◆第121回

日本的な情緒とたおやかな感性、徹底した再現力。さらなる高みへと到達した愛の物語「蝶のみちゆき」

「今、最も読まれるべき漫画がここにある。知っているようで知らない時代、美しき遊女のお話。なんとも気負いのない絵と語りのうまさが際立つ/心が揺れる――。高浜寛の物語表現は描く度に高まってゆく。」(谷口ジロー)


tyounomitiyuki.png「本作『蝶のみちゆき』の少なからぬ魅力はヒロイン・几帳が湛える穏やかな悲しみにあり、読む者を幕末・明治の遊女の世界へと導く官能と情緒にある。私たちは初期作品からずっと高浜寛の繊細な仕事に注目してきたが、彼女はこの作品により世界的コミック作家の最高峰へ至る新境地を切り拓いたようだ。」(ブノワ・ペータース フランソワ・スクイテン)


 今年もまだ3か月ちょっとしか経っていないが、早くも今年ベスト1としたくなる作品に出会った。ヨーロッパで(それに日本でも)高評価を得ている高浜寛の新作『蝶のみちゆき』(リイド社)である。本作品は高浜寛の最高傑作だろう。谷口ジローやブノワ・ペータースらが絶賛したとおり、“物語表現は描く度に高まってゆき”、“最高峰へ至る新境地を切り拓いたようだ”と思う。ぜひ読むべし。以上。


 ……と、他人のふんどしで相撲を取ってしまった。作品に惚れこみすぎてしまうと、どう書いていいのかわからなくなり、混乱をきたしてしまう。高浜寛のすばらしさは、前作の『四谷区花園町』を取り上げたときに、あらかた書いてしまってもいる。前作からさらに“物語表現は描く度に高まって”いっているように思われた。


yotuyakuhanazono.png 舞台は幕末から明治へ移ろうとする時代。異国の香りが漂う長崎丸山の遊郭街。九州の男なら知らぬものはいないという絶世の花魁・几帳(きっちょう)太夫は、格式を重んじる遊郭街のなかにあって、酒癖の悪い商人や、出島に暮らす異人など、客を選ばずに相手をし、多くの男をたらしこむという評判の持ち主だった。なぜか医学の知識を持ち合わせており、糖尿病で倒れた男の応急手当を施すなど、ワケアリの過去と想いを抱えている。


 一方で重病にかかった男と、必死に看病する息子の少年がいた。少年は異人の医者と出会い、父親の病を治療するため、西洋医学を学ぼうとする。ある日、学友に誘われて丸山に連れていかれるが、路上で几帳太夫を目撃する。少年はある理由から、彼女に深い恨みを抱いており、顔めがけて石を投げようと試みるが……。彼女らの隠された物語が、回想を交えながら紡がれていく。


http://www.sakuranbo.co.jp/livres/cs/2014/02/post-89.html(アダルティなマンガ家が描く、至高の愛の物語「四谷区花園町」)


 前に高浜寛作品について語った。作者のテーマはデビュー当時から一貫している。人を愛し抜くことの尊さだ。途方もない時間を費やしたとしても、ひとりの人間を想い続ける。その崇高な魂を求道的に追い続けているが、本作品でさらに磨き上げられ、ついに最高峰へと到達したように思える。


2esprssos.png なんともアダルティで官能的であり、落語の人情噺や時代劇、昔の東映任侠映画(なにしろ高倉健がこの世を去って、そればかり見ているからか)のような日本的な奥ゆかしい情緒に満ちている。几帳太夫の美しさにため息が漏れ、丸山という遊郭街の独特の空気や風景を再現してみせる力量(九州弁と廓言葉が徹底されている)に目を見張り、几帳太夫がたどる運命にまたため息が漏れる。繊細で悲しいが、同時に鮮烈で力強い。彼女が花魁という仮面を脱ぎ捨てて、ひとりの女として愛を表現するところは瑞々しい。


 研ぎ澄まされた感性に、物語のきっちりとした構成のうまさ、それに主人公らを囲む登場人物たちすべてが愛おしい。抒情的な恋愛エンターテインメントであり、本作品もまたパワフルな人間讃歌の物語だった。
 



◆深町秋生(ふかまち・あきお)

1975年生まれ、山形県在住。第3回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2005年『果てしなき渇き』(宝島社文庫)でデビュー、累計50万部のベストセラーを記録。他の著書に『ダブル』(幻冬舎)『デッドクルージング』(宝島社文庫)など。女性刑事小説・八神瑛子シリーズ『アウトバーン』『アウトクラッシュ』『アウトサイダー』(幻冬舎文庫)が、累計40万部突破中。

『果てしなき渇き』を原作とした『渇き。』が2014年6月に映画化。

ブログ「深町秋生のベテラン日記」も好評。ブログはこちらからご覧いただけます。

深町氏は山形小説家(ライター)講座出身。詳細は文庫版『果てしなき渇き』の池上冬樹氏の解説参照。詳しくはこちらからご覧いただけます。