亡き街を永遠にさすらう「寺島町奇譚」
一生、つきあいたくなるマンガがある。
引越しや大掃除をいくらやっても、いつまでも本棚に収まっているような作品だ。人に貸して戻ってこなかったら、また買い直して年に何度かページを開いて読みふけるような。
エッセイ系や短編集には、一生手放せなくなるほどの魅力を持ったマンガが多い。独身貴族の男がひとりで回転寿司や焼肉を食べる姿を描いた『孤独のグルメ』(扶桑社文庫)や、銃刀法違反で逮捕された著者がまるで他人事のように淡々と刑務所暮らしを再現する『刑務所の中』(講談社コミック文庫)、それにつげ義春の短編などがそうだ。今回、取り上げる滝田ゆうの『寺島町奇譚』(ちくま文庫)もまたそんな一冊だった。やはり友人に貸しっ放しになっていたので、改めて買った覚えがある。
昭和43年の『ガロ』誌に初掲載。当時の文化人やコミックファンから絶賛され、昭和55年に単行本として発売された古い作品だが、21世紀になろうと、22世紀になろうと、永遠に読み継がれるであろう傑作だ。ちくま文庫版で解説を書いている作家の吉行淳之介も「こういう哀しくやさしく淋しく愉しく薄幸のようで豊かな作品は、めったにあるものではない」と絶賛としている。
昭和7年生まれの作者が、東京下町の寺島町(現・東向島)で過ごした少年時代の日常を再現したものだ。「寺島町」と記してもピンとは来ないだろうが、ここは永井荷風の『墨東奇譚』で有名な玉ノ井遊郭があった場所。迷路のような入り組んだ路地と、みっちりと密集した小さな飲み屋や娼家が集まり、昭和20年の東京大空襲ですべてが焼けた幻の私娼街である。小さなスタンドバーを経営する両親と暮らす少年キヨシの視点で、この街で生きるしたたかな娼妓たちや、ふらふらとやってくる酔客たちを暖かくもユーモラスに描いている。
滝田の細い糸のような儚げな描線が、短い歴史で消えてしまった遊郭街の情景とマッチする。まるで淡い夢のような味わいがあるが、この作品の真のすごさは、類まれな作者の記憶力に裏打ちされたディテールと、簡単には読みつくせないほどの圧倒的な情報量にある。
狭い路地を行き交うしじみ売りや玄米パン売り。性病の定期健診を受けるために神妙な顔で医院へ入っていく銘酒屋の女たち。「ぬけられます」「ちかみち」と大書された電飾看板やまっ黒に淀んだドブ川。タマネギのような丸い形をした玉の井駅の駅舎。そのなかでベーゴマやメンコで遊ぶキヨシと子供たちなどなど。読む者をこの世界へと誘いこむかのような錯覚を与えてくれる。
舞台が戦中ということもあり、戦争の暗い闇がゆっくりとこの私娼街を覆っていくが、玉の井にやって来る男たちは、長い長い戦争の疲弊や鬱屈を忘れるかのように行儀悪く酔っ払い、ドンブリを箸で叩きながら卑猥な歌をわめき、あるいはデレデレと鼻の下を伸ばしながら路地をさまよう。登場人物たちのだらしなさや脇の甘さが心地よい。
そういえば、なにかつらい心境に追いこまれたとき、もしくは面倒事に巻きこまれたときにこの本をよく手に取る。読んでいるだけでナーバスになった心がとろとろとほどけていくような感覚を覚える。もう飽きるほど読んでいるというのに、この町に吸い寄せられる男たちと同様に、ついついページをめくってしまう。一度ハマったら容易にぬけられない迷宮のような作品なのだ。