第10回は文藝春秋社の別宮ユリアさん(聞き手は文芸評論家の池上冬樹さん)。
担当なさってきた作家さんのエピソード、編集者として心がけている事、
新人賞応募の際に関するアドバイスなどを話していただきました。
■奥田英郎/朱川湊人/北村薫
―― 別宮さんは文藝春秋『オール讀物』の編集者として数多くの作家さんを担当し、数多くの文学賞受賞作、文春のドル箱シリーズと言うべきベストセラーを世に送り出しています。編集者生活は今年で何年目ですか?
別宮ユリア氏
別宮 4月で18年目になります。入社するまではジャーナリズム系を志望していたので、文芸の編集者になるという事はいっさい想定していませんでした(笑)。
―― 実際に文芸を担当するようになって、いかがでしたか。
別宮 思いがけずと言っては何ですが、楽しかったです(笑)。たかだか大学を出た程度の年齢では、何が自分に合うかなんて解らないものだと思いましたね。
―― 18年の編集者生活で担当された作家の方々を見ると、錚々たる面々ばかりで驚きます。まず一例をあげると、奥田英朗さんの『空中ブランコ』(文春文庫)。型破りなトンデモ医師、伊良部を主人公にした抱腹絶倒の通称<伊良部シリーズ>の第2弾である本作は、第131回直木賞を受賞しています。奥田さんと出会ったきっかけは何ですか。
別宮 講談社に岡圭介さんという編集者がいまして。もともとは彼が奥田さんを発掘したんです。
―― 岡さんといえば、桐野夏生さんの『OUT』(講談社文庫)、浅田次郎さんの『蒼穹の昴』(講談社文庫)、高村薫さんの『照柿』(講談社文庫)など、多くの傑作を送り出した名編集者ですね。惜しくも、2005年にお亡くなりになりました。
別宮 その、岡さんから「面白い作家がいるから読んでみてよ」と奥田さんのデビュー作『ウランバーナの森』(講談社文庫)を薦められたのが、そもそもの始まりです。『ウランバーナの森』は面白かったけれど、あの手のユーモア小説をマーケットでどう売るべきか、まだ難しい時代だったんですね。なので、奥田さんの名前は強烈に残ったけれど仕事をお願いするところまではいかなかった。それからしばらくして、サスペンスの傑作『最悪』(講談社文庫)が出版されました。読んでみると、これが非常に素晴らしい。その頃私は『オール讀物』に籍をおいていたので、これは奥田さんにウチでも書いてほしいと思って短編をお願いしたところ、伊良部シリーズの第一作となる「イン・ザ・プール」が出来上がったという訳です。
『空中ブランコ』
―― 伊良部シリーズは初めから連作短編になる予定だったんですか。
別宮 「イン・ザ・プール」が非常に面白かったので、次の短編も伊良部を主人公にしてくださいとお願いしました。ただ、奥田さんは当時『最悪』に続くサスペンスの書き下ろし『邪魔』に取りかかっている最中でした。そのため、「イン・ザ・プール」から一年ほど経ってから、二作目を貰ったのを覚えています。「イン・ザ・プール」から、更に上手くなっていて、ほとんど直しを必要としなかったのも印象に残っています。
池上冬樹氏
―― 奥田さんの次に直木賞を受賞されたのが朱川湊人さん。ほのぼのとした、それでいて切なさのあるノスタルジックなホラー短編集『花まんま』(文春文庫)で、第133回直木賞を受賞しました。
別宮 朱川さんとはデビューする前からのお付き合いになりますね。彼は「オール讀物推理小説新人賞」に応募されていたんです。最終までは残らなかったんですが、これは非常に才能がある方だと感じて「私が窓口になりますので書き続けてください」と朱川さんにお伝えしたんです。結果、2002年に「フクロウ男」で同賞を受賞するまで、3、4本お預かりしました。『都市伝説セピア』(文春文庫)に入っている「昨日公園」などもその頃の作品です。それ以降、私が担当させていただいて『花まんま』へと続くわけです。
―― 先日『鷺と雪』(文藝春秋社)で第141回直木賞を受賞した北村薫さんとも長い付き合いだそうですね。
『花まんま』
『鷺と雪』
別宮 もっとも長く担当させていただいている作家の方です。新入社員として入社した4月に、オール讀物で30枚ほどの掌編を集めた『水に眠る』(文春文庫)を担当して以来、17年のお付き合いになります。北村さんこそ、博覧強記という言葉がぴったり来る方ですね。とにかく博学です。
―― 『鷺と雪』を含む、大正・昭和初期の日本を舞台にした<ベッキーさんシリーズ>の主人公である別宮みつ子、通称ベッキーさんのモデルも別宮さんなんですよね。
別宮 性格などは全く違いますけれどね。名前とあだ名だけです。
■東野圭吾/伊坂幸太郎/北重人
―― そして、何といっても直木賞といえば、東野圭吾さん。物理学者の湯川を主人公にした<探偵ガリレオシリーズ>のひとつ『容疑者Xの献身』(文春文庫)でしょう。第135回直木賞受賞作である本作は、単行本、文庫ともに大ベストセラーとなりました。
『容疑者Xの献身』
別宮 たしか単行本で65万部、文庫は175万部だったと思います。編集者として、これ以上の部数が出る本は一生作れない気がしますね(笑)。東野さんは『手紙』(文春文庫)から文庫で100万部は出ていたんですが、『容疑者Xの献身』でベストセラー作家としてのスタンスを決定づけた形になりましたね。
―― あれだけのベストセラーならば、原稿を読んだ時に「これは売れるな」という直感を持ったりはしませんでしたか。
別宮 私は普段「これは売れるな」と考えたり感じたりする事はほとんどありません。ただ、『容疑者Xの献身』に関しては、最終回の前、トリックが判明する回の原稿を読んだ時は「ベストセラーになるな」という確信を抱きました。
―― その確信は見事に当たったわけですね。6回目にして、悲願の直木賞も受賞なさいました。
別宮 東野さんほど、努力する作家、冷静に自分の作品を評価する作家にはお会いした事が無いですね。プロの作家の方でも過去の作品を反省するという事は、なかなか無い。むしろ「次の作品を良いものにしよう」という方向に気持ちは向けられると思うんです。ところが東野さんの場合は、徹底的に検証します。なぜ売れなかったのかを考えぬいて、ここが原因だと思った部分は次回以降の作品で絶対におこなわない。「どうすれば読者に受け入れられるだろうか」と深慮する、とてもクレバーな方です。その姿勢が、結果としてあの傑作に結びついているんだと思います。
―― 直木賞以外でも、今まで担当された作家の方で、印象に残ってらっしゃる方はいますか。
別宮 第一印象が強かったのは、伊坂幸太郎さんですね。伊坂さんは、文藝春秋社とサントリー、朝日放送が主催していたサントリーミステリー大賞に、1996年「悪党たちが目にしみる」という作品を応募なさっていたんです。
―― 『陽気なギャングが地球を回す』(祥伝社文庫)の原型となった作品ですね。
別宮 当時、サントリーミステリー大賞というのは、わりと高齢の方が多く応募されていまして。そんな中で伊坂さんはまだ大学に通っていた年齢でしたから、若い感覚の作品を強烈におぼえています。ただ、当時の応募作はとても文章が読み辛かったんです。それもあって大賞には選ばれませんでした。
―― それから4年後に、伊坂さんは『オーデュポンの祈り』(新潮文庫)で、新潮ミステリー倶楽部賞を受賞するわけですね。
別宮 ペンネームが一緒だったのですぐに気づきました。読んでみたら、初めて読んだ時よりも、格段に文章が上手くなっている。別人かと思ったくらいでした。
―― そして「オール讀物」編集部のときに伊坂さんに『死神の精度』を書かせる。
別宮 <死神>を主人公とするところがとてもユニークでした。ただ、最初の原稿では死神のキャラクターがややぶれていたので、死神の性格付けをはっきりさせたのを覚えています。編集長が、死神をもっとニヒルに、イメージは中村敦夫の「木枯らし紋次郎」とアドバイスしたところ、70年代生まれの伊坂さんには通じなかった(笑)。
―― それは通じないでしょうね。世代が違うから(笑)。もうすこし、編集者という仕事についての話を続けます。別宮さんは編集者という職業柄、原稿を「こう書き直してください」と注文する場合も多いかと思いますが、
どのあたりまで深く突っこんだ注文をするものですか。
別宮 ケース・バイ・ケースですね。踏みこんで「構成をこんな形に変えたほうが面白い」「この登場人物はいらないのでは」「物語がストレートすぎるので、もうひとひねり展開が欲しい」など、具体的なサジェッションをする場合もありますよ。
―― 中にはアドバイスを不満に思う作家の方もいるのでは無いですか。
別宮 そうならないような関係を作るのが担当編集者の役目だと思っています。そこまでの信頼を築きあげた上で、アドバイスしたり、中にはボツにしたりする訳です。
―― 作品をボツにした回数が多い担当の作家さんは、どなたですか。
別宮 作品の良し悪しをのぞいて単純に数だけでいえば、北重人さんが思い浮かびます。
―― 昨年、惜しくもお亡くなりになった北重人さんは、小説家・ライターになろう講座にも講師として、たびたびおいでいただきました。酒田市の出身らしい非常に清廉な文章で、穏やかな感動をもった物語をお書きになる名手ですが、その彼の作品をボツにしましたか(笑)。
別宮 短編長編あわせて10篇くらいボツにしました。もっとお書きになれる方だと信頼しているからこその駄目出しでしたが、やはりボツにする方も申し訳なさは少なからずある訳でして(笑)。北さんが『蒼火』(文春文庫)で大藪春彦賞の候補作に選ばれて、選考結果の発表を待っている時には、肩身が狭かったですよ(笑)。
―― でも、僕もその場にいたけれど、雑談している間に受賞の連絡があって、ワイワイ楽しい酒盛りになりましたね。そういったエピソードを笑って言えるのも、作家との信頼関係があればこそでしょうね。
別宮 最初に、いかにして信頼を勝ち得るか。きちんと言い合える関係を築くか。そこは一番大切にしています。
■新人賞を目指す人へ/オリジナリティの重要性/丁寧な応募原稿を!
―― 作家志望の方は年々増えていると聞きます。編集者としては、新人の方に何を求めますか。
別宮 やはりオリジナリティですね。すこし格好つけた言い方になるんですが、作家の方には大きく分けて二種類のタイプがあると思います。ひとつは、物事が起きた順番を延々と物語にして書き進めていくタイプ。もうひとつは、世界を創造するタイプ。やはり、新人賞では後者に関心がいきますね。特に前者の物語を書くタイプの方はデビュー作が良くても二作目以降どうなるか未知数な部分が強いですから。あとは具体的なアドバイスをするならば、肩に力の入ったような難しい言葉ではなく、普通の文体で書く事をこころがけてほしいと思います。
―― 前回の『その人の素顔』にご登場いただいた、文芸評論家・映画評論家の川本三郎さんも「借りてきた言葉を使わず、自分の言葉だけを使って、やさしい言葉でいかに深く書くかが大切です」とおっしゃっていました。
別宮 そうですね。平易な言葉でかまわないと思います。たまに「普通の言葉で書くのでは、学校の作文になってしまうのでは」と危惧される方がいらっしゃいますが、使っている言葉と書かれている内容はイコールではない、だからこそ小説というものが在るんです。
―― 宮部みゆきさん、重松清さん。みなさん本当に普通の言葉を用いながら、あれだけ深い物語、感動させる小説を書きますからね。ところで、よく「キャラクターが立っている、立っていない」などと表現されますが、キャラクターの魅力なども重視しますか。
別宮 そうですね。経験で上達する部分もありますが、キャラクターの作り方に関しては、新人の時点で上手い方もいらっしゃいます。『紅雲町ものがたり』(文藝春秋社)に収録されている短編「紅雲町のお草」でオール讀物小説新人賞を受賞なさった吉永南央さんなどは、応募していただいた原稿の時点で、主人公であるお草というおばあちゃん探偵のキャラが立っていました。舞台である紅雲町も、小さいながらもほっとする安定感がきちんと確立されており、審査員の宮部みゆきさんや高橋克彦さんも絶賛して「すぐに第二作、第三作が書けるくらいキャラクターがしっかりしている」と太鼓判を押してくださいました。
―― キャラクターが立っているという事は、作品の世界がしっかりしているぶん、続編に繋がりやすくなりますからね。おばあちゃんが探偵というのも、オリジナリティがありますね。
別宮 そうですね。特に社会的な題材を扱ったテーマというのは、ちょっとでも時代が進むと古くなってしまうんです。情報の流れが早い現代では、社会的なテーマに不利な面があるのは事実です。
―― 新人賞の応募作品は、本当に時代を反映しますね。最近、新人賞の下読みなどをおこなっていると、派遣社員を題材にした応募作がとても多いのに驚きます。
遊学館にて(池上氏 別宮氏)
別宮 たしかに「リストラ」という単語が世間に広まった時には、リストラ社員を主人公にした作品がどっと来ましたね。そういう傾向は顕著ですよ。
―― 新しい題材に飛びつきたい気持ちはわかるんだけれども、そこは皆が集まってしまうから、結果、すぐに消費されてしまう。別な視点を探して自分のオリジナリティを見つけ出して欲しいですね。そのほかに新人賞を目指す方へのアドバイスなどありますか。
別宮 基本的な事ですが、“読みやすい体裁で印字して、きちんと綴じてください”というのは大原則ですね。原稿用紙のように字間が空いたものや、紙を縦に使って印字してくる方などが時たまいらっしゃいますが、読む気力が萎えますね(笑)。
―― 僕も下読みを多くやっている経験上、よくわかります。経験からいえば、そういった印字の下手な人は、100パーセント落ちます。厳しい言い方ですが、下読みをしている人間は候補作をしぼる、つまり落とすために読んでいるわけです。単純な誤字脱字が多いと、それだけできちんと推敲をしていない、真剣さの無い原稿なんだと判断して、読む側も気合が入らないんです。
別宮 そうですね。それは読みづらいから落とすという事ではなくて、自分が読み手の立場になって読んでいない、つまり客観的に作品を見ていない事のあらわれなんですよ。単純なようですが、読み手の気持ちになって自分の作品を見直す事は、書く姿勢にも反映されてくると思います。
―― 名編集者らしい、楽しくも実のあるお話がたくさん聞けました。今日はありがとうございました。
(2010年2月28日 遊学館にて)
別宮さんのプロフィールと講座の模様は
こちらを参照してください。