静かに淡々ときらめく非凡『山賊ダイアリー』
すごくキレのある変化球を投げこまれたというか。
いや、まったく新しい球種で挑まれたような感覚だろうか。「こんなマンガが!」というフレッシュな驚きを覚え、改めて日本マンガの豊饒さを思い知らされたような気がした。岡本健太郎の実録コミック『山賊ダイアリー リアル猟師奮闘記』を読んで思った。
ストーリーはじつにシンプルだ。東京から故郷岡山の田舎町に戻った作者が、銃の所持許可証と銃猟免許を得て、かねてから望んでいた猟師となって、山奥でウサギやハト、カモを獲り、きちんと料理して食べるというもの。彼の好奇心はじつに旺盛で、マムシやカラスも獲って、迷うことなく捌いてグリル。果てはヌートリア(ラッコやカピバラに似た生き物で、田畑を荒らす狩猟鳥獣)にまで狙いを定める。
マンガ家自身を主人公にした作品は、別に珍しくはない。このコーナーでもたくさん取り上げている。それに自然に触れ、生き物の命を頂戴するというのも、人気漫画家で酪農家の家に生まれた荒川弘の実録農業畜産マンガ『百姓貴族』(新書館)や、北海道の農業高校を舞台にした青春物語『銀の匙 Silver Spoon』(小学館)などがある。しかし、そうした前例があってもなお、この『山賊ダイアリー』は、淡々とした静かな語り口と、濃密なディテール描写で新鮮さを提供してくれる。
ちなみに私自身はといえば、ひどいインドアな性格で、「自然と触れ合うくらいなら、ゲームやネットでもしていたほうが……」と、スナック菓子やレトルト食品ばかり食っているような生活を送っているので、アウトドア方面の方々に対して、尊敬の念を抱く一方、激しいコンプレックスも抱いている。私が子供のころといえば「ゲームやマンガばかり読んでると、オタクでダメなもやしっ子になるぞ。男なら山や野を駆け、ダイナミックに自然と触れ合わんかい!」と、アナクロな説教をガンガンかまされたものだった。そのおかげで、ますます引きこもりに磨きがかかってしまった。嫌な思い出だ……。
自然をテーマにすると、どうしても人は教条的で説教臭くなりがちである。また、自然と生きるテクニックをドヤ顔でひけらかしたり(荒川弘のマンガはおもしろいけれど、そこがちょっと臭う)。テレビや小説でもよくあることだが「君たちは生き物の命を奪って生きているのだぞ! わかっとるのか、感謝せんかい!」と、C・Wニコルさん的なメッセージが飛び出したりして、うんざりさせられるときがちょくちょくある。大切なことなんすけどね……。
この『山賊ダイアリー』は、それがない。自然や動物とガチンコ勝負をしながら、客観的かつ冷静で、妙な陶酔もない。もちろん食料となってくれる動物への感謝の念も忘れないが、初心者猟師であるため、読者と同じ目線で猟師生活を満喫する。セルロースやビタミンがあるからと、野ウサギの糞を口にして吐き、誰も食べたがらないカラスを焼き鳥風にして食べるなど、異様な行動力を発揮して強烈なインパクトを読者に与える。
画そのものもわりと淡泊なのだが、本書の最大の特徴は、この作者の細やかな観察眼にある。マンションのベランダで、ビニール袋のなかで鳥の羽をブチブチとむしり(ハトの羽はなでるだけで簡単に抜けるのだそうな)、肛門を切り落として、内臓をずるずると引っ張り出すところは圧巻。それにエア・ライフルの仕組みや、免許取得のプロセスも詳しく見せる。
この日本においては、ハンティングほど敷居の高い趣味(職業)もないだろう。警察へ申請し、試験を突破し、銃を購入し、厳しく管理し、手入れをする。銃を所有するだけでヘトヘトになりそうだ。そのうえ山を駆けまわり、逃げ足の速い生き物を捕獲する。しかもそれを自らの手で解体して、調理して食べる。それが人間の営みの原点なのかもしれないが、その手間隙を考えると、とても手を出せそうにない。たぶん、私は一生無理だろう。
レトルト食品とコンビニ弁当で食事を済ませるインドア野郎から見ると、ほとんど魔法を使ってドラゴンを倒すような異世界じみた話にさえ思えてくる。岡山が舞台なのに。身近なのに遠い世界がここにある。今年、さらに注目されるであろう、異色で新しい一冊だ。おすすめであります。
1975年生まれ、山形県在住。第3回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2004年『果てしなき渇き』(宝島社文庫)でデビュー、累計24万部のベストセラーを記録。他の著書に『ダブル』(幻冬舎)『デッドクルージング』(宝島社文庫)など。15万部突破の『アウトバーン 組織犯罪対策課 八神瑛子』(幻冬舎文庫)の続編『アウトクラッシュ 組織犯罪対策課 八神瑛子2』(幻冬舎文庫)が、3月末に発売。
ブログ「深町秋生のベテラン日記」も好評。ブログはこちらからご覧いただけます。
深町氏は山形小説家(ライター)になろう講座出身。詳細は文庫版『果てしなき渇き』の池上冬樹氏の解説参照。詳しくはこちらからご覧いただけます。