◆第9回

身近なロマンとサスペンス「宇宙兄弟」

平成大不況の超氷河期と呼ばれる時期に就職した。


サラリーマンとして十年働いたが、会社の景気はずっと悪かった。自分の会社だけではなく、おおむねよそも同じであり、どこの企業も不況を乗り越えるために涙ぐましい努力を重ねていた。鉛筆や消しゴム、トイレットペーパーといった事務用品のきびしい管理。新人社員と入れ替わるようにして早期退職していくベテラン社員たち。また入れ替わりの激しいアルバイトや派遣社員にも対応できるように、徹底したマニュアル化を推し進めていた。石橋をさんざん叩いておきながらも、慎重になりすぎて最後まで渡ろうとしなかったなんてプロジェクトも山ほど目撃している。


uchu1.jpgずいぶん世知がらい時代になったものだなあと毎年のように思っていたが、入ったばかりの若い社員から「日本が景気よかった時代なんてあったんですか?」と言われてさらに気が沈んだ……。


さて前書きが長くなってしまったが、なにごとも効率化という名のケチ臭さが社会の隅々にまで蔓延していて、夢とロマンが抱きにくい時代に「宇宙兄弟」のようなスケールの大きい作品がヒットしてくれるのは嬉しい。タイトルのとおり宇宙飛行士を目指す兄弟の物語だが、これが絶妙なバランスと構成のうまさでとにかく読む者を惹きつける。正直なところ、宇宙が舞台となるとスケールが大きすぎ、むしろ避けていたくらいなのだが、私のような小市民にもすんなり受け入れられるような仕掛けが施されている。


幼いころから宇宙に行くのを夢見ていた六太(むった)と日々人(ひびと)の兄弟。弟の日々人はその夢を叶えて見事宇宙飛行士となっていたが、サラリーマンとなった兄の六太は上司に暴力を振るって無職の身。すっかり自己嫌悪に陥っていたが、弟の活躍ぶりを見ているうちに、兄は少年のころの夢を思い出し、弟と同じく宇宙飛行士を目指すという物語。


作者の小山宙哉はこれまでも男のロマンを感じさせる自由な男を描いてきた。デビュー作の「ハルジャン」ではスキージャンプに惹かれる北海道の破天荒な男子高校生を。「ジジジイ」ではとんでもない身体能力を持った老泥棒を。本作品でその才能を一気に開花させたように思える。


uchu9.jpg成功のポイントはいきなり宇宙を舞台にするのではなく、宇宙飛行士になるまでのプロセスを描写したところにあるだろう。多くの個性的なエリートたちが志願してくるなか、デキる弟を持ってしまった劣等感丸出しの兄は、果たして選考試験の難題をクリアできるのかと読者をいちいちハラハラさせる。とくに志願者らが窓ひとつない密室で2週間も共同生活を送る3次選考が白眉で、そこでの戦いはまるで密室サスペンス劇のようにスリルに富んでいる。


向井万起男氏の著書に書かれている宇宙飛行士の選考方法がおもしろく、それが「宇宙兄弟」の生まれるきっかけとなったらしい。このリアルな選考試験の模様がいかにも新鮮であり、宇宙飛行士という職業がぐっと身近に感じられるようになった。


「リストラ」や「効率化」や「仕分け」なる言葉が毎日のように飛び交ういじましい時代に、絶妙な距離感でもって読者を広大な宇宙に導こうとする。その手腕はもはや名人級といえるほど巧みである。見逃すなかれ。

 



◆深町秋生(ふかまち・あきお)

1975年、南陽市生まれ。第3回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2004年『果てしなき渇き』(宝島社、現在は宝島社文庫)でデビュー。累計24万部をこえるベストセラーに。著書に『ヒステリック・サバイバー』(同)『東京デッドクルージング』(宝島社)、『ダブル』(幻冬舎)がある。
ブログ「深町秋生のベテラン日記」も好評。ブログはこちらからご覧いただけます。

深町氏は山形小説家(ライター)になろう講座出身。詳細は文庫版『果てしなき渇き』の池上冬樹氏の解説参照。詳しくはこちらからご覧いただけます。