
第13回は作家の北村薫さん(聞き手は文芸評論家の池上冬樹さん)。
詩歌や言葉そのものに対する思いや小説のアイディア、そして小説家を志望する方々に
なにを求めるかについて話していただきました。
◆『1950年のバックトス』/短編を仕上げるまで/おもしろい職業と題材
―― 2007年に出た短編集『1950年のバックトス』が新潮文庫に入りました。23編の物語が収められています。ここには数多くのストーリーが含まれていますが、いかにして発想を得るのか、そしてどういった過程で仕上げていくのでしょうか。北村 さまざまですね。たとえば『1950年のバックトス』のなかには、宮部みゆきさんとの雑談がきっかけとなったストーリーもあります。宮部さんと日常の謎の話をしていたんですよ。「日常ではてなって思うことない?」ってなことを喋っていたら、宮部さんが山にハイキングに行ったら、木にダッフルコートがひっかかっていたって言うんですよ。すごく不思議だったと。山はとても寒いから、脱ぐような機会は ないはずなのに、新品のダッフルコートがひっかかっている。
「説明がつかないねえ」と二人で首を傾げていたんだけれど、それから何年か経って、秋月りすさんの『OL進化論』(講談社)を読んでいたら、(テーブルを叩いて)これだ! とちょうど説明のつくオチがあったんですよ。それで結末ができたんで、その思いついた過程も書いて、「毎度おなじみの本格推理を一席申し上げまして……」と、落語仕立てにして書きましたね(※作品は「真夜中のダッフルコート」)。
それから表題作の「1950年のバックトス」は、女子野球の二塁手と遊撃手について書いてます。セカンドとショートというのは、“643(ロクヨンサン)”“463(ヨンロクサン)”といったダブルプレーをやるため、連携というのがひじょうに緊密なんですね(※野球用語で6は遊撃手、4は二塁手、3は一塁手)。ですので「その二人の仲というは、夫婦の仲よりも深いんやで」ってなことを言いたかった(笑)。1950年のころには、まだ女子野球というのがあって、私も見たことがあるんですよ。殺虫剤メーカーの白元のチームが来て。
―― え? それは知りませんでした。具体的には何年ごろでしょうか。
北村 何年だろう。小学生のころですね。中学校のグラウンドでやってるのを、見た記憶があるんです。女子野球が記憶にあって、セカンドとショートが頭にあったんで書いたんです。本当は列伝といった話にして、ショートやセカンドだけじゃなく、キャッチャーやピッチャーの話も書いて、ひとしきりまとめて一冊にしたらおもしろいだろうなあと思ったんですがなかなかできなかった。
ただ昔の資料なんか見ると、おもしろいエピソードがけっこうあるんです。たとえばチームのなかにひときわけばけばしい女の子がいて、その娘が夜中にこそっと脱け出していくんですって。これは風紀上問題だというんで、キャプテンたちがあとを追いかけていくんです。するとその娘はただ犬に餌をやっていただけだった(笑)。道端で出会った犬がかわいくて、それで夜中にこそこそと餌をやっていただけだったと。昔はずいぶんと純朴で、けっきょくみんなで「あはは」と、笑いながら帰ってきたという、ちょっといい話ですね。
--それはいい話ですね!
北村 ただ困るのは、本にこうして書いてあるわけですから、いい話であっても、もう書けないところ(笑)。とにかく、そのようにしてひとつのことから広げていくというのが発想の元ではあります。ちょっとした日常の出来事だったり、なにかを読んで思いついたりとかさまざまですね。
また「林檎の香」という作品は、ナレーターの北原久仁香さんとの対談がきっかけです。日本のロケット打ち上げの秒読みをしている人でもありますが、その人の話でおもしろかったのは、カーナビの「50メートル先、右折です」なんていうのを録音したことがあって、地名からなにからすべてやるものだからすさまじいストレスを感じたとおっしゃってました。そういうおもしろい職業やおもしろい仕事を題材にして書きたいと思ってます。ですので一概には言えませんね、やっぱりさまざまです。
◆さまざまな表現/どう見るのか/俳句と写真
―― 北村薫さんといえば博覧強記で有名ですけれども、朝日カルチャーセンターでの特別講義をまとめた『自分だけの一冊―北村薫のアンソロジー教室―』(新潮新書)と、早稲田大学での創作講義をまとめた『北村薫の創作表現講義―あなたを読む、わたしを書く―』(新潮選書)、二つを読みましたが、いや驚きました。前々から宮部みゆきさんとのアンソロジー『名短篇、ここにあり』『名短篇、さらにあり』(ともにちくま文庫)を読んで、ずいぶん読んでいるなあと感心したのですが、この二冊でもそう。本当にお詳しい。ぼくも大学で日本文学を専攻したし、自慢ではないけれど、たくさんの本を読んでいる自信はある。でも北村さんはもっと詳しい。驚くほどマイナーな作家を取り上げているし、『創作表現講義』が顕著ですが、小説のみならず短歌から落語まで、幅広くいろいろな手法を取り入れてますね。これにはびっくりしたし、とても新鮮な思いがします。
北村 表現というのはさまざまです。小説を書くことだけが表現ではなく、魚屋さんでも八百屋さんの営みも表現ですし、生活そのものが表現ですよね。もっと根本のところでいえば、読むこと自体が表現ですよ。作品がひとつそこにあっても、それを読んでもらう人によって美や価値というものがそれぞれ違ってくる。そこで評論家という仕事もあるのでしょうけれど。
―― なるほど(笑)。そうですね。人によってそれぞれ違う美や価値を、ジャンルや伝統、その作家のなかで位置づけてくっきりと見えるものにする。
北村 作品をより輝かせるというか、読者が読んでいてわからなかったことを教えるのが、やっぱりいい評論家でしょうね。けなして足を引っ張るというのは評論家の仕事ではないように思います。
また書く人も忘れないでほしいんですが、本を読むってすばらしいことですよね。読むことによって創作をしていく。昔はわからなかったけれど、今読むとそのよさが身にしみてわかったりとかね。悲しいことに、そのよさが伝わらないことも多いんですけれど、自分が尊敬する人が「いい」と言っていたら、その感覚を信頼して、「なるほど、これはいいもんじゃないか」とだんだんとその感覚を身につけていくというやり方もあります。書くことばかりが創作じゃない。
たとえば俳句なんかもそうです。俳句をやる人は世間と見方がちがうんですね。俳句をやりだしてからとやる前とでは、鳥とか花がちがって見えてくるんですね。俳句にしようと思うから、なんだかこう食いつくようにして見るというか。日常のいろんなことを見ていく。そのことによっていろんなものが拾えてくるんです。
それから見るというのも大事です。写真家の梅佳代さんの写真を新聞で見て、「うわ、すごいな」と思って、写真集を買いに走ったときがあります。彼女の写真はすごいけれど、使ってるカメラはごく普通の、むしろ安っぽいのを使ってるんです。それでごくふつうの日常を撮ってるんですね。そこらへんの近所を撮っているのに、梅さんが撮ると『うめめ』(リトルモア)のようにベストセラーになる。それはカメラがいいんじゃなくて、梅佳代さんの目がいいわけで。そういう見る目とかがあれば、特別な経験がなくとも、ふつうにそこらへんからおもしろいのが拾えてしまうんですね。あっと驚くような作品になる。大事なのは、どう見るかということでしょう。
◆詩歌への思い/短い小説のような短歌/短歌をひきのばして小説
―― どう見るか、というのは短詩型の文学に端的にあらわれますね。僕も時間があると短歌や俳句や詩などを読むようになったのですが、限られた字数のなかでどのようにして想いを乗せるかというところがおもしろい。これは短い枚数で世界を切り取るという点で、短編小説の構造と似ているのかもしれませんが、北村さんの場合はどうですか?
北村 短歌はとても短い短編小説という感じもしますね。去年あたり、読んでびっくりして、思わず知り合いの編集者たちにメールしましたけれど、岩手県の教員の方で、病気で手術をされたあとに出した歌集(梶原さい子歌集『あふむけ』)ですかね。それを読んでいたら、NHKテレビの『お江戸でござる』にも出演していた江戸の研究者で有名な故・杉浦日向子さんの名前が出てきまして。“お江戸にも 春は来たりて 嫁菜など 杉浦日向子が 炊いてゐるのだ”という歌がありました。杉浦日向子像というのが我々の共通認識としてあって、『お江戸でござる』をやっている江戸の研究者で、もうあちらの世界に行ってしまわれたんですけれど、本当に遠い江戸に杉浦さんがいて、嫁菜など炊いているという感じが浮かんできて、心を打たれましたね。まさに短い小説のようだと。
それから60歳を超えると、こういう短歌が目に留まりますね。佐伯裕子さんの“かなかなや われを残りの時間ごと 欲しと言いける声の寂しさ”(歌集『また、あした』所収)という歌です。たぶんロマンスグレーの男性が(佐伯さんに)「老齢だけれど、君の残りの時間ごと欲しい」と言ったのでしょう。だけどそれは叶えられないことなんですね。もう恋になんとかという世代でもない。その背景として「かなかなや」というのが生きてきます。カナカナと秋の蝉が鳴いている……なんて歌を読むとね、こういうおじいさんは「おお……」なんて感動しますね(場内笑)。こういうのを引き伸ばしていくと短編小説になることもありますね。
―― 『詩歌の待ち伏せ』(文春文庫)という傑作エッセイ集がありますが、北村さんは本当に詩歌がお好きなんですね。
北村 つまり言葉が好きなんですね。子供のころから。“ある朝の かなしき夢のさめぎはに 鼻に入り来し 味噌を煮る香よ”なんて石川啄木の短歌が味噌の袋に書いてあったりしたんですよ。「ああいいなあ」と子供心に思うんですよね。記憶にもずっと残る。(俵万智の歌集)『サラダ記念日』が流行ったときも、サラダ油のメーカーが使わせてくれと、依頼が来たらしいんですが、俵さんは断ったそうですけど(笑)。
今の方にはわからないかもしれませんが、我々の子供のころには和室に畳、そこに布団をしいて寝てたんですね。朝になると味噌の香りがふうっと漂ってきて、コトコトと煮える音が台所からしてくる。今のようにコーンスープをレンジでチンとか、そういうのではなくて、味噌に関するそういう情景に共感できるというかね。“かなしき夢”というのはいかにも啄木ですけれど。短歌やっている方に訊くと、啄木に対する評価はけちょんけちょんなのがおもしろい。歌人の穂村弘さんと啄木の話をしましたが、だいたい歌人の方は全否定ですね。小説家の間では人気があるけれど、俳人や歌人とは見方がどうもちがってくる。
映画を作ってみなきゃ映画を論じられないなんてことはないし、小説も、書いてない人間は語れない、なんてこともない。短歌や俳句の人も「作ったことのないやつに本当の短歌はわからん」なんて言いますが、そのあたりは一概に言えない玄妙なところがあります。
俳人の感性というのはおもしろくて、かつての同僚に加藤楸邨(かとう・しゅうそん)のファンがいた。「楸邨はすごい」といってね。“にこにこせり クリスマスケーキ買う男”という句です。「これは楸邨じゃなければ書けない」なんて絶賛している。でも私にはさっぱりわからない(笑)。そういう1+1=2の世界じゃないから不思議ですよね。
--僕にもその句の良さはわかりませんね(笑)。いまとは違う時代背景の俳句、つまり戦争前後に作られた句というなら少しはわかりますが。
北村 テレビの美術番組なんか見ていると、大阪の有名な先生が瓶を壁にガーンとぶつけてるんです。手にもボクシンググローブなんかつけてバンバン叩いて、なにかを芸術表現をされている。そういうのは美術評論家とか、審美眼のある人が評価しているんだから、「すごいんだろうなあ」と我々も思うしかない。だけどそういうわからないものを見続けるうちに、だんだんと良さが見えてくるようになるんでしょうね。
◆良さが見えること・見えないこと/“泳げない”
--良さが見えてくればいいんですが、小説では翻訳、映画では字幕の問題があり、障害になって見えないこともある。
北村 この見える見えないというのはひどく残酷でしてね。大学生のときに『傷だらけの挽歌』(1971年。監督ロバート・アルドリッチ)という映画を試写会で見たんですよ。原作はハドリー・チェイスの名作『ミス・ブランディッシの蘭』(創元推理文庫)です。金持ちのブランディッシ家の令嬢がギャングに誘拐されてボロボロにされちゃう。最後の最後で救出されますが、令嬢のお父さんが薄情にも「そんなにされて、まだ生きているのか」といったことを言うんですよ。それで令嬢は川に飛び込んで死んでしまう。それを見ていた探偵が沈痛な表情をしながら去っていくんです。「なぜ助けないのか」とつめ寄られるんですが、そこで「I can't swim 」と言うんですよね。「泳げないんだ」 と。観客のなかにその台詞で、プッと吹いたやつがいるんですよ。「I can't swim 」って、苦味が効いたうまい言葉でしょう。どうすることもできない苦悩であり、人間に解決できないところを、「泳げないんだ」というセリフで表す。これ以上にない言葉でエンディングとなるんですけど、本当に泳げないんだと受け止めて、ぷっと笑ってしまう人がいる。この探偵が泳げるのは当たり前で、泳げるけど「I can't swim 」と言ってるんだと瞬間にわか らなきゃアウトなんですね。この映画が理解できない。
ところが何年か経って、それがテレビで放映されたのを見たら、令嬢が川に飛びこむところでストップモーションがかかって、エンドタイトルが流れるんです。「I can't swim 」の台詞が出ないまま終わってしまう。たぶんぷっと吹き出した人がけっこういたんでしょうね。だから別バージョンが放映されたと。だけどそれじゃしょうがない。わかってもらえないからといって、そうしてしまうのは悲しいことだなと。
だから私は表現について、読者に語るのではなくて、感じさせる。たとえ多くの読者に理解されなくても、それはそれで仕方がないと思うようにしてます。けっして言いすぎないから幅というものが出てくるんですけれど、そのせいでもしかしたら、読者からぷっと吹かれしまうかもしれない。それで真意が伝わらなかったとしても、自分の形をわかりやすいように変えたりはしないでしょうね。さいわい私には理解のある編集者がついていてくれますが、「これじゃわからないですよ」と直しが入ることも現実にはありますが。
―― ニュアンスを訳すことは難しいですね。小鷹信光さんが翻訳した作品に、ジェイムズ・クラムリーの『酔いどれの誇り』があります。主人公の私立探偵ミロは、最後に、“私は彼女のことを許した”と締めくくってます。でも小鷹さんが初版を読み返して、どうもこれは直訳っぽいと、この世界にあっていないように思えて、重版されたときに“私は彼女のことを水に流した”と直したんですね。“水に流した”とすると日本的になりますが、そっちのほうがしっくりくる。でも、年代によって受け止め方が違うし、求めるものが違う。いまの若い世代では“水に流した”という表現よりも、直接的でわかりやすい“許した”という表現を好むでしょうね。日本的にするかどうか迷うところです。
北村 アメリカの大学生を描いた物語で、ある有名な翻訳家が、“清水の舞台から飛び降りる”と訳していて。アメリカに清水寺はないだろうと(場内笑)。
―― アメリカに移住してきたタヒチ出身の貧しい夫婦が、庭で鶏を飼っていて、それをときどき食料にもしているのですが、ある翻訳家が、“殺して食べた”と訳していた。昭和30年代まで日本の農村地帯の家々で行われていた普通の行為なのですが、というか、お客さんやお祭りのときに家畜の鶏を食べたのですが、“殺した”なんていわない。原文は“killed”ですが、ふつうは“絞めた”“潰した”という言い方をした。僕よりもずっと年上のベテランの翻訳家だけど、育ちがいいんだなあと思いましたね(笑)。それを見逃した編集者や校正マンもね。
北村 私の『詩歌の待ち伏せ』(文春文庫)にはいろんな引用が多かったんですが、ついてくれた校正の方が細かくやってくれましたね。重箱の隅の隅のほうまでついてきて、いろんなところを救われました。校正の方のお仕事というのも、ただ誤字や脱字をチェックするのではなく、たとえば原稿のなかに“パッと階段を駆け上がって、発車寸前の新幹線に飛び乗った”という文章があったとしますと、階段を駆け上がった段階で新幹線に乗れるものなのかどうかを(その作品で描かれる何々新幹線のホームを見て)チェックをするのが校正だとその人は言うんですよ。「なるほど」と思いましたね。
◆参考文献/プロット/選考委員として/新人に求めるもの
―― 一冊を書き上げるのにどれくらい参考文献を読みますか?
北村 ものによりますかね。ただ作品を書くために読むということはないですね。たとえば『玻璃の天』(文春文庫)という作品では、生きている人の死亡広告が出されたという話で、これは事実なんですけれども、たまたま神田を歩いていて、死亡広告に関する本があって、「これは変わってるな」と思って、パラパラと読んでいたら、明治のころの死亡広告が出ていたり、死亡広告にまつわる嫌がらせみたいなエピソードもあった。おもしろいなあと思って購入したんですが、それがその後、作品を書くための素材になったんですけれど、素材にしようという野心はなくて、前に買っておいたのを自然と使っている。
さっきも山形の古書店「香澄堂書店」(http://www.ne.jp/asahi/kasumi/book/ )で、泥棒研究会なんてところが出してる本(『盗みの文化誌』青弓社)があったんで、「泥棒研究会ってなんだ」と思って買いましたけれど、何事もおもしろがる心があるかどうかで見えてくるものがあります。
-- プロットは書きますか?
北村 書かないです。取材メモも取らない。なくしてしまうんで(笑)。頭のなかでだけやってますね。緻密には作らないけれど、出来上がってみるとあんがい緻密になっていたりしますね。「やるじゃん」なんて自画自賛したりして。
けっこう細かい性格のように思われますが、あんがいルーズなんですよ。今日も駅に何時に集合だということだけ聞いて、その先にどこでなにがあるかってことは聞いていましたけれど、覚えられなくて。
-- 北村さんは日本推理作家協会や山本周五郎賞の選考委員をされています。なにを中心に重きを置いて作品を選びますか?
北村 それは作品によってちがいます。今回の日本推理作家協会賞でもずいぶんと突っ張っちゃったんですけれど、日本推理作家協会というのは推理作家の集まりですから、普通の小説とはちがった物差しで考えなきゃいけません。推理小説における物差しというのを大切にして選びます。山本周五郎賞や他の賞もそれぞれ物差しを使いわけます。さまざまな物差しを持っている人のほうが、選考委員には向いているんじゃないかと思いますが、私はいろんな読み方ができるくらいのさまざまな物差しを持っているんじゃないかと自負しております。
-- 最後になりますが、今、新人賞がたくさんありまして、たくさんの新人がいるわけですが、新人になにを求めますか。
北村 個性ですね。選考会でもそうですが、一年前か二年前に取った作品で類似の作があると反発しますね。「あれの真似か」って。だから傾向と対策みたいな感じで、出てきたってものは弱いですね。自分ならではのものを出してほしい。作者本人の経験が強みになったりしますが、それだと一作しか書けなくなる場合もありますけど。
-- 今日は北村さんらしいたくさんのエピソードをうかがうことができました。どうもありがとうございました。
(2010年5月 遊学館にて)
北村さんのプロフィールと講座の模様はこちらを参照してください。