番狂わせを求めて「アイアムアヒーロー」
花沢健吾は、まったくもって残酷なマンガ家だ。
読者の頭をギリギリと万力で締め上げるような悲痛な展開。主人公を幸福へと導くかと思えば、奈落の底へと突き落とす。しかもリアリティたっぷりに描くものだからちょっと読むのに体力がいる。
映画化もされた代表作「ボーイズ・オン・ザ・ラン」がまさにそういう作品だった。30目前の中小企業勤務の不器用男が持てる勇気をフルに使って、ずっと憧れだった後輩の女性社員にアタック。これをきっかけに仲良くなるかと思えば、予想を超える残酷さでもって主人公と読者を崖から突き落としていた。その後も幸せから一気に絶望へとジェットコースターのような落差の激しい展開が待ち受けていた。そのプロセスが持つ中毒性はきわめて高く、一度読み出したらまず止まらない。全10巻を数時間かけて一気に読破したのを覚えている。
週刊ビッグコミックスピリッツに連載中の「アイアムアヒーロー」にも同じことが言える。著者が見せる残酷はついに究極のところまで行き着いたように思える。なにせ今回は「この世の終わり」まで見せてしまうのだから。
主人公は、前作に引き続き負け組の臭いを漂わせる35歳のマンガ家アシスタント。一度はプロとして週刊コミック誌に連載していたが、半年間で打ち切りの目に遭っている。理想は高いが待ち受けている現実はきびしい。底意地の悪い先輩アシスタントにこき使われながらも、再びプロに返り咲くために出版社へと原稿をマメに持ちこむが、編集者からは上から目線で冷たくあしらわれる。ただひとり彼の味方になってくれる恋人がいるけれど、最近の彼女も口を開けば別の売れっ子マンガ家を褒め称えてばかり。放火事件や通り魔など、ニュースはやたらと悲惨な事件を伝えているが、自分の夢を追うのに忙しいのでなんとも思わない。やがて現状への焦りから恋人ともケンカしてしまう。なんとか仲直りの糸口を見つけようとして彼女にメールを送るが……序盤はこんな形で幕を開ける。
「アイアムアヒーロー」なるタイトルとはうらはらに、湿った花火のようにパッとしない等身大の男。また一段と景気の悪い物語のように思えるが、まるで革命でも起きたかのように世界は一変。主人公が抱えていた諸問題などあっさり吹き飛ばし、人間社会に終止符を打つ勢いで謎のなにかが襲いかかってくる。しかもまた読者を突き落とすような最悪の形で。それからはしみったれた日常とおさらばするかのように怒涛のアクションが続いているのだが、詳しい内容はぜひ読んで確かめていただきたい。
作者が手ひどい残酷をとことん読者に見せつけるのは、地を這いずる男たちの奮起や番狂わせを盛り上げるためでもある。死ぬ気で生きようとする男の疾走はやはりいつ見ても美しい。「アイアムアヒーロー」は最悪の土壇場のなかで、現実社会の劣等生たる男がサバイバルという番狂わせを起こすために全力で挑戦していく。この世界を転覆させるかのようなロックな味わいこそが最大の魅力ではないかと思う。