その人の素顔
平山夢明(作家)×深町秋生(作家)対談
「誰も書かない表現で買ってもらう」
2010年05月31日

第12回は作家の平山夢明さん(聞き手は講座の顧問で作家の深町秋生さん)。
少年時代の壮絶な恐怖体験、映画に熱中した青春時代や小説家になるまでの経緯。
小説に対するこだわりやスタイルなどについて話していただきました。
 

■幼少の読書体験/川崎でのワイルドな日々

―― 今日は平山さんに話をうかがおうと思います。まずは幼いころからの読書体験からですが。

平山夢明氏
平山 そうだなあ。いやふつうに星新一先生とか筒井康隆さんとか読んでたよ。高校生のときは吉川英治だって読んでたよ。でも夏目漱石とか森鴎外とかはダメなんだよ。よくいるだろ? 中学ぐらいでプルースト読むやつとかさ。そういうタイプじゃなかった。
 要するに読み方の問題なんだ。本になにを求めるかっていうさ。おれは日常が嫌だったから。逃げこむためだけに読んでたんだよ。日常や憂さを忘れさせてくれるようなアクの強いものでないとダメだった。そうするとどうしても選ぶのは文豪の名作ではなかったよな。

―― 日常が嫌だったといえば、マンガ家の吉野朔美さんとの対談集『狂気な作家のつくり方』(本の雑誌社)でも話してましたが、故郷川崎でかなりワイルドな日々を過ごされていたようですね。

平山 そうなんだよ。小説にも逃げてたけど、映画にもよく逃げていたね。



 映画にもよく逃げていたね。映画館にはよく行ってた。というのは親父によくぶん殴られてたから。冷蔵庫も投げられたしな。

―― 冷蔵庫ですか?

平山 うん。危なかったよ。避けましたけどね(場内笑)。二階のベランダからボーンと投げてきて。普通そんなことしないだろ? よくないだろ?
 そりゃおれも悪いことはそりゃしたし、学校の成績も悪かったから、親父も頭にきてガツンとやってきたりしたんだけど、毎日がそんなふうだったから、おれも学校に行くのが嫌になっちゃったんだ。
深町秋生氏


 小学校のときは映画にも行けないし、本だってそんなに読めなかったから、あのころは巡回バスに乗って、駅だの工業地帯だのをグルグルと回ってたよ。暗くなるまで。で、イヤイヤ家に帰って、またバチーンとやられるわけだ。
 だからどうしても、追い求める小説や映画も、味つけがどんどん濃くなっていく。とてもじゃないけど、こんな状況じゃ『サザエさん』なんか読んでらんないよ(笑)。楳図かずおとか、つのだじろうの強烈な作品とかで、ようやく日常を忘れられたんだ。映画だって『サウンド・オブ・ミュージック』とか見てたって、こっちの暮らしのほうがドキドキするよってなもんでさ。「お前らの境遇のほうがマシだなあ」なんて思っちゃうよ。だから『エクソシスト』とか見にいくわけ。それだと「こっちの人のほうが大変だなあ」って思えるしな。おれなんかより。首もグルっと回ってて大変そうだしさ(場内笑)。まあ、そんな日々だったよ。

―― 川崎ではやけに事故や死に触れる機会も多かったらしいですね。

平山 よく死んでたよ。ぽこぽこと。交通事故とか自殺とか殺人とか。それが影響を与えていたかもしれないね。小説書いてるとよく訊かれるんだよ。「人を殺したことあるだろ?」ってさ。人殺しはまだしたことないのに(笑)。それでも尋ねられるのは、やっぱり(暴力沙汰は)見ているからね。
 たとえば校庭で野球やってたら、「お前ら、どけー!」って怒鳴られてさ。山形ではどうか知らないけど、川崎じゃよく見知らぬ子供を殴るおじさんがいたんだ。それに教師もよく生徒を叩いてたんだよ。バチーンと。廊下ですれ違っただけで意味なく叩く。そんな土地柄だったわけ。
 で、野球をやっていたらそんな怒鳴るおじさんがいて、またぶん殴られるのかと思ってびっくりしたんだけど、校舎の屋上にセカンド守ってる青木君ってやつのおじいちゃんがいるんだよ。「どけ! 今から落ちるから、そこどけ!」って。青木君も「おじいちゃん、どうして!」なんて言ってる間にピューッと落ちちゃって。おれらが作ってる「稲の成長の記録」なんてところの縁のコンクリートに頭ぶつけて死んじゃった。そういうのがよくあったの。

―― それはまた……強烈ですね。

平山 酒屋に塩を買いに行ったときに、立ち飲みのところにふたりの酔っ払いがいたんだよ。暑い夏の日の夕方に。もうぐでんぐでんになって飲んでる。川崎だとそういう人は珍しくもないんだけど、ひとりがコップをカタンと倒しちゃったんだ。酒がもうひとりのほうにかかっちゃって、そいつが怒ってコップ倒したやつを突き飛ばしたんだ。そうしたら突き飛ばされたほうがたたら踏んで後ろにひっくり返って、そこへトラックが来て、バーッと轢いちゃって。ものすごい悲鳴がしたよ。向こう側にある花屋に脳みそが飛んじゃっててさ。でもえらいもんで、花屋の婆ちゃんが新聞紙でそれを包んで、青いバケツにぽっと放りこんだんだ。やっぱ戦争経験者はすごいなと思ったね。かなわない。あ、こんな話ばっかりしちゃまずいか。

―― いえいえそんなことはないです。とても面白いです。


■営業マン/コンビニ店長時代/小説家ではなく“文芸人”

―― 日常から逃げていたとすると、子供の将来の夢なんてのはやっぱり小説家だったりしたんですか?

平山 そんなの全然思わないよ。あのね、小説家ってみんな真っ当に生きてきた人ばっかりだろ? 学校行って、勉強してさ。おれの場合は引き算でなったんだよ。普通は足し算だよ。「これになりたい!」「おれは作家になるんだ」って。最初は親父が会社経営してたから、その会社に入って跡を継ぐんだってずっと言われてたんだ。だけど映画ばっか見すぎちゃって、自主映画を撮るようになってよ。大学でも試験なんてさっぱり受けないで、映画制作ばっかしてさ。試験日とスケジュールが重なると、後輩なんか来たがらないんだ。「試験があるんで」なんて言ってさ。そういうやつを引っぱたいて無理やりやらせてたよ。そんなことばっかしてたから、大学も中退しちゃって。まともな就職活動もできないから、自動販売機を売ってる親父の会社に入って営業なんかしてたんだけど、つらくてさ(笑)。 けっきょくできなくてコンビニの店長やるようになったんだ。これはけっこう頑張った。一年半くらいだけどな。休みも取らずにずっとやってたんだけど、そのうちおれが雇ったやつがどんどん金を盗むようになって。「盗むな。盗むなよ」って言っても盗んでいく(場内笑)。

それがまた不思議なもんで、金盗むやつほど働き者なんだよ。安い時給で働いてるくせに毎日頑張るんだ。モップ掛けなんかしてさ。「あいつはすばらしい青年だ」なんて夜を任せてたんだよ。そうしたら3ヶ月で使途不明金が300万くらい出ちゃって。万引きでこんな数字出るはずがないから、バイトを見張らなきゃならなくなって。それから夜勤の連中を見張るようになったんだ。
 夜11時まで勤務するだろ? 「おつかれー」って店出てから、裏でじっと隠れて見てるんだよ。朝8時まで。2月ぐらいの寒い時期でな。双眼鏡で見ているうちに気持ち悪くなってよ。
 



 そのうちそのまじめなバイトが商品をバッグに詰めこんで、車のトランクにどんどん放りこんでいくんだよ。それ見たら身体が麻痺しちゃって、身動き取れなくなったな。
 バイトはどうもそんなやつばっかりだったんでな。そうなると一番の原因はおれにあるんじゃないかと。どうも人々を邪(よこしま)な道に導いてしまうようなんだな。

―― コンビニの店長から物書きの世界に入られたんですか?

平山 大学時代の自主映画の先輩から声をかけられて、「映画の評でも書いてみないか?」って話になって。それが始めだよな。小説を書くようになったのも、その先輩が連れてってくれた新宿ゴールデン街の「深夜プラス1」って店に行くようになって、そこじゃ北方謙三さんや船戸与一さんの小説なんかが熱く語られてて、「ああ、小説を書けばこんなにも熱く語ってもらえるんだ」ってうっとりしちゃったんだな。ただそれから書くまで何年もかかってるから、まさか小説家になるなんて思ってもみなかった。まあ今でも小説家だとはあんまり思っていないし、「小説家だ」っていう自信もないんだ。言うならば文芸人だな。文芸の人だけれど、芸人でもある(笑)。お座敷の声がかかればとにかく行くと。こんなこと言うと「なにが文芸人だ」なんてよく怒られるんだけど。


■不遇なデビュー時代/映画業界への憧れ/実話怪談の裏話

―― 『異常快楽殺人』(角川ホラー文庫)でノンフィクションを書かれて、96年に『Sinker―沈むもの』(徳間書店)で長編小説のデビューもされてますね。

平山 『異常快楽殺人』で殺人鬼に関する話をこってり書いたんだ。自分の恨みつらみもこめてね。それがきっかけで徳間書店から声がかかって『Sinker―沈むもの』を出したんだけど、鳴かず飛ばずでね。そのあと『メルキオールの惨劇』(ハルキ・ホラー文庫)ってのも出したんだけど、大惨事だったよ

―― 大惨事?

平山 全治3年の大ケガ。とにかく売れなくて。今ようやくちょっと売れるようになったけどな。そんな引き算ばかりで、できるものがこの商売しかないからやってるって感じ。目指したってわけじゃない。目指すほどの自信もなかったし。
『メルキオールの惨劇』
ハルキ・ホラー文庫


―― そういえば先日、映像作品のほうも拝見しました。『大日本ノックアウトガール』(『「超」怖い話フィクションズ平山夢明の眼球遊園Ⅰ』に収録。竹書房より発売。平山さんは監修・監督・脚本を手がけている)ですが、その昔自主映画の登龍門だった深夜番組『三宅裕司のえびぞり巨匠天国』で「銀監督賞」を受賞されてるんですよね。受賞作の『ペキンパーの男』という作品はどんな内容だったんですか?

平山 自主映画時代にZC-1000という8ミリフィルムカメラで撮ったもので、あれだと特殊効果撮影ができたんだよ。一秒間で72コマ送れてスローモーションが可能だった。それを買ったんだよね。それでスローモーション映画を作ってみようということになって撮ったんだ。スローモーションだからペキンパー。

―― モノ書きではなく、映画方面に進むことは考えなかったんですか?

 
『「超」怖い話フィクションズ 平山夢明の眼球庭園Ⅰ』
竹書房

平山 映画監督になりたかったんだけど、あのころ映画も氷河期でさ。寅さんの松坂慶子さんがマドンナで出ていた回があって、それにスタッフとして加わってたときがあってさ。ハナワさんっていう東大卒の人が小道具係でやってたんだけど、「映画業界に入りたいです」って言ったら、その人から「やめとけ」と。「おれはもう東大出て30になるけど、手取り12万だぞ」って。それでも情熱があるから入りたいですよって答えたら、ある日そのハナワさんが下手打ったらしくて、拳骨でぶん殴られて鼻血出してたんだよ。「え? 『寅さん』で鼻血出しちゃうんだ」と。そんなに荒い現場なんだって驚いてさ。『寅さん』ですら鼻血出るんだから、『仁義なき戦い』なんてどんなことになるんだと(笑)。だんだんおそろしくなってきてね。
 それともうひとつは、自主映画を16ミリで撮ったら大失敗しちゃったの。カメラマンが下手打っちゃってフィルムが全滅したんだ。そのときに嫌になったんだね。人のせいでダメになることがね。小説だと全部ひとりでできるからな。それでモノ書きのほうに移ったね。それに金もかからないしな。金かけないで地球割ったりできるだろ?(場内笑)。まあ、おれたちがやってるのは、第一次産業の農業みたいなもので、それほど映画製作と違いがあるわけではないけど、根っこから作ってる強みがあるよな。

―― 非常に数多くの怪談話を手がけてますが、着想はどうやって得るんですか?

平山 基本的には訊くことだよ。ただ全部が全部使えるわけじゃないし、読者が食いつきやすいように加工は必要になってくるけど。みんな実話だからね。本当だよ。いや昔から本当かどうかって話はあるけれど、実話怪談に関しては嘘っぽいけど、完全な嘘でもない。

 真実味がなければ、怪談としての力だって痩せるしね。どの程度加工するかといえば……たとえば「米沢牛を昨日食った」って話をしたとしても、別に牛本体に噛みついたりしないだろ? 肉屋でさばいたのを買ってきてステーキにするなり、しゃぶしゃぶにして食べるとかだろ? その程度の加工をする場合はあるよ。モノによってはね。
「お金と時間をもらうんだから、
どこにでもある話ではいけない」



 「大根を食べた」といっても、畑からズボッと抜いて齧ったりする以外に許されないってこともないだろ? いろいろな食べ方がある。ただ大根しか食ってないのに、「米沢牛を食った」とはしないよ。

 民話研究みたいにきちんと残したいというのなら、改変はいけないだろうけど、おれがやってるのは『「超」怖い話』だしさ。怖くねえ話書いてもお客さん怒っちゃうしな。やっぱり買ってくれたお客さんのお金と時間を無駄にしたくないなと思ってるから、その考えで書いているよ。

―― 『いま、殺りにゆきます』(情報センター出版局)もそうなんですか?

平山 『いま殺り』もそうだよ。もともとは『「超」怖い話』で「なんか怖い話ない?」ってどんどん訊いてったら、「幽霊じゃないんだけど」って言う子が増えていったんだよな。幽霊じゃなくて、変な人に追いかけられて髪の毛むしられたとかさ。満員電車で通勤してたら衣服のポケットに「30」って書かれた紙切れが入っててさ。次の日には「29」って紙が入ってんだよ。だんだん数が減ってカウントダウンが始まってる。「10」までいったらドキドキしてさ。いくら車両変えても入ってるなんて話が本当にあるんだよ。

 
『いま、殺りにゆきます』
情報センター出版局


―― それはちょっと不気味ですね。


■小説の書き方/宮部みゆき・京極夏彦との違い/常套的な発想と感覚をやめる

―― 小説の書き方になるんですが、長編の場合はプロットをきっちり考えたりはするんですか?

平山 プロットはさ、ちゃんと作りたいんだよ。作ったほうがまちがいはないだろうし。だけど挫折しちゃうんだ。プロットを書くと、それで終わったように思えちゃうんだよ。セリフとか書いているうちに、通常の原稿を書いてるみたいに思えてきちゃって、迷いが出るんだ。だからある程度、大きな枠があって、「これだけはやりたい」ってものだけ書いて進めちゃう。

―― キャラの設定とかはどうですか?

平山 なんにもないよ。ただそのせいで書き始めるまでは長いね。ずっとぐにょぐにょと考え続けてる。「いいかげんにしてください!」とか「ふざけんじゃねえ!」とか(編集者に)言われてようやく書くんだよ。だから本当に書き方に関しては頭が悪いんだ。

 短編集『ミサイルマン』(光文社文庫)に入っている『それでもお前はおれのハニー』って話があるんだけど、全然アイデアが出なくて、「明日の朝8時まで書いてください」って言われたんだけど、夜12時の段階でなにも書けてない。思いついてすらいない。夜の2時ぐらいかな。一人称でバーッと口頭で喋っていくような話にしたけど、もうそうしないと間に合わないんだよな。三人称でゆっくり書いてる場合じゃない。おれも嫌なんだけど、そんなパターンが多いな。
 宮部みゆきちゃんみたいに、時間をきっちり決めて書けたらとか思うよな。京極夏彦なんかはもう頭のなかに白いボードみたいなものがあって、そこに記されてある文字を原稿に書いてるだけなんだよ。だから短編なら一日で書いちゃううえに、デザイナー出身だからちゃんとお客さんが読むような文字のフォントやデザインまで手がけちゃうんだよ。しかもDVD見ながら。『アスラ』とかいう、放射能ででかくなった尻が人を襲うなんて吐気がするようなひどい映画見ながら書いてんだよ(場内笑)。彼らは天才だから別格としても、プロットなんかおれは書けないよ。

 
『ミサイルマン』 光文社文庫




―― 平山さんの小説は痛みや臭いがよく伝わってきます。映像を手がけられた方というと、私個人の偏見でしかないんですが、視覚重視の人が多いように思えるんです。けれど平山さんの作品は五感すべてに迫ってくるような迫力を感じます。プロの殺し屋が集う会員制ダイナーを舞台にしたノワールで、日本冒険小説協会大賞を受賞した『ダイナー』(ポプラ社)も血の臭いがしたかと思うと、その直後に涎が出そうなハンバーガーが出てくる。五感をかなり意識して書かれているんですか?

平山 うーん、とくに意識はしてないけどな。みんなからよく言われるんだけど。とりたててそれを書こうって意識はない。よく鬼畜作家なんて言われてさあ。ひどい言葉だよな。差別ですよ、鬼畜だなんて(笑)。「あの人は鬼畜作家だ!」なんて、そんなバカな話はないよ。そんなふうに言われるけれど、おれは血だの膿だの嘔吐だの、そういう汚いものはダメなんだよ。よく繁華街に行くと酔っ払いとかいるだろ? 夜のマーライオンみたいな人。噴水になってるの。ああいうのはダメなんだよ。

―― でも、そういう汚いものが出てない作品のほうが、少ないじゃないですか。

平山 ないな(笑)。小さいころの経験もあって、そういうのを書いちゃう。だけどどこかで読んだようなことは書かないようにしてる。よくあるだろ? 殴られたら口のなかが切れて「鉄錆のような味が広がった」なんての。まあ本当に錆の味がするんだけど、そういうのはもう書かなくともいいじゃないかと思うんだ。錆の味以外のものを書いたほうがいい。
 既存の小説で書かれていない表現をしようと心がけてる。どっかで読んだような文章じゃ実感が湧かないし。

 

ご自身の著書の説明をする平山氏


 だから、怖い描写や痛い描写……それから臭い描写? おれたちは読者に共感を求めているわけだから、説明ではなくて「ここは痛がってほしい、怖がってほしい、臭がってほしい」と思っているときに、記号めいた文章じゃ滑っちまうだろ?
 たとえば通い慣れている駅だったら、いちいち駅名の看板とか見ないだろ? 「ここが山形駅か」なんていちいち感心しない。意識が滑っちゃうんだ。それと同じで常套的な発想と感覚では読者に響かない。実感されない。でも逆に「痛すぎるから読まない」なんて言われたりもするぜ。

―― なるほど。でもそれだと執筆に時間かかりそうですね。

平山 そうかい? たとえば(といってテーブルに手のひらを広げて)この手に五寸釘をボーンと打たれたら、手がバウンドするだろ? 釘の先端が手を打ちぬいた瞬間、ちょっと動いたりするじゃん。そのときにちょっと音も聞こえそうな気がするしさ。釘が滑って斜めに入ったとか。自分がやられたと思って書けばいいんだよ。

―― なるほど。でも自分の身に置き換えても想像できないことがあります。斬新な暴力描写が多いのです。たとえばコンビーフの缶を巻いて開ける棒のようなものがありますが、あれを拷問の道具にするなんて、よく思いつきますね。

平山 あれは元ネタもあって、ゴールデン街の「幻影城」って店のママが教えてくれたんだ。ママもヤクザから聞いたらしいんだけど。コンビーフを開けるあの棒を爪に差しこんでへし折るの。(会場の反応を見て)あ、そこの生徒のお嬢さん、いい感じになってきたね(笑)。うんざりしたような。「もうたくさんだ」って顔してますね(場内笑)。でも仕方ないんだよ、このジャンルは書かなきゃいけない。おれだって本当は心洗われるような清らかな物語をやりたいんだよ。難病モノとかさ。だけどおれが難病モノをやると……ややこしくなるからな(笑)。


■読者は“感情”を買う/平山夢明的「青春なシーン」

―― 読者の感情を左右するというのは難しいですね。

平山 痛みや苦しみの話をしたけれど、喜びだってあるわけ。とにかく感情に訴えるときはよくよく丁寧にしたほうがいい。読者は感情を買ってくれてるんだよ。理屈じゃない。エンタメだからね。たとえば朝起きて歯を磨こうとしたら、歯ブラシじゃなくて剃刀手に取ってたとかさ。するとどうなるか。しかもオフクロが腋毛剃ったあとのやつとかさ(笑)。

―― それはなんとも微妙なシチュエーションですね(笑)。

平山 そうだろ? 喜びの表現でやるとすれば、たとえば想いを寄せてる女の子に告白したら受け入れてくれたっていう、青春なシーンあるじゃん。そういうときに、どこかで見たようなことはやっちゃダメだよな。どうすればいいかと言うと・・。
 「いざ告白」となると緊張するだろ? 緊張するとお腹がグルグルッと緩くなる(笑)。早く学校終わってくれと思っていると、なぜか先生が「お前らよく聞け」って長い説教を始める。お腹も緩いし、早く告白の場にも行かなきゃならない。

 
平山氏の面白い話に、会場は笑いが耐えない


 ガーッと走っていって告白しようとするんだけど、お腹が緩くなっているのを悟られるわけにはいかない。「お前のことが好きだ!」って、なんとか告白はするんだけど、尻の激しい一揆に堪えかねて便所に駆けこむんだよ。で、ボコボコッと必死に排便しているときに、便所の向こう側で、「あたし、いいよ」って返事してもらえる(場内大爆笑)。返事はそれだけで、女の子も走っていっちゃうんだけど、喜びはひとしおですよ。

―― おー! いい話ですねえ(笑)。

平山 だろ? そんな汚い「ビビデバビデブー」みたいな状況じゃ、受け入れられないかもしれないけど、それでも「いいよ」って言われたときに読者はグッとくるんだよ。やっぱそこで知恵を使う。一番重要なところに最大のパワーを使って書く。その他は……残りカスでやる(笑)。
 「一番おもしろいのはここだ」っていうことを考えてほしいね。プロットはそのあとでいい。キャラだって勝手に動きだすから。ただ作品のなかで「ここがもっともおもしろい」ってことを考えてほしい。

 
本にサインをする平山氏


 はっきりキモが何であるかをわかってないと変なところに走りだしちゃう。ディズニーランドに行くつもりだったのに、赤羽で飲んでたみたいな(場内笑)。それぐらいキャラってのは勝手に動いちゃうんだよ。

 おれはそれで何回も失敗してる。短編なら1ヶ所か2ヶ所、60枚くらいなら3ヶ所ぐらい見せ場がほしいな。「ここがおもしろいんだ」っていうポイントを用意すべきだろうね。

―― これは参考になります。

平山 役に立つ話になったかな。大丈夫?

―― まったく問題ないですよ! 笑いすぎて腹が痛いですけれど。ちなみに自分の作品で一番読んでほしい作品はどれになりますか?

平山 やっぱり今のところは『ダイナー』になるかな。あれはおれも頑張ったから。

 
『ダイナー』 ポプラ社


―― たしかに。どれも傑作ですけど、『ダイナー』はとびきりおもしろかったです。今日は貴重なお話ありがとうございました。


(2010年4月 遊学館にて)

平山さんのプロフィールと講座の模様はこちらを参照してください。

 

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