ハラハラよりもニヤニヤ。異色の野球コミック「高校球児ザワさん」
職業柄、物語を先読みしてしまうクセがある。
ミステリ小説や映画を見ていると「ああ、犯人はこいつだろうな」と序盤のうちに推測。ラストまでの展開を勝手に想像してしまう。これは恋愛ドラマなどでも同じで「そろそろ二人を引き裂く不幸がどかんとやってくるころか」などと無粋な先回り。素直に物語に入りこめばいいものを「お、この伏線はナイス」とか「む、元ネタはあの作品か」とまるでチェスや詰め将棋のような感覚で見ている場合が多い。
三島衛里子の『高校球児ザワさん』が、名門の高校野球部にひとりだけ入った女子部員の日々を追った物語と知り、また悪いクセが出てしまった。女性が男性社会に鋭く切りこんでいくデミ・ムーア主演の映画『G.I.ジェーン』の高校野球バージョンみたいなものか。それとも水島新司の『野球狂の詩』の女性ピッチャーのように魔球を身につけるのか。いずれにしろ野球という保守的な匂いのするスポーツで、女の子が根性と負けん気で奮闘するなんて感じのストーリーなんだろうな。そんな推理をしながら手に取ったのだが、読んでみたら苦笑したくなるほど予想を大きく裏切られた。
高校野球というマンガの王道のようなテーマを扱いながら、読者に思い切り肩透かしを食らわせる異色作といえる。試合という勝負モノで読者の関心を集めようというスタイルではなく、主人公の女子部員ザワさんの内面もわからない。彼女とその周囲の部員の学校生活が毎回5ページで淡々と語られるのみである。帰宅途中の買い食いや授業中の睡眠、スタンド席での応援など、そこで描かれるのはごく普通の一年生高校球児の地味な毎日である。しかし世界観がリアルなだけに、公式戦にも出られるわけでもないのに、黙々と男子に混じって野球に打ちこむ美少女ザワさんの姿がきわだってくる。
関西独立リーグで女性ピッチャーがマウンドに立った例もあり、女性が野球界にどんどん進出してもおかしくはない時代ではある。しかしやっぱり丸坊主の純情な男の子たちが、ザワさんという異物にどう対処していいかわからずにまごつくところでニヤニヤしてしまう。プロテインを飲む姿や道具の手入れなど、他の高校野球マンガがたいして触れないような行動を偏執的と思えるくらいに作者は熱っぽく描く。たぶん興味があるのは高校野球という競技ではなく、もっぱら高校球児なのだろう。
そのため高校生活を非常にリアルに扱った作品ともいえる。スポーツのマンガといえば、たった一試合を半年や一年くらいかけて連載するのがザラであり、ライバルたちとの死闘にページが割かれるものである。しかし現実には、試合は長い高校生活のほんの一瞬でしかなく、大半を占めるのがフィクションとは違って先輩の応援や雑用、繰り返しのような練習やつまらない筋トレだ。その瞬間を丁寧に拾い上げ、読者の共感を集めることに成功している。読むたびに放課後の夕暮れ時が目に浮かんでくるような微笑ましい作品だ。