
第21回は作家の堂場瞬一さん(聞き手は文芸評論家の池上冬樹さん)。デビューまでの経緯や、執筆に対する思い、新人賞を狙う人の勝負の方法などについて、語っていただきました。また堂場さんの担当編集者の河野葉月さん(中央公論新社)にも、話に加わっていただきました。
◆公募生活/スポーツ小説でデビュー
――まずはデビュー前の話をうかがいます。作家になろうと、ずっと思っていたのですか?
堂場 なんらかの形で文章を書いて、それをメシの種にしたいという気持ちはずっとありました。それで新聞記者になったんですが、案の定、10年やっていたら身体を壊してしまって、もうやばいと。それで昔から小説を書きたかったので、公募生活に入るわけです。32~33歳のときですね。
――そうするとあちこちに応募したわけですね。
堂場 しましたね。江戸川乱歩賞を獲って、華々しくデビューするつもりだったんですけど(場内笑)、乱歩賞は1回、最終選考まで行って落ちました。それと新潮ミステリー倶楽部賞という厳しい新人賞ですね。なにが厳しいかというと、最終選考の場に呼ばれるんです。選考が終わるまで待ってなきゃいけない。最終選考と授賞式を一緒にやってしまうので、おあずけ食った人間は、隅のほうで指をくわえて見ているしかない。その新潮ミステリー倶楽部賞は2回、最終候補に残りました。いずれなにかの賞を獲るだろうと思っていたんですが、3回も続けて最終で落ちてしまうと、疲れましたね。それで気晴らしのつもりで出した小説すばる新人賞が、なにかのまちがいで獲れてしまったわけです。
――なにかのまちがいで賞はとれません(笑)。小説すばる新人賞を受賞した「8年」はとても読み応えがあります。たしかに3回も続けて落ちると疲れますね。気分転換もあったのでしょうが、スポーツ小説というジャンルに目をつけたのは正解でしたね。
堂場 スポーツ小説は、日本ではジャンルとして日本では成立していません。ですから、おもに自分を楽しませるために書いたのが「8年」だったんですね。
――小さいころから作家を目指したわけではなかったんですか。
堂場 いや、昔からそういう希望はありました。ただ二十歳ぐらいになると、これからどうするのかなって考えるじゃないですか。このままたとえば、公募中心の生活に入るのか、あるいは他の形で文章を書いて生きていくのかを考えて、とりあえず日々書ける仕事を選んだんですね。小説の応募を32~33歳から始めて、賞を獲ったのは37歳ですから、5年ぐらいかかりましたが。
――デビュー作から、しっかり書かれてますよね。「8年」は大リーグを舞台にしたスポーツ小説で、日本人が主人公です。ひじょうに書きこまれていて、そのうえ泣かせます。こういうタイプを書いた人が、なぜミステリに移られたんですか。
堂場 本来書いていたミステリのほうに戻ったということですね。乱歩賞でデビューはできませんでしたけれど。ストックもありましたから、ミステリならいつでも出せますよということで。
――やっぱりミステリ作家になりたかったんですか。
堂場 一番読んできたのがミステリですから。そこは池上さんと同じで、ハードボイルドが好きでしたからね。その方面に行きたかったというのはありますね。
◆人気シリーズ「刑事・鳴沢了」/文庫書き下ろしという戦略
――2作目は、後に大ヒットとなり、堂場瞬一さんの名前を一躍広めることになる、「刑事・鳴沢了」シリーズの第1作『雪虫』(中央公論新社→中公文庫)です。始めからシリーズ化を狙っていたんでしょうか。
堂場 いや、これは全然考えてなかったです。当時、頭にあったのは、スチュアート・ウッズの『警察署長』(ハヤカワ文庫)です。アメリカのジョージア州の田舎町を舞台にした、三代の警察署長の何十年にも及ぶ物語で、ものすごくおもしろいので読んでもらいたいんですが、とにかく「三代」というのが頭にありました。それを『警察署長』のように年代記にするのではなく、同時代で一気に書いてしまえ、という発想から生まれた話なんです。「刑事・鳴沢了」シリーズは、祖父と父と息子の三代に渡る物語です。
――なるほど、そうでしたか。面白いのは刊行スタイルですね。シリーズ2作目『破弾』、3作目『熱欲』(ともに中央公論新社→中公文庫)も単行本で、4作目『孤狼』(中公文庫)からは文庫書き下ろしという戦略になっていきますね。なぜ文庫の書き下ろしになったのでしょう。
中央公論新社・河野氏 単行本の発売から三年経ったら文庫化するのが一般的なんですが、「刑事・鳴沢了」シリーズは続いていることもあって、なるべく短いスパンで出していきたいというお話をさせていただいたんですね。なので『雪虫』から3作目『熱欲』というのは、かなり短いスパンで出ています。そのおかげもあって、文庫もひじょうに好調に動いていまして、「続きはないんですか」という話をさせていただいたら、全10巻の構想だと、堂場さんが仰って。
堂場 いつのまにか、そういう構想になっていたんだよね。
河野 4巻から10巻までを単行本で出し続けていくのは、ちょっと厳しいのではないかという話をしまして。でも続きは読みたいので、文庫書き下ろしでお願いできませんと打診にうかがったという次第です。
――いまでこそ時代小説のジャンルがそうですし、ミステリもまた文庫書き下ろしが増えていますが、当時は文庫書き下ろしという発想がなかったんですね。2005年ぐらいのときは。
堂場 なかったですね。
――単行本で出して、それが文庫になるというのが一般的でした。ノベルスという新書形式の小説が元気なころは、単行本→ノベルス→文庫という流れでした。今はノベルスが弱いので、単行本から文庫という流れなんですけれど、時代小説では佐伯泰英さん、ミステリでは堂場さんが、この文庫書き下ろしというジャンルを切り開いたと言えるのではないでしょうか。
堂場 ぼくが提案したわけじゃないですけれどね。ただ単行本が売れないというのは、どなたも同じ状況です。売れなければ次が出ない。出ないと読んでもらえない。こちらは読んでもらいたいわけですから、いろいろ考えますよね。文庫というのは手軽に手に取りますし、本の最終形態なんです。単行本が絶版になっても、文庫が絶版になることはあまりないので、ここから最初の勝負をするのも手かなと思って、舵を切りました。
◆驚異的なスピード/ストーリーの組み立て方
――堂場さんといえば、それに加えてやっぱりスピードですよね。1年に3冊、4冊出てます。うかがったら、先月はなんと原稿用紙換算で1000枚だとか。
堂場 今の業界で一番早いと思っています。3月11日の地震のあとに、なんだか書いていて妙に疲れましてですね。おかしいなと思って、1ヶ月経って計算したら、1050枚くらい。どう考えても書きすぎなんですよね。ちょっと精神的に不安定になっていて、執筆に逃げこんじゃったところもあります。
――数年先まで予定はびっしりだと思いますが、どういった感じでストーリーが浮かぶんでしょうか。
堂場 最大のネタ元は新聞なんですよ。あらゆる新聞を読んでいますが、そういうのがストックされてるんでしょうね。同じ事件でも、新聞によって見方が違ったりしますから。「あれ、おかしいな」と思うようなことを、頭にインプットしています。そのあたりが熟成されて出てくるんだと思いますね。
――「刑事・鳴沢了」シリーズが終わって、2009年に「警視庁失踪課・高城賢吾」シリーズ(中公文庫)が始まって、2010年に「警視庁追跡捜査係」シリーズ(ハルキ文庫)と「アナザーフェイス」シリーズ(文春文庫)がはじまりました。主人公が所属する部署の考案もさることながら、高城賢吾シリーズは一人称の「私」、警視庁追跡捜査係シリーズは西川と沖田という二人の刑事の三人称視点で交互に語り、アナザーフェイスものは警視庁刑事総務課につとめる大友鉄の三人称一視点で語るという具合。部署とキャラクターと語り方も変えている。工夫されてますね。
堂場 シリーズが3つになると、けっこう混同するんですよ。そこはあえて語り口を変えることで、それぞれの雰囲気を変えることを意識してます。
――繰り返しになりますが、いずれのシリーズも文庫書き下ろしです。文庫書き下ろしというと、やや物語が手薄の印象があるのですが、堂場さんのシリーズにはそれがない。読み応えがありますね。意外と向いているのかもしれませんね。
堂場 比較的、書き下ろしというのが性に合うようです。連載をやっていると、月に一度は必ず締め切りが来ますので、なんだかずっと回転し続けているいような感じがある。だけど、書き下ろしというのは自分のなかで溜めておけますから、ある程度は納得いくまで練ることができます。
――一冊の小説を仕上げる場合、どこから考えますか。ストーリーですか。
堂場 やっぱりストーリーですね。シリーズに関しては、キャラクターはほぼ固まってますから。まずは荒い梗概を書きます。A4用紙で2枚か3枚で、筋立てをまとめるわけです。新しいキャラクターが出るのであれば、それについても書きこんでおく。それをたたき台にして、編集者と相談するという感じでしょうか。実際に書き出すのは、それからなんですよ。
――さきほどあげたほかにも、警察小説のシリーズを書いている。警察小説をこれだけ書いていると混乱しませんか。
堂場 してます(場内笑)。しかも、これからはそれぞれのシリーズの乗り入れをしようかと考えてますので、ますます混乱すると思います。でも、こういうのも実験的にやってみたいなと。
――アメリカのハードボイルドには多いですからね。ゲスト出演が。たとえば、Aというシリーズに、Bのシリーズの主人公がちょこっと顔を出すというね。海外ではよくありますが、日本ではなかなかないですからね。
堂場 ぼくはそういうのが大好きなんですよ。海外小説を多く読んでいるので、どうしても影響を受けてますから。
――とにかくたくさん書いていますね。量産システムを築かれているというか、ノルマを自分に課しているんでしょうか。
堂場 ノルマは作ります。書き下ろしの場合は、1日に30枚か40枚書かないと間に合わないので。
――簡単に言いますが、30~40枚というのは、すごい量ですよ。
堂場 そうなんですけれど、執筆のスピード自体は、書いていけば絶対に速くなるんですよ。文章の質まではわからないので、書き終わったあとは、何回も何回も推敲するわけですが、スピードは絶対にあがります。短編や文芸誌の連載というのは、だいたい50枚程度ですから、それなら1日で書けます。集中しているときは、時速15枚ぐらいになりますから。時速15枚だと、途中でダラダラしちゃったりしても、7~8時間で50枚は書き上げられます。でも要するに、書くのが好きなんでしょうね。
◆他のシリーズとの書き分け/正面突破/新人に求めるもの
――これだけたくさんだと、どういうふうに話を書きわけていくか難しくなる。さきほどもいいましたように、ヒーローがつとめる部署を変え、人称や視点を考えている。ヒーロー自身の私生活の部分もあるでしょう。どうなんでしょう、具体的には、ヒーローの持ち味の変化などはどのように創造されますか?
堂場 警察官というのは、日本全国どこへ行ってもそんなに変わらないんですよね。みんな同じ教育を受けて、同じ仕事をしているわけですから。だから、ほんのちょっとした癖ですね、そこで少しだけ細部の違いをだしてやる。たとえば、お金もないのに時計が好きな人が出てくるシリーズがありますけれど、時計が好きな人ってどういう人なんだろうな、と。そのあたりをきっかけに、キャラクターを作っていくわけです。そういうちょっとした設定のところで、人物像を膨らませていくようにしています。
――海外のテレビドラマなどはごらんになられますか。堂場さんのシリーズが、なぜ売れるのかといえば、テレビドラマ的な手法を狙っているのかと思ったんですね。主人公が抱えている謎が、だんだんと少しずつ展開していくパターンです。それを堂場さんはきっちりやってらっしゃるから、これはみんなずっと買い続けるよなと思いましたね。
堂場 テレビはあまり見ないのですが、今のような手法を狙っている、というのはありますね。たとえば「警視庁失踪課・高城賢吾」シリーズは、娘がどこに行ったのかという大問題を、主人公がシリーズを通して追いかけていく形で、引っ張っているんですが、他のシリーズでも、過去の事件が出てきたりとか、過去の人間が登場したりとか、そういう展開は考えていますね。
――やっぱり堂場さんの作品を読むとわかるんですよね。「同じものを読んできてるな」と。共感を持って読める。警察小説とノワールの魅力をもつ『逸脱』(角川書店)などは、一番海外ミステリに近いかなと思いました。連続殺人事件の模倣犯が登場しますからね。
堂場 実際は、日本ではこういう犯罪ってほとんどないんですよね。だからたぶん雰囲気がアメリカっぽくなったのかなと。ある意味、池上さんには裏読まれちゃってるな、というのはありますけれどね。「ネタ元はこれだな」とか(笑)。
――まあ、それが商売ですからね(笑)。ところで、話をもとに戻しますが、既成のジャンルや既成の書き手はすでにいっぱいいますよね。警察小説となれば、横山秀夫さんがいます、佐々木譲さん、今野敏さんもいます。すでに書き手がいっぱいいるなかで、新人はどう向かっていけばいいのでしょうか。どういうふうに既成のジャンルを打破していけばいいのか。
堂場 基本的には正面突破がいいと思います。スポーツ小説でデビューしましたけれど、そこにジャンルがなかったんですよ。でも、変わってるから、とりあえず新人賞には選んだ、ということなんでしょう。だけど、「今までにない」ということは、ジャンル自体がなかったりするわけで、そこに読者はいないんですね。だから、読んでいただけない。読んでいただけないから、出すのを止めましょうかという話になる。スポーツ小説に関しては、熱心に、ずっと出してくれた出版社があるんで、ひじょうにありがたかったですけどね。やっぱり、既成のジャンルで今までの作品を凌駕していくほうに向かったほうが、絶対有利だと思います。ぼく自身が、最初はそうじゃなかったから、よくわかります。
――これだけたくさんの作家が出てきて、売れている作家もいっぱいいる。量産するというのも、ひとつの手段ですね。難しいですけれど。
堂場 とりあえず書店に行けば、本がいつも置いてあるという状態を作りたい。体力勝負になりますが、そういう状況を作りだしていくのが重要で、やっぱりそこがプロへの壁といいますか。「書いていればそれでいいや」というアマチュア的な楽しみでやれればいいんですけれど、自分の本を売っているからには、責任を取らなきゃいけないですからね。読者がついてくれば、当然「次も読みたい」となりますから、その期待にも応えなきゃいけない。ここ3~4年ぐらいで、そんな意識を持つようになりましたね。
――堂場さんが、新人に求めるものはなんですか。
堂場 なんでしょうね。小説って、キャラクター、ストーリー、テーマ、文体、要素を分解すると、だいたいこの4つになると思うんですけれど、このなかでどれかひとつでも突き抜けていれば、いいと思います。前にいる人を凌駕するものが、ひとつでもあれば、出てくると思うので。正面から乗り越えていってほしいですね。
――でも、こんなにたくさんの出版社とつきあいがあると、次はどこから出すかという交通整理だけでも大変じゃないですか。
堂場 基本的には、お話をいただいた順番でやるという感じですね。あとはかぶらないように、同じ傾向の話、たとえば警察小説なら警察小説で、ちょっと出版時期を離してタイミングを調整するとか、逆にここはスポーツものだから、続けて出ていてもいいかなとか、そういう傾向をいろいろ考えて分けてます。
――ふつうこれだけ多作になると、筆も自然と荒れますよね。ところが堂場さんは荒れない。
堂場 今までと変わったことを書こうとすると、荒れるっていうわけじゃないですが、ちょっと乱れると感じることはありますね。ただ、書くこと自体は、全然苦にならないので、たとえば文庫書き下ろしの作品だと、だいたい半月で初稿を上げてしまうんです。初稿は半月なんですが、そこから十回ぐらいは推敲します。初稿はとてもじゃないけれど、人にお見せできるようなものではないので。そこからだんだんと丸めていくというか、ごつごつした部分を削っていくようにしていきますから、何とか荒れずにまとまっているんじゃないでしょうか。推敲は大事にしたいですね。
――さきほど、あらすじはA4用紙で2~3枚といってましたが、書いているうちにストーリーは変わりますよね。そのあたりの調整は多いですか。
堂場 ストーリーは変わりますけれど、なるべく最初に打ち合わせたとおりに書こうと思ってます。というのは、原稿を渡したときに、「これ、違うじゃん」と言われるのが一番嫌だからです。その時点で書き直そうねと言われたら、作家も編集者も、お互いに大変ですから。だから、最初の時点でみっちりやる。ただどうしても、登場人物が勝手に動き出したりして、ストーリーが変わっちゃうことがありますから、その場合は必死に整合性を合わせてやっています。
――結末は、もう最初に頭のなかに入っているんですか。
堂場 結末は最初から考えています。むしろそこから考えることのほうが多いかもしれません。
――これくらい書けるというのは、たくさん本を読んできたからですよね。
堂場 そうだと思います。読まないと書けないというのは絶対にありますね。今でも、がつがつ読んでますから。ありがたいことに、読売新聞で、海外ミステリの書評もやらせていただいてます。そういうこともあって、今でも大量に読みますし、それはのちのち血肉になると思っています。
――今の若い人は本を読まないです。読まないのに書くのが好きなんですよ。ちょうど今、新人賞の下読みが続いていて、ストーリーが弱い作品が多い。なぜ弱いかといえば、やっぱり読んでないんですね。
堂場 やっぱり、過去のものを読んでいく必要はありますね。楽しみだけでなく、勉強になりますから。
◆好きな作家/弱さに惹かれる
――堂場さん、いちばん好きな作家は誰なんですか。
堂場 最近はみんな好きなんですけれど、最初に海外のミステリに触れたハードボイルド御三家(ダシール・ハメット、レイモンド・チャンドラー、ロス・マクドナルド)のなかだったら、ハメットですね。あれだけ夢中になって読んだのに、まったく自分の作品に影響が出てないというのが、逆にすごいと思います。チャンドラーは、今ひとつ好きになれないんですよ。ちょっとぬめっとしていて、格好つけ過ぎで。では、どの辺に影響を受けたかと言われると、ロス・マクドナルドかもしれません。「警視庁失踪課・高城賢吾」シリーズはリュウ・アーチャーシリーズの影響をもろに受けています。ただロス・マクはミステリとして読んではだめです。ふつうの現代小説として読んでくださいという感じですね。
――ロス・マクは、プロットがすばらしいですからね。
堂場 すばらしいです。なんにも起きてないのに、ひじょうに読ませる。そんなところに影響を受けているかもしれません。ただ話はみんな同じ感じなんですよ。
――同じです。家庭の悲劇ですね。
堂場 しかもアメリカの上流階級で。逆にこういうのは、日本にはない世界なので、どうしてもそこに惹かれますね。あと、御三家以降の70年代の作家はみんな好きです。日本ではあまり評価されなかったですが。特に、リューインのうまさはとんでもないですよ。
――(会場の受講生たちの顔をみて)ちょっとマニアックな話になってしまいましたね(笑)。でも、覚えてください。マイクル・Z・リューインという作家がいまして。アルバート・サムスンという私立探偵シリーズで有名です。デビュー作『A型の女』(ハヤカワ・ミステリ文庫)は、ぼくが解説を書いています。このサムスンシリーズとは別に、リーロイ・パウダー警部補シリーズというのがあって、主人公はインディアナポリス市警の失踪人課の刑事です。あれ? ひょっとしたら、「警視庁失踪課・高城賢吾」シリーズの発想はパウダーものからですか? テーマや物語はロス・マクでも?
堂場 実はそうなんです(笑)。
--なるほど、さすがに海外ミステリファンの堂場さんらしいな。パウダーものの『夜勤刑事』『刑事の誇り』(ハヤカワ・ミステリ文庫)は名作ですからね。ものすごくうまい。おもしろい。
堂場 リューインはひじょうにストーリー作りがうまい。個人的には、サムスンシリーズよりは、スピンオフしたパウダーシリーズのほうが好きなんですよ。モジュラー型の構造が巧みで、非常に楽しく読めます。複数の事件が、同時並行していくパターンです。それまでSF少年だったのが、ミステリ少年に変わってきたころに、この70年代のものがどっと日本に入ってきて、その影響が大きいですね。
--リューインは、70年代のネオ・ハードボイルドの代表的作家です。男らしくて探偵らしい古典派のハードボイルドに対して、70年代は、泣き虫で暴力嫌いな探偵が出てくる。
堂場 今だと、どう評価されるのか、難しいところですけれど、ぼくはネオ・ハードボイルドの人間臭さに惹かれますね。ミステリの主人公というと、スーパーマンになりがちなところがあるんですけれど、ぼくは主人公の弱さに共感してしまう。奥さんがいなくて、子供の世話をしていたりとか、そういうどうしようもない弱点だったりするんですけれど。
――やっぱり蓄積があるから、どういう方向に自分のストーリーを持っていくかというのが、すぐにわかるんですね。そのあたり、若い人はなかなか読んでないから、新人賞の下読みをしていても、梗概を読んだ瞬間に、「あ、こいつは読んでないな」と、わかるんですね。梗概の下手な人はいっぱいいるのでちゃんと読みますが。頑張って本を読まないと、なかなか上には行けないと思いますね。
堂場 ただ難しいのは、ジャンルによっては、読むものがない。まさにスポーツ小説というのがそういう世界なんだと思っていました。「小説現代」から、スポーツ小説に関するコラムの依頼がきて、今はその準備をしていますが、難儀しています(2011年6月22日発売の7月号に掲載)。ただ、調べてみたら、海外物ばかりなんですけど、意外に読んでるなと、と分かりました。日本で書いている人が少ない、というだけだったんですね。だから、ジャンルがないところで勝負にでるというやり方も、もしかしたらあるかもしれません。
――それはあるでしょう。もしくはネオ・ハードボイルドのように新しい世代によるジャンルの脚色などもいいかもしれませんね。さて、残念ながら、時間となりました。今日は貴重なお話をありがとうございました。