◆第18回

ノスタルジーと周到「それでも町は廻っている」

 ついに石黒正数のギャグ系コミック『それでも町は廻っている』(少年画報社)がテレビアニメ化された。まあ放送は他局での話なのだが……。


soremati.JPG アニメ化される以前からその人気は絶大で、私の周りでも熱狂的なファンがわんさかいたけれど、私自身はといえば、手にとったのはごく最近だった。なにせ表紙には、メイドさん姿の女の子が映っていて、ページをひらけば、やはり同じくメイドさんの格好をした胸の大きいメガネっ子が、コーヒーを運んでいる。いかにも世のオタクたちに媚びを売っているような感じがして、初印象があまりよろしくなかったからだ。


 第11回文化庁メディア芸術祭のサイトに、作者へのインタビューが掲載されているが、それによれば編集者からの要請により、コスプレやメガネ女子といった、キャッチーかつ「萌え」な要素を取り入れたのだそうな。作者本人も1巻のあとがきで、「僕は本物のメイド喫茶に行った事がありません。そればかりかメイドに対して特別な思い入れもありません」と正直に記している。「なんだか微妙に志が低いような……」と、疑りながら読んでみたのだが、まるでドリフターズのコントや『男はつらいよ』のような、大衆的で親しみやすいコメディが展開されていて、いい意味で裏切られた。


 そもそも舞台は、メイドの格好をしているけれど、秋葉原などではなく、東京下町にある年季の入った商店街。かなりドジだけれど天真爛漫な性格の嵐山歩鳥は、たいして流行っていない喫茶店「シーサイド」で、ウェイトレスのアルバイトをする女子高校生である。ある日、マスターの磯端ウキが、店を繁盛させる秘策として、流行のメイド喫茶にすることを思いつく。とりあえず店員がメイド服を着ていればOKなのだろうと、誰もちゃんとしたシステムを把握していないのだが、歩鳥は同級生でしっかり者のトシ子を巻きこんで、場当たり的に「シーサイド」をリニューアルする、というのが物語の出だしである。


 基本的には一話完結型で、商店街の人々との交流や学校生活といったほのぼのとした日常が描かれる。しかし謎の宇宙人との遭遇や、シュールな夢の話、ミステリー仕立てもあれば、不気味な怪談やファンタジーなど、毎回のように読者を驚かせる仕掛けがあり、新鮮さを提供してくれる。歩鳥だけでなく、歩鳥の友人や弟、飼い犬などがストーリーの中心となるときもあり、読者をまったく飽きさせない。一話完結型と思っていると、数話ほど経ってから真のオチが判明するなど、伏線も舌を巻くほど巧妙だ。


 個人的に吹きだしてしまうのは、女子高生や小学生が多く登場する若々しい物語でありながら、30歳以上の人間でなければ理解できないようなネタが随所にちりばめられているところ。たとえば4巻だけでも、『機動戦士ガンダム』や『8時だョ!全員集合』、糸井重里の『徳川埋蔵金発掘プロジェクト』、フランキー堺が演じた『赤かぶ検事奮戦記』、それに『太陽にほえろ!』と、ずいぶんとなつかしいネタを使ったギャグがてんこもり。


soremati7.JPG そんな懐かしさをともなうギャグが、この世界にはやけにマッチしている。そもそもこの『それ町』の舞台となる、八百屋や魚屋やトラディショナルな喫茶店がある商店街自体が、ほとんど大都会にしか存在しない骨董品のような存在だ。最近は、ちょくちょくテレビなどで商店街の賑わいが取り上げられるけれど、それはテレビが注目するほど、もはや貴重でめずらしいからだろう。少なくとも地方では、ショッピングセンターやコンビニはあっても、商店街はほとんど姿を消している。商店街で暮らす歩鳥は、近所の住人たちの多くと顔見知りだが、隣の部屋に誰が住んでいるかもわからない現代に生きる人間にとっては、その光景だけでノスタルジーと憧れを感じてしまう。


 まるで色とりどりの懐かしい玩具を大量に入れたおもちゃ箱のような作品だ。その玩具は雑にしまわれているように見えるが、じつはその配置や種類は、かなり計算しつくされ、選び抜かれている。勢いだけでない精密さを感じさせる頭脳的なギャグコミックだと思った。



◆深町秋生(ふかまち・あきお)

1975年生まれ、山形県在住。第3回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2005年『果てしなき渇き』(宝島社文庫)でデビュー、累計50万部のベストセラーを記録。他の著書に『ダブル』(幻冬舎)『デッドクルージング』(宝島社文庫)など。女性刑事小説・八神瑛子シリーズ『アウトバーン』『アウトクラッシュ』『アウトサイダー』(幻冬舎文庫)が、累計40万部突破中。

『果てしなき渇き』を原作とした『渇き。』が2014年6月に映画化。

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深町氏は山形小説家(ライター)講座出身。詳細は文庫版『果てしなき渇き』の池上冬樹氏の解説参照。詳しくはこちらからご覧いただけます。