その人の素顔
原田宗典(作家)×池上冬樹(文芸評論家)対談
「スタンスを広くもって、どんな分野でも書けるようにする」
2010年1月8日

第8回は作家の原田宗典さん(聞き手は文芸評論家の池上冬樹さん)。
初めて書いた小説のエピソード、タイトルに関してのこだわり、
そして、小説家を目指す方々へのアドバイスなどを話していただきました。


■初めての小説/暗示をかけて書き続けた日々

―― 原田さんが初めて小説をお書きになったのはいつ頃なんですか?

原田宗典氏
原田 生まれが東京なんですが、のちに両親の都合で岡山県に引っ越しました。そして、岡山市内の高校に通っていた16歳のときに「失透」という作品で、学研の「コース文学賞」に入選したんです。
  まだワープロなんて無い時代ですから、生まれて初めて自分の書いたものが活字になったという事のインパクトは、今と比べ物にならなくて、学校はおろか岡山県中で話題になったんです。活字の影響力は凄まじいもので、今まで話をした事もなかった古典の先生が「原田クン、小説家になりたいんやったら詩を読んだほうがええで」とか言ってきた(笑)。そこで「活字の影響力は凄いな、これを商売にしたいな」と思い始めたわけです。
  その後、早稲田大学に入学して上京しましたが、青年時代は「俺は小説家なんだ」と暗示をかけて生きていました。あの頃のほうが小説家らしい生活だったかもしれません。どんな状況でも「もし小説にするなら、これをどんな文章にするだろうか」なんて事ばかり考えていました。ずっと芝居をしている役者のようなものです。


 裏を返せば、そのくらい現実が辛かったんです。日常の様々な出来事に「何で俺ばかり、これほど不幸が連続して起こるのだろう」と思っていました。「もしこうだったら運命が変わったかな」「こう動いていたならどうなっていただろうな」と、そんな妄想ばかりして暮らしていたのが、小説を書く下地になっていますね。「このままだったら単なる不幸な青年で人生が終わる、絶対に俺は小説家になる」という暗示の力で小説家になれたんだと、今でも思っています。
 四畳半の部屋に住んでいましたが、八月の暑い最中でも「真っ暗じゃないと書く気がしないから」と雨戸を閉めて、灯りがひとつきりの中、パンツ一丁で汗だくになって、暗い小説をコツコツ書いていたんです(笑)。友人が訪ねて来て「お前大丈夫か?」と不安がられましたよ。
 大学に入学したての頃は小説家を目指しているヤツが周りにごろごろいたけれど、四年生になってあたりを見たら、小説家志望は僕だけになっていました(笑)。
 
―― 26歳の時に「おまえと暮らせない」という作品ですばる文学賞を受賞なさっていますが、それまでもひたすら書き続けていたんですね。

原田 10年かけてモノになろうと目標を定め、とにかく本を読みまくって、とにかく書き続けていました。どんな注文が来ても書けるようになろうと思って、埋め草の文章でも広告のコピーでも、来た注文のほとんどを書いていましたね。特に「やった事のない事をやる、書いた事のないものを書く」という目標を決めて、経験した事がない仕事はどんな依頼でも受けました。  デビューした後も10年鍛えあげた自分がいたので、書く技術やアイデアで困るという事は、それほどありませんでした。
池上冬樹氏



■タイトルへの思い/満月の晩

――  小説を書く場合は、大まかなストーリーなどを考えるのですか、それともタイトルなどから発想を膨らませるのですか。

『スメル男』(講談社文庫)
原田 タイトルに関しては熟考しますね。考えに考えて「これだ!」と思ってからブレないのが良いタイトル。迷っているうちは書き始めないです。
 だから、タイトルはけっこう戦略的につけますよ。一番面白かったのは『スメル男』という小説を書いたときのエピソードですね。出版するときに版元の講談社から「こんな名前じゃ、スルメ男と間違えられるんじゃないか」という意見があった。
 けれども僕にとっては、それこそが狙いだったんです。人というのは、何だか良くわからないタイトルを見ると忘れられないものなんです。スルメ男と間違えて読んだ人は、いったいどんな内容なのか、気になっちゃうでしょう。それに、もしも新聞に書評が載ったとして誤植でもしようものなら、お詫びがもう一度掲載されるんだから、お得じゃないですか(笑)。そう言って説得したら、本当に朝日新聞の夕刊で「スルメ男」と載せちゃった(笑)。訂正文が翌日掲載されて、二度おいしい(笑)。作戦大成功です。


 タイトルに関しては、学問にして発表しようかなと思っているくらいの持論があるんです(笑)。どんな作家でも、力作、力をこめて書いた作品ほどタイトルが短くなる傾向にある。唯一の例外は大江健三郎さんですね(笑)

―― 書くときに、心がけている事などはありますか?

原田 満月の晩に書くようにしていますね。にわかには信じられないかもしれませんが、人間も生き物ですから、潮の満ち引き、月の満ち欠けと体内のリズムが無関係なはずがない。満月の夜に書いたら、違うものが書けるんじゃないか。そう思いたって、五年ほどかけて調べました。
 正月にカレンダーを引っ張り出して、一年分の満月の晩を調べて書きこんだんです。満月の日に書くのと、それ以外の日でどれくらい自分の書くものに差があるか、自分で確かめた。そうすると、明らかに満月の晩のほうが書ける。
 ところがこの方法で注意しなければいけないのは、満月の晩になると何だか浮かれてしまって、ついつい外に遊びに行っちゃうんですよ(笑)。居ても立ってもいられなくなって、オールナイトで映画を観に行っちゃったり(笑)。それを我慢すると、いいものが書けますよ。皆さんも一回試してみてください(笑)



■手書きの重要さ/言葉の大切さ/小説家を志す人へ

―― さきほどの「小説家になろう講座」でも生原稿を拝見しましたが、原田さんは手書きなんですね。

原田 僕は必ず手書きで、原稿用紙に筆ペンで書いています。もともとはワープロ派でした。文学界では、安部公房さんの次に早くワープロを導入した人間ですから。安部さんに「フロッピーディスクって昔は大きかったですよねえ」と言ったら、「このくらいあったねえ」とLP盤のレコードくらいの大きさを手でしめした(笑)。当初は試作機で作ったものを使われていたらしいです。
 もともと文字にコンプレックスがあったので、ワープロはまさに自分のための道具だと思って使っていました。けれども35歳のときに「待てよ、若い頃に俺が志した小説家像はキーボードを打っている姿なんかじゃなかったぞ」と思い直し、先輩たちを見習って手書きに戻したんです。
 筆記用具も色々試しました。万年筆も使ってみましたが、腱鞘炎になってダメだった。結局筆ペンに落ち着きました。原稿用紙の右半分にタイトルを書いて、左半分から書き始めるスタイルです。

―― ワープロと手書きの大きな違いは何ですか?

原田 ワープロの一番の欠点は、自分が消したり入れ替えた部分がどこなのか、書き続けていくうちにわからなくなってしまう事です。自分が何を間違えたのか、何を直したのかハッキリしているのは、とても大切な事なんです。夜中に「これは良い」と思って書いたものが翌日見たら面白くないなんて良くあるでしょう。
じゃあ何がダメだったのか。それがわからなくなってしまう。自分を知るうえでも、手書きは大切だと思っています。


―― タイトルへのこだわり、直しの過程の重視など、作家はみな言葉を真剣に考えますが、でも原田さんは特に言葉を大切にされますね。そういえば、エッセイを読みますと、命名癖がおありだとか。

原田 そうなんです。僕には昔から命名癖というのがありまして、身のまわりにある物に名前をつけてしまうんですね。他人の車に「漱石」とこっそり名前をつけて「最近、漱石に会っていないけれど元気かな」とか考えてしまう(笑)。自分の車にも「実篤」と名づけていたんです。武者小路実篤記念館で講演した時の講演料を頭金にして買った車だったから「実篤」(笑)。ところがこの間、カミさんが実篤を運転していたら、追突されて廃車になってしまった。
 こっちは名前をつけて可愛がっていた車なのに、保険会社も事務的な手続きだけ済ませて「新しい車は自分で買ってください」と冷たくて。あまりに腹が立ったので、一週間くらいあらゆる人に向かって呪いの言葉を吐き続けていたら、熱が出ちゃった(笑)。言霊というものを、改めて信じましたね。

ロビーにて(原田氏 池上氏)
―― それはわかりますね。呪詛はいけませんね。

原田 やはり悪い言葉を使っていると心身も悪くなってしまう。普段から前向きな言葉を、嘘でもいいから口にしているとそれが本当になる。口にしている言葉は、必ず文章にも反映されてくる。そう思いましたね。

――では、最後に小説家を目指す人たちに、改めてアドバイスをお願いします。


原田 小説家になるのはお薦めしませんね(笑)。お肌に悪い(笑)。人間やめる一歩手前くらいにならないと書けない部分もありますからね。
 単刀直入に言ってしまえば、小説家になるのは決して難しくない。けれども続けていく事が難しい。毎年、新人はいっぱい出てくるけれど、次の年に書き続けている人なんて、ほとんどいない。いろいろな新人賞を受賞して、年間に100人が作家としてデビューしたとします。そこから2冊目を出せる人なんて半分いるかいないかですよ。10冊出し続けたなんてのは100人中で1人か2人でしょう。プロになって25年、ここまで続けられたのは、ずっと止まる事なく書き続けてきたからでしょうね。スタンスを広くもって、どんな分野でも書けるようにしておく事が、書き続けていくコツだと思っています。

―― ユニークであると同時に貴重な、原田さんらしいエピソードがたくさん聞けました。今日はどうもありがとうございました。


(09年10月 遊学館にて)

原田先生のプロフィールと講座の模様はこちらを参照してください。

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