その人の素顔
逢坂剛(作家)×池上冬樹(文芸評論家)
「読者をいかに楽しませるかが、作家の醍醐味である」
2009年9月9日

第5回目は、作家の逢坂剛さん(聞き手は文芸評論家の池上冬樹さん)。
取材の方法、キャラクターに対する考え方や、逢坂さんなりのハードボイルド論、
執筆する際の取り組み方などを話していただきました。


■取材はしない/近藤重蔵との出会い

―― 逢坂さんはどのように小説を書いていくのか、順を追ってお聞きしたいと思います。逢坂さんは、取材する場合もあれば全く取材しない時もあるとお伺いしましたが、たとえば時代小説などはどのように取材して練り込んでいくのでしょうか。

逢坂剛氏
逢坂 基本的には取材しないで書くタイプですね。神保町で資料を買って調べます。警察もの、刑事ものなどは組織に入りすぎて顔見知りが増える と、逆に気を使って書きづらくなってしまう部分が出てくる。そこが取材しない理由のひとつでもあります。ルポライターと違って、作家は書斎から一歩も出な いで書くものだと考えていますから。
 ことに時代物の場合は、書斎の中で文献を読むのが取材だと思っています。たとえば江戸時代を舞台にしても、江戸の町並みが完璧に残っている土地などは、ほとんどないですからね。遺跡などを見に行く事もありますが、その時は現物が持っているオーラや形状を確かめに行くわけです。記念館などを訪れた場合には、古文書や書状などあまり表に出ていないもの、活字になっていないものを写真に記録するようにはしています。


―― 今日は『重蔵始末』シリーズのために村山市の最上徳内記念館に行きましたが、このシリーズの主人公、江戸時代の幕臣にして探検家の近藤重蔵という人物を書こうと思ったきっかけは何だったのですか?

逢坂 十数年前にたまたま目にした古本に近藤重蔵の名前が出てきたんですよ。若い頃に探検家だった重蔵は、のちに江戸城紅葉山文庫の書物奉行に なる。今で言う国会図書館の館長みたいなものですね。それから不始末が重なって大阪に左遷され、あげくに息子が農民を殺害したために連座して近江に飛ばされて不幸な晩年をおくる。「これはなかなか面白い人生を送った人物だな」と思い、その本をはじめとして色々な資料を買いはじめたんです。ひとつ資料を買う と、執筆の資料一覧や参考文献が巻末に載っている。それをどんどん辿って購入するうちに、あらかた資料が集まった。彼に関する資料の7割程度は所有していると思います。そのくらいの数があれば、実在の人間像を構築できます。
重蔵始末

 江戸の随筆を読むと、重蔵の記述が至るところに出てくる。マスコミが発達していない時代にそれだけ色々な人が書きとめるという事は、かなり有 名人だったのでしょうね。ただ、それが悪口ばかり。借りた金を返さないとか、貸した本を勝手に古本屋に売ってしまうとか(笑)。あまりに悪い話ばかりで、判官びいきじゃないけれども、少し可哀想になってくる(笑)。正義の味方よりは悪漢のほうが書く対象としては魅力的なのもあって、題材に決めたわけです。

―― 『重蔵始末』の挿し絵は逢坂さんのお父様で、有名な挿し絵作家の中一弥(なかかずや)さん。親子競演ですね。中さんは池波正太郎の『鬼平犯科帳』の挿し絵などで有名です。まだ現役で、御年98歳。

逢坂 たぶん世界最長老のイラストレーターでしょう。ギネスものですね(笑)。親父が、時代物の挿し絵を書ける元気なうちに競作しようと思ったのも、重蔵を書くきっかけのひとつでした。

―― こういった実在の人物の場合は、人生がわかっているだけにストーリーの幅が制限されるのではないですか。

逢坂 まさしく仰るとおりです。近藤重蔵は資料が断片的にしか残っていないので、これまでのシリーズでは記録にない部分をいろいろと想像して書 いたのですが、八月に出る『北門の狼<重蔵始末(六)蝦夷篇>』(講談社)では、蝦夷地探検に同行した木村謙次の記録をベースにしました。重蔵に関しては 数少ない、きちんとした資料ですね。実際の事件や人物を書く時には事実をきちんと押さえるように心がけているので、あまり突拍子もない事は書けない。広がりが持てずに苦労した面はありました。
池上冬樹氏


■予定調和を変える/キャラクターへの思い

―― 史実をもとにして書くといえば、逢坂さんの作品では『燃える地の果てに』(現在文春文庫)を思い出します。1966年にスペインの地中海上空で核を搭載した米軍機が衝突事故を起こして墜落したという、実際に起きた事件を題材にしていますが、やがて物語は信じられないほど膨らんでゆきますね

燃える地の果てに
逢坂 あれは、我ながらよく膨らませたと思います(笑)。スペインに対する思いの賜物でしょうね。神保町の古本屋の店頭で一冊の本を見つけたの がきっかけです。原爆搭載機が墜落した事件を扱った『恐怖の80日』(※)という本を見つけた(※C・モリス著『恐怖の80日 水爆搭載機墜落事件』=鹿 島研究所出版会。1967年刊)。
 読んでみるとなかなか面白い。新聞を調べても小さい記事しか出ておらず、あまり知られていない。これは面白いと120枚ほどの短編にしたんですが、ゆくゆくは長編にしようと考えて単行本には入れなかった。それがやがて『燃える地の果てに』になっていくわけです。『恐怖の80日』には参考文献が 掲載されておらず、海外の古本屋から原書を取り寄せて、そこから資料を漁っていくうちに、放射能が飛散した村が30年後の現在どうなっているか知りたく て、スペインの南岸にある田舎町へ行きました。

―― 『燃える地の果てに』は近年の逢坂作品でもとりわけ人気が高いですね。「このミステリがすごい!」でも2位に選ばれています。


逢坂 あの時は、確か高村薫さんの『マークスの山』に負けたんだな(笑)。

―― 仕掛けが絶妙で、よくここまで考えたなと唸ります。作品にどんでん返しがある、という言い方は読者の喜びを奪うのですが、しかし、この作品に関しては、いくらいってもかまわない(笑)。この結末は、読み巧者がどれだけ予想してもわかりません。

逢坂 ありがとう。そこまで褒められると照れますが(笑)、でも今はもうあの馬力はないですね。
 着想という部分で、小説家を目指す人に助言するならば、自分の頭で構築したものは、そのジャンルを読みこんでいる読者には見破られます。3分の2くらい書いた段階で、だいたい誰が犯人か、自分で気がつく瞬間が来る。そういう時は犯人を変える。予定調和を変える。読者を騙しきるのも、作家なりのサービス精神のひとつですから。
 若い頃は a から z に行くまでに結末をきっちりと決めていましたが、今はそうでもないです。むしろ登場人物のキャラクターが出来ると、自然に動きはじめる。「この男ならこう動くだろう」と感じはじめる。キャラクターが出来れば7割は完成したものと思っていますから。誰も書いたことのないキャラクターを書きたいとは、常に思っていますね。作家の醍醐味のひとつです。

―― 代表作である『禿鷹』シリーズ(『禿鷹の夜』『無防備都市』)の悪徳警官などは、逢坂さんらしいキャラクターの最たるものですね。

逢坂 悪徳警官ものを読んでいると、警官がどうして悪徳警官になったかという理由や言い訳を書いているものがほとんどです。それならば、強きを助け弱きをくじく、感情移入できないヤツを書いてやろうと思ったんです。感情移入できないので生かしていても仕方ないから第一作で殺そうと考えていたら、雑誌連載中に、読者から殺さないでくれという投書が何通も来て、結局殺せなくなっちゃった(笑)。嬉しいような困ったような(笑)。でも、そういうキャラ クターを作る事が出来たというのは、プロとして誇るべきところではありますね。

―― その禿鷹シリーズもそうですし、おちゃらかな御茶ノ水警察署シリーズ(『しのびよる月』『配達される女』)もそうですが、わりと凝った、とくに変な名前がでてきます。登場人物の名前は、わりあい楽に出てくるものですか。
禿鷹の夜



逢坂 いやいや、本当に苦労します。昔使った名前を何度も使ったりします。時代物は特に困りますね、人名辞典を開いたり、困ると担当編集者の名前を引っくり返したり(笑)。寺西って苗字を西寺にしてみたりとかね(笑)。
 だからって話でもないんですが、編集者の言う事は聞かないといけませんね。私なんかは若い頃から素直なほうですが、それでも直木賞を受賞したり、キャリアを積むと、編集者もあまり意見を言わなくなってしまう。私は、ことに校閲には、細かくてもいいから言ってくれと頼んでいます。完全原稿に近い形で 原稿を入れていますが、それでも表現や表記の統一で指摘がくる。そうするとこちらも「何故このような表現にしたのか」をきちんと説明する。お互いに勉強になるわけです。


■どんでん返しの妙/チャンドラー、ハメットを超える

―― 『空白の研究』『情状鑑定人』などの逢坂さんの初期作品では、キャラクターよりも意外性のある展開を重視していたように感じますが。

逢坂 もちろん読者をアッといわせたいという気持ちは強くありましたね。ただ、トリックやプロットだけに頼るとキャラクターが薄くなってしまう。若い頃からレイモンド・チャンドラーやダシール・ハメットなどを読んで、キャラクターの重要性は感じていました。

―― チャンドラーなど海外の作家の名前が出てきましたが、影響は受けましたか。

カディスの赤い星・英訳版
逢坂 受けましたね。直木賞を受賞した『カディスの赤い星』などはチャンドラーへのオマージュです。一人称で書かれた、主人公が一匹狼で気の利 いた台詞が出てくるような小説は、あの頃の日本には少なかったんです。ほかにも『水中眼鏡(ゴーグル)の女』などはビル・S・バリンジャーの『消された時間』という作品で書かれたトリックを、もうちょっと綿密に書いてみようと思ったのがきっかけですしね。

―― 『水中眼鏡(ゴーグル)の女』も、どんでん返しが絶対にわからない。見事に構築された作品世界で、海外ミステリでも滅多に見ないほどの完成度です。『カディスの赤い星』は昨年英訳もされましたしね。

逢坂 池上さんには解説でお世話になりました。

―― いえいえ名誉なことでした。それにしても、これだけ書き続けているとネタに詰まるなんて事はないですか。



逢坂 もちろんありますよ。時代物などを書く時には、ヒントを掴むために江戸時代の随筆を読む事が多いです。奇談や仇討ち、孝行息子の話などが 雑然と並んでいる。それらを読んでいるうちに閃く事があります。古い映画からもインスピレーションを受ける事が多いですね。『シェーン』(1953年。監督ジョージ・スティーヴンス)のジャック・パランスや『コンドル』(1975年。監督シドニー・ポラック)のマックス・フォン・シドーから殺し屋のイメージを作ったりとかね。

―― 『シェーン』は西部劇映画の名作ですね。逢坂さんは西部劇にも造詣が深いことで知られていますね。現代調査研究所の『岡坂神作』シリーズにもウエスタンを題材にした『墓石の伝説』があります。

墓石の伝説
逢坂 『墓石の伝説』は西部劇の傑作『OK牧場の決闘』を分析した小説です。西部劇ファン以外の人は読まないかもしれないですけれどね(笑)。ただ、ジャンルを問わず、文献の収集や分析の方法論としても勉強になるとは思いますよ。

―― 岡坂神策シリーズでは『あでやかな落日』も傑作ですね。男女の洗練された会話が素晴らしいし、死体が出て来なくても充分にハードボイルドであり、しかも上品で気持ちのいい作品です。

逢坂 『あでやかな落日』も、昔ほどではないけれどもレイモンド・チャンドラーを意識して書いた小説ですね。ある日本の作家はチャンドラー・フリークを自称していて、限りなくチャンドラーに近づこうとして書いているらしいのですが、そういう意識のうちは超えられない、追いつけないと思いますね。 私はある時期から、チャンドラーもハメットも意識しなくなりました。キャリアの長さと作品数からいっても、ある意味で私のほうがベテランになりましたからね。



■ハードボイルドの定義/自分なりのルール

―― 誰かを意識して書くというのは、特に新人が多いですね。新人賞の下読みをしていても、書き方に影響がありありと感じられるものが目立ちます。国内作家だと北方謙三や村上春樹などのコピーが多い。

逢坂 エピゴーネン、模倣からはじめる事は必要だけれども、あまりにもその期間が長くてはいけない。作家として熟成しない。作家は書き続ける中 で成長していかないといけません。あまり人を褒めたくはないけれど(笑)、北方謙三はあれだけ書いていて平均点を守っている。あの馬力などはすごいと思いますね。

―― 北方謙三さんも逢坂さんと並ぶ、ハードボイルドの名手です。北方ハードボイルドと逢坂ハードボイルドの違いは何でしょう。

逢坂 極端な例で例えるならば、北方ハードボイルドは“男はこうあらねばならぬ”という生き方を書いているのに対し、私は“どんな男にも弱いところがある”というのを書いている。例えば、北方なら女のために男の友情を裏切るなんて許せないだろうけれど、私はわりあい平気なんです。実際にやったわけではないですが(笑)。“こいつなら裏切っても許してくれる”と甘えて良いのが本当の友情だろう、人間とはそういうものだろうと思っている。そうしたら 江戸時代の随想『雲萍雑誌(うんぴょうざっし)』に同じ事が書いてあってびっくりしました。

―― 似たような事を大沢在昌さんが言っていましたね。北方ハードボイルドは精神と肉体の軋みを書くのに対して、大沢さんは感傷、またはストーリーテリングに重きを置くそうです。皆、それぞれの書き方なり考え方があるわけですが、では、逢坂さんにとってのハードボイルドの定義とは何でしょうか。

逢坂 “ハードボイルドは精神じゃない”と私は思っているんですよ。例えば、ハメットの『マルタの鷹』と『ガラスの鍵』は全くキャラクターが違うけれど、どちらもハードボイルドと呼ぶべき作品です。“登場人物の心理描写をしない、客観的な描写に徹した手法”を、ハードボイルドと呼ぶのだと、私は考えています。

―― 心理描写をしないという点では、逢坂作品では『禿鷹』シリーズがその代表ですね。他にも『相棒に気をつけろ』では一人称を使わないなど、さまざまな実験をしています。

逢坂 緊張感を持って書き続けるには、自分に課題を与えないと駄目なんですね。用語での例を挙げると、時代物を書く時には会話文に「です」を使わない。「です」という言葉は幕末になるまでは用いられない。うっかり使ってしまうので最初はきつかったけれど、そういう部分に気を配るところから、自分なりの特徴のある文体を作りあげるようにしなきゃいけない。

―― そういった自分への縛りで、他に決めているものはありますか。

逢坂 「彼」「彼女」は、会話中では使うけれど地の文では使わない。女性は名前、男は苗字で表記して、章が変わる毎にフルネームで書く。そして、その人物がどういう人間であるか、つまり職業などを簡単に書いておく。読者が「この人は誰だったろうか」とページを戻らずにすむように配慮する。読んでいる人に混乱を与えないために決めています。読者を第一に考えて、ルールを自分で確立しますね。

―― 読者をいかに楽しませるかという気持ちが、逢坂作品の根底にあるんですね。
「読者を楽しませる事が第一」と語る逢坂氏


逢坂 そうですね。例えば『百舌』シリーズ(『百舌の叫ぶ夜』『幻の翼』)に出てくる、警察組織における特別監察官などは、現実には存在しない役職です。けれども、小説の中でリアリティがあれば良い。ただし、読んでいる側が「いかにも嘘っぽいな」と感じてしまうようではいけません。そこをいかに上手に描くか、細部のリアリティをしっかり構築するかが肝心です。

―― 逢坂さんの小説にはその細部のリアリティが十二分にありますね。だからこそ面白いし、あっと驚くどんでん返しが決まる。ぜひ生徒のみなさんにも読んでほしいものです。今日は貴重なお話をありがとうございました。


(09年7月 遊学館にて)

逢坂剛さんが講師を務められた「小説家(ライター)になろう講座」の模様と、逢坂さんの略歴はこちらを参照してください。

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