その人の素顔
川本三郎(文芸評論家・映画評論家)×池上冬樹(文芸評論家)対談
「最後に残るのは、普通の言葉で書かれたもの」
2010年2月23日

第9回は文芸評論家・ 映画評論家の川本三郎さん(聞き手は文芸評論家の池上冬樹さん)。
禁止事項にしていること、亡くなられた奥様との思い出、
そして、小説家を目指す方々へのアドバイスなどを話していただきました。
 

■禁止事項を作る/「僕」と「私」

  ―― 今日は、川本さんに「禁止事項を作る」というご自身のエッセイをお持ちいただきました。「するよりもしない事のほうが大事ではないか」という、評論家・ 川本三郎の信念をあらわしたものですね。
 冒頭では、映画を評論する際の禁止事項が出てきます。商品の品評のようだから映画の採点はしない、新聞広告にもコメントは掲載しない、また、大袈裟になるのと人あたりして疲れてしまうのを理由に、出版記念のパーティーなどもおこなわないとお書きになっています。それに続く文章ではご自身の気持ちの代弁として、藤沢周平の娘さんが父親について語った文章を引用して、自分を律する事で評論家としての柱を作っていると書かれています。

川本 読まれた方は「何て小うるさいオヤジだろう」と思われたかもしれませんね(笑)。

―― エッセイから一文を引用してみましょう。
「文章上の禁止事項では、まず流行語をなるべく使わない。風俗上の流行り言葉だけではなく、知的流行語、例えばトポス、アジール、映画的快楽など諸々の流行語は避ける。文章の基本はあくまで普通でありたい。誰もが使っている普通の言葉で、誰も言わなかった普通でない事を言う。これが文章の理想だと思う。」最後の一文は、特に共感をおぼえますね。

川本 作家の村田喜代子さんも同じような事をおっしゃっていました。小説家を目指している方へのアドバイスとして、初めて小説を書く時には非日常を書くのではなく、自分がいちばん知っている世界を書くのが良いと思います。
川本三郎氏

   例えば、私の好きな作家のひとりに林芙美子という方がいます。彼女は『放浪記』という自分の貧しかった時代を書いた小説でデビューしました。なぜ彼女が貧しい暮らしを題材に選んだかといえば、それが彼女にとっていちばん身近な題材であったからなんです。ミステリや時代小説などは別にしても、芥川賞などを目指す小説をお書きになる場合は、あまり飛んだり跳ねたりしないで、自分がいちばん知っている世界を舞台に、それでいて誰も言っていないような事を書いていくのが良いと思います。

池上冬樹氏
―― エッセイには「使わない言葉をたくさん持つ事も文章を書く上での基本だと思う」という一文があります。これもなかなか良い言葉ですね。

川本 みんな簡単に“男の美学”とか使いたがるんですよね。あと最近イヤなのは“生き様”(笑)。“癒し”も嫌いですね。あっという間に流行り言葉になってしまうものは、なるべく避けます。普通の言葉で、普通ではない事を言うのが良いんです。

―― 特に若い時には、格好つけた言葉を使いたくなってしまいますからね。


川本 観念的な言葉を使いたくなるものなんですよね。“思念”とか“思弁”とか(笑)。もちろん意図的にそういう小説を作るんだという気持ちなら良いんです。埴谷雄高などのようにね。けれども、突然とってつけたように出てくるのは駄目ですね。

―― そういった文章に対しての姿勢の基本は、やはり「人称」に対しての考えでしょうか。一人称がいいのか、三人称にすべきなのか。「僕」がよいのか「私」であるべきなのか。エッセイによれば、川本さんは“僕”という主語を使わない事を、文章を書きはじめた1970年半ばから、すでに自分に課していたそうですね。

川本 当時、「僕」を使っている20代の書き手は非常に多かったんですが、「僕」を使うとどうしても文章が軽くなり、甘えが出る気がしたんです。 80年代になって饒舌体や軽薄体と呼ばれる文章が出てきて、ますますその風潮が強まった。いっぽうで村上春樹の登場も大きかった。「僕」を主語に、新しい都市のセンスをもった、風通しのいい文章がもてはやされ、それに影響された書き手がさらに増えていきました。

―― 確かに「僕」という主語を使う作家は多かったですね。大江健三郎さんがその走りでした。

川本 20代ならまだ良いんでしょうけれど40過ぎた男が「僕」と使っていると、ちょっと止めてくれと言いたくなる(笑)。なので、代わりに「私」を使っていました。「僕」だと「……しちゃった」と軽い文章が使えますが「私」では使えない。その不自由さが、むしろ大事に思えたんです。文章が硬くなる事によって生まれる良さもあるだろうと。
 そのうち50代になると「私」さえ鬱陶しくなってきました。皆さんも経験があるかと思いますが、小学校の国語の授業では、「私は」という書き出しを使わせるところから、文章指導が始まるんですね。


 これは日本の国語教育の悪しき部分ですよ。たとえば「私は犬が好きである」と言う文章よりも、「犬が好きである」という書き出しのほうが、一般的な広がりをもった文章になる。もちろん人それぞれの好みですから、「私」と使うのがすべて悪いわけではありませんが、最近のエッセイスト、特に女性の方が書くものなどを読んでいると、何べんも「私」「私」と出てくる。読んでいるこちらとしては、「あなたの事なんか聞いていないよ」と思ってしまう(笑)。
 そんな事を考えていた時、金谷武洋さんという言語学者の書いた『日本語に主語はいらない-百年の誤謬を正す-』( 講談社選書メチエ) という本を見つけました。「日本語は、フランス語や英語と違い、主語が無いのが欠点だと我々は教えこまれていた。けれども実はまったく逆で、むしろ日本語の良さというのは主語がなくても通じる部分にあるんだ」、そんな内容をを読んで目からウロコが落ちたんです。「自分が考えていた事は学問的にも証明された」と思いました(笑)。

―― エッセイの結びでは「50代になってそれに気がついてから「私」も取り去ってしまった。すっきりした。藤沢周平風に言えば「私」を消した事で、文章が派手でも目立つでもなくなったように思う。この文章も「私」を使わずに書いている。」ここまで読んで、読者はこのエッセイに主語がない事に気づく。さすがですね(笑)。

川本 小説や随筆などでは二人の人間が登場する場合など、主語を使わざるを得ない状況も時としてあるけれど、さいわい評論の文章は使わなくてもすむ場合が多い。私は翻訳も手がけていますが、海外の作品には「I 」がしょっちゅう出てくるんです。律儀に全部翻訳していると鬱陶しくてしょうがない(笑)。エッセイの最後にも翻訳にまつわる例を書きました。エッセイでは名前を挙げていませんが、ジョン・ チーヴァーの作品です。


■良い文章とは/荷風の引用

―― 川本さんは評論家であると同時に、翻訳家としてもたいへん有名です。いま名前の挙がったジョン・ チーヴァーの『橋の上の天使』(河出書房新社)をはじめ、トルーマン・ カポーティの『叶えられた祈り』『夜の樹』(ともに新潮文庫)が代表作にあげられます。翻訳、評論ふくめて、川本さんが考える、良い文章を書くコツとはどのようなものですか。
 
川本 さきほどもお話したように、普通の言葉で普通ではない事を言う事でしょうね。けれども、あまり平たい言葉だけを使っていると「こいつはボキャブラリーが少ないんじゃないか」と読み手に疑われてしまう(笑)。なので、あいだに漢文や雅語、雅(みやび)な言葉を挿しはさむのもひとつの手です。

―― 先日、仙台で開催されている「小説家・ライター講座」(主催:東北芸術工科大学 東北文化研究センター)で角田光代さんを講師にお招きしたんですが、角田さんは開高健が大好きで、一文を見た時に感銘を受けて、「私も、こんな名刺代わりになるような文章を書きたい」と若い時分には思っていた。けれども最近では、自分の個性や比喩を消した、なるべくクセのない文章を心がけている、それが良いと思うようになったと言っていました。

川本 まさしくその通りだと思いますね。文体で言うなら、私は三島由紀夫の文体が苦手なんです。きらびやかで人工的な形容詞や反意語をやたら使うでしょ、あの人は。
川本三郎 訳
『叶えられた祈り』


 その点、松本清張なんかは書き飛ばしている時は別にしても、短編には余計な形容詞がない。事実だけを積み重ねている。ああいう文章は好きですね。

―― 現代の作家では北方謙三さんなども、一人称をほとんど使わない事で文章にスピード感を出していますね。「そして」「それから」「しかし」などの接続詞も使っていない。やはり、言葉は削ぎ落としていく事で味が出てくるんですね。

川本 「よい酒は水のようだ」とよく言われますが、文章にも同じ事が言えます。あまり凝った文章よりも、自然体を身につけていく事が大切だと思います。平明端正を目指すべきですね。

―― 文章、文体についてお聞きしてきましたが、ほかにも好きな文章、好きな小説の要素というのはありますか。

川本 まず絶対に読まないのが恋愛小説ですね。映画でも恋愛映画は大嫌いなんですよ(笑)。私はこの20年間、女性誌に原稿を書いた事がほとんどないんですが、何故書かなくなったかというと、頼まれる原稿が決まっているんですよ。「フランス映画における新しい愛の形」やら「アメリカ映画における新しい愛の形」。もう新しい愛の形はたくさんでした(笑)。それ以来、恋愛映画が嫌になっちゃって。藤沢周平が書いているような、古風な恋愛は好きですが、今の恋愛映画は何でもありになっているから、緊張感がなくなって駄目ですね。

『荷風と東京』
―― 映画評論、ミステリ翻訳など海外にちなんだお仕事の多い川本さんですが、永井荷風など日本の古い作家もお好きなんですよね。荷風に関しては『荷風と東京「断腸亭日乗」私註』(岩波現代文庫)という本もお書きになっています。

川本 やはり荷風の『断腸亭日乗』を読むと、ほかの小説は読めなくなる。あの漢語まじりの美しく端正な文章というのは、我々はもちろん、太宰治あたりの世代でさえ、漢語の素養がないので真似できない。そこにとても魅かれますね。
 時々、朝起きてから原稿を書く前に、荷風の文章を書き写すんですよ。私は手書きで原稿を書くんですが、『荷風と東京』を書いていた時も『断腸亭 日乗』の一文をまず書き写した。そうすると何だか自分の文章も締まってくるような錯覚をおぼえるんですね(笑)。


 評論家の中には引用をコピーして切り貼りする方もいますが、せっかく良い文章を引用するのに、どうして自分で書き写さないのかと思いますね。

―― それは勿体ないですね。良い文章を引用する、それを書き写すというのは大きな愉しみのひとつなのに。そうか、この人はここで読点をうつんだ とか、へー、こんな言い回しを使うのか、こんな措辞なのかと文体を確認することは愉しいのに。それにしても、引用は難しいですね。膨大な文章の中からどこ を引き出すのかで、評論の文脈が微妙にかわってくる。

川本 評論家としては「川本さん、いい箇所を引用していますね」と言われると嬉しいですよ(笑)。

―― 荷風をはじめとして、林芙美子に関する評論(『林芙美子の昭和』新書館)なども手がけていますが、やはり現代の作家よりも、昔の作家に魅力を感じる部分は強いですか。

川本 自分が年を取ってきたこともあるんでしょうけれど、あまり最近の作品についていけなくなってしまった。物語よりも文章についていけない。その中では、さきほど話にあがった角田光代さんなどは良い文章、大人の文章を書きますよね。
 トルーマン・カポーティが「最後に残る文章とは古風なものだ」と言っています。カポーティと同時代の作家であるジャック・ケラワック、そこから少し時代を経て登場するニュー・ジャーナリズムの作家たちの文章を、カポーティは「彼らの文章は読まれなくなる」と批判して、事実そのとおりになった。結局、残るのは当たり前の文章で書かれたものなんです。


■西部劇への思い/奥様との思い出

―― 川本さんの友人である逢坂剛さんからお聞きしたんですが、西部劇マニアの逢坂さんに負けないくらい、川本さんも西部劇がお好きだとか。逢坂さんと共著で『大いなる西部劇』『誇り高き西部劇』(ともに新書館)という本も出されていますね。

『大いなる西部劇』
川本 私の子供時代に映画といったらチャンバラ映画か西部劇だったんです。この二つはいまだに好きですね。最近は子供の頃に見た西部劇が次々にDVDになっているのが嬉しくて。二月には待ち望んでいたロバート・ ライアン主演の『誇り高き男』がDVDになるんですよ。

―― 西部劇のどのあたりに魅力を感じられるのですか。

川本 マカロニ・ウェスタンが出てきたために、西部劇というとドンパチやっているだけだと誤解されがちなんですが、『シェーン』をご覧いただけばわかるように、アメリカのフロンティア精神が西部劇にはあります。開拓者のセルフメイドで生きていく男たちを描いた部分に、私は魅かれるんです。時代劇、市川雷蔵の股旅物あたりに も同じ魅力を感じますね。西部劇は冒頭、馬に乗ってやってきて、ラストシーンで同じように何処へともなく去ってゆく。折口信夫風に言えば、マレビトの物語なんですよ。


――『シェーン』の衣裳に関しては、奥様であるファッション評論家の川本恵子さんが、『魅惑という名の衣裳 ハリウッド・コスチュームデザイナー 史』(キネマ旬報社)のなかでふれているそうですね。

 アラン・ ラッドの衣裳を 川本さんが「変わった衣裳だな」と言うと、恵子さんは「あの上着はネイティブ・ アメリカンがよく着ているフリンジの付いたバックスキンで、そのフリンジのために女性的な感じがする。さらにベルトは極めて装飾的な、現代女性が喜びそうなコンチョベルトである」と指摘されたとか。

川本 こういう視点は私も気がつかなかった。『シェーン』に関しては色々な人が論じているけれど、アラン・ ラッドの衣裳に言及した人は誰もいなかったんです。

―― 同著の中で恵子さんは「本当の女性のファッションとは、社会の価値観にあわせるものではなく、男性の気をひくためにあるものではなくて、自分の精神や好みに忠実である時が、一番美しい」と書いています。いい台詞ですね。
『魅惑という名の衣裳』


 実は、いま僕が引用した文章、紹介したエピソードは、川本さんが雑誌「yom yom」(新潮社)に連載された『君、ありし頃』(新潮社5月刊 行予定)に書いてあります。奥様が2008年6月に亡くなられた。その亡くなるまでの日々をつづった回想録ですが、ひじょうに読ませます。おもわずほろり とする箇所もありますが、いっぽうでニヤリとするユーモラスな挿話もたくさんある。なかでも傑作なのが、川本さんの服装、アロハシャツに関するエピソードです。

川本 私の顔は、よく喜劇俳優の谷啓さんに似ていると言われまして(笑)。家内いわくアロハシャツというのは二枚目よりも三枚目に似合うんだそうです。アロハシャツの柄は大きくて漫画的なので、漫画っぽい顔に似合うという理屈だそうです(笑)。確かにアラン・ ドロンがアロハシャツを着ても似合わないけれど、谷啓ならしっくり来る(笑)。そのアドバイスにしたがって着たところ、周りから好評だったんです。それから自信をもって夏はアロハシャツを着るようになりました。
 そのほかにも家内からは、赤をインナーに取り入れるようにと教わりました。日本の男性は、どうしても歳をとると地味な色の服を着がちになるんです が、歳をとればとるほど、ワンポイントだけ赤を入れるのが良いんだと言われました。それで今日も、ユニクロで購入した赤いシャツを着ています(笑)。

―― 奥様は料理もお上手だったそうですね。

川本 亡くなる前に好きだったのは、グッチ裕三さんの作る料理でした。グッチさんの料理は簡単なんですけれど、手を抜かない。たとえば豚モヤシを作る際に、モヤシのひげをきちんと取る。それだけで美味しさがぜんぜん違う。ラーメン屋のラーメンに乗っかっているモヤシで、ひげを取ったものなんてお目にかかった事がないでしょう。けれども中国や香港なんかで、お婆さんがもやしのヒゲを取っている光景を目にしますよね。あれが大事なんです。「料理のコツは手間をかける、なおかつ手を抜かない事だ」と言っていましたね。

―― そんなお二人にも、金銭的に厳しい時代があったそうですね。

川本 ご存知の方も多いでしょうが、私は朝日新聞社をクビになった人間なんです。だから、最初のうちは良い仕事なんてなかなか来ない。どんな仕事でも引き受けましたよ。
 マイナーな雑誌で「キャンディーズさよならコンサート」や「福島県小名浜温泉トルコ風呂潜入」などのルポを書いたり、スウェーデンのポルノ小説を翻訳した事もあります(笑)。
 本当に何でもやりました。そんな厳しい状況でしたから、家内はお金に関してシビアでしたね。


 彼女は愛知県の生まれなんですが、愛知県はお金に関して非常にシビアな土地なんです。

―― 恵子さんはこんなふうに言っていますね。「理想主義者はとかくお金の事を軽視するが決してそんな事はない。お金は単に生活を支えるだけではな く、フリーの人間にとって、自立を支える大切なものになっている」。僕もフリーですから、この言葉はとてもよくわかります。お金の有無で、仕事の選び方も変わりますからね。お金がないと何でも引き受けて、自分の主義主張と違うところで仕事をせざるをえなくなる。

川本 ある時、ラディカルで反権力的な事を書く先輩の映画評論家が病気になったんですが、入院費用が足りないと仲間から奉加帳が回ってきた。もちろん事情が事情でしたからカンパはしましたけれど、家内は「あなたが倒れたときにこういう事はしたくない」と言っていましたね。


■禁止事項を作る/「僕」と「私」

――『君、ありし頃』の数あるエピソードの中で最も印象に残ったのが、短歌に目覚めたという話でした。

川本 映画評論家の大先輩に、飯島正さんという方がいらっしゃいます。先生は60代後半に奥様を亡くされました。妻を失った悲しみの中で暮らすある 日、飯島さんは突然歌に目覚め、奥様との日々にまつわる歌を次々に作るんです。それまで歌なんて詠んだ事もなかった飯島さんが、ついには自費出版で歌集を出版しました。その歌集のあとがきで飯島さんが、「僕はこういう実感を得た。すなわち歌というものは文章では書けない事を照れもせず、心安らかに表現しうる形式だな、という事を」とおっしゃっていたんです。

―― それを受けて川本さんは「短歌の持っている定型が、むき出しの感情をやわらげてくれるのだと思う。個人的な思いが古来の形式を踏まえることによって普遍へと昇華していく」と書かれています。確かにそうですね。僕自身、短歌が好きで、よく歌集を読むことが多いのでよくわかります。

川本 私は地方を旅した時には、かならず地方新聞の読者投稿欄に載っている俳句や短歌を見ますが、どれもレベルが高くて驚きます。それも、普段から文章を書きなれているような職業の方ではなく、漁師さんとか農家の方が投稿している。良い句や歌ばかりで、本当にびっくりします。

―― 詠みたいという気持ちが切実にあるのだと思います。日常の苦しみを歌に昇華することで、救われる部分があるのではないでしょうか。


 実は、『君、ありし頃』の最後のほうに川本さんの歌が七首載っています。ご紹介したいところですが、ぜひ単行本でお読みください(笑)。

川本 担当編集者の楠瀬啓之さんから「もっと短歌の数を増やしましょう」と言われましたが、気恥ずかしさもあって載せませんでした。すこし飯島さんの引用に頼りすぎたかな(笑)。

―― 地方へ旅する、という話題が先ほど出ましたが、川本さんは旅行好きとしても有名ですね。

ロビーにて(川本氏 池上氏)
川本 旅行、特に鉄道が大好きなんです。飛行機は旅をしているという感覚になれなくて嫌いなので、北海道へ行く時も、九州へ行く時も鉄道を利用 しています。前は猫を飼っていたので留守中の世話が大変だったんですが、家内が亡くなってからは独り暮らしですから、やたら留守にするわけにもいかず、猫は泣く泣く手放しました。いまは姪っ子夫婦が飼っています。

―― これから新しい評論の執筆や、出版の予定などはありますか。


川本 妻の入院などで遅れていたんですが、北原白秋に関する本が、あと30枚ほどで完成するので今年中には出版できると思います。もうひとつは中央公論に「細雪とその時代」という連載をしていまして、谷崎潤一郎の『細雪』に書かれている、あの時代の都市の風景を書いたものを15回ほど連載しました。まだ書き足りない部分がありますが、これも何とか今年中には出したいなと思っています。

―― 今後も、映画評論・ 文芸評論ともに、ますます活躍していただきたいと思います。今日はありがとうございました。


(2010年1月24日 遊学館にて)

川本先生のプロフィールと講座の模様はこちらを参照してください。

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