脱力とぼやきがもたらす至高の救い。いましろたかしの作品たち
いきなり私事で恐縮なのだが、今月9月の24日にハードアクション小説『ダブル』(幻冬舎)が発売される。書店で見かけたらどうぞよろしく。
ただ新作に向けて頑張りすぎたせいか、最近は炭酸が抜けたコーラのようにやる気がでない。おまけについてもいない。部屋で昼夜問わずにガリガリ書いていたら、近所の住人から引きこもりの中年と勘違いされるし、小説のひとつでも書けば、「知的なヒトなのね」と女の子にモテると考えていたが、相変わらずそういった縁もない。座ってばかりいるから、腰痛が年々ひどくなるばかりだ。まったくおもしろくない。いっそ今度の作品で、一生働かなくて済むぐらいの金が入ればいいのだが……。
宣伝ともグチともつかない話で恐縮だが、人間、いつでも元気はつらつとはいかない。こういうときはどんなドラマやマンガを見てもピンとこない。ひたむきに努力する主人公の物語なんかを目撃すると、なんだか「生まれてすみません」という気持ちになる。
ただし今回取り上げるいましろたかしだけは別だ。彼の作品は、いつだって今の私のようにテンションの低い人間を暖かく迎えてくれる。
いましろたかしは、一貫して世間の波に乗り切れない人間ばかりを描く孤高の天才である。そこに登場するのは、先の見えない孤独なフリーターであり、やる気に欠ける疲れたサラリーマンであり、覇気のないギャンブラーといった惰性に生きるさみしい野郎たちばかり。ひたむきさやはつらつとした明るさとは無縁で、なにか劇的なサクセスをつかむわけでもない。むしろ読者の予想を裏切るようなアンチクライマックスが待っていたりする。
日本がふわふわと浮き足立っていたバブル期にデビューしたが、もうそのころから学歴も金もないどんづまりの青年が、孤独のあまり汚い木造モルタルアパートの部屋で身もだえするといった異様に貧乏臭い物語をつむいでいた。バブルが弾けて国内が大不況に陥り、作者もぐっと大人になったのか、若いころのような怨念めいた暗さは薄まったものの、相変わらず釣りやパチスロでぼんやりとつまらなさそうに遊ぶ男たちを取り上げている。
しかし現実というのはそういうもので、黒煙を吐く蒸気機関車のごとく突っ走るときもあれば、真夏の太陽を浴びてぐったりとする白熊くんのようにだらけてしまうときもある。今の私がすっかり後者で、「あー、めんどくさい。吐きそう……ゲームしたい、ガールズバーでもひやかしたい」と弱音と逃避にまみれながら、どうにかその日をやりすごしているのだが、なかなかこういう本音を吐ける場所はない。「24時間、元気はつらつ!」といった顔をしなければ許されないという風潮があるのか、街を歩けば「勇気を持って、夢を追え」みたいな歌を無理やり聴かされるし、本屋に行けば暑苦しいタイトルの自己啓発本がずらっと並んでいる。
だからこそいましろたかしの作品は安心できる。信頼できるといってもいい。身につまされる内容ではあるものの、そうした人間の弱さやくだらなさを温かく見守る包容力がある。それゆえ熱狂的なファンも多く、2002年に発売された『初期のいましろたかし』(小学館)は多くのマンガ家から支持され、糸井重里や松尾スズキといった著名人からも絶賛されている。先の見えない闇にとりつかれ、くたくたに疲れた者に救いをもたらす偉大なマンガ家なのだ。個人的にはやる気のなさとギャグセンスが絶妙にブレンドされた『ラララ劇場』(エンターブレイン)がお勧めである。
1975年生まれ、山形県在住。第3回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2004年『果てしなき渇き』(宝島社文庫)でデビュー、累計24万部のベストセラーを記録。他の著書に『ダブル』(幻冬舎)『デッドクルージング』(宝島社文庫)など。15万部突破の『アウトバーン 組織犯罪対策課 八神瑛子』(幻冬舎文庫)の続編『アウトクラッシュ 組織犯罪対策課 八神瑛子2』(幻冬舎文庫)が、3月末に発売。
ブログ「深町秋生のベテラン日記」も好評。ブログはこちらからご覧いただけます。
深町氏は山形小説家(ライター)になろう講座出身。詳細は文庫版『果てしなき渇き』の池上冬樹氏の解説参照。詳しくはこちらからご覧いただけます。