬に、さくらんぼテレビのホームページでお知らせいたします。